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第202話・帝都の空駆ける竜(夜食談話)

 季節を忘れさせる生ぬるい風が、形だけ羽ばたいているわたしの翼を撫でていく。

 眼下に広がる夜の帝都は、生活のために動き回る人に混ざって悪いやつらが今も蠢動しているのだ。

 わたしはそんな不届き者の姿を確かめようとじっと目を凝らす。


 『…………』

 「…………ねえ、コルセアちゃん?」

 『…………』

 「…………ねえ?」


 なんか耳元で声がするけど、わたしはそんなものに気を取られることもなく地上の様子に見入る…


 「ふぅ~~~~~……ん」

 『うひゃほひゃふひゃへふぁっ?!………ちょ、ちょっとあんた何すんのよ突き落とすわよっ?!』


 …ヒマも与えられず、やめいとゆーてるのに降りようともしない、耳に息を吹きかけてきた紐パン女神は「やぁよ」と更にしなだれかかるように、背中に体重をかけてきたのだった。


 「だぁって退屈なんだもん」

 『だから付いてくるなって言ったでしょーがっ。言うこと聞かないってんならせめて大人しくしてろっつーの!』

 「だぁって」


 だってもだっふんだーもあるか。わたしより遥かに年上のクセしてぶりっ子してんじゃねーわよ……あーいや、ループした分をカウントするともしかしてわたしと大差無いのか?八十五万回分のループを考えれば数百年程度は誤差の範囲内なのか?

 でもわたしその間の記憶ほとんど無いもんなあ。思い出の卵のせいで前回の記憶だけは完璧に、それ以外はなんか断片的に所々覚えているけれど、それ以外はほぼほぼ真っ新なんだし。うーん。


 「コルセアちゃん、高度落ちてるわよ」

 『おっとっと……ていうかあんたが重いのよ。自分で飛べるんだから降りろっての』

 「重くないわよ!」


 割と重いと思うけどなあ。違う意味で。

 ……っていうと本気で泣き出しそうだったので、『はいはい』とだけ言ってのそのそと上昇した。

 眼下の古いお屋敷(ほろんだとある貴族の屋敷だそうな)の中に人の気配が無いのをもう一度確認して、ここはハズレ、と呟いて次の場所へ移動する。この調子なら今晩中にもう一箇所くらい調べられそうかな。



   ・・・・・



 『ただーまー』

 「ただいまぁ」


 夜も良い感じに更けたころ、ブリガーナのお屋敷に戻る。

 朝までやりゃあいいじゃねーの、って話なんだけど、中に人がいたとしても寝てる可能性の高いそんな夜遅くに調べても仕方ないし。かといって昼間するにはわたしのやり方だと目立ちすぎるし。目立つ昼間の調べは高等学校のみんなに協力頼んだからね。あっちはわたしとアイラッドの本命から目を逸らすためだけど。


 「よう。メシ出来てるらしいぞ」

 『あれ、あんたの方が先に帰ってたの。ちゃんと調べてんでしょうね』

 「こっちは半分子供連れだ。そんな遅くまで出歩けるわけないだろ」

 『また随分とお優しいこって』


 軍隊を抜ける時に引き連れていた、カルダナの少数民族の少年たちは交代でアイラッドに従って、第二師団の捜索を手伝ってくれている。まあ手伝うというか実地研修みたいなもんらしいけど。本人たち曰く。

 とはいえ、高等学校の協力者と違ってガチに捜索を頼んでいるのだ。それなりに成果というものを期待させてはもらいたいんだけれど、その辺どうなの?


 「まあそこはメシでも食いながら話そうや。お前達を待ってて腹が減ってんだ。行こうぜ」

 『……また随分とお優しいこって』


 今度は呆れたように言ったわたしと、肩をすくめるパレットが並んでアイラッドの後に続く。食堂に入ると既に準備はされていたみたいで、席につくと早速皿を一枚空にした。


 「……お前何の躊躇もなく一番量が多く用意された席につくのな」

 『うっさいわね。パレットはもともとそんなに食べない方だし、あんたに比べれば体力使ってんだから当然でしょ』

 「コルセアちゃん、暗素界の竜って別に空飛んでても体力使わないでしょ。あと別に何も食べなくたって死なないじゃない」


 ほっといて。これは生き甲斐ってやつよ。美味い食事は人生に彩りを与えるのよ。というわけで二皿目のサンドイッチ、いきまーすハグハグハグ……ん、さっきのと違って少し燻製したチーズがメインなのね。この時期に燻製とかえらい手間かかるもの出してくれるじゃない。いやそれとも保存食に手を付けたのかしら。それはそれであまり良い傾向じゃないけれど。というかこんな夜遅くに作れる食事ってことで簡単なものを選んだだけかそういうことにしておこうごはん食べてる時に難しいこと考えたくないしね。


 「……ところで一つ気になったんだけどよ。ざっくりと第二皇子と理力兵団の一部がこの騒ぎの原因だってのは聞いたんだが、そいつらの目的とかこうなった経緯とかってのは、どういうことなんだ?」

 『……あんた、わたしが難しいこと考えながら食事したくなーい、って思ったのを見透かしたように話振ってくれるわね。そんなもん知ったってやることに違いはないんだから、大人しく頼まれたことだけやってなさい』

 「そういう言い方は無いんじゃないかしら。やる気の出るも出ないも事情を知ってる知らないで変わってくると思うんだけど。あ、この果実水おかわりくださいな」


 食べる必要があるか無いかで言えば、パレットもわたしに負けず劣らずだと思うんだけど、こいつは人に疑われない程度にしか食べないしなあ。今もサンドイッチを一つだけ食べて、あとはわたしに「いる?」とか言って差し出してきたし。もちろんもらったけど。


 『……もごもご。しょーじき話してるヒマがあったら食べる方に回したい。おかわりもらうついでにネアス連れてきてくれない?』

 「かしこまりました」

 『あ、あとこのチーズのサンドイッチとても美味しかったからもうひと皿ちょーだい』

 「……かしこまりました」


 何か言いたそうな表情で食堂を出て行った給仕の兄ちゃんは、わたしが三皿目を空にする前にジュースのお代わりとネアスを連れてきてくれた。仕事はえー。ていうか寝てたんじゃないの?


 「コルセアたちが遅くまでがんばってるのに、わたしだけ先に寝るわけにいかないよ。それでわたしで出来ることなら何でもするけど。どうかしたの?」

 『んー、ちょっとアイラッドに第二師団の叛乱の辺の事情説明してあげてくれる?わたしその間にお腹いっぱいにしとくから』

 「ふふ、わかった。ええと、どこから説明したらいいですか?ビデル殿下のお生まれから関わってくるんですけれど」

 「……そこの大食らいの竜のメシの時間が終わるまでに済む程度に頼む。というかそんな真似させられて怒りもしないとか、随分大らかな嬢ちゃんだな」

 「慣れてますからね。じゃあ……」


 と、話を始めたネアスの声を聞きながらわたしは四皿目の、おかわりサンドイッチに手を出していた。給仕の兄ちゃんがそっと出て行ったのは、もう一枚おかわりを準備しに行ったからに違いあるまい。




 「いつまで食ってんだてめーは!」

 『おうふ』


 山と積まれた皿の向こうから罵声が響いた。いや山は大げさか。せいぜいテーブルの向こう側にいるはずのアイラッドの姿が見えない程度だ。でも見えないだけでその向こうでは慈父のような微笑みでわたしを見守ってくれて……。


 「コルセア殿。片付かないのでこちら下げますよ」

 『あっ』


 ……気の利く給仕の兄ちゃんがずらした皿の向こうでは、アイラッドが苦虫をグロスで噛み潰したような顔でこっちを睨んでいた。なんでだ。


 「……コルセアがいつまで経っても食べ終わらないんだもん。パレットさんも呆れて寝ちゃったよ」

 『だって仕方ないじゃない。昼から夜中まで動き回ってお腹空いてたんだし』

 「限度ってもんがあるだろうが。その身体の何処にこンだけのメシが入るんだ。いい加減こっちの話は済んでんだよ。食いながらでいいから話を聞け」

 『話とかしながらだと消化に悪いっておかあさんに聞きました』

 「……コルセア、お母さんいるの?」


 いました。あんまり思い出したくないけど。

 言ってから「しまった」と思ったのでそっぽを向いて鳴らない口笛とか吹いてみた。


 「やめとけ。親のことなんざ話題にしねえ方がいいヤツもいるんだ」


 そしたら相変わらず苦々しい顔のアイラッドが、わたしのわざとらしい誤魔化しをフォローするみたいに言ってくれたので、ネアスもなんだか納得したような顔になってこの話題はここまでになった。

 ていうかヒトならざる身である暗素界の紅竜の親とか、一般的にはどんな存在なんだろ。そもそも現界にいるんか、竜としてのわたしの親。いるんなら顔を見てみたい。


 「とにかくだ。一通り嬢ちゃんに話を聞いて気になったことがある。お前の意見を聞かせろ」

 『意見といってもねえ……あんだけ詳しい話聞いておいてまだ何か疑問があるの?」

 「うん。わたしがんばったよ」

 『そういうこととはちょっと違うような……でもありがとね、ネアス』


 まあ、わたしが時間かけて食事してたせいもあるけれど、ネアスのしてくれた話は微に入り細に入り、もぐもぐしながら聞いてたわたしでも「へー、そうだったんだあ」と思うくらいだったのだ。それはそれでどうなのか、って話だけど。


 「それを踏まえた上でだな。俺が言いたいのは、第二皇子と第二師団、本当に一緒にいるのか?ってことだ」

 『…………ごくん。なんで?』

 「いや、なんでも何もそう思っても不思議じゃあないだろうがよ。いいか?連中の目的は何だ。メシ呑み込んだら答えてみろよ」


 マグカップのお茶だか水だかを飲み干してアイラッドはそう言った。ていうかあんたの身入りだとお茶とかってそこそこ贅沢品なんだろうけど、意外に珍しがったりしないわね。慣れてんのかしら。いやそれはともかく。


 『目的?そんなもん、帝権を把握して帝国を半ば支配することでしょーが。第二師団については存在を誇示すること、組織防衛や勢力拡大ってのが一番の目的みたいだけど』

 「だな。それじゃあ第二皇子ってヤツの目的は?帝権を掌握するところまでは一緒かもしれねえが、掌握した後に何をするつもりなんだ?」

 『帝国を戦争に巻き込んで滅ぼすつもり……あれ?それって第二師団が望むことじゃないわよね』

 「……だよね。第二師団の人たちにとっては、帝国が滅んじゃったりしたら意味ないもの。どういうことなの?アイラッドさん」


 ネアスも不審げに眉をひそめて身を乗り出していた。すこぅし癪に障るけど、確かにアイラッドの言う通りだ。完全な共犯者だと思ってた両者の間に、最終的な目的の相違があるとは、考えるべきだったろうけど今まで目先のことしか見てなかったから、正直気がついていなかった。


 「さあな。俺も嬢ちゃんの話を聞いて妙に思ったことを言っただけで、連中が今どうしているのかまでは想像もつかねぇよ。むしろ事態の最初っから関わってたお前の方が分かるんじゃねえのか?」

 『そんなこと言われても……じゃあ、今のところ第二師団とビデル殿下は仮初めの協力関係だってこと?』

 「それですら無いかもしれねえぞ。とっくに決裂して一緒に行動すらしてないのかもしれん。そうだとしたら、今のやり方は上手くないんじゃねえのか」

 『…………』


 そりゃそうだけど。そうかもしれないけど。

 でも、他におっきな手がかりもない状態で、第二師団なりビデル殿下なり、どちらかを見つければお嬢さまや陛下を救うことに繋がるって思ってやってきて、今になってそうじゃないかもしれない、なんて言われてどーすりゃいーってのよ。


 『じゃ、じゃあさ。あんたには何か考えがあるっての?そりゃあわたしはただのトカゲだしっ!頭も良くないからいい方法も思いつかないけれど、だったら結局こうして一生懸命やるしかないじゃない!お嬢さまを助け出す他にいい方法っていうのがあるんならなんだってやってやるわよ!でもそれが無いならこうしてやり続けるしかないじゃん!!』

 「落ち着けって。お前にとってお嬢様が大事なのは分かるさ。だから少し立ち止まって考えてみてもいいだろ。伯爵や前伯爵といった腹黒い仲間がいるんだろうが、お前達にはよ」

 『……うー、そんな言い方しないでもいいとおもうー……』


 とはいえ、なんか凹まされてしまったわたしには甘える相手というものが要るのであり、それは隣に座っているネアスであり、いつまで経ってもお嬢さまと膝枕の感触ではややひけを取るけれど、わたしはそちらに向けて上半身をこてんと倒していじける体勢に……あててててっ?!


 「……なぁんだか失礼なことを考えてる気配がするんだけど」

 『いふぁいいふぁい(いたいいたい)?!』


 膝枕を借りるより先に、ネアスに口の端を摘ままれてうにゅー、って引き延ばされていた。なんだか懐かしい感覚。やっぱりお嬢さま、早く助けないとなあ。


 「……ま、明日になったら相談相手に諮ってみろや。俺はもう寝るぜ」

 『ふい。おふふぁれ(おつかれ)ー』


 なんか逃げ出すよーに食堂を出て行ったアイラッド。

 誰もいなくなった部屋に二人きりになったわたしとネアスは。


 「ふふ。なんだかこうしてコルセアにいたずらするのも随分と久しぶりな気がするよ」


 だからといってサドッ気醸しだしつつ、いつまでもわたしの口の端をうみょんうみょんしないで欲しい。緩んじゃうからっ。



   ・・・・・



 そして次の朝。

 バッフェル殿下が、帰還した。

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