第200話・帝都の空駆ける竜(意外と不良少年系に抵抗のないネアス)
「何してんの、じゃねえよ。ほっとかれているのも面白くねえからこっちから出向いてやったんだよ。ていうか爺さん、えらく待たせるじゃねえか。俺はアンタの芝居に付き合ってる暇なんざ無ぇっての」
「なに、この腹黒い竜を相手に立ち回りで上に立つには搦め手の一つや二つ必要だからの。さて、コルセアよ。今さら紹介も必要なかろうが、お前さんへの手伝いの申し出だ。精々役に立たせてみろや」
「言い方ってモンを考えろよ……まあ禄を食むにしても役無しじゃあ気が済まねえ。こっちはやれることならなんだってやってやっからよ。何でも言いつけてくれや」
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どゆこと?禄を食む?そんな話あったっけ?お抱えになれるといい、とは言ってたけど、伯爵さまも暇が無いから四裔の宿舎に押し込めとけー、みたいな話だと思ってたのに。
「なに、この若いのから当家で召し抱えてくれんか、という話があっての。何でも連れてきた子らの食い扶持を稼がねばならんとのことで、この心優しき爺、その志に胸打たれてこれは一肌脱いでやらねばと……」
「嘘吐けジジイ。傭兵には似合わねえことしてやがんなと呆れ顔だったじゃねえか。そりゃあ俺は傭兵崩れだがよ。一度面倒みると誓ったガキどもを投げ出すような真似はしねえよ」
「健気なことよの。さて、あとはお前さん方で話し合うといい。儂はちと他の仕事があるでな」
ほれ出て行った出て行った、と追い払われるように…というか実際に「シッシッ」と手を払われた。何してくれやがんのこのじーさま。いっそその仕事とやらを邪魔してやろーか、と思ったけれど、わたしだって別に暇なわけじゃない。ほら行こうぜ、とこちらを促すアイラッドに付いていくのは少々癪に障ったけれど、このままここに留まっていても話は進みそうにない。
渋々じーさまの部屋を出ると、部屋の外にはアイラッドが連れてきた少年たちのうち、一番年上の…えーと、確かバインズとかいう子が待っていた。
最初のうちこそわたしと珍しそーに見ていたアイラッドが引率する子たちだったけど、今では割と馴れたもので、ふよふよ浮かぶわたしの尻尾をギュッと握り……いや待て、何すんのよこのガキ。
「バインズ、やめとけ。この竜は機嫌の良いときにからかう分には芸人気質溢れる楽しいヤツだが、むかっ腹立っている時にちょっかい出すのは勧めねェ……いてててっ?!」
『あんた言い方ってものを考えなさいよ。あとわたしの尻尾はオモチャじゃねーっての』
「隊長に無礼な真似は許しませんよ」
『あんたとアイラッドが今わたしに無礼な真似してんのよ。囓るだけで別に食ったりしないから放しなさい』
翼を広げて威嚇してみせたらパッと手を放した。別に怖がっているわけではないだろうけど、なんかこの年頃の男の子って何考えてんのかよく分かんなくて、接し方の見当も付かないや。カルダナで迫害されてる少数民族の子供じゃあ、余計に、ね。
微妙にアイラッドをわたしから守る風に立ちはだかって、特に感情らしきものを見せもせずこちらを見上げてる視線になんだか気圧されて、わたしはプイとそっぽを向くと先に立って歩き出した。正直こんな場所でするような話じゃないだろうし。
・・・・・
「……でもいいの?わたしまで参加しても」
『お嬢さまの話になるからね。ネアスを忘れとくと怒るし除け者にするわけにいかないでしょ』
別にそんなことで怒ったりしないってば、と少しむくれるネアスは、今は使う者もいない歓談室に入ると、先に待っていたアイラッドとバインズの姿を見つけて少し恐縮したように挨拶をしてた。
そういえば初対面……だよね?と、紹介はしておくことにする。
『こいつはアイラッド。東の方でいろいろあって知り合った、カルダナの元傭兵』
「うん、知ってる。コルセアが疲れて寝ている間にご挨拶したから」
『ほんと?イヤなこと言われなかった?変なことされてたら今からこの男は首だけにしてやあ痛っ?!』
「隊長に無礼を働くな、と言ったでしょうが。学習能力のないトカゲです」
「あ、あはは……」
いつから持っていたのか、鞘に納まったままの剣で後ろ頭を一発イワされるわたし。何すんだこのガキ。
「ああ、悪かったって。バインズ、おめえの忠誠心は俺なんかじゃなくて、自分に向けとけ。で、ネアスの嬢ちゃんを交えるのはいいんだが、話の内容も聞かせていいのか?」
『……お嬢さまのことで隠し事したくないからね。ネアス、悪いんだけれど先にお茶と何かつまむものもらってきてよ。あとわたしお腹空いてるから何か食べるものー』
「おう、それなら俺達の分も頼むわ。三人分な」
『あんたらはちょっとは遠慮しろ』
「固ぇこと言うなよ、同僚だろ?」
『わたしは別にブリガーナ家の家来でも家臣でもねーわよ。お嬢さまの、ただの愛玩動物なんだから。一緒にすんじゃねー』
「家来の方がマシな気がするんだが」
うっさいわ。わたしはこれでもお嬢さまのペット、という立場にホコリを持っているのよ。それなりに。
……とかやってるわたしたちを見て笑いながらネアスは「うん、いってくるね」と部屋を出て行った。
愛想良くそれを見送ると、三者三様のため息めいた音が、洩れていた。思惑はそれぞれに違っていただろーけど。わたしの内心についてはご想像におまかせる。
「……割と疲れるんだが」
『なんでよ。ネアスいー子でしょ』
そういうことじゃねえ、とアイラッドは勝手にソファに座りこんで足を伸ばす。あんたこの屋敷でデカい顔出来る立場じゃないってこと分かってんの?……と言ってやろうとしたら、弟子だかお稚児さんだかみたいな少年もそれに続いて隣に腰掛けていたから、何も言えなくなるわたし。だってこんなフッカフカの椅子に座るのなんか初めてみたいで、うっすらと楽しそうな顔になってんだもん。
『……で、ブリガーナのお抱えになりたい、ってのはこないだ言ってたけどさ。本気?』
仕方ないので代わりにどーでもいいことを話して間を保たせることにする。
「どうでもいいことじゃねえだろ、それ。いや、そんな大げさなもんじゃねえけどよ。というか何処の馬の骨とも知れねェ俺が家来だのお抱えなんぞにしてもらえるととは思っちゃいねえが、コイツらが一人前になるまでの間くらいは糊口を凌がにゃなんねえ。金があって気前も悪くないという伯爵家の使いっ走りなら仕事も覚えられるだろうしな。そうすりゃ、たつきの道の歩き方くらいは身につくだろうさ。そう思ってしばらくの間仕事を与えてもらえりゃあな、ってだけのことだ」
『ふうん。あんたもなかなか深いこと考えてんのね。で、お役に立てます、ってことを証明するためにわたしの手伝いをすることにした、と』
「というより、この家のお嬢や帝国の皇帝を救うための仕事なんだろ?手柄を立てりゃあ大手を振ってこの国を歩けるようになるってもんさ。下心アリアリでやってんだから、遠慮なんざしねえでいくらでも仕事回してくれ」
背中に何人もの少年たちの生活と将来を背負っての物言いだ。戯けてみせてはいるけれど、そう軽いもののハズがない。でなけりゃ、今までの生活を捨ててこんな真似をしたりはしないだろう。
ま、そういう意味では個人的に力になってやりたくもあるし、もう少し焦臭い話をするならば四裔兵団とは違って手柄を立てさせても今後に禍根を残すこともない。わたし共々、どうせ表立って功績を誇れる立場でもないんだし、学生たちにはさせられない仕事を手伝わせてやるか。
「ただいま、コルセア。食事は少し時間がかかるってお話しだったから、お茶とお菓子だけもらってきたよ。アイラッドさん、お食事の用意が調うまでこちらをどうぞ」
そんな話をしているうちにネアスが戻って来る。
言葉の通り、それほど時間もかからずに帰ってきたけれど、簡単なお茶の道具の他に焼き菓子のお皿ののったお盆をテーブルの上に置く。
「おう、悪いな。バインズ、お前ももらっとけ」
留守番してるみんなに悪くないですか?という良い子発言をしつつも、お盆に手を伸ばす少年。ていうか、この焼き菓子保存用のじゃないよね。材料の流通は問題無くなったのかしら。
『ネアスぅ、このお菓子どうやって手に入れたの?』
「あ、うん。お母さんが差し入れに持ってきてくれたものなの」
『ふぅん。街中でもお菓子とか作れるようにはなったのかな』
「そうだね。あんまり出歩いたり出来なかっただけで、物が乏しくなったわけじゃなかったから、第二師団の人たちの姿が見えなくなったら割とすぐに元に戻ったみたい」
『そっか。それはとても嬉しいことだよね。よかったね、ネアス』
一緒に焼き菓子を摘まみながらそういうネアスは、少しホッとした顔になっていた。まあそりゃそうか。ここのところ、このお屋敷にずっといたみたいでお菓子職人のお母さんが腕を振るえるような環境に戻りつつあるんだからね。
何だかんだ言って元の生活を取り戻せつつはあるんだろうから、わたしもがんばってお嬢さまを取り戻さなきゃ。
「う、うん。そういうこともあるんだけどね……その、お母さんのお菓子を久しぶりに食べられたのが一番かな、って………あはは…」
困ったような照れたようなネアスの笑い顔に、割と図太い嬢ちゃんだな、とむしろ感心したように言ってたアイラッドだけど、その物言いは無礼に過ぎると思ったので尻尾で往復ビンタかましておいた。
この件については流石にバインズ少年も口出ししなかったので、兄貴分のやんちゃに手を焼いてないこともないのかもしれない。ちょっと親近感。