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第199話・帝都の空駆ける竜(情けはひとのためならず)

 「どうじゃい、成果の程は」

 『んなもん、わたしの顔見りゃわかるでしょ』

 「待たんかい」

 『むぎゅ』


 ふて腐れてじーさまの前を横切って、自分の部屋に戻ろうとしたら、尻尾を掴まれた。あのー、それをわたしが許すのはお嬢さまにだけなんですけどー、と文句を言おうと振り返ったらば。


 「お前さんの顔なんぞ見たところで何が起こってるかは分からんよ。アイナならともかくの。力になれることがあったらなってやるから、言うてみい」


 じーさまにしては珍しく早口でそうまくしたて、わたしに有無を言わさずじーさまの自室にひきずりこまれた。いやまあ流石に寝室に連れ込まれた、とかじゃないけど。ないけど。お手つきされちゃうメイドさんじゃあるまいし。


 「使用人に手を出すような阿呆は当家にはおらんわい。失礼な」


 それはほんとーに失礼しました。ていうかお腹空いたので手短に、ね?




 「ま、実際のところそのくたびれた様子を見れば、進展があったというわけでないのは察せられるがの」

 『だったらいちいち呼び止めんでください。晩ごはんがわたしを呼んでるんですから』


 自室の大仰な仕事机(それでもお嬢さまの部屋の机に比べればちっさいけど)に備え付けの椅子に背を預けながら、じーさまは今日の成果とやらを確認してきた。言うてわたしが動き始めたのが今日からなんだから、そんなすぐにお嬢さまや陛下の居場所が分かるわけもないのに、なかなかにじーさまもせっかちなことだ。そんなに孫娘の身柄が心配なのかしら。


 「まあそういうな。殿下からも連絡があっての。今は帝城においでのようだ」


 ……と、一言くらいからかってやろーかと思ったら、いきなり爆弾投げつけられた。ちょ、殿下がっ?!第二師団に囚われてたんでなくてっ?!


 「お前さん、その辺の事情はあまり確認もせず飛び回っておったからな。儂らは太子府で指揮だけ執って頂くようお願いしたのだが、アイナのこともあってご自身で乗り込むと飛び出してしまわれた」


 ちくり。


 殿下がお嬢さまへ向けた心根を思うと、胸が痛む。

 お嬢さまはもう、ネアスと共に歩む将来を選んでいる。殿下にもそれは伝わっているはず……だけど、それでも、殿下はお嬢さまのために危険を顧みず身を運んでいる。

 あるいはこれは、わたしの嫉妬なのかもしれない。殿下を思うわたしの心の行き先が定まらぬことで覚えた、苛立ちなのかもしれない。なんだかなあ。いろいろあって吹っ切れたつもりではいたけれど、やっぱりわたし、殿下のことが好きなんだろーなー……と思ったら、最近スキンシップ過多な自称女神が脳内でふくれっ面になっていた。なんでやねん。


 「で、いいか?殿下からの知らせだが」

 『あ、はいはい。……ところで殿下は今はどちらに?』

 「他人に託す書状にそれを記すわけがなかろう。中身だけ掻い摘まんで話すから聞いておけい」

 『へーい』


 アホを見るような目で見られた。うう、殿下のことになると思考が直線的になるわたしぃ……。


 で、多少いじけながらだったけど、大人しくじーさまの話を聞くと、比較的自由の利いてるクバルタス第一皇子殿下と密かに連絡を取りながら味方を増やす工作をしつつ、お嬢さまと陛下の居場所を探っているらしい。

 まあ内々にとはいえ皇太子として正式に立ったとのことで、表立って殿下を害する者もいないようで、また護衛も優秀で助かっている、とのことだったから、今すぐ殿下に何がある、ってこともなく、また第二師団の影響下にあった帝権も徐々に殿下の支配下につきつつあるとのことで、その掌握は概ね順調にいってはいるようだ。


 『……でも陛下とお嬢さまの居場所については…』

 「まあ言いたくはないがな。殿下がこれだけ派手に動いているということで、アイナと陛下に人質としての価値が生まれてしまっている。言葉は悪いが、殿下のなさりようは二人を釣り出すためのもの、とも言えよう」

 『………』


 つまり、殿下が派手に動いて第二師団の思惑を砕いているのなら、その行動を掣肘するためにいずれ人質を引きずり出して交渉事を始めるような事態になる、ということか。

 ただそうなった時、殿下がどのような行動をとるのか……あの優しいひとがお嬢さまやお父上を傷つけるような真似をするわけがないし、あるいは二人を取り戻すためなら一度把握した帝権を第二師団に引き渡すようなことすらやりかねない。

 ……正直それは、政治を執る者の行動としては完全な失格だ。だけれどあの殿下ならやりかねない。

 だったらわたしとしては、そんな兆しが見えたらそれを逃さず、お嬢さまと陛下をお救いするのみ…………なんだろうけどっ!本来ならっ!!


 「………不満かの?」

 『不満に決まってんでしょーがっ。ていうか囚われのお嬢さま今も心細く空とか見上げながら悲しそうにすんすんと泣いてるんですよぅ。ああ、おかわいそうなお嬢さまぁ……』

 「我が孫娘ながらな、そんな心根のか細い女のわけがなかろうがよ。今頃ぷりぷりしながら脱出の算段でも練っとるんでないかな」

 『それはわたしも同感ですけど。でも自力で逃げ出すのを期待して放置してたら、帰ってきたあとでじーさまもわたしも酷い目に遭わされそうじゃないですかぁ?』

 「だな。で、お前さんが今何をしてるのか、これからどうするのか、という話になるのだが」

 『そりゃ前に説明したでしょーが』


 簡単に言えば、学生たちに突かせてボロを出すのを待つ、というやつだ。

 実際活動を始めたのが今日からなのに、帝国高等学校の学生たちは実に優秀だった。本当に第二師団が潜伏している(そして陛下やお嬢さまが匿われてはいないだろう)場所を三つばかり教えて上手く活用するように伝えたら、いー感じにエサに使って第二師団の連中が動き出すように誘導してくれた。

 おかげでわたしも目星を付けてた潜伏場所の掃除を予定通り進めることが出来て、まあアタリは得られなかったものの残ってる潜伏場所のどこかに二人がいる、ということだけは分かったのだ。……分かったのだけれど。


 「どうもお前さんにしては迂遠に過ぎると思っての。いったいあといくつ調べればいいんじゃい」

 『………えーと、たくさん?』

 「話にならんわ。それくらいなら四裔の手を借りて一斉に調べ上げた方がマシだろうて」

 『んなこと言いましても。まだ見つかってない潜伏場所だってあるでしょーに、それも含めて探して見つけて、そうしていればいつかは……』

 「時間が無い、と言うておるのよ。殿下にも早く落ち着いて頂かねばなるまいが、このままの状況が続く中、そうするお人ではあるまい。それにお前さんの存在も嗅ぎ付けられるのはそう先のことではなかろう?とかく目立つ暗素界の紅竜が姿を見せなければ怪しまれること必定だろうて」

 『じゃあどーすりゃいいんですかっ?!』


 そりゃじーさまの言い分は分かる。

 けど学校のみんなを危険な目に遭わせたくはないし、かといって四裔の人たちの手を借りようにも政治的にどーとか(ことが済んだ後、四裔の力が増大することは望ましくなくて大きな手柄になるような仕事をさせられない、らしい)で派手に動き回れないし、だったらわたしが動くしかないじゃないのさ。それをなんでこうも叱られなけりゃならないのよぅ……うう。


 「もう少し効率良くする必要がある、ということよ。具体的にゃあ、人を頼れ」

 『わたしにそんな伝手あるわけないじゃないですかぁ……』


 学校のみんなには無茶させたくない、ネアスはいくらお嬢さまを救うためといってもこんなことさせられない、パレットはなんか、多分向いてない。バナード助けにいかせたりはしたけど。

 ……そう考えるとさあ、わたしって自分ひとりで何もかも片付けてしまうつもりでいて、結局何も出来ないんじゃん。そんなんだから何万回もループしたことに気付きもせずに、パレットをいっぱい傷つけて、お嬢さまやネアスを苦しめたりするんだ。うう。

 そんな風に自責の念というかむしろいじけた気分になって、わたしはじーさまの机の前で座りこんで床にのの字を書く。床というか毛足の長いカーペットだけど。あ、ちゃんと爪の先でなぞった後が残る。おもしれー。かきかき。


 「遊んどらんと話を聞かんかい」

 『うい』


 まあうじうじといじけるのが長引くのはどーせわたしに似合わないので、さっさと浮かび上がってじーさまの机の上に鎮座する。流石にイヤな顔をされた。まあ流石にお嬢さまご幼少のみぎりと違って、図体もわりと大っきくなってきたからこの格好でも見下ろすよーな高さにはなってるしな。


 『で、じーさまには何か提案がおありのよーで。うかがいましょ』

 「考え無しに突っ走っとる割にはエラそうだの。まあいい。お前さんの手伝いを申し出た者がおってな。入って構わんぞ」

 『手伝い?誰?』


 散々っぱら勿体ぶったせいか、じーさまが扉の外に呼ばわりそれに応じて入ってきた人物は、えらく疲れた顔をしていた。ていうか、この男の疲れた顔ってのも割と珍しいんじゃないだろうか。性格的に。


 『アイラッド?あんた何してんの?』


 そう。それはカルダナの侵攻を退けた際に知り合った、彼の地の傭兵の男だったのだった。

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