第198話・帝都の空駆ける竜(紅竜の感謝)
『……ということなの。分かった?!がるるる!』
「コルセアぁ、けんかはやめなさい、って言ったでしょ?」
『いや、ケンカというかその、なんか勢いで……ごめんなさい』
わたしを抱っこしてるネアスに、頭の上からたしなめられた。
そのー、一通り説明は終わったんだけど、相変わらずわたしを見る学生たちの視線がね、やっぱりその、敵意というかネアスに抱っこされてるわたしに嫉妬してるというかね。まあさっきみたいに「どーだいいだろー」みたいなことは思わなかったんだけど。それもわたしをほっといたらまたケンカになって話が進まないっていう心配をしてただけのことだからね。
そして、わたしがこの格好のままでした話の内容となると。
「話としては分かったがな。ただ、我々を囮にするというのが気に食わない」
最上級生の、ナントカいう伯爵家の生徒が不満そうにそう言ったように、あくまでも協力をお願いするのは「全然見当違いの場所を、バッフェル殿下派が探し回っている」という態を調えるための手伝い、ということだけだ。そして本命は、わたしや四裔の連中が探りを入れることになる。
もちろん、陛下の身柄の件だけでなく、今は皇太子となったバッフェル殿下も連絡がつかない、ということを前提として話はした。したら、余計にやる気を呼び覚ましちゃったみたいで、わたしが第二師団の居場所を知っていることを聞くとむしろ自分達が陛下救出の尖兵を務めよう、などと怪気炎上げ始めちゃったのだ。
理力兵団という対気砲術のプロの集団を向こうにまわして、学生が出来ることなんかたかが知れてる、と冷静になるようにわたしが冷静に説いたおかげで……いや、冷静かどーかはともかくっ!説いて聞かせたおかげで、今すぐにも飛び出していきそーな学生をこの場に留めていくことには成功したものの、やっぱり帝国の役に立ちたい、とゆー忠誠心の発露の行き先を与えることには失敗しているようなのだった。
『だーかーらー。危ないからやめとけってゆってんでしょ!あんたたちにはあんたたちに出来ることを頼むんだから、大人しく言うこと聞きなさいよっ!』
「口の利き方に気をつけなさいこの胃拡張の大トカゲ!ブリガーナ家預かりといえどもあなた自身は帝国貴族に肩を並べる存在ではないでしょうに!」
「大体、我々を侮ることが出来るほどの実力があるのか貴様には?!ここにいりバナード・ラッシュに何度も撃ち落とされているという立派な実績しか無いのは、この場にいる誰もが思うところであるぞ!」
「えーっと……ブルネー先輩、それくらいで……」
『あんですってぇ?!去年の遠足の時にわたしの打ち上げた火球の威力……今またこの場で披露する必要がありそうね……っ』
「あの、コルセアもわたしがいるの忘れて暴れないで……」
「ふん!そんなもの当たらなければどうということはない!」
「そうよ!大体ね、ブリガーナの居候以上の存在感なんてあなたには無いでしょうに!カルダナの侵攻を阻止した?ひとりで?笑わせないで!」
「いえ、ミュスティ先輩も……それは本当のこと……」
『言ってくれるじゃなぁい。わたしがカルダナと丁々発止のやりとりしてる間、帝都でダラダラしてたあなたたちにわたしが負けると……お思い?』
「だからコルセ……」
「言ってくれるなァ、おい。俺もいい加減腹が立ってきてんだよっ!いつもいっつも、コルセアてめえは一人で全部やっちまう!……おい、お前の尻拭いさせられる身になってみろってんだよ!!」
「あの、バナードく……」
『言いたいこといってくれるじゃねーの!……いいわよ、痛い目みないと静かにならないってんならこっちだって……』
「いいかげんにして─────っ!!」
『あぎゃっ?!』
「わっ!」
「きゃあっ?!」
……何が起こったのか。一瞬、わけがわからなかった。一つだけ言えるのは、わたしを抱きかかえていたハズのネアスの両腕は、いつの間にかその手にわたしの二本の角を掴み、大きく振りかぶったかと思うと帝都の空高くへ、投げ出してしまったのだ。その、流石にちょっと痛かった。すこし加減して、ネアスぅ……。
「コルセアもみんなも、こんな時にけんかなんかしたらダメって言ってるじゃないっ!!コルセア!先輩たちにそんなこと言ったら怒るに決まってるよっ!!」
えー……だってわたしの言うこと聞かないでいちいち逆らってくるのそっちなんじゃあ……。
「コルセアっ!」
『はひっ?!』
もんのすごい形相でこっちを指さすネアスの剣幕に、思わず空中で直立不動。うわぁい、これ完全にマジギレしてるよぉ…。
「そこで少し反省していなさいっ!……それから先輩方。コルセアは本当に先輩たちの身を案じているんです。陛下のこともありますが、もともとはアイナ様が掠われたということがあって、コルセアはアイナ様を救うことで学校のみんなにケガを負わせたりすることを怖れているんです」
「………」
「………そうなのか?」
幾人かの最上級生の視線にさらされて、わたしは気まずく顔を逸らす。
まあ、確かにその通りではあるんだけど……お嬢さまにいーとこみせたい、お嬢さまを助けるのはわたしの役目だ、他の誰にもとられたくないっ……っていうのも本音ではあったから、ネアスの取り成しにもすこぉしばかり後ろめたくはあってだね。
「……そんなもん気にしなくていーだろ、ネアス」
だから、続いたバナードの軽口にも、なんだか救われたよーな気にはなったわけなのよ。
「どうせコイツのことだからさ、変な意地だとか気負いとかがあって素直になれねえだけだって。そんなもの真面目に取り合うだけ時間の無駄ってもんだろ?」
なあ?と、同意を求めるようにこちらに向けた視線には特に応じることもせず、わたしは直立姿勢を維持したまま、降下する。
「よいしょ、と。コルセア、言い過ぎたって謝ろ?」
そして、それを下で待ち構えていたネアスにまた抱え込まれ、優しく耳元で囁かれる。
俯いたままの顔は上げず、目線だけを上目遣いのよーにして、わたしを取り囲む学生たちの顔を見た。
「………」
「……くくっ」
「ふふ………」
それはどの顔も一様に、「しょうがねえなあ」とでも言いたげに、その……生暖かい視線というものを向けていたのだ。
そんなものを向けられてしまえば、だ。
意地っ張りのわたしでも素直になって……
『……へへーんだ!わたしがそれくらいのことでしおらしくなると思ったらおーまちがいよっ!お嬢さまのことなんか関係無いもんねーっ!役立たずのあんたたちにも多少の活躍の機会を与えてやってんだから、このわたしに感謝して土下座拝跪するがいいわっ!!』
数瞬前までのしめっぽい空気はどこへやら。わたしのぼーげん一発で一気に着火する沸点の低い連中。なんだとこのクソトカゲっ!!……と、ワンパターンにも押し寄せる子たちと、ため息をつくネアス。
『でもっ!!』
そんなやり取りは何処か心安らぐものがある。この場所にわたしがいてもいいんだ、って安堵できる。
わたしは、わたしにとって一番大切なもののためであっても、これを失いたくはない。
だから。
『……あんたたちが怒るのも分かるわよ!学校は授業も出来ない。帝都はモノも満足に手に入らない。いくらか状況は良くなっているといっても、陛下の行方は相変わらず不明のまま。そりゃあさ、黒幕が理力兵団の第二師団と聞いて、向こう見ずにも突っ掛かりたくなる気は分かるわよ!……だから、だから…お願い』
目の前にまで迫っていた集団に、ネアスの腕の中でわたしは深く深ぁく、頭を垂れる。
『お嬢さまが戻ってきて、その時に後悔するようなことをしないで!お嬢さまは、この学校でご自分が成したことを、とても誇りに思ってる。でもそれは、お嬢さま一人で成したことじゃない。ネアスや殿下、バナードと、学校の先生たちと、それからこの学校にいたみんながいたから出来たことだって思ってる!わたしだってそう思う……だから、お嬢さまのためにこの学校のみんなが傷つくようなことをしたくないのっ!』
その格好のまま、吼えるようにそう言った。頭のてっぺんの向こう側で、幾人もの息を呑む音がする。
ネアスはきっと……ほっとしたように、優しく微笑んでいるんだろう。見えないけれど、それだけは確信出来る。
だからあとは、わたしの誠意ってものが伝わるかどうか……まあ実績に鑑みてそれは間違いのないトコだと思うけどっ。
「……あのなあ、コルセア。今さらそんなこと言われて納得出来ると思うか?」
をや?
「……そうよね……散々侮辱されて、でもそんな言葉で絆されてしまってはお手軽というものよ」
え、なんで?
「……言いたくはないがな。どうせ貴様のことだ。そんなしょぼくれた態度の裏ではきっと……『こいつらお手軽だな』などと思っているんじゃないのか?」
えちょっ?!……いやまあ、全く思ってないかといえばそんなことないけどさ……。
「あーっ?!やっぱり言い当てられてギクッとしているわよこの大食いトカゲ!」
「ふん、やはりな」
「どーせおめーはそんなヤツだと思っていたよ!!」
……おーい。
一応これでも本音を口にしたつもりなんだけどさー。なんでこうなっちゃうのよー。
と、顔を……たぶんそこそこ絶望的な表情だったと思う……上げて、ネアスに抱っこされたままのわたしを取り囲む一行を見上げる。
その様子ときたらもう、お前なんかに騙されるもんか、っていう断固とした意志に塗れ……てはおらず。
「……そう。バナード・ラッシュの言う通り、お前はそういうヤツだと思ってはいるけれどな」
「まあ、ブリガーナ家には世話になっているし、ここは恩を返す機会でもあるものね」
「個人的には、あの悪者ぶっていても根はお人好しなアイナハッフェも嫌いではない」
言葉だけ聞けば随分な言い様だけれど、それを口にする顔を見れば、お嬢さまが大切にしているものを無下にすることはない、って信頼を寄せて余りある気高い眼差しが、それぞれにわたしを見つめていた。
「……バナード?」
そんな中で一際皮肉っぽく、でもわたしにとっては懐かしくも思える視線を放つ少年が、心の底から愉快そうに言う。
「そうだよ。おめーはそんなヤツではあるけどさ。アイナハッフェを大切に思ってることくらい、みんな分かってる。そういうお前がアイナハッフェの名前を口にするなら、きっとそれは真摯な願いに根差したものなんだろ。俺たちだって、あの腹黒くて、けどどっか甘くて、時々間が抜けててなんか見捨てておけねーお嬢様を傷つけたくなんかない。だったら、お前の言うとおりにしてやるさ」
『バナードぉ……』
「バナードくん……」
わたしとネアスの二人分の熱視線にさらされ、バナードはあからさまに照れたように顔を背ける。後ろからその光景を眺めていた帝国高等学校の生徒たちは、それに気がついたバナードが慌てているところを囃し立てていた。格好つけんじゃないわよ、とかネアス・トリーネにいいとこ見せたいか?とか。
顔を赤くしたバナードがむきになって反論して、更に賑やかになっていくこの場でわたしがぽつりと洩らした一言は、きっとわたしを抱いたままだったネアス以外には届かなかったことだろう。
『……………みんな、ありがとね』
って。