第197話・帝都の空駆ける竜(いとけなき争い~良い子は真似してはいけません)
「もうっ……みんなだってコルセアが呼んでるから来てくれたんだよ?そんなこと言ったらダメだよっ」
『あいっ。もーてぃまてぇん!』
鼻水の出てる鼻先をちり紙で押さえられているので変な声になった。
「ほら、鼻血止まった?……そういえばコルセアって、血を流すとひどいことになるんじゃなかった?」
『……ふごふご。んー、なんかそういうことはないみたい。大丈夫』
どーゆーわけか、鼻血はただの鼻血であって、ちり紙で拭い取っても紙が炎上したり誰かがヤケドをしたりするようなことは無かった。
思うにわたしがケガした時に流れる血というのはだね、一種の呪いみたいなものなんじゃないだろうか。
わたしに危害を加えるつもりでそうすれば、災いとして降りかかる。そうでなければ普通の生き物と同じこと。
そういうものなんじゃないかな、と、わたしに石をぶつけたお嬢さまとネアスのクラスメイト……まあ、わたしにとっても友人と言って差し支えはないと思う……の顔を見やる。誰も彼も、優しげにわたしのことを見て……。
「……………」
「……………」
「………#」
……は、いなかった。ていうかむしろ「こいつぶっ殺したろか!」みたいな顔ばかりである。ちょっと待て、あんたたちわたしにどんな感情抱いているってのよ。その物騒な顔が本心の顕れだったとしたら、間違いなくわたしの流血は悲惨な事態を生むことになってたんだけどっ?!
「ほら、コルセア。よそ見しないでこっち向いて。血が固まっちゃうとキレイにならないよ?」
『あ、うん……むぎゅ』
「……!!」
……なんかネアスがわたしを構うと連中の視線が一際キツさを増すよーな気がするんだけど。もしかして嫉妬か?ジェラしってるのか?ネアスに構われてるわたしがうらやましくて仕方ないのか?
ネアスは、貴族の子弟が多いこの学校では珍しい、職人階級の娘だ。本当なら自分から目立つようなことはしないだろうし、実際ネアスもそう前に立ちたがる方じゃない。
でも一緒にいるのがお嬢さまだったりわたしだったりするものだから、存在としてはどうしても注目を浴びる。そして、ネアスの才能が確かなことは、その成績を知ればイヤでも分かる。となれば、貴族の子弟連中は面白くない……と思いきや、ネアスは生来の天然っぷりとか朗らかな性格とか、成績を鼻にかけて貴族の子らを侮ったりしないところが好感を得て、学内でも人気があるのだ。さすが乙女ゲーの主人公……ってこと以上に、「ラインファメルの乙女たち」の中でよりも、学内で受け入れられているのだ。もうアイドルと言ってもいいくらい。
だもんだから、お嬢さまならまだしもわたしがこーしてネアスに優しくしてもらっていると、こーいう三角形な目で見られてしまうのだ。
「……これでキレイになったね。コルセア、もう大丈夫?」
『え?あ、うん。ありがと』
「よかった。うん、いつも通りのかわいくてかっこいいコルセアだね」
(ギギギギ……)
(ぐぬぬぬ……)
……そんでもって、自分がどれだけ人気あるかずぇんぜん気がついてない辺りは、真性の乙女ゲー主人公なんだよなあ……まあいいか、ネアスらしくて、わたしはこんなネアスはとても好きなのだし。
『……さて、これでケンカ両成敗、ってことでいいわね、あんたたち』
「どこがだよ!おめーが一方的に得してんじゃねーかっ!」
目の周りに青たんこさえたバナードが足を投げ出した格好でわたしを指さして言った。ていうかどさくさに紛れてあんたが一番石投げてたのは忘れてないからねっ。
『ネアスのひざに頭を乗せられるのはわたしの特権だからね!誰にも譲る気はねーわよ。そんで話戻すけど。いいかしら?』
「あーもー、勝手にしろ、勝手に」
バナードはなげやりにそう言ったけれど、それは概ね大勢に沿った発言だったようで、その他の子たちも不承不承ながら……いてっ。
「ネアスの上から降りろ、おめーは」
『……別にいーじゃん』
ちぇっ、と舌打ちしながら、ふんぞり返るようにしてネアスの膝の上に置いてあった頭を起こした。
考えたら地ベタに腰を下ろしたネアスを枕代わりにしてたよーな格好なのだから、なるほどエラそーではある。困ったものだ。
「おめーが言うな、おめーが。で、何だよ。こっちも暇じゃねーんだから話を始めろ」
『せっかちねえ……ま、バナードには大体想像つくと思うけどさ。うちのお嬢さま。皇帝陛下。バッフェル殿下。この三人を救い出す手伝いをしてほしーわけよ、あんたたちに』
バナード含めて、多分お嬢さまについては予想してただろーけど、まさか皇帝陛下の名まで出てくるとは思っていなかったに違いあるまい。全員が全員とも、あほみたいにぼーっとなって、ご丁寧にも口をあんぐりと開けていた。男女問わず。貴族の子女がアゴを落としてる図なんてそうそう見れるもんじゃないわね。
「具体的には何をすばいいの?コルセア」
で、そんなあほ面を前にドヤ顔してたわたしの気分に水を差してくれる、冷静なネアスの一言。流石に立ち上がって制服のスカートのお尻のところを払いながら……怒ってる風ではないけれど、なんかちょーしに乗りすぎたわたしをジト目で見てるよーな、そうでもないような……。
『あ、えーと……うんとね、理力兵団が叛乱を起こした、という事情はみんな知ってると思うけど。で、まあいろいろあって、第三皇子のバッフェル殿下が皇太子に立てられて、そんで第二師団がどうにもならなくて陛下とかさらって隠れてるの。分かった?』
「わかんねえよ、説明ヘタか!」
『なんでよ!あんたたち頭悪いんじゃないのっ?!』
第二ラウンド開始。
再び小石の飛び交い始めた校庭の中、「やーめーなーさーい!!」と制止するネアスの声に聞く耳持たず、鬱憤の貯まったやんちゃな学生と、むきになる暗素界の紅竜のケンカは、そのうち対気砲術という洒落にならねーものが持ち出されたに至ってようやく、見た覚えのないくらいに真っ赤になってブチ切れたネアスの雷によって止められたのだった。
ほんと、この子たちわたしに含むものとか無いんでしょーね。次出血したら地獄よ、地獄!