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第196話・帝都の空駆ける竜(今は地上で子供のケンカ)

 『吐け。じじい』

 「……お前さん、老人をこんなに朝早く起こしておいて、第一声がそれかい。もう少し敬老精神とやらに目覚めた方が長生き出来ると思うんだがのう」


 うっさいわ。ふつー老人というものは朝早くに起きて徘徊するのが生態だと相場が決まってんのに、このじーさまときたら伯爵家で一番最後に起きてきやがる。そりゃあ夜遅くまであれやこれややっているのは分かるけれど、部屋に飛び込んできたら鼻ちょーちんも立てんばかりのおーいびきかいて寝てるとあっては、起き抜けに文句言われるくらい当然だと思いなさい。まったくもう。


 「で、無礼にも程があろう所作に儂は何で応えればいいのかよ、コルセア」

 『そうやって殺気ばらまいている方がらしーですよ、じーさま。ま、お願いしたいことが二つばかり。いすか?』

 「お前さんのお願いとなると碌でもないことになりそうだがな。ま、言うだけ言うてみい」


 この歳になってもじーさまは自分一人で着替えをする。

 上に乗っかったわたしを押しのけてベッドから抜け出てガウンを脱ぎ去ったところなど、とても引退した伯爵家の前当主とも思えない筋肉だ。これで家の外では衰え気も弱くなったジジイを演じてるってんだから、タチの悪いこと甚だしい。

 それなりに身分のある人の着衣というものは、この世界でも相応にややこしいものだ。なんか例の同人誌ではそーいうところまで設定されてたとか聞くけど、あんまりそーいうことに興味の無かったわたしは床のカーペットにペタンと座りこんだまま、じーさまがすっかり着替え終えるまでそれを見上げていたけれど、特にそのことについてじーさまから何か言及があったわけでもなかった。


 「……で、何事よ」


 そして着替えが終わると、最近めっきり髪の薄くなってきた頭頂部をツルリと撫でて、あんまり感情を感じさせない物言いで問う。


 『そーですね。まず一つ。第二師団の連中が今潜伏していると思われる場所を教えてください』

 「聞いて何とする?」

 『決まってます。お嬢さまを助けにいきます。一つずつしらみつぶしに探していけば割とすぐ見つかるでしょ』


 したらじーさま、お前さんも大分テンパっておるようだの、と呆れたように言った。

 いや、テンパってる?わたしが?なんでよ。わたしはれいせーちんちゃくを絵に描いて額に入れて飾ったよーな女。暗素界の紅竜に怖いものなどないのだ。よぉく熟成されたシクロ肉のステーキは怖いけど。朝からステーキも乙なもの。わたしを怖がらせたいなら早くもってきて!ハリーハリーハリー!!

 ……じゃなくて。


 「儂はお前さんの腹黒いところは割と気に入っておったんだがのう。それすら失うくらい焦っているちうことかい。ま、子供の頃からずっと一緒だったアイナが掠われた、となるとじっとしてもおられんのは分かるが…」

 『腹黒いっつーのは訂正を求めます。わたしいつも誠心誠意お嬢さまに付き従ってるじゃないですか。もし腹黒く見えるってんなら間違いなくじーさまや伯爵家の影響ですって』

 「そうかの?割とお前さんの本質的な部分のように見えてたんじゃが。まあいい。とにかくの、第二師団の連中が潜伏している場所には心当たりはあるが、そんなもの一つ一つ襲ってみい。すぐにアタリの場所に知らせが行ってアイナも陛下も、身柄を移されるに決まっとる。その程度のことにも気付かぬお前さんではあるまい。だから慌てておるな、と言うたのよ」

 『…………』


 返す言葉もなかった。そりゃわたしだってお嬢さまの居所がすぐに分かるわけがない、ってくらいの分別はついていたけどさー、だからといって「居そうな場所」が分かればそれで万事おっけーなわけがない。じーさまに言われるまでもなく気がつかなけりゃならないことだった。ファメルより深く反省。あそこ、広いけど水深はそれほどでもないのよね。


 「ま、いきなり殴り込みをかけるのでもなければ教えてやらんでもない。ただ、そこにアイナや陛下がいるかどうかを調べるのは……骨が折れるぞ?四裔の手も借りて探らせてはおるが、何せあの連中、隠密活動というものに全く向いておらん。何とかせにゃな、とは思うておるが……」

 『あ、それでじーさまにお願いがあるんでした。二つめの』

 「あん?」


 言ったわたしも忘れそうだったけれど、そういえば頼み事というのは二つあるんだった。ていうか、なんで第二師団の潜伏先教えてもらったらわたしが即襲撃に行くなんて前提で話進められてんの。

 乗っかったわたしもアレだけど、じーさまも大概焦ってるんじゃないの?いや孫娘の危機にへーぜんとしてられるよりはいいけどさ。


 『高等学校の生徒の動員許可、ください』

 「………あん?」


 そして、わたしのお願いの脈絡の無さに面食らったじーさまの顔は、多分「初めていっぱいくわせてやった」ことを実感出来るような、ぼーぜんとしたものであったことをここに記しておきたい。

 ……別に狙ったわけじゃないんだけどね?



   ・・・・・



 「で、俺たちは何をすればいいわけなんだよ!!」

 『だーまらっしゃい!いまから説明するから。えー、さて……よくぞ生き残った我が精鋭たちよ!』


 まだ何も起きてねーだろ!とかいう不粋なツッコミはこの際無視する。数々の試練を乗り越えそしてラスボスのこもる城のセットの前に立った時の高揚感は何物にも代えがたいってのよ!……流石にリアルタイムで見てたわけじゃないってば。


 で、わたしが今どこで何をしているのかというと、すんごい久しぶりにやってきた気もする高等学校の校庭にて、「隊長」と書かれたタスキを肩にかけ、居並ぶ精鋭達……はもういいか。えーと、帝国高等学校の学生諸君の集った前で、浮いているのだった。

 第二師団のクーデター以降、学校がどうなっているのか、というと、殿下が太子府を興して帝権の把握に取りかかってからまだそれほど時間が経っていないこともあり、まだ完全再開という段には至っていない。というか、それどころじゃないと後回しにされてる感がある。

 そんな中でも割と勤勉な学生の一部はこーして学校にやって来て自習したりグループになって先生たちに講義をお願いしたり、学校に姿を見せるよーにはなってきているわけだ。


 『さーて、集まってもらったのは他でもないわ。今この帝都で起こっていることについて!まず知ってもらおうと思うの!』


 ぴたっ、からの、しーん。

 校庭のど真ん中で、三十人ほどの学生たちの前でふんぞり返っていたわたしは、上々の反応に満足して鼻息荒くする。


 『どーせあんたたちは家にいてもこの騒ぎの真実、ってものを教えてもらってるわけじゃないだろーしねっ!いい?!耳の穴かっぽじってよぉく聞きなさい!この叛乱騒ぎの裏にいるのは……いてっ?!ちょ、なんで石ぶつけるのよっ!!事態を全く把握してない愚鈍なあんたたちにも一から懇切丁寧に説明してやろーってのにこの扱いは無いんじゃないのっ!』

 「うるせーっ!ここしばらく顔も見せなかった役立たずのクセしてえらそーなんだよおめーはっ!」

 「そうよ!大体いきなり私達を呼び出しておいて何図々しいこと言ってるのかしらねこの大食いトカゲはっ!!」

 『ちょっ、ま……いてっ、いてーっての!くぉら責任者出てこーいっ!!かわいいかわいいコルセアちゃんがいじめられてるじゃないのっ!!』


 流石に対気砲術こそ飛んできたりはしないけど、石の勢いは結構容赦なくって、二、三発当てられたところでたまらずわたしはこの無知蒙昧の輩を集めてきた引率の生徒を怒鳴りつける。


 「責任なんか負った覚えはねーよ!おめーが今学校にいる学生全員集めてこいっつったからそうしただけだろーがっ!!」

 『バナードあんたには当事者意識ってものが無いのよ!いい?!事態は既にわたしたちの手から離れつつあるのよ!それをこの手に取り戻す絶好の機会だっつーのに、あんた無責任すぎるわよっ!!』


 勿体ぶって言っても結局はバナードなんだけど。第二師団へのテロ活動を共にやって以降は大人しくしてたみたいで、でも退屈になってきたのかわたしが頼み事をすると「何が始まるんだ?」と子供みたいにワクワクしてたくせに当事者感覚が無いとゆーのもどうなのよ。


 『とにかく!今はこのアホども黙らせてわたしの話を聞かせなさ……ぶっ?!』

 「うるせーアホトカゲ!ここんとこ出歩くことも出来ねーでイライラしてたんだ!」

 「いいだろう、そのケンカ買ってやるっ!」

 「いい加減あなたとは決着つけないといけないと思ってたのよ!」

 「かかってこいやこの無駄飯ぐらいの大トカゲっ!」


 一際でっかい、こぶし大の石をまともに顔面に食らって悶絶するわたしに、高等学校の生徒たちが好き勝手言ってくれる。ええい、このわたしがどれだけ苦労してカルダナ軍を追い払ったと思ってんのよっ!


 『……くぉのぉぉぉぉ……ケンカ買ってやるのはこっちの方よ!こうなったらもう面倒だわ全員まとめてかかって……来いやぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!』


 やめんかアホ竜!……とか聞こえたけれど止めるな!負けることが許されない戦いってのが、人生にはあるのよっ!!

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