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第193話・角は東に尾は西に(かえりみち)

 なんやかんやあって、いろいろなことが起こって、さまざまな面倒を片付けて、カルダナのれんちゅーは追いやった。いじょ。


 「………おい。それで済ませていいのか」

 『や、いいのかも何も事実じゃん。確かに思ってたよりは時間かかったけれど、めでたくわたしの目的は達したし、こーしてあんたたちも帝国に顔繋いであげられるよーになったんだから、何も問題無し!』

 「俺が言いたいのは、もう少し活躍の場を寄越せ、ということなんだが」


 んなこと言われても。


 「いーじゃないのよう。働かないで報酬だけ得られるのなんて、誰しも羨む立場じゃない」

 「働きもしないでメシだけは食う、ってのは俺のガラじゃねえんだよ」

 『めんどーなヤツねー。ま、報酬の前払い、ってことで後で死ぬほど働いてもらうから、そーいうことにしときなさいな』

 「いや死ぬほど働きたいわけじゃねえんだが」


 グチグチと細かいことを言うアイラッド。

 実は、カルダナ軍を追い払うのにあれから五日かかった。

 剛はわたしの吐く火で。柔はパレットの紐パンで。パレットに色気を使わせるのに散々交換条件出しまくってなんとか言うことを聞かせたのだけど。何を約束させられたのかはそのうち語ることもあるだろう。なるべくならそうなりたくは無い内容だ。

 そしてアイラッドは、実は当人が自重するほど役に立ってないわけじゃない。

 わたしの脅しとパレットの色仕掛けと、その両方を効率良く役立てるために、カルダナの動向を聞き出せたのは結構役に立ったことと言えるんじゃないだろうか。

 あと、あんたはまだ新兵の少年たちを率いてる立場なんだから無茶は控えた方がいんじゃないの、と正論かましたらぐぅの音も出なかったところは、大変責任感あってよろしい。


 さて、こちらに来る時は飛んできたから大して時間もかからなかったけれど、帰りは帝国の道に不慣れな子たちを連れての道程だ。

 カルダナの山奥で生まれてずっとそこにいた少年たちはもとより、仕事でも帝国を訪れたことは無いと言っていたアイラッドも、もの珍しそうにあっちゃこっちゃ首を巡らしながら街道を歩いていた。

 途中、パレットが危険を知らせに行った集落があってもう心配しなくていいわよと伝えたり、他の地域を担当している四裔の部隊に出くわして、あんたら何遊んでんのよと叱りつけてカルダナ方面の警戒に向かわせたり、まあいろいろあってもうすぐ帝都に辿り着く頃合いだ。


 「で、俺達も連れてきてくれたのはいいんだが……これからどうするつもりなんだ?」

 『そーねー。まあ前にも言ったけど、ブリガーナ家のお預かりにしておけば、とりあえず丸く収まるんじゃない?』

 「ブリガーナ、ねえ。触媒を扱ってる商人あがりの貴族だろう?カルダナじゃあ、あまりいい噂を聞かねえが」

 『仮想敵国で良い話を聞く貴族なんて獅子身中の虫もいーとこじゃないの。ま、それは別としても先代の当主が慈善家にはほど遠い実績があるから、ワルの家には違いないと思うけどね。怖い?』

 「誰が」


 むしろどんなツラを拝ませてもらえるか楽しみだな、と強がりでもなさそうな悪い顔になってたアイラッドを見て、後に続く少年たちの幾人かは首を竦めていた。まあ今までいろいろあっただろーし、少しくらいは安心させておこうか。


 『そんな心配しなくてもいーわよ、少年たち。わたしがお世話になってるブリガーナのお嬢さまはね、それはそれはお美しくて、優しくて、とってもいい人なんだから。ドラゴンのわたしにだってたっぷり愛情注いでくれるのよ?ええとね、まずお嬢さまは一見とっつきにくくて厳しいことをまず言ってくるんだけれど、それはとても情が深いことの裏返しでね。ツンデレって言葉知ってる?うふふ、つっけんどんに接してくるのに実はその裏に優しい思いやりとか愛情とかがいっぱい詰まってるんだよ。それを指摘したときに「そんなことありませんわっ!」って慌てて否定するとこなんか、とぉっても、かぁわいぃぃぃぃぃんだからぁ。だからね、きみたちの境遇を聞いたらきっと親身になって世話してくれ…………あの、痛いんだけど、パレット』

 「……………」

 『……だから、痛……いたっ、いたっ?!あのちょっ、角掴んで振りまわさ……まってまってまってぇっ?!』

 「…………うわきものぉ」


 なんでやねん。わたしはお嬢さまがどれだけ慈悲深くて人情に溢れてそんで時々すんげー面白いかを説明しただけじゃんかー。多少熱が入りすぎたのは認めるけどさ。

 パレットはわたしの二本の角を握ったままぶらんぶらん振り回し始め、その様子がなんだか半泣きしてるようにも思えたので仕方なくわたしは、されるに任せてた。少し首が痛いけど、ガマン出来ない程じゃない。ていうかそれよりも、なんか見えない背中の方から黒めのオーラめいたものが立ち上っているのがおどろおどろしい。

 正面にいるアイラッドも少年たちも、見えないフリしてるよーに思える。こいつヤンデレの素質でもあんのかしら。まさかとは思うけどわたしがお嬢さまについて熱弁振るってからヤキモチやいてるんじゃ。ヤンデレとツンデレに愛されるイケナイ、ワ・タ・シ。

 ……とかアホなことを考えていたら、すっかり存在を忘れられていたネアスが頭の隅っこの方でうらめしそーにこちらを見ていた。だってそーゆーキャラじゃないじゃん。


 「まあ話としては分かったけどよ。で、だ。コルセア。コイツらとも話し合ったんだが……ブリガーナ家に、俺達も雇ってくれるよう口を利いちゃくれねえか?」

 『ほえ?』

 「え?」


 わたしの角をつかんで振り回していたパレットは、そんなことをしてるうちにだんだんと楽しくなってきたのか「あははははー」と上機嫌になっていたけれど、アイラッドの申し出にはわたしと同じく面食らったように動きをとめていた。


 『ぶべ?!』


 故に、手がすっぽ抜けてわたしの角はパレットの手から離れ、受け身を取る間もなかったわたしは吹っ飛ばされて立木に正面から激突する。


 「……あ」

 『……あ。ぢゃねーわよ!!なにしてくれんのよこのチャーミングな長いお鼻が縮まったらどーしてくれんのよっ!!』

 「あーはは、ごめんごめん。でも今までコルセアちゃんがわたしにした仕打ちを思えばまだお釣りがくると思うんだケド」


 それを言われると言い返す言葉も無い。まあ別にケガしたわけでもないから黙って引き下がり、パレットの隣に位置すると、異な事を言い出したアイラッドの顔を並んで見つめる。わたしはまだ鼻先を両手で押さえていたけれど。


 「で、別にそこまでする必要はないんじゃない?コルセアちゃんが請け合ってくれるんだし、アイナちゃんもいー子だよ?」

 「タダ飯食らう気はねェんだよ。コイツらだって一人前になってもらわなけりゃなんねえ。貴族の傭兵ってぇ立場なら割と都合がいいんだよ」

 『無茶言うわね……わたしの一存だけで約束出来る話じゃないわね。口利きくらいならいくらでもするけど、雇い入れとかって話になるとまた別だし』


 だろうな、って顔で落胆もされないのは、まあ正直助かる。それなりにそういう経験もあるんだろうし。

 あと問題があるとすれば。


 『それとね。逃亡したとはいえ、侵攻してきたカルダナの兵だったんだから、多少はエラいひとに事情を聞かれるくらいはすると思うわよ』


 これを言った時は、流石に少年たちも不安そうに顔を見合わせていた。なので慌てて、素直に知ってることを話せば酷い目には遭わないだろうけどね、って付け加えておいたらホッとした様子だったけど。まあ殿下に言付ければ悪いようにはしないと思うけど、太子府の設営も含めて今帝都がどうなってるか、って話だからなあ。


 「贅沢言える立場じゃねえ。おめえを頼ればそんな無茶なことにはならねえだろうしな」

 『そりゃどーも。ま、後悔だけはさせないであげるから、安心しときなさいな』

 「頼むぜ。竜の口入れ屋に世話になったなんざ、飲み屋で女を口説くいいネタになるしな」


 ようやく軽口を叩けるような余裕を取り戻したアイラッド。

 調子のいいことよねー、と、わたしとパレットは大笑いしてたものだけど、いつの間にかアイラッドを頼り甲斐のある兄貴分と慕うようになってた九人の少年たちに批難めいた視線を向けられて、大笑いが引きつり笑いになったりもしたのだけれど、それはさておき。




 そんなことをしながら、数日かけて帝都まで戻って来た。

 相変わらず理力兵団が幅きかせてるのか、それとも殿下と四裔兵団が帝都の治安を把握してるのか、と思っていくらか落ち着かない様子を想像していたんだけれど、なんていうか思っていたよりは落ち着いた様相だった。

 まだこれからお昼時、っていう街中も兵隊めいた格好の人は目立たず、理力兵団のクーデターが起こる前とあんまり変わらない印象だ。カルダナの侵攻が伝えられてもっと大騒ぎになっててもおかしくはないと思うんだけど……?


 「なんか随分と……賑やかね。どうしたの?」

 『そうねえ。叛乱騒ぎの時とも違ってバタバタしてる感じじゃ無いし。とりあえずお屋敷に戻りましょ?予定通りなら殿下が太子府を設営してるハズだし』

 「太子府?殿下?何が起こってるんだ」


 行きゃ分かるわよ、と、めんどくさくてその辺の事情を説明してなかったことを後悔しながら、中心部のブリガーナ家のお屋敷へ向かう道を歩く。

 街道筋ですらそうだったんだから、後に続く十人はもお、首の関節が磨り減るよーな勢いで回してあっちこっち見回していて、なんていうかカルダナって随分田舎だったよなあ、と失礼なことを思い出していた時だった。


 「コルセアどの!」


 なんとも切羽詰まった感じの声で呼び止められた。わたしをコルセアどの、と呼ぶのは大体お屋敷に勤めてる人だと思うんだけれど、聞き覚えのない声だし。

 で、わたしを呼ぶのはだぁれ?……ってな具合に、ちょっとのんびり振り返ったところ、そこにいたのは四裔兵団の装いの、若い兵隊さんだった。完全武装、ってわけでもないからこれから出動というよりは、街の中を警備していた、ってところだろうか。


 『……えーと、あなた確か見覚えが。ミドウじーさんのトコのひとだっけ?』


 そうそう、最初にミドウじーさんに手紙を届けにいった時に見かけた顔だ。となると、殿下の味方になってる四裔の中でも古株……ってほどじゃないか。割と最初っから殿下とブリガーナの陣営にいるハズだけど。


 「ええ……いえそれよりどちらに行っていたのですか!!」

 『あ、それ聞いてくれる?ていうかあなたたち四裔の兵隊さんが持ち場離れたもんだから国境がエラいことになっててその始末に……』

 「いいから早く戻ってくださいっ!!アイナハッフェ嬢が……」

 『お嬢さまがどうしたってのよ!!』

 「うわっ?!」


 お嬢さまの名前が、どう考えても平穏とは言い難い口振りから出てきたせいで、わたしは落ち着きを失って噛みつかんばかりの勢いで、呼び止めてきた四裔兵のにーちゃんに怒鳴る。だって、どう考えたってお嬢さまの身に何かあったとしか……。


 「おい、待てって。そう慌ててたんじゃあよ、話す方だって落ち着いて話せねえだろうが。で、何があったってんだ?」

 「……あんたは?」

 「今はどうでもいい。コルセアの舎弟みてぇなもんだと思っとけ。で、なんだ?」


 血の気の引く思いで高度が低くなっていくわたしとは対照的に、落ち着いた態度のアイラッドのお陰で四裔のにーちゃんも今話すべきことを思い出したようだった。

 そして、わたしの方を見て少しばかり気の毒そうな顔になったあと、辺りをうかがってから、こう切り出したのだ。


 「……アイナハッフェ・フィン・ブリガーナ様が、理力兵団の残党に拉致されました」


 周囲に聞こえないよう潜めた声も、わたしに与えたショックを軽減する役には、立たないようだった。

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