第189話・角は東に尾は西に(泉のほとり)
『じゃああとは、カルダナの兵たちにどう接触するか、よね。それくらいは考えてくれるんでしょうね?』
「任せておきな。そこの姉ちゃんをこれ以上ないってくらい扇情的な状況でカルダナの野郎共の前に届けてやるぜ」
パンツ丸出しの女を千人ばかりの男の中に放りこもう、とか普通に考えれば人でなしどころかマジに鬼畜級犯罪者の所業なんだけど、今回ばかりはパレットの女神としての力が頼りなのである。
ただ事ここに居たるまでに紆余曲折を三回くらい繰り返して一周してきた感もあるけど。
何があったかというと、パレットに無茶をさせようとして当人が嫌がり、わたしの作戦を聞いて乗り気になったアイラッドが説得(というか懐柔?)に回ったことで更にパレットは抵抗の度合いを強め、それを見かねた少年たちはたわたしとアイラッドを止めようとしてくれた後、その少年たちの心優しさ?に胸打たれて、マントを腰に巻いた(マントは少年たちのうちの一人が貸してくれた)まま拳握って「おねーさんにぜんぶまっかせなさいっ!」と、チョロくも請け負ってくれた……という流れがあったのだ。
まあわたしのためじゃなくて、舌なめずりせんばかりに美味しそうな男の子たちを目の前にして張り切らないヤツではないのである。
あとは……なんか、わたしに「お願い」があるとかで。具体的に何させよーっての、と警戒して聞いたら、「ん、まあそれは後でね」と、その時に限って、パレットにしては珍しく憂いをたたえた顔になっていたから、それ以上聞けなかったけれど。
「ふん、悪くはねえな」
『ちょいと木が生い茂って見つけるのに苦労したわ。で、この場所でならイケる、と踏んだんでしょ。わたしには男の感性とかよーわかんねーのだけど、こういうのがいいワケ?』
アイラッドのオーダーに従い、空からわたしが見つけたその場は、灌木の多いこの一帯にしては珍しく木と草が多い茂る、ちょっとした風光明媚な一画だった。おあつらえ向きに泉みたいなものもある。
「ふーん。随分キレイな水ね。呑んでも……うん、大丈夫そう。ねー、そこの少年たちも喉が渇いてるでしょ?呑んでみなさいな」
なんか腹下しとかには縁の無さそうな女神は、早速手で水を掬って一杯飲んでた。生水って衛生的にどーなの。
止めようとしたけれど、少年たちはパレットの言った通り喉が渇いていたのか、辛抱出来ませんみたいな勢いで水辺について、上品に手ですくって飲むなんて真似をせず、直接水面に口をつけてグビグビ飲んでいた。
『……そういやアイラッド。あんたたちここに来るまで食料とか水とかどーしてたのさ。あの子たちの勢いだとそんなことも考えてなかったっぽいけど』
「まあな。説明は省くが一刻も早く抜け出す必要があったのさ。だから食いもんはおろか水すらろくに持ち出せなかった」
『そんなんでよくもまあ。ま、いいわ。それでこれからどうするつもり?』
「ん?ああ、そのことか。分かってるっての。舞台にゃケレンと演出ってもんが必要なのさ。いいから黙って見てな」
舞台?またなんとも芝居がかったことを言うもんだわ。何を始めるのかは分からないけれど、マントを腰に巻いた姿で、少年たちがさんざめく光景を見守っているパレットのところに向かう背中を見送る。
「よう、パレット。あんたに頼みたいことがあるんだけどな。その無駄に見栄えのいいツラと体使って、ちょいと手伝ってくれやしねえか?」
『あんたはケンカを売ってんのかぁっ!!』
「いでぇっ?!」
話にならなかったので、後頭部にかじり付いて止めた。
いや流石に交渉する態度じゃないでしょこれわ……。
「何しやがる!!」
『ナニも何もねーわよ!あんたもうちょっとマジメにやんなさいよ!』
「褒めたんじゃねえか!まず女を口説く時は容姿を褒めるっつうのは定番で…」
『あれで褒めたつもりでいるとか、今まで口説き落とせた女がいるとかいうのが信じられねーわ……ったく』
流石に首から上が無き者にするわけにもいかなかったので、とりあえず一口だけかまして解放してやる。アイラッドはぶつくさと文句を言いながら、噛み付かれたところがケガしてないか確認していたが、無駄に流血させるよーなヘマしねーっての。まあパレットに出血させたことはあったけど……って、そうじゃないや、そのパレットだ。
アイラッドとバタバタして気がつかないわけがないから、「なにしてんの?」とこちらを向いて首を傾げてる女神に向けて、アイラッドの背中を蹴飛ばし押しやる。
『おら、今度無駄な口叩いて時間無駄にしたら、首はカンベンしてやるけど右か左のどっちかをガブリといくわよ』
「……具体的に何を、と言わねえ辺り、妙に真実味があってこえぇな……で、だな」
「なに?」
ここでパレット、小首を傾げて少し俯き加減からの、見上げる仕草。コイツとの付き合いの長さで考えるとまあ、コレが計算尽くとゆーよりは天然だというのは分かるんだが、そこそこ女慣れしてそーなアイラッドが「うっ」とか唸って初心い態度になってしまう辺り、持ってるヤツというのは度し難い。実に。わたしには縁の無いスキルだっつーのに。ちくしょー。
「だから何すればいいっての。一応は手伝うって言った以上前言を翻すつもりはないけどね。この女神たるあたしを使おうってんだから、ハンパなことをやらせたらバチあてるわよ?いいわね!」
「…………………………………………」
『知らないわよ。あんたがやるっつったんだから自分でなんとかしなさい』
その発言の意味不明っぷりに戸惑い、「これなんとかなんねえのか」とばかりにこちらを見てるアイラッドを、冷たく突き放すわたしである。
いやこの女の言動がアレなのは今までのわたしとのやり取り見てりゃある程度見当つくでしょーが。今さら困った顔されたって知らないわよ。自分でなんとかしなさい。
「ちょっとコルセアちゃん。あたしをさしおいて見知らぬ男と目と目で心通わせるのはやめてくれない?」
『あんたはあんたでワケのわからん嫉妬発動してんじゃねーの。あとあんた意外に人見知り激しくない?その有様だとこの先いろいろ面倒だから、この機会に男になれておきなさいな』
「コルセアちゃんの、いじわる」
んなこと言われても。あと拗ねながら抱っこすんな。ヘンな気分になるわ。
宙に浮いてるわたしをぬいぐるみのよーに抱きしめたパレットを引きはがし、俺とお前だとえらく態度が違うじゃねえか、とため息ついてるアイラッドをはげますように肩をたたいた……いやだからなんでそのくらいでむくれるんだ、このよわよわ女神はまったくもー。
『……ああいやとにかく、なんかこのままだと話が進まないから、何をさせたいのか説明しなさい。事と次第によっちゃあわたしが説得してあげるから』
「……助かる。ああ、ええとだな……」
ここから先、アイラッドはこの類の話が苦手と見えてかなりつっかえつっかえだったので、少年たちのうちの一人が補足しつつ説明したことを交えてかいつまんで話すと、要するに帝国東方の地域、カルダナももちろんそれに含まれるんだけど、そこで広く知られている伝承っつーか広く流布したおとぎ話の類に、森の中の泉で美しい女神と出会ってなんやかんやあって幸せになる男の話、ってのがあるんだと。
で、この話かなり多彩なバリエーションも生まれたせいかその地域に広く知れ渡っていて、ただそのどれも発端は森の泉で美しい女神に出会うところから始まる……ってことで、カルダナも含めた土地の男のしんそーしんりにまですり込まれたシチュエーション、ってことらしい。深層心理とかシチュエーション云々はわたしの翻訳だが。
『……で、カルダナの連中が通りがかった時に、パレットにその女神の真似させてなんかいーように操ろうっての?安直すぎない?』
「他に上手い考えがあるんなら教えてくれ。手元にある材料だけで一軍をあしらおうってんだから、多少は無理も出てくるさ」
「失敗したらことよねー。あたしの責任、結構重大なんですケド」
「でもでも、パレットさんの……美しさなら誰だって目も眩むような想いをするとおも……」
「あらあらうれしいこと言ってくれるじゃないのー。でもいい?お姉さんを喜ばせてくれるのなら……そうねえ、そっちの子の手を握って、こお、いー感じに目を潤ませて見つめ合うと……」
『やめんかこの発酵女神。何も知らない子供を巻き込んで腐らすんじゃないわよ』
隙あらば腐臭をまき散らそうとする紐パン女神の後ろ頭にとりついて、無垢な少年に道を踏み外させようとしてるのを阻止していると、周囲を警戒しに行っていた少年二人が戻ってきた。
「隊長!言われた通り見つけたので戻ってきました!」
「上出来だ。見つかってないだろうな?」
「もちろんです!」
この辺はほぼほぼ街道筋に当たると言えるから、ほっとけばカルダナの軍隊は近付いてくるのだ。
「よし、準備万端とは言えねえが、手順はさっき言った通りだ。お前さんの演技力に期待させてもらうからな」
「ねえ、これ上手く行かなかった時って助けてくれるんでしょーね?」
『やる前から失敗したときのことなんか考えてんじゃねーわよ。あんた見た目だけは無駄にいいしいざとなったらその腰巻きはがしてやれば目くらましくらいにはなるでしょ』
「つくづく思うんだけど、あたしに人権ってものはないの?」
さあ?この世界でそんな概念あるとは思えないし、つーか日本の常識で文句言っても意味無いでしょーよ。
『とにかく、ごほーび無しってわけじゃないんだから良い感じに気張ってよね。頼んだわよ!』
「ようし、あとはコイツに任せて身を隠すぞ!」
一応はすぐ助けに入れる距離を保ちつつ、わたしたちは森の奥の方に潜む。遠くからざわめきのように、カルダナ軍が近付く音が聞こえる。
最後に一度、心細そうにこっちを見たパレットの姿には流石に気が咎めたのだけれど、ここはあんたが頼りなのよっ!……と、短い親指を立てるサムズアップ。向こうから見えたかどうかは分からず、けど一応は納得したっぽいパレットが、泉のはじっこにこしかけて素足を水に浸け始めた頃になり、カルダナ軍の先鋒が森が途切れた地に姿を見せた。




