第185話・角は東に尾は西に(もしかしてわたし、乙女ゲーの主人公?)
『んー、ドレーサ傭兵団、って名は聞いたことないんだけど、有名なの?』
「有名……ではないな。うちは発注に応じて国軍や他所の傭兵団に人手を出すのが主な商売だ。あまり名の知れた存在ではない」
その筋では知られているけれどな、と軽く胸を反らしていたのは、状況もわきまえずに威張っていたのか。なかなかかわいーところのある「男の子」だわね。
『で、そーいう専門的な傭兵団にしては後ろの子たちは若いんじゃない?まさか新兵引き連れて訓練するのにちょうどいい、とかじゃないでしょうね。帝国も随分なめられたもんだわ』
「違うぞ、紅竜。俺は今回新米の訓練のために寄越された。アイツらは正真正銘のカルダナ兵だ」
『へえ。新兵訓練も請け負うとかなかなか手広い商売してんのね。……で、なんで逃げてたの?この辺りの帝国兵にでも遭遇した?それとも地獄の業火もかくや、という炎を吐く紅竜に怖れをなした?』
「その紅竜はカルダナの矢に追われて逃げていったと聞くが?」
『あんたあんまり調子にのってんじゃねーわよこの場であんたらの生殺与奪を握ってんのはこのわたしなのよそこんとこ理解しときなさいな。がおー』
大口開けてげっぷみたいな小っさい火を吹いたら、流石に口が滑ったかと顔を青くしていた。そうそう、わたしに大口たたける状況じゃないのはちゃんとわきまえておいてよね。
『それじゃあ聞かせてもらうけどさ。あんたたちこんなとこで何やってたの?カルダナの本隊から随分と離れてるじゃない。斥候?新米にはちょっと過ぎた真似なんじゃないかしら』
「そんなわけが……い、いや、そうだ。俺たちはこの先に何があるかを調べて来いという任務をだな……」
『さっきは何かに追われている様子だったけど?』
「聞いていやがったのか?!つくづく性格の悪い奴だな貴様は!!」
あら、わたしは愛嬌豊かな竜ということで帝国内でも名が知られているのよ?としれっと言ったらなんか絶望的な顔になっていた。うーん、チョロいわ。こんな簡単に手玉に取れるんじゃあ、大物じゃないわね。多分何か企んでいるというよりは、本当に考え無しに飛び出さないといけなかった理由があるんだろね。
『で、結局何があったの?教えてくれないと尻尾の礼をしてあげるわよ?』
「……脅す気か?」
『言いたかないけどね、そっちは一方的に侵略してきてる立場なの。こっちの聞きたいことだけ話したら見逃してあげるだなんて、とても慈悲に満ちた行いだと思うのだけれど?』
そう言ってやったら、アイラッド、と名乗った青年は悔しそうに唇を噛んでいた。
そりゃまあこの子のせいってわけじゃないからさ、わたしだって多少は胸が痛むわけなんだけど。あとなんか殿下に似てるし。似てるし。時間稼ぎしてるうちに上手いこと太子府の設置が済めばいいんだけど。
……と、帝都にいるお嬢さまたちの様子が気になり、敵の前でついぼんやりしてしまった。こちらに対して害意があるとは言えない状況だからって油断しすぎだ、わたし。
『で、どうする?大人しく言うこと聞いた方が得だと思うわよ~』
「……仮に聞かなかったら、どうなる?」
『わたしの晩ごはんになってもらうわね』
舌なめずりをしながらそう言ったら、アイラッドは顔を多少青くしただけだったけれど、その後ろにいた少年たちは風切り音みたいな悲鳴をそれぞれに上げて、とうとう立っていることも出来なくなったみたいだった。言いたかないけど、その手に持ってる槍で隙を突かれたら、わたし結構えらいことになるんだけど。そこまでビビるというのも兵隊としてはどーなのさ。
「………分かった。話をしよう。何が聞きたい」
とはいうものの、こちらとしてはそれが好都合なもんだから、物わかりの良い子は大好きよ、とか思ってもいないことを嘯いて、わたしは少年兵たちを下がらせて、アイラッドと二人きりになれる場所へと案内した。
……実際、逆ギレされて立ち向かわれたら困るのはこっちなんだし。
・・・・・
少し離れると、街道は川沿いの土手を通る道になる。途中、どこまで行くのかと尋ねられた時、土手に寝っ転がって話すのも乙なもんでしょ、と答えたら「何を言ってるんだこいつは」みたいな空気を醸し出してたけれど、それっぽい場所に出てよっこいしょ、と先に仰向けに横になると、少しばかり離れた場所に、一応は腰を下ろす格好になっていた。せーしゅんだなぁ。
「何をわけの分からないことを言っている。それより話を聞かせろと言いながらこんな場所に連れて来て、何を考えているんだ」
『もうちょっとこっちに来たら?別にすぐに取って食ったりはしないわよ。で、カルダナの人たちが何考えているのか分かんなくてねー。ちょっとそこのところを教えて欲しくて』
「帝国に隙が生じた。そこを見逃さず攻め入った。帝国の領土を切り取れるだけ切り取ろう。それだけのことだろう」
『その割には兵力が少なくない?傭兵入れてもいいトコ千人くらいでしょ。他にもいるのかもしれないけど、帝国の外縁が手薄なことわかってるんだから、ちまちま戦力投入なんてみみっちい真似、普通しないんじゃない?』
「……………」
黙り込まれた。そこまでズレたことを言った覚え無いんだけど。
それともこの子はほんとーにただの傭兵で、詳しい話を知らされてないのか……いやあ、それは無いんじゃないかな。新兵教育の一環、って可能性はあるけど、正規兵を外部の傭兵に指揮させるなんてよっぽどのことだ。普通、傭兵はもともとの集団で運用されるものだし。本人が言ってた通り、ドレーサ傭兵団っていうのが特殊な傭兵なのかもしれないけど。
でも、外部の士官に自国の兵を任せる場合、かなり目的はしっかりしていてそれに関係する情報はきっちり与えてるハズ。だから、帝国の四裔兵団が持ち場を離れてて、現在国境付近が手薄になってる、って話は当然知らされている、と思うのよね。
『………ってこと。そこんとこ、どう?』
帝国側の事情については多分察知しているだろうから特に隠すこともなく詳らかにしてみせた。
そしたらなんだか驚いた顔になって、
「お前、何者だ?」
……なんて言わずと知れたことを聞いてきた。
わたしが何者って。そりゃあ。
『唄って踊れる帝国の人気者、暗素界の紅竜コルセアちゃんだけど。前も言ったでしょ?』
「そうじゃない。竜がどうしてそこまで人の国に加担する。聞いたことがないぞそんな話!」
『そうだっけ?でもまあ細かいこたぁどうでもいいのよ。今は、カルダナを撤収させるか、これ以上進軍させないことがわたしの目的なんだから』
「……信じられん。信じられんが……だが、面白い」
『面白い?』
むくりと体を起こして、隣に腰を下ろした青年を見やる。
精悍なトコロはうちの殿下によく似てるなー、と思ったけれど、こうして見ると大分印象が違う。殿下はもっと誠実というか何事にも真摯で、こいつは……。
「ああ、面白いさ。暴虐なる悪竜がそこまで人間に入れ込むというのも興味深いが、それ以上に俺は貴様に興味がある」
『ほえ?』
「兵を語れる竜。面白いじゃないか。どうだ、コルセア。この俺と共に、天下を奪って、みないか?」
わたしラーメンはこってりよりあっさりの方が好みなんだけど、と異世界で通じないボケをかまそうとして失敗した。
殿下に似ている、と思ったのは勘違いだ。こいつはとんだ……梟雄だ。




