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第180話・角は東に尾は西に(火はわたしをちょびっと正直にする)

 人は火を囲むと、寡黙かつ素直になる。


 なんかむかぁし読んだ本にそんな一節があったような気がする。なんて本だったかは忘れたけれど、わたしは母親に叱られて家を飛び出したとある夜、あのクソババアいつか焼き殺してやる!と思ったのだから、多分デタラメだと思う。

 要するに、わたしにとっては火とはそういうものだ。なんでか知らないけど、自分が振るえる力の象徴、でしかない。そんなもんを目の前にして、素直も寡黙もあるわけがない。

 では饒舌になるのか、っていうと。


 「…………」


 ただ一人、同じく火を囲んでいる相手が黙り込んでいるんじゃあ、わたしも黙らざるを得ないわけで、相変わらず体育座りで時折枝のはぜる音がする火をぼけーっと眺めてるパレットを、何ともなしに見てる他にやれることは無いのだった。

 ……よく考えたら、コイツもなんでわたしに付き合ってこんなコトしてんのかしら。しかも家に帰って着替えて来た?帰ったんならそのまま戻ってこなくても、別にわたしにどーこーする手立てなんか無いってのにね。


 「………なに?」


 と思いながら小さな火の向こうにある顔を眺めていたら、わたしの視線に気がついたのか、面を上げてこちらを見咎めるように見つめてきた。見咎める、というかどこか怯えたように、だろうか。

 さんざ今まで好き勝手してきた女神とやらにしては珍しい態度に、わたしはほんの気まぐれのつもりで微笑んでみせたのだった。


 「おっ、美味しくないからねっ?!」


 したら、肩を抱いて後ずさりされた。体育座りのままで。器用なやっちゃ。いやそうじゃない。


 『食べるかっ!』

 「だ、だって火で炙ったら美味しそうだなー、って感じにニヤってしてるしぃ……」


 なんてこったい。ドラゴンの微笑みは女神には得物を前にした舌なめずりに見えたらしい。いい加減人間の感覚なんてものも摩耗しきっていたけれど、流石にこれはわたしもちょっと傷ついてイジける。ちょっと仏心出したらこれだ。もう二度とコイツに優しくなんてしてやんねー。


 「んー、そんな拗ねなくてもいーじゃない。何百年経ってもそういうトコ変わんないわよね、コルセアちゃんは」

 『何百年、ねえ……あんたその間、ずっとわたしのこと見てたわけ?だとしたら暇なことよね。っていうかさ、女神ってあんた以外にもいるの?普段何してるの?家があるみたいなこと言ってたけど、付き合い長いんだから一度くらい招待しなさいよ。うちのお屋敷でがつがつメシ食べてたんだからそれくらいしてもバチあたんないでしょーよ』

 「あはは…」


 間髪入れず言い放つと、最後まで聞き届けたパレットは、ネアスが時々するような困った笑い顔を浮かべてた。可愛げってもんが全然無い時点で、ネアスとは別モノだけどね。

 でもまあ、寂しそうとは言えなくもないこともないかもしれない可能性が微小レベルで存在していることを否定出来なくもなかったので、手近にあった小枝を焚き火に放りこんだついでみたいな調子で、聞いてみた。


 『あんたがそーいう感じだと調子狂うのよ。ていうか、別にわたしがカルダナの軍隊に殴り込みかけるのに付き合う理由なんか無いでしょ?まあ確かに無理矢理っぽく連れてきたのはわたしの方だけどさ』

 「んー、まあ……うふふ」

 『?なんかおかしなことわたし言った?』

 「んや、コルセアちゃんの方からあたしにいろいろ聞いてきたことって初めてかなあ、と思って」

 『んなことないでしょ。初対面の時から事情をサッサと話せとは何度も言ってたと思うし』

 「そういうことじゃなくてね」


 と、体の横に置いてあった杖を抱くようにかかえると、パレットは初恋を語る女子中学生みたいな表情になって、ほうっ、とため息をつく。

 それは人間の時は女だった(いや今でも女の子のつもりだけど)わたしでも、なんだかドキリとするような仕草で、なるほど確かに女神を自称するだけのことはある、とズレた感想を抱いてみたり。


 『じゃあ、どういうことなのさ』


 それを認めたくなくて、ついついつっけんどんというかぶっきら棒な物言いに徹して先を促してみたら。


 「コルセアちゃんとはそこそこ長い付き合いなのに、そんなこと聞かれたの初めてだなあ、って思ってね」

 『………』

 「……顔赤くなってない?」

 『……なってない。ていうかトカゲの肌の色とか見分けつくわけねーでしょーが』

 「ふふん」

 『……あによ』


 恐らく、ヤツと出会ってから初めて見ることになった自信たっぷりの顔。それも、勘違いとか次の瞬間わたしにやり込められるよーな曖昧なモンじゃなく、初めて「女神」らしい威厳を示し、見た者に畏怖を与えるだろう、光り輝くような眼差し。

 ごくり、とわたしは気取られぬよう、喉を鳴らした。


 「……気付いてないみたいだけれどね。コルセアちゃん、ウソつくと爪の先で長い鼻の脇を掻く癖があいたぁっ?!」

 『今どきそんな手に引っかかるかあほっ!あんた珍しくえらそーな雰囲気醸しだしといて結局その程度のことしか言えないなんて所詮は紐パン女神よねっ!やーいやーい、紐パン丸出しおんなーっ!がぶり!』

 「ひぎぃぃぃぃぃっ?!」


 焚き火を越えて飛びかかると、察しよく逃げだそうとしてたパレットの後ろから飛びかかり、後頭部をまるかじる。着替えに戻った時にシャワーでも浴びたのか、髪からはシャンプーの匂いがしていた。生意気な。わたしなんかここしばらくお風呂にも入ってねーってのにっ!無事に帰ったらお嬢さまとネアスと一緒に流しっこしてやんだからっ!……いや死亡フラグみたいだからやめとこう。


 「………ところでコルセアちゃん。そんな手に引っかかるか、って今言ったわよね。それってつまり……」

 『なんのことだかわかんねーわよっ!まだ折檻が足りないかっ?!この駄女神!駄女神!』

 「照れ隠しにしても酷すぎるっ?!」


 うっさいわ。

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