第179話・角は東に尾は西に(煉獄に降り立つ紐パン)
辿り着いたその場所は、確かに地獄だった……。
「ちょっと待ちなさいよ、あれのどこが地獄なワケ?」
侵略の魔の手が帝国の国境を襲う、と聞いて押っ取り刀で駆け付けたわたしにそんなこと言われても。
そう、手遅れになっていないことを願いつつ辿り着いた国境近辺に見えたのは、軍隊というよりは修学旅行の学生みたいな一団が呑気に街道のど真ん中でキャンプを張っている、なるほど確かに地獄にはほど遠い光景だったのだ。
や、流石に武器は持ってるし、物見遊山ではかろうじて無いよーな風体だけど、酒でもかっ食らっているのかやたらとデカい声で騒いでいるし、ケンカしてる連中は足下も覚束無いだし、やる気あるのかこいつら。観光だったらもっとマジメにやれと言いたい。
一体何しに来たんだろう、この連中。
眼下のらんちき騒ぎを見下ろしながら首をひねる。人数で言えば…えーと、まあ千人超えるかどうか、ってトコか。テントの中でもう寝てるのもいるかもしんないし。
「ねー、やる気も感じられないし、ほっといてもいいんじゃない?」
『やる気がなさそーだからって放置していいってもんでもないでしょ。殿下が立太子して太子府の設立が済むまで時間稼ぎするわよ!』
「んもう、コルセアちゃんもマジメよねえ。その分あたしにもちっと優しくしてくれてもいいと思うんだけど」
うっさいわ。
というか、これが帝国に侵入してきたカルダナの軍隊?
四裔兵団がちゃんとこの地に居残ってりゃ鼻歌交じりで撃退出来んじゃないかしら。いや、四裔がいないからこそ、この体たらくで入ってこられてるんだろうけど。
なるほど、四裔もいないし、手引きがあると油断してりゃあこうもなるってか。
………くくく、だけど運が無かったわね。今日から貴様たちは、ウロコの赤い竜を見ただけでションベンもらす……失礼、下品だったわ……ええと、恐怖に引きつった顔で回れ右して全力疾走するよーになるのよ。
格好つけてみてもなんかイマイチ締まらない空気の中、わたしは腕組みをした立ち姿で憐れなる侵略者どもの眼前に降り立つ。
そして、この程度の連中に我が炎を見せつけるのも大人げないと考え、朗々とした声で名乗りを上げた。
『やあやあ遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそは暗素界に生じし紅竜なるぞ!悪辣外道なる侵略者どもとて人の子なるが故、道理も知らぬまま消し炭に変えるも不憫と思えばこそこうしてまず話をしてやろーとしてんのにちょっとは聞きなさいよあんたたちっっっ!!』
やあや、の辺りで一瞬だけこっちをチラと見たヤツらは、すぐに興味を失って手に持った酒瓶もしくは酒杯に目を戻してばか笑いしていた。
焚き火に照らされた顔はどいつもこいつも享楽的の一言で、本格的に何しにきたんだ、と肩を落とすわたし。
「ちょいとちょいとコルセアちゃん。あなたの怖さ全然理解してないじゃない。いつもみたいにガーって火を吹いて何もかも灰塵に帰してやれば酔いくらいは醒ませるんじゃない?」
『わたしの生み出す業火を酔い覚ましの水みたいに言うんじゃねーわよ。水と火で全然ちげーっての。いやそういうことじゃなくて、とにかくもう少し緊張感ていうかマジメさというかをね……ん?』
「な、なに…?」
同じ高さに降りてきてたパレットに気付いたと思しき連中は、なんかわたしになんか目もくれずに「見た目だけは」麗しい自称女神に注目しているようだった。
その目付きときたら訝しむというよりもなんか熱狂的なアレを覚えさせるちょっとした
「なに?えーと、あたしが何か……?」
『ちょいちょい、パレットってば』
「な、なによ。なんかこの人たちあたしを見て……ええと」
『あんた下半身がアレんなってるまま。ほら』
「ほら?………あ」
そう、ここに来る前に自慢の炎で剥き出しにされたパレットの下半身が、むくつけき男どもの注目を集めているのだった。いやそりゃそうだろう、こんな男ばっかの場所に「一応」「見た目は」「若い娘」が腰から下が下着姿で突っ立っているんだから、ソッコー襲われたって無理もねー場面なんだろうけど、どーいうわけがパレット(の下半身)を見て半口開けてるみっともねー男どもには、そういう危なっかしさは無かった。
その代わり。
「……ぎ」
ぎ?
と、パレットの方がけったいな一声を漏らし、わたしがそっちを向いた途端。
「ぎゃあぁぁぁぁぁっっっ?!あ、あ、あんたたちあたしの麗しい御御足をなんだと思ってるわけっ?!こら目を逸らしなさい!あんたたちが見ていいものじゃないんだからっ!!」
女神にあるまじき金切り声と、ついでの涙目になった顔で喚き散らしていた。つーかわたしこれでも耳はいいというか、人間より可聴周波数帯域が上に充実してんだから、すぐ隣でこんな声出されたら耳がヤバい。いや人間じゃ到底出せない高音をひり出せる喉とか流石女神。さすパレ!さすパレ!
「うるせぇぇぇぇぇっっっ!!こんな格好で人前に出たなんて知れたら末代までの恥よっ!!」
『あんた末代あるの?』
「ツッコむ場所はそこじゃねーっての!いいからすぐここ立ち去らないと女神査定が……ひっ?!」
ごくり。
なんかずっと固まってた男たちだけど、パレットが騒いだので目が覚めたのか、なんか一斉に喉が鳴る音が聞こえた。
「……女神」
それだけじゃなく、なんか思ったまんま言ってるのに真実を言い当てる声まで聞こえた。
「女神さま……」
「女神だ……」
「ふつくしい……」
なんか恍惚とした顔つきで、ゾンビみたいな足取りでフラフラと、こちらに近寄ってくる。目はうつろで、酔ってるにしてもちょっと洒落になんない絵面だ。
「ちょっ……あ、あんたたちあたしをなんだと思っ」
『女神さま、ってゆってんじゃん。合ってるわよね?』
「そういうことを言いたいんじゃねーっ!逃げるわよっ!!」
別にわたしは逃げる必要無いんだけど、わたしの首をふん掴んで駆け出したパレットに、問答無用で珍しいこともあるもんだと思いながら引っ張られていく。
「一時退却─────っ!!」
「逃げたーっ!逃がすなーっ!!」
「女神様ーっ!」
「どうか……どうかその足で踏んでくれぇぇぇぇぇっ!!」
まあ時間は稼げたからヨシとしよう。
・・・・・
「何なのよアレっ!」
『いや知らんし。でも、カルダナの軍隊……よね?』
空を飛んでしまえば流石に追ってこられるはずもなく、早々に逃げおおせたわけなんだけど、一つ失敗したなあ、と思ったのはどうせ追いかけてくるんなら帝国の外の方に誘導すりゃ良かった、ってことだった。わざわざ侵略する方角に誘導してどーすんだ、わたし。
『まあでもさ、あんたもあれだけ熱烈に求められたんだから悪い気分はしないでしょ。モテる女はつらいわねーいやつらいわーできればかわってあげたいくらいだわー』
「そもそもコルセアちゃんがあたしのドレス燃やしたりしなければこんなことになってないんだけど」
『ていうかいつまでそのカッコしてるつもり?なんか不思議な女神パワー(笑)で元通り、とかに出来ないワケ?』
「なんか言葉のチョイスに悪意を感じるんだけど」
『あんまり悩むと禿げるわよ』
「ハゲるかっ!……で、まあこれは家に帰らないと着替えられないわね。そんな便利な力とか無いワケよ、女神といえども」
すっかり暗くなった森の中、街道からは見えない場所に並んで降り立つ。
まあこっちを探したりはしてないだろうけど、念のためだ。
流石に紐パン丸出しでは寒かろうと、枯れ枝を集めてきて火を点けた。
火力も温度も自在に調整出来るだけあって、乾いた木切れにはあっさり着火した。むしろ盛りの下草に燃え移らないように木をつけないといけないくらいだ。
『パレットー、火つけたからこっちきて暖まりなよ』
何をしにいったのか、街道から離れた森の奥に向かってった女神に声をかける。一度目は返事が無かったのでもう一回呼んだら「いまいくー」とかそんな離れてないトコから声が聞こえたのでトイレにでも行っていたのだろうか。
「失礼ね、女神はトイレなんか行きませぇん!」
トイレ、で通じるのか。お通じだけに。やかましいわ。
『じゃあなにしてたの、っていつの間に着替えてきたの』
小さい焚き火に照らされたパレットの格好は、すっかり元通りになっていた。家に帰らないと着替えられないんじゃなかったっけ。
「どうせだから帰って着替えてきたのよ。……今度は剥かないでよね?」
鼻をふがふがさせてたらまた火で焼かれると思ったらしい。なんか急に暖かい空気を吸ったせいでくしゃみしたくなっただけなんだけど。
それにしても、この短い時間で帰って着替えてきた?また随分と謎の多い存在だわね、コイツも。まあ女神とか自称してるんだから無理も無いけど。そのうち詳しい話を聞き出してやろーか、とはおくびにも出さないように、焚き火の前に誘って一緒に火に当たることにする。パレットもそれ以上無駄にビクついたりはせず、素直にわたしの正面に腰を下ろして体育座りになっていた。




