第178話・角は東に尾は西に(……って言うじゃなぁい?)
『行ってきましたー』
「ごくろう」
『行ってきまーす』
「……どこにだ?」
お屋敷でのやりとりはこんなもん。
わたしは陛下からの書状を殿下に渡すと、「やぼよーですよ」とだけ言い残して屋敷を後にし、だんだんと暗くなってきた帝都上空に舞い上がった。
向かう先は遥か東方。そういえば去年の合宿した時以来かな、帝都の外に出るのは。
思えば三周目の時はお嬢さまが亡くなった後はもう、帝都を出て戻ることはなかったけれど……なんてことを考えつつ振り返る。まだ最外部の城壁を越えていないから、足下には帝都の街並み。大分家々の屋根も低くなってきてるけど……あー、なんか余計なこと考えてたらさみしくなってきた。別に二度と戻らない決意固めたわけじゃないんだし、そんな必要ないのにね。
でもでもなんだか後ろ髪が引かれ…いや竜に髪生えてないけどさ。ひげならあるけど。女の子なのに。いやそんなことはどーでもいい。とにかくわたしは東へ向かって……あれ?
向かう先に見えたソレは、月明かりに照らされようやくナニであるかが分かるほどの遠くにある。
『………ま、夜だしね。控え目に控え目に……すぅぅぅぅ』
その割にはおーきく息を吸い込んで、体内で練り上げた暗素界の何かとよーく混ぜ合わせ、やっぱり夜だから控え目に控え目に、ほっそい炎を吐き出す。さしずめ火炎放射器かレーザー光線か。傍から見たらそんな感じなんだろう。
そしてその光軸が到達した先にあったのは。
「あちゃちゃちゃちゃっっっ?!」
狙い違わず命中。今日も紐パンが眩しい女神は、焼け焦げたフリルのスカートを手で叩いて火を消していた。その間に一気に距離を詰めたわたしは、火を消し止めてぜーぜー言ってるパレットの肩を叩いて朗らかに言う。
『や、パレット。なかなかいい夜よね』
「いいわけあるかぁっ?!あんたはいちいちあたしのスカート焼かないとアイサツも出来ないのかーっ!!」
別に出来なくはないけれど、この世の調和を保つためにお約束というものは必須なのだ。そこんとこ、この世慣れない女神さまにもいずれわかってもらいたい。
「あたしの下半身剥きだしにして保たれる調和なんかクソ食らえよっ!!……まったく、せっかく気分良いとこだったのにすっかり台なしだわ……」
何が面白くないのか、ぶつくさ言いながら炭になったスカートの残骸を払い落としている。
毎度毎度こーいう格好になっているわけなんだけど、次に会うときはまた同じコスチュームで姿見せるってのは一体どういうことなんだろう。このドレスっぽいのも制服みたいなもんなのかしら。
「ええい、出会い頭ならまだしも遠くから狙撃されてスカート失うとか二度とするんじゃないわよ。で、コルセアちゃんはこんな時間に一人でどーしたよの。え、あたし?あたしはねえ……」
『別に聞いちゃいねーわよ。どうせどっかの公園でいー感じににーちゃんたちを見つけて眼福々々、とかでしょ。あたしはちょっと東の方に行こうと思ってね』
「東?何があるの?……いやその前にさ、コルセアちゃんの方はうまいこといったの?皇帝に何かハナシしに行ったんじゃなかったっけ」
ブリガーナ家の朝食会議の折りに同席してたパレットだったけど、特に役には立たずタダ飯食らっていっただけにもかかわらず、話だけはきっちり聞いていて、わたしが陛下のところにお嬢さまと一緒に出向いたことは知っている。それがどうなったのかを気にしてるんだろうけど。
『あら、あんたがわたしたちの事情を気にするなんて意外よね。目的は達成したんだからもうどうでもいいのかと思ってた』
「……そんな言い方は無いんじゃない?これでもあたしはコルセアちゃんの数少ない友達のつもりだしぃ」
『その語尾を伸ばすムカつくしゃべり方をすんじゃねー。あとわたしはあんたを友だちだとは思ってねーっつーの』
「じゃあ何だと思ってるの?」
『火を吹きたくなった時のいい的』
「……あんまりすぎない?」
我ながらロクでなしな発言だとは思うけど、破滅回避のために火を吹く機会が皆無な現状、こいつを的にでもしないと火の吹き方忘れそうで。そーいう意味ではわたしにとって失うべきではない大切な存在なのである。
『まあ、ほら。わたしツンデレってやつだから。実は憎からず思ってるのに素直になれなくてついつい火を吹いちゃうとかそーいう感じだと思えば納得もいくでしょ?』
「いくわけあるかっ」
『……おかしいなあ。ツンデレってもうブームも過ぎたのかしら』
なんせ主観時間でウン百年も昔の話だし。
「コルセアちゃんのはツンデレっていうより純然たる悪意しか感じねーのよ」
『……にこっ』
「笑えばいいってもんじゃねーと思うんだわ」
『笑えばいいと思うよ、って昔の人も言ってるわね』
「もうどこからツッコめばいいのやら……で、結局あなたは何してたの?」
そうだそうだ、こんなところで遊んでる場合じゃない。
『んー、ちょいと野暮用ね。暇だったらあんたも来る?』
「…………」
わたしたちは空に浮いたまま話してるわけなんだけど、わたしがそう誘った時のパレットのとった態度ときたら、途轍もなく胡散臭いものを見る目付きになって肩を抱くよーに後ずさるという、宙に浮かびながらするにはちょいとわざとらしすぎる仕草だったりした。
『なんでそんなに警戒すんの。こわくなーい、こわくなーい』
「……今鏡を持ってないことを心底後悔してるわ。持ってたら『女神を破滅に引きずり込む悪のドラゴンのえげつない笑み』ってヤツを見せてあげられたのに」
『いやまあ、別に無理にとは言わないけどさ。ただ、若いのからいー歳したナイスミドルまで、鍛えられた男たちが集団で汗まみれになっているトコへ行くだけのことよ?』
「いきます。いえむしろ連れてってください」
それでいーのか、女神。いやまあわたしもわざと紛らわしい言い方してんだけど、そんなに目をキラキラさせて両手拝みとかされると、是非期待に応えたくなってくる。
『……まあいいか。ほんじゃちょいと失礼』
がぷり。
パレットの頭から齧りつき、連行する態勢になる。
「……あ、あのコルセアちゃん?なんで頭かじるの?おねーさん美味しくないわよ?っていうかウソついてないわよね……?かっこいー男の子たちが組んずほぐれついんぐりもんぐりしてんのよね……?」
『ウソはついてねーわよ。ただ勘違いの訂正もしないだけ。ほんじゃ行くわよー。ちょっと急ぐから落っこちないよーにね?』
「勘違い…?あ、あのもしかして、薔薇の花びらが乱舞する、めくるめく麗しい場所……じゃなくて……」
『若いのからいー歳したナイスミドルが、鍛えられた体に剣とか槍携えて侵略しにくるのを迎え撃ちにいくわけ。おけ?』
「オーケーなわけあるかぁっっっ?!騙したわねっ!!下ろせ、はーなーせーっっっ!!」
『まあまあ。旅は道連れ世は情け、って言うじゃなぁい?友だちらしく付き合いのいーとこ見せなさいって』
「これじゃ旅は道連れじゃなくて地獄に道連れでしょーがっ!くおら下ろしなさいいえ下ろしてくださいおながいしますコルセアちゃんっ!ひいっ?!」
口を開けっぱなしだったのでヨダレが出てきた。垂らしたモンで髪から顔までべったりしてるパレットをぶら下げたまま、抗議の声にも聞く耳持たず、ひたすらに東の国境を目指すわたしなのだった。




