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第175話・コンビ組んだ覚えはないんだけどね

 今わたしは、人生の岐路に立っている。

 右に進めば帝室御用達のドラゴンとしてシクロ肉だって食べほーだいの、左うちわな生活。

 左に進めばワガママ・ゴーマン・そして「おーっほっほっほ!」と高笑いがよくお似合いな悪役令嬢の手下決定。

 さあ、この先のわたしの運命は……あいたっ。


 『……なにすんですか、お嬢さま』

 「なにすんですか、ではありませんわよ。いつ誰が、おーっほっほっほ!、などという品の無い高笑いをしたというの」


 いや割と上手ですやん、と実際にやってみせたお嬢さまの高笑いが、マジで「らしく」て感心するわたしだったり。教えたわけでもないのに、右手を嫋やかに折って口の近くに持ってったり完璧ですよ、と言おうとして目的の場所に着いたことを告げられる。


 「こちらでお待ちください」


 帝城内での警備を司る近衛隊は、兵団と称するほどの規模ではない上に先日の理力兵団のクーデター以後、陛下や第一皇子殿下を始めとした帝室の方々の警護からも遠ざけられているらしい。

 なので、帝国に名立たる大貴族のうら若きご令嬢(笑)を案内するなどという任務が久しぶりだったっぽく、年若い近衛兵くんはやけにしゃちほこばった動作で、先導していたお嬢さまを、中にいるお方の身分の割には質素な造りの部屋の前で止めた。


 「……陛下。お約束のございましたブリガーナ伯爵家ご令嬢、アイナハッフェ様をお連れしました」


 そしてわたしにとっても、随分と久しぶりな気のする対面だったりする。日数でいえばそんなに経ってるわけじゃないのにね。事ここに至るまでにかけた手間はやっぱり相当なものだったんだろう。


 「入りたまえ」

 「は。……その、それと……お約束にはなかったのですが、その……」


 近衛兵くん、お嬢さまの方を、ではなくわたしを見てなんか言い淀む。うんうん、わかるよー。この気高き紅竜の姿を見て気後れしてるんだよねー。でもねー、そんなオドオドしなくてもいいわよー。わたしはこれでもキミのよーな勤勉な青年は大好きだからね?えいっ、紅竜絶技の踊りを披露っ!


 「おやめなさい、衛士どのがバカを見る目になっているじゃないの」

 『え、精一杯の親愛の情を込めて踊ってみせたんですが』


 いつぞや殿下に愛を伝えた尻尾踊りのバージョン2を見せたというのに、近衛兵くんは死んだ目をして、お嬢さまには引っ叩かれるわたしだった。なぜだ。


 「申し訳ありません。うちのバカが恥をさらしましたわ。どうか見なかったことにして頂いた上で陛下にお取り次ぎを」

 「は、はい」

 『バカの上に恥をさらしたとか容赦ないですね、お嬢さま。いえまあ、流石に陛下のお部屋の前でお尻振ったのは流石にやりすぎたと思ってますけど。いくらぷりちーなお尻でも。略してプリけつでも』

 「おだまり」


 今のやりとりで近衛兵くんが吹き出していたのがせめてもの救いだ。こんだけおどけてウケの一つもとれないとなると、芸人の名折れだもの。いえ、芸人名乗った覚えはないけど。


 「相変わらず楽しげなことよの。早くまみえたいものだ。紅竜殿にも入ってもらいなさい」


 で、部屋の前で騒いでいたら聞き覚えのある、青銅帝国皇帝ベディメイエ・フヴール・クルト・ロディソン陛下のお声。

 怒っているようではないけれど、えらいひとを待たせるわけにもいかないので、わたしも空中でピシッと背筋を伸ばして直立不動。

 お嬢さまもざーとらしく咳払いなんかして取り繕ったところで、近衛兵くんも慌てて陛下の声に応じる。


 「は、はっ!申し訳ありません、すぐに!」


 まあ根回しはしてあったし、陛下の現状といえば公務からも遠ざけられて年中夏休みみたいなもんだ。

 青銅帝国皇帝、なんて肩書きに似合わず煩雑な手続きとかもなく、中から開けられた扉を通り招き入れられた。


 「よく来たの」


 私室扱いの部屋なのか、居室の前に護衛やら秘書やらが詰める前室もなく、中に入ると流石に広い部屋ではあるけれど、もう正面に陛下の姿があった。

 緩いローブみたいなものをまとい、表情は年齢に似合わずだいぶくたびれた様子に見える。無理も無いけど。確かそれほどお年ってわけでもないのになあ。やっぱり気苦労は絶えないんだろう。

 我ながらガラにもなく真っ当な心配をしてしまうのは、なんかこの人の徳とゆーか仕えて差し上げたいと思わせる何かがあるとゆーか、紅竜をそんな気分にさせるなんてウチのお嬢さまくらいしかいないと思ってたのにー。


 (ちらっ)


 と、隣のお嬢さまを見ると、流石に緊張のご様子。そりゃそうか。普段ならすぐに気がつくはずのわたしの視線にも反応を見せず、陛下を前に一度姿勢を落として挨拶をした後は、目を伏せたまま、固く穏やかな横顔になっていた。やっぱりお嬢さまのこんな顔は珍しい。


 「陛下、よろしいでしょうか」

 「うむ、構わんよ」


 そんな空気がしばらく漂ったあと、少し離れたところに控えていた美形のにーちゃんが声をかけてきた。

 油断なく腰のものに手をかけていて、なるほど護衛か、と思ったら見覚えのある人だったりする。


 「久しいな、暗素界の紅竜殿。いつぞやは失礼した」

 『あら。わたしを撃ち落としてくれた物騒なおじょーさんじゃないですか』

 「コルセア……あなたなにやってたのよ」


 心配したのか呆れたのかは微妙なトコだったけど、お嬢さまに以前帝城に忍び込んだ時のことをかいつまんで話すと、そもそもバッフェル殿下にわたしを遣わしたのが発端だったことを思い出して居心地悪そーにしてた。


 「アイナハッフェ様のご高名はつとに伺っております。マージェル・フィン・クロッススと申します。今は家に命じられて陛下の側を務めております」

 『ご高名とゆーか悪名の間違いなんじゃ……いひゃいいひゃい?!』

 「こーなるのが分かっててどうしてこの口はいらないことを言うのかしら?陛下の御前であることを少しは弁えなさいなこの駄竜」

 「いえ、以前もこの調子でしたからお気になさらず」

 『ひぎぃぃぃぃぃっ?!』


 フォローになってないマージェルおねーさんのフォローで、更に出力上げられた。お嬢さまは涙目だった。そこで泣かれるとわたしが悪いことしてるみたいじゃないですか。いたい。




 陛下の無聊を慰問するために来ましたー、というのであれば今のドタバタも「アリ」っちゃあアリなんだろうけど、如何せんお嬢さまもわたしもそーいうつもりであらゆるコネを駆使してここまでやってきたのではない。いや、ま、確かに、ブリガーナ伯爵家が入手した大変珍しい品物を陛下に献上し、楽しまぬ風である陛下をお慰めしましょう、って名目ではあるんだけど。


 「珍しいもの、と言えば珍しいものよの。かのブリガーナの息女と暗素界の紅竜の漫才、など大金を積んでもなかなか見られるものではあるまい」

 『いえ、学校ではお嬢さまとわたしのどつき漫才は割と有名でして。今は当たり前になっちゃって最早誰も見てくれないといいますか。お嬢さまもそれをいいことに大っぴらにわたしをどつくわつねるわで。そろそろ新しい飼い主を探そうかと思っているところでして……あのー、そろそろツッコミしてくれないと捏造しないといけなくなるんですが』

 「今までのことは真実です、みたいに言うんじゃないわよ。ええ、陛下。この度はわたくし共の訪うことをお許し下さり、感謝致します」


 応接セットに向かい合った、対面の陛下に向かって深々と頭を下げるお嬢さま。わたしもつられて腰から上を曲げたらソファからずり落ちた。くすん。


 「………」


 無言でわたしを引きずり上げ、ソファに戻すお嬢さま。だから別にわざとじゃなですってば。


 「なかなか見ていて飽きないことよの。マージェル、茶など運ばせてくれ。意のままにならぬ身ではあるが、客人をもてなすことくらいは許されてもよかろう」

 「は」


 相変わらず実直な軍人然としたマージェルおねーさんが、陛下の下命を受けて部屋を出て行く。二人っきりにしてもいーのかしら。そこまで信用されてるとも思えないんだけど……。


 「……さて、アイナハッフェ。人払いは済んだ。先触れの通り、クバルタスの廃嫡とバッフェルの太子就任について、そなたの求めるところの事を、聞かせてもらおうか」


 というより、帝国の帰趨きすうを制する話を、余人交えてする気は無いようなのだった。当たり前だけど。

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