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第174話・悪役令嬢覚醒(悪党覚醒)

 全部ぶっ潰してしまいません?


 ……と、朗らかに話す主の少女に抱かれながらペットのドラゴンが思うこと、って一体何だろう?


 いち。

 『うん、これはわたしの聞き違いに違いない。まあいつもお優しいお嬢さまのことだから、ぶっつぶす、ではなく、ぶっちゅぶす、とか』……全然物騒さが薄まってねーっ!


 に。

 『ヒャッハァァァァァッッッ!!いよぅやくこのボンクラお嬢も覚悟決めてくれやがったな!!そうさ、俺たちがすべき事はッッ!!この目覚めと共に世界を存分にかき回すことだぜシェケナベイベッッッ!!』……誰がボンクラよ、誰がっ!と怒られるのがオチな気がする。


 さん。

 『やっぺぇぇぇぇぇ……このプッツンお嬢なんかヤベェもんキメやがったどうしようどうしようどうしよう……ええい、こうなったら一発カマして正気に戻してくれるわついでに日頃の恨みと感謝も込めて、えいっ!!』……多分勝てないな。


 で、現実は。


 (……あー、お嬢さまぽかぽかしてはるー……いいなー、なんか昔を思い出すよねー……あの頃のお嬢さまはかわいかったなー……あー、お星さまキレー……彗星かなー……イヤ、ちがうわね、彗星はもっとバーって動くモンねー……)


 ……わたしは全っっっ力で現実逃避していた。だって、お嬢さまコワいんだモン。


 「構いませんか、お祖父様」

 「………おう」


 で、気圧されてたのはわたしだけじゃなく、じーさまにしても同じようなものだったらしい……いや、あーた帝国随一の悪党でしょーが。孫とはいえ小娘に圧倒されてどーすんの、ってことを考えてたら、わたしの胴の前で組まれていたお嬢さまの手が、また固く拳に握られるのが目に入ってしまった。

 それを見て気がついたのは、お嬢さまの抱いた覚悟の大きさ、だった。

 そうだよね……帝都をこれだけ混乱に陥れ、戦争という恐怖にその住民を縛り付ける人たちに、優しいお嬢さまが憤りを覚えないわけがないんだもの。

 お嬢さま、わたしがついていますからね、とそっと頭を持たれかけさせ、見上げたお嬢さまのお顔は。


 「………………ククク」


 暗素界に根源を持つ紅竜が思わずちびっちゃう(下品!下品!)かと思うくらいの、獰猛極まり無い薄笑いを浮かべていたのだった。なんで?


 「……あのね、アイナ。曲がりなりにも君は貴族の令嬢なんだから、そんな山賊みたいな笑い方しない方がいいと思うんだけれど」

 「お父様」

 「………はい」


 締め付けを増してくお嬢さまの腕から逃れようともがくわたし。

 娘から「山賊めいた笑顔」とやらを向けられて冷や汗かいてる、父親の伯爵さま。

 元(公には「現」だけど)婚約者にして勉学の先輩たる、バッフェル第三皇子殿下。

 学友にして一時的には恋敵?だった商家の跡取り息子、バナード・ラッシュ。

 それらは一様に、なんか場の気温が急に一桁下がって冷え込んだみたいな感じに、震え堪え忍ぶ、みたいな顔になっていた。ぶっちゃけわたしとバナードについてはガタガタ震えていたかもしんない。いやなんでいきなりそんな空気になっちゃうの。


 「……あの、みなさん。どうかなさったんですか?」


 そんな中、なぜか、なーぜーかー、ネアスだけはいつものように、のどかだけどどこか頑固さを感じさせる調子で、本っ気で一変した部屋の雰囲気に戸惑っているようなのだった。いやちょっと待ってよ。この恐怖で支配された空間でなんでそんな平気な顔してられるのっ?!……と、わたしはお嬢さまの膝の上で、背中と頭上から受けるプレッシャーに押し潰されないよう、必死に耐えていたのだった。脂汗流しながら。

 ほんと笑顔と醸し出す空気だけで老練老獪なじーさんズから同級生は言うに及ばず暗素界の紅竜まで威圧してるこのヒト何なのっ?!


 「……くっくく、ああ可笑しい。わたくしがどんな顔をしていようが、皆さんが怯える必要などないでしょうに」


 一座のなんとも言えない表情に囲まれて、そんなことを気にする素振りもないお嬢さま。つーか怯えてるのが分かってて楽しそーだとか、どーゆー神経してんのこのヒト。


 「……あのよう、アイナ」


 そしてこんな時に頼れるのは年長者。いけじーさま!この場で最年長の威厳を今こそ示せっ!……あ、わたしのウン百年はノーカンでよろ。


 「なんですの、お祖父様」

 「……いや、なんでもねえ。楽しそうで結構なこったな」


 よわっ!じーさまよわっ!!

 ……いやちょっと待ってよ。お嬢さまがこれから何言い出すか分かんないけどさ、ずぇってぇタダじゃ済まないこと間違いないだろーに、じーさまが手綱握らなかったら誰がお嬢さま抑えんのよっ?!


 「………」

 「………」

 「じー」

 「………ゴホン」


 え。な、なんでみんなわたしの方見るの?

 ……あのー、もしかしてわたしに期待してるワケ?なんか魔王みたいなオーラ出し始めてるお嬢さまをどーにかしろって、そう期待してる?

 じょうだんじゃ………と、一度は思ったんだけれど。


 「……えーと」


 もう一度、上を見上げる。鼻先がお嬢さまのお顔にくっついた。

 ドラゴンの鼻先の状態、なんてものに今まで造詣は無かったけれど、例えるなら犬のソレによく似ているんじゃないだろうか。適度に湿ってて、風向きとか風の強さを検知するのにとても便利。空飛んでる時とか特に。

 で、それがお嬢さまの唇に、ぴと、と触れていた。別にそうしたつもりは無かったけれど、目が合うと燃えたぎる魔王の瞳……ではなくて、なんだか心細そうな、でも抑えきれないものをその奥に湛えているようにも思えた。

 そう気付いたら、なんだかわたしも度胸が据わったような気がした。

 隣の席を見る。

 わたしが座っていた席には、その向こうの席に腰掛けていたネアスが移動してきていて、わたしを抱きかかえたお嬢さまと隣り合っている。

 そのネアスと顔を見合わせると、なぜだかとても安心する笑顔を浮かべていた。

 ふむ。

 まあ、なら、いいか。

 特に気負うこともなく、そう思った。何を?とか、そういうことは気にならなかった。


 「……へくちっ!」


 なんじゃそりゃ。

 張り詰めたといえば張り詰めた空気の中、続いて「えーいちくしょうめ」とか付け加えてさえいなければ、とても可愛いくしゃみをしたのが誰だったのかと思えば、空気読めない女神の、パレットだった。

 そういえばいたんだっけ、と思ったら可笑しくなった。

 そんで、言った。


 『お嬢さま』

 「……なにかしら?」


 上を向いて視線が交わったまま、その表情をうかがう。

 うん、まだわたしに出来ることはいっぱりありそうだよね。だったら、まあ、付き合っちゃおうか。


 『何をするのかは分かりませんけど、わたしはお嬢さまについていきますからね。思う存分、好き勝手やっちゃってくださあたたたたっ?!』

 「だーかーらー、どうしてあなたはいちいち一言余計なのかしら?好き勝手やるつもりなど……」

 「無いんですか?アイナ様」

 「……無いとは言わないけれど」


 ほらー。わたしとんだつねられ損じゃんかー。

 抗議の意を込めて後ろ頭を、ネアスのツッコミに目逸らししたお嬢さまの「ほーまんぼでー」にグリグリする。あー気持ちえー。


 「……なんだか分からないけどおやめなさい。とにかく、こんな馬鹿げた事態は一日でも早く解消するに限ります」

 「アイナ、確かに芳しい状況とは言えないが、馬鹿げたというのも……」

 「殿下っ!」

 「う、うむ」


 ちょうどお嬢さまの右斜め前の席にいた殿下が、お嬢さまの剣幕に驚いて軽く仰け反っていた。そりゃそうだろう、殿下をお嬢さまが怒鳴りつけたことなんか今までに一度も無かったんだし。


 「そもそも殿下が帝位継承について及び腰なのが、このような事態を招いた一因とも言えるのですっ!」

 「そ、そうなのか?」


 ええー……なんでこーいうことで殿下が説教されないといけないんだろ、と首を捻る一同を他所に、お嬢さまは殿下に向かってまくし立てる。

 曰く、能力も地位もあるのにそれに相応しい姿を見せようとしない殿下は、民草の手本となるべき気概が足りない、とか、他者に誠実であろうとする姿は人として立派ではあるけれど、もっと臣民を導く自覚を持って行動せよ、とか、挙げ句の果てには女性を大事にするのは構わないが時に女は強引に迫られたい時もあるのだから、それを察して行動せよ、とか。

 いやもう、「む」とか「お、おう」とか唸って段々しおしお~になってく殿下は気の毒とゆーかお嬢さまあんまりですぅ、と止めに入ろーとしたら睨まれてわたしも一緒にしおれてしまったとか、あなた今まで殿下にどんだけ不満抱いていたんですかもしかしてそれ全部充たしてたら殿下と一緒になる未来もあったんじゃないですか、といくらか不安にならなくもないわたしだった。


 「……それからお祖父様」


 そして一通りお説教が終わって殿下が解放されると、返す刀というかそのまま隣の席のじーさまに矛先が向かう。

 こっちはこっちで、伯爵家を大事に思うことは結構だけれど貴族なのだからもっと国と民全体のことを思うべきだとか、まーお堅いっつーかじーさまにしてみたらさぞかし耳の痛い内容だったろうなあ、と思ったのが続いて伯爵さまに至り、んでまさか無関係と思われたミドウのじーさんにも飛び火してようやく終わったのがそろそろお昼になる頃だったんじゃないか、という按配で。


 「ふう。大分話し込んでしまいましわたね」


 いやもう、あなたの独演会で並んで説教された三人が普段の気高かったり図々しかったりといういつもの様子はどーしたの、ってなもんで。

 ヘタに触れると自分に飛び火しそーだったあとの三人が無言を貫いたのも無理はあるまいて。うんうん。


 「とにかく、です。理力兵団の叛乱だの四裔兵団が持ち場を離れて勝手してるだの陛下の軟禁だのといった問題はなんとかしなければなりませんし、挙げ句の果てに帝国と長く国境を接するカルダナに侵略の意図が見える、などという話が本当になってしまっては、帝国臣民の安寧が保たれませんわ。当然、当家の利益にもなりません。ですので、出来ることは何でもやってしまいましょう。具体的には……」


 まさか考え無しにデカいことぶち上げてんじゃないでしょうね、と疑わしげな目で見上げてたわたしを、ぽーいっとネアスに放って、お嬢さまは立ち上がる。あとネアスないすきゃっち。


 「殿下。帝位にお即きくださいませ」


 そして、殿下に恭しく頭を下げると、もうこれ以上ないってくらいに「素敵な」笑顔で、そうぶち上げたのだった。


 「………アイナ様」


 ……で、そこの夢見る少女。あなたが見蕩れてるの、悪党の横顔だからっ。

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