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第173話・悪役令嬢覚醒(憎しみと悲しみの連鎖)

 「四裔のことを出されたのではワシも黙っているわけにもいきますまい」


 殿下の小さな嘆息のあと、ミドウのじーさんが特に発言の許可も求めずに口を開いた。


 「現状の確認のために申し上げますがな、どうも四裔の現場の様子がおかしいと思っておりましたら、そういうことでしたかい、と納得する想いでさぁな」


 その口調も苦り切った、という態で、これから何が話されるか大体想像はつくとゆーものながら、一座の先を促す空気に従って、じーさんは話し出した。


 「……四裔の本隊は、各方面軍ごとに統括されている、というのは周知でありましょう。帝国の軍は先の帝国から継承…いや、簒奪した折りの自らの所業に対する反省から、軍の上層部は高度に役人化されておりますな。が、理力兵団と四裔兵団においてのみ、比較的指揮官が配下を掌握しやすい運営がされております」


 まあこれはバナードやネアスにはともかく、伯爵さまや殿下には当たり前の知識だ。

 じーさんの言った通り、帝国の軍隊の一般兵科(歩兵とか騎兵ね。装備とか運用によって軽歩兵とか重騎兵とかの区分もあるけど)は割と官僚化された指揮官が指揮をとり、人事も帝権に掌握されていて軍閥化しないように気配りされている。もちろん素人が指揮官を務めるなんてことは出来ないから、帝国中央部で教育された士官が現場での経験を重ねて出世していく、ってもんなんだけど。

 ただ、これもじーさんの言った通りに四裔兵団と理力兵団においては事情が異なる。

 後者は対気砲術の専門家が指揮をとらないとどーしても拙いから、現場たたき上げが幅を利かせる。もちろん帝権からの指示には絶対服従が前提ではあるけれど、現場を掌握しつつ帝権の管理が行き届くように、兵権にあかるい貴族が現場の高級指揮官に登用されることが多い、のだ。例の共産党書記長みたいなヒゲの男爵もその一人、ということになる。


 で、前者の四裔兵団についてはもう少し事情が異なる。

 四裔兵団は、帝国外縁地域で、他国との間で紛争が起こった時に真っ先に対処するための部隊だ。

 当然、中央にお伺いなんかたててる時間はなく、かなりの部分で独自の判断とか対応が認められている。

 前にも言ったよーな気がするけれど、こういった集団を中央が掌握するというのは簡単な話じゃなく、現場の指揮官の人事については帝権がかなり頻繁に口を差し挟む意向は示している、のだけれども、実際にそーいうことをすると現場の反発を招くのもありがちな話だ。

 そもそも一般兵科においては、そもそも中央からの目が届きやすいこともあって、そういった現場の反発への配慮も事細かくなされてはいる。

 でも、理力はともかく四裔兵団においてはそーいう配慮も簡単に出来るわけではなく、結果として各地に駐屯している四裔兵団では、現地の裁量がかなーり大きく認められることになってしまっているわけだ。その分、一人の現場指揮官が動かせる人数は他の独立で動ける部隊単位よりも少なくなってるんだけど。


 「それが今回災いしたというのか?」

 「左様で。どうも四裔のうち各地のアクの強い指揮官の何人かに、理力兵団の叛乱という話が流され、陛下や太子の救出、帝権の復旧に力を尽くせば栄誉も栄達も思いのままだ……などと吹き込んだ者がおるようでしてな。その理力兵団の叛乱にしても自前で行ったのですから、とんだ自作自演てえもんだ。で、第二皇子殿下は一体どんな理由で帝国の滅亡を企み、理力兵団や四裔兵団に力を及ぼしたというんでさ」

 「……お待ちください。四裔兵団が帝国周辺の防備を担っている、という話は分かりますが、全軍あげて、というならともかく一部の部隊が任地を離れた、ということなのでしょう?それくらいで帝国が滅びるというのも少々話が大げさなのではないでしょうか?」


 じーさんが嘲笑の気配もあからさまに殿下に問いかけた時、お嬢さまが口を挟んだ。それに答えようとしたミドウのじーさんだったけれど、これまた明らかにお嬢さまの理解が浅いことを嘲る様子があったから、慌ててわたしが引き取る。お嬢さまの気質からしてバカにされて大人しく引っ込むわけないし。


 『お嬢さま、お嬢さま。それは割と簡単な話……むぎゅ』

 「悪かったですわね。どうせそんな簡単な話すら理解出来ない察しの悪いアタマですわよ、わたくしは」

 『……別にそこでいじける理由なんかないじゃないですか。わたしのほっぺをむにゅーんって引っ張る理由になってませんて。えとですね、そもそも任地を留守にする四裔の部隊は最初っから選ばれてたんですよ。そこに予定通り穴が開いたんですから、あとはそこになだれ込んでくるのは……ちなみにこちらにやってきた四裔兵団の任地というのは、どちらでしょ?』

 「話が早い竜だのう。ビヌカ、ケオリェヌス、カミュス、ミステスが大きいところだな。不穏な動きを見せているところをあげればあと二つ三つ、といったところか」

 「全てカルダナと国境を接する土地じゃありませんか!!………ああ、分かりましたわ。ビデル殿下の企ても……あの方は、帝国を滅ぼして『小さな王国』を奉じる世界を作ろうと……そういうおつもりなのですね?殿下」


 立ち上がって天井を見上げたお嬢さまのため息は、殿下の無言の首肯に迎え入れられた。


 「ビデル殿下は断絶されたティクロン元侯爵家の血を引き、その事実を以て帝国を深く恨んでおいでなのでしょう。その事がどれだけ多くの悲劇を生むかも考えずに……」

 「……まこと、帝室の者にあるまじき無法の企てと言いたいところじゃがの……確かにかの家の滅びようを知れば心情は理解出来なくもない」

 「お祖父様……」


 ティクロン侯爵家って、そんな悲惨な最期だったのかしら、とそこの辺の知識のないわたしには実感が沸かないんだけど、悪党を以て任じるじーさまがそこまで言うんなら、よっぽどだったのかなあ。


 『あのー、そもそもティクロン家っていうのには、じーさまがそこまで言うほどのことがあったんです?』

 「お前さん、意外と昔のことには頓着せんのう。だがまあ、コラーダ侯国というのはの、帝国においても一定の尊敬と保護は受けておったわけだ。簒奪の経緯への後ろめたさというものがあったとしても、な。だが、それらを裏切る行為ともされた結果、侯国としての称号はもとより侯爵家に連なる者はまるごと、五つを上回る者は子供とて容赦なく撫で斬られたということさ。帝国は信義にも裏切りにも相応に報いる、という方針が徹底された結果とも言うべきかな。そしてビデル殿下の母君というのは、その時生き残った子供の末、ということであろうな。どうしてそれが陛下と誼を通じたかは知れんが」

 「ひどい……話ですね」


 と、ネアスが言う。この話ではずっと相鎚をうつくらいしかしてなかったけれど、流石に子供まで斬られた、だなんて話を聞いて黙ってはいられなかったんだろう。

 それは世の中の現実、ってものに即してみればいとけない感想ではあるだろうけれど、ネアスの優しさを示すものでもある。だからわたしは、隣の席のネアスを見上げてこう、こきゅっ、と首を傾げて見せたりする。


 「あ、うん。なんでもないよ?お話しの邪魔したら悪いものね」


 意図は通じたみたいで、ほんの一時空気が和やかになった。うん、あざとさも時には世界平和の役に立つのだ。


 「……そして、この話を更にややこしくする歴史というのが、現在帝国への侵攻を企図していると思われるカルダナこそが、かつてコラーダを唆して帝国に逆らわせしめた、という事実なわけだ」


 …………前言撤回。ぜんっぜん和やかになってねー。殿下、どんな爆弾ぶん投げてんですかこの期に及んで。


 「ふむ、となると、ビデル殿下の復讐はカルダナにも向けられている可能性はありますね。いや、本当に上手い手を思いついたものだ」

 「感心しとる場合かよ、婿殿よ。かの国が帝国を恨むこと甚だし、というのは日が沈めば暗くなるよりも明らかな事実であろうが」

 「そして関係者はまとめて不幸になりました、か。さてかの御仁も死後見える母方の先祖にどのような報告をなさるおつもりなのかな」


 話の内容は深刻なのに、さっぱりそうでもなさそーな物言いをする悪党組。

 これが他人ごとでこんなこと言ってたらわたしでもシラーっとした白い目で見るトコなんだけど、最悪の場合我が身の破滅にも繋がりかねないんだから、動じないっつーか無神経っつーか。

 見ると、ネアスにバナードは流石に顔色を白くして唇を噛んでいた。


 「ネアス?だいじょうぶ?」

 「あ、うん……なんだか恐ろしいことが起こってるんだな、って思って……」


 恐ろしいこと、かあ。

 そりゃまあ戦争は恐ろしいことだけど、きっとネアスの言いたいことは、それとはちょっと違う。


 「……その、大丈夫さネアス。俺……じゃなくて、守ってくれるヤツはいっぱいいるだろ?」


 どさくさ紛れに何を言い出すのだ、こいつは。まあ睨んだら言い直してたから許すけど。ていうか、あんた自分の彼女に言ってやんなさいよ、そーいうことは。それはともかく。


 「ううん、そうじゃない。今まで当たり前に過ごしてきた時間が当たり前じゃなくなることは確かに怖いけれど、本当に怖いのは……」

 「それが、ただ一人の謀ったことより現出し、しかも成就してしまいそうな現実、というものですわね」

 「………アイナ様…」


 わたしを挟んで反対側にいるお嬢さまを、アイナは見つめていた。

 その視線を追ってお嬢さまの表情を、見る。俯き、影になっているその横顔に何が浮かんでいるのかはすぐには分からなかったけど、もう「何十年も見てきた」その人を、わたしがどう思ったのかというと……。


 『……あのー、お嬢さま?何か酷いこと企んでません?すんげー悪い顔になってんですけど……え?いててててっ?!』


 ……正直、ドン引きしてた。思ったことをそのまんま言ったら、膝の上に乗せられてウメボシをされていた。待って待ってお嬢さま、それマジで痛い。


 「やかましいですわね。ようやくわたくしもやる気を出したところなのですから、あなたはわたくしのやる気を削がないように、共にきりきり働きなさいっ」

 『え。いや別にお嬢さまのために働くのはやぶさかじゃないですけどー、わたし一人だけ危ないことさせられるのもちと辛いとゆーか、出来ればご褒美の前払いとか……だからいたいいたい、いたいですってばっ?!』

 「あ、あのアイナ様、コルセアもまだ悪いことしてないんですから、その辺で……」


 まだってなに?!わたし別に悪いことなんかしないわよっネアスひどいっ!!……ってなことを訴えようと涙目で見上げたら、いつもの通り、困ったような、でもとても楽しそうな顔になって、お嬢さまとわたしの間で視線を往復させるネアスなのだった。

 そして、お嬢さまは。


 「……殿下、お父様、お祖父様。わたくし、いい加減我慢の限界ですの」


 え、ガマンて、お嬢さま今までガマンしてたことありましたっけ?……いてててっ?!


 「あなた、考えてることがだだ漏れになる悪いクセ、そろそろ直さないと頭が持ちませんわよ?とにかく……」


 お、おうう……と解放された頭を抱えるわたしを締め付けるよーに抱きかかえたまま、お嬢さまは悪党の先達に向けて笑顔を浮かべ。


 「全部、ぜーんぶ……ぶっ潰してしまいませんか?」


 世にも物騒なことを、頼もしげな口調で言ってのけていたのだった。

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