第169話・悪役令嬢覚醒(救出成功!…だけで済むハズがない)
わたしが何をしようとしたのか。
それを察してしまった幾人かの反応は二つに分かれた。
あわ食って逃げだそうとするか、その場に伏せてやり過ごそうとするか。
「やらせるか!」
いや、無謀というかサイアクの反応を示す人もいたから、全部で三つか。
とにかく、わたしは天井に顔を上げて胸を反らし、大きく息を吸ったのだ。
その後に何が来るのかって?わたしは暗素界の紅竜。息を吐くのと火を吹くのは同じこと。嘘をつくよーに火を吹くのだ。いやなんか違う。
「止せ!!そいつに槍を当てるな!!」
誰かがそう叫ぶ声がした。慌てて身を躱すと、羽の先っぽのところを鋭い刃物が通り過ぎていった。あぶねぇ……と、声の主を探すとビデル殿下だった。なんであなたがわたしを守ってくれるの?
「真偽の程は定かならぬが、紅竜の血は溶岩の如き熱を持ち、その命絶たれた場所には地獄が現出するという!命を落としたくなくば血を流させるではない!!」
……守りたかったのはわたしじゃなくて、我が身だったようで。賢明なんだけどさあ。
「何故にそのようなことをご存じなのか?!あなたもそのトカゲに籠絡されたのか!!」
「バッフェルが真剣な顔で申しておったのだよ!紅竜に血を流させると帝国が火の海に沈むことになるとな!」
ありゃ、殿下にそう聞いてたのか。
ただ、殿下がどうしてそんなことを知っているのかっていうと……ああもう勿体ぶる気にもなれないや。一周目の記憶が殿下にも残っていたんだろう。お嬢さまが処刑され、わたしもついでに槍を突き立てられた後に何があったのか、記憶にある、というより怖れみたいなものが刻み込まれているんだろう。
でもまあ、わたしにとっては好都合。
一度止めた深呼吸を再開し、それに気がついた第二師団の連中は、今度は武器を突き付けたりすることもなく泡を食って逃げ出す。狭い屋内で押し合いへし合いしていたもんだから、転倒するわ踏みつけられるわで早くも阿鼻叫喚の様相。でも知ったこっちゃない。
『すぅぅぅぅぅ~~~………おりゃぁぁぁぁぁっっっ!』
大きく吸った息を一瞬溜めて、怒号と一緒に吐き出す。
喉の奥で渦巻いていた、暗素界からやってきたものといー感じに混ぜ合わされた現界の大気は、大きく開かれたわたしの口からひとかたまりの熱気として吐き出される。
それは紅蓮の炎……なんかではなく、けど触れたらヤケドじゃ済まないよーなカロリーを保有したまま、上を向いたわたしの頭上に発射された。そしてそのまま天井を突き破り、大穴空いたそこから見えた夜空(まだ夜だったのか)を上昇していくと、狙った高さで爆発した。
「ぬぉっ?!」
「ひいっ!」
続けてやってきた轟音ととんでも熱量の爆風は、第二師団の建物を壊しこそしないものの、音も熱も理力兵団の兵隊をビビらせるに充分で、悲鳴がそこかしこで上がってる。
そしてわたしが吐き出した熱気がぶち壊した天井には火が着いていた。最初に破った時に熱で発火したらしい。
火事だ!って叫び声が聞こえる。そちらに注目が集まるのを幸いに、わたしは人の足下の高さにまで降りて、掻い潜るよーにその場を離れる。多分こっちだろう、とアタリををつけた方角に進んで、そのまま外に出た。そのまま姿勢を低く保ったまま人気の少ない方向を目がけて二本の脚で駆け、火事の喧噪が遠くなったところで空を見上げると、いた。
『……なんであんたがここにいるのかは別として、二人は無事?』
「あやうく消し炭にしかけといて言うことがそれかぁっ?!」
『いやしょーがないじゃない。今回に限れば狙ってたりしてないんだし、たまたま打ち上げた先にあんたがいただけの、ただの事故でしょ、事故』
「あれだけ完璧に射貫いておいて事故とかあんたはもおーっ!!」
スカートが消し飛んで紐パンを露出してるため、空中で杖をぶん回してお怒りの女神の姿には、威厳も迫力も無かった。
実は、さっき天井撃ち抜いた時に火球に当たりかけて逃げてったパレットの姿を見つけたのよね。何のためにこんなとこに来たのかは分かんないけど、ただの見物なわけが無いし、この場所を探り当てた手腕を高く評価してないでもないわたしは、殿下とバナードがどこにいるか、探すのを手伝ってもらえればと思ったんだけれど。
『まあまあ。で、あんたは何しに来てたのよ。暇だったらわたしの探し人一緒に見つけて欲しいんだけどさ。どうせ目星くらいつけてあるんでしょ?』
「目星も何も、さっき牢屋から出して外に逃がしておいたわよ。感謝しなさいな」
わお。言われた通り、初めてコイツに感謝する気になったわたし。
『ありがとね。で、その二人はドコ?早いとこ連れて帰りたいんだけど』
「さあ?あんたを探しに行くみたいなこと言って、どっか行ったけど」
『助けたんなら最後まで面倒見なさいよこの役立たずっ!!』
「ひどいっ?!男の子たちが自分でヤルって言ってるなら見守るのが女神の役割ってものなのにっ!!」
『……ところでどっち?バナ×殿下?殿下×バナ?』
「それはもちろんオーソドックスにバッフェル×バナードと言いたいところだけどここは後ろめたさを覚えつつ誘い攻めに徹するバナード×バッフェル……はっ?!」
あんたのその行動は女神というより腐の者としての行動だろーが。
アタマ痛い思いをしつつ、パレットをぶら下げて二人を探しにいくわたしなのだった。
『でぇんかぁぁぁぁぁ会いたかったですぅぅぅぅぅっっっ!!……ぷぎゅう』
「……お前な、心配させるのも程々にしろ、バカ者」
飛びかかって抱きつこうとしたら、迎え撃つ殿下に顔の両サイドをふんづかまれて横に伸ばされた。お嬢さまにしか出来ない技だと思っていたのに、いつ会得したのだろう。
「俺は?なあ、俺は?」
隣でバナードがもの足りなさそうな顔していたけれど、無事だったんだからいーじゃない。ていうか別にわたしに飛びつかれて嬉しいのだろうか、バナードは。
「そーいうんじゃないでしょ。バナードくんはここしばらくあんたの相方務めてたのに、ぞんざいにされて寂しいのよ」
『……そうなん?』
「助けてくれた恩は忘れてねーけどさあ、そういう言われ方は不本意極まりないっていうか……」
一緒にいるパレットにそう指摘されて歯切れの悪い言い訳をするところを見ると、あながちズレた意見でもないのかしらん。
仕方ないので、殿下から解放されたわたしはバナードの側に寄ってって「れろん」と顔をなめてあげた。
「やめんか!味見されてるみたいでゾッとしねえんだよ!」
『感謝の意を示しただけだっつーの』
「なら素直に言葉で示しゃあいいだろうが!!」
振り払われるわたし。ええい、いちいち文句の多いやっちゃな!
「……どうでもいいが、ともかく落ち着いて話をしたいところなのだがな」
ようやく再会出来たのだから、もー少し感涙にむせび泣くくらいしてもいーと思うんですが。
そんな意を込めて殿下を上目遣いで見ていたら、気付いてくれずにさっさと先に立って歩いていっていた。いけず。
今は、火事騒ぎで混乱してる第二師団を後にしてブリガーナのお屋敷に向かう途中。
パレットが牢屋に入れられていた二人を見つけ、(何をどうしたのかは教えてくれなかったけれど)鍵を壊して助け出した後、なんかバナードと殿下がやりとりしてるトコをただ見送っただけ、というわけのわからん真似をしてくれた後、二人は騒ぎが始まったことでわたしが何かやらかしたと察してわたしが出てくるのを待っていたところを見つけてようやく合流した、というわけだった。
ちなみにその間、パレットはわたしが引きずっていた。別に逃げだそうとしてたわけじゃないんだけど、野暮はしたくないの!とかワケの分からんこと言ってついてこようとしなかったから、無理矢理連れてきただけのことだ。
『ところでバナードは殿下と一緒にいて、何も話はしなかったワケ?』
「違う牢に入れられてたんだよ。見張りの連中の気配で殿下が近くにいるだろうとは思ったけどさ」
『ふうん。まあ何もされなくてよかったじゃない。てっきりゴーモンとか酷い目に遭ってるかと思ってた』
「怖いこと言うんじゃねえよ!」
わたしの言うこと聞かずに逃げなかったのが悪いんでしょ、と言い返したらパレットが「コルセアちゃん……もしかしてツンデレ?」とかフザけたことを言ってたので、後頭部にかじりついてやった。
ちなみに紐パンに剥いてやらなかったのは、既に一度そーなってて今はカーテンを破いて作ったスカートを穿いているからだったりする。
「賑やかなのは嫌いではないがな、それくらいにしておけ。火事騒ぎが落ち着いたら追っ手も来るだろう」
『あー、はい。そいで殿下。兄君とはどんな話をなさったので?ていうか、やっぱり第二皇子殿下が何か企んでおられたわけなので?』
「……細かいことはアイナたちも交えて話した方がよかろう。どうも兄弟喧嘩で済ましていい話ではなくなってきたようなのでな」
ようやく日の昇ってきた空の薄明かりに照らされる殿下の横顔には、疲れと共に焦りのようなものが見てとれた。
そういえば足取りもやや覚束無くはあるけど急ぎ足だし、特別な懸念でもあるんだろうか、と思った時だった。
「……?何か騒がしくないか?」
『へ?』
バナードが立ち止まり、今し方逃げ出してきた方角へ振り返る。
もしかして大群で追いかけてきたのかと少し高く飛び上がってその方を見る。
いた。確かに、大群……というより、大軍が。
『……おかしいわね。理力兵団にしては雑然というか……あれ、もしかして……』
数十人じゃ効かない人数の兵が、整然とこちらに向かって来ているのが見えた。というか、第二師団の本部に向けて「進軍」しているようにも見える。
そして見覚えのあるその軍装は、目を細めて同じ方を見ていた殿下にとっても同様だったようで。
「四裔兵団?……まさか、もう到着したのか…?!」
わたしの疑問への返答、ではない独り言に、明らかな焦りの色が感じ取れていたのだった。




