第168話・悪役令嬢覚醒(ペットのドラゴンも覚醒)
ただ、ビデル殿下が黒幕だー、っていうのはパレットが言ってたってだけで、他に根拠が無くって理解に苦しむところなのよね。
そこんとこどーなんだろ、っていう疑問はこの活動を始めた当初から抱いていたもので、よくよく考えてみてもわたし第二皇子についてはなーんにも知らないんだっけ、ということが確認できたのみ。だって、「ラインファメルの乙女たち」本編には一切登場無かったし、三周目でもほぼ接触無かったもの。確か……お嬢さまと殿下のご結婚の際に見かけただけだっけ。まあわたしもその頃はそこそこ大っきくなってたから、ご来場の皆様と親しくお話し合いする、ってわけにいかなかったんだし。
だから、どんどん人の数もわたしに対するヘイトも増えていく中をかき分けてこちらに向かって来た人を見てこう言っちゃったのも、無理の無いことだと思うのだ。
『誰?』
って。
「誰何の問いをまず受けるとは思わなかったな。暗素界の紅竜に目通りかなったのはこれが初めてというわけではないぞ」
『目通り?言葉遣いが逆じゃないですか?お目通りかなって歓喜にむせび泣くのはわたしの方だと思うんですけどー。ビデル・クルト・ロディソン第二皇子殿下』
皮肉っぽく言ったのに、ビデル殿下は特に鼻白む様子もなく鷹揚に頷くだけだった。煽り甲斐のない人だなー、もう。
「くく、我が大望をかなえる存在なればいくらでも遜ろうというものだ。こと此処に至って取り繕うつもりなどないのだよ」
『………』
警戒しつつ、距離をとる。
どーも……気のせいだといいんだけれど、この人わたしに対して個人的な思惑がありそーで。思惑というか含むトコロというか。
それが何なのかは分からない。ただ、ロクでもないことだけは確かっぽい。
『……ところでわたしの相方どーしました?そろそろごはんの時間なので、お腹空かして泣いてるんじゃないかと思いまして』
「バナード・ラッシュのことかな?彼なら元気にしているよ。弟の元学友ということであれば無下に扱うわけにもいくまい」
『……………』
うわちゃ。手荒な真似をされてなければいーんだけれど。殿下の身辺調べてあるならそれくらい顔を見れば分かる、と思いたいところね。
「なに、そう警戒しないで欲しい。何せ君が奔走し、救わんとしていたのが余なのだから。ここから連れ出してくれるのだろう?さあ、行こうか」
『あー、今ほども言いましたけれど、わたしの相方置いて行くのにしのびないので。出来ればバン君も一緒だと大変ありがたく。はい』
「それは後ほど送らせるなり、そこの気絶している男を質にとるなり、好きなようにすればいいのではないか?」
『わたし人質とって何かを要求するほどずーずーしくもなれないもので。でもまあ一緒に逃げて頂けるのであればそれもありがてー話なので、先に外で待っててもらえます?』
「おや、急ぐのではないのか?君のやり口を見るとひどく焦っていたように思えるのだが」
『あっはっは。わたしずーずーしくはないですけれど、欲の皮は突っぱってますので。どーせなら殿下お二人とも救い出した方が効率いいかなー、と。あとうちのバン君置いていくと大変ご迷惑をおかけすると思いますので、こちらで引き取りますよー』
「なるほどなるほど。流石世界最強の名にし負う振る舞いと言える。全てを併呑しなければ気が済まないとは、その希有の壮大なること見習うべきところは多いというものだな」
『いえいえー、青銅帝国に俊英の名が通るビデル殿下には負けますわー』
「はっはっは、こやつめ」
『おっほっほ、いえいえ』
「はっはっは」
『おほほほほ』
……うんざり。
まあなんていうか、お互いをずぇんぜん信用してねーっていうのが丸わかりというか、悪代官みたいな笑い声立てるよーな人とは思ってなかったもんだから。
「……それで殿下。御身の置き所については如何なさるおつもりか」
そしてうんざりとしていたのはわたしだけではないよーで、ヒゲの男爵でありかつ師団長を上司に戴く、なんか不穏分子みたいなおっちゃんもどことなくイラついているようだった。
「置き所?余がそのようなものを自分で選べる謂われなどあるまいに。暗素界の紅竜がその気になればこそ、貴様らの軛から逃れようものを、どうもこの紅竜はそのつもりもないようであるからな」
「……殿下は第二師団の後ろ盾無くして立つべくもなきをお忘れか!!」
「忘れてなどはいないが。フェンツェル、だが貴様らこそ余を担ぎ上げ、その野心を遂げようとしたのではあるまいか?共に旨味のある関係なればこそ、これまで上手くやってこられたのだとは、思わないか?」
その言葉の裏にある意図は、はてさて誰に対しての悪意だったんだろうか。
フェンツェルと呼ばれたおっちゃんは続けて言える文句も無いようで、歯噛みするよーに黙り込んでしまう。
……どーもね。聞いてた話とは異なる様相に思えなくもなくてね。
第二師団は主体性の無い皇子を担ぎ上げ、彼らの狙いを達成しようとしていた。
そういう風に見えてたんだけど……第二皇子の方にも思惑はあって、そのために第二師団を利用しようとしている。それが、パレットの言う「黒幕」の動向ってことなのかもしれないけれど。
じゃあ第二皇子の思惑、っていうのは何なのさ。それが分からないんじゃあ、わたし誰の味方になればいいのか分かんないじゃない………いや、そうじゃないでしょ、わたし。
わたしはこの世界に生まれ落ち……というか、出現させられて以降、アイナハッフェ・フィン・ブリガーナという子が、少女が、女性が、不幸な目に遭わないように、ということ「だけ」を願って火を吹いてきた……実はあんまり吹いてない気もするけれど。
そして、どうしてそのことに執着するのか。それは、意味も分からずに過ごした頃に、何もしなかったがために、幼子の時から見てきた少女が残酷な最後を迎えたことを「覚えて」いたからだ。
三周目。その目覚めの時に思い出した。そしてお嬢さまは、ペットとしていっぱいかわいがってあげる、と抱きしめてくれた。日なたのにおいのする腕の中に。
親に恵まれず、愛されたという記憶の薄いわたしにとって、それはきっと初めての経験だったのだ。
だから。
「なに、余を連れ出してくれるのは暗素界の紅竜さ。世話になった身ではあるが、互いに利を仲立ちにした繋がりであるのは承知の上だろう?そろそろ袂を分かつ時が来た、というだけのことだろう。さあ、行こうか。紅竜殿」
「そんなふざけた話がまかり通ると思っておられるのか、あなたは!!」
『ちょい待ち、ご一同』
一触即発。
そんな空気を醸し出し始めた空気の中、わたしは努めて呑気な声をかける。
といって普段から割と空気読まない系のキャラなので、いつも一緒にいるお嬢さまやネアスなんかには「また始まった」とか思われそうだけれど。
「何か」
「何だ?!」
落ち着き払った第二皇子と、対照的に血管ブチ切れそーなフェンツェルというおっちゃん。
ごめん。多分、わたし今から、収拾つかなくなるよーなこと、言います。
『何か勘違いしてやいませんか?わたし、別に第二皇子の救出に来たワケじゃねーんですけど』
「何だと?」
おっちゃん、怪訝顔。第二皇子の方も鷹揚な笑顔が固まっていた。この際視野の広いドラゴンの顔は便利だわ。
「では何が目的だ。まさかそこに倒れている憐れな師団長殿をからかいに来た、とでも言うのではあるまいな、紅竜殿」
『それはちょっと楽しみにしてましたー……じゃない。えとですね、わたしには大事にしてる人がいて、その人のために何もかもやってるんです。他のことなんか、わたしにしてみれば全部「ついで」なわけで』
「………」
『そんで時々いるわけなんですよね。シモジモが全部自分のために動いているって痛い勘違いしちゃってる人ってのが。そーゆー人にはわたしってどうもウケが悪いみたいで。わたしにその気は無くても結構怒らせちゃったりするんですねー』
「……ほう」
見える見える。憤怒ゲージが上がっていくのが見えてますよー、ビデル殿下。
結局さ。パレットがあなたを黒幕呼ばわりしたのとは関係無く、わたしはあなたのことがキライみたいなのよ。
何があったのかはまだ分かんないけれど、あなたの奥にはあなたが許せない物事がある。けど、それに巻き込まれるのは真っ平ご免だ。わたしはわたしのために、お嬢さまを助けると誓った。そうしたら、なんか自称女神の願いとやらもかなえてしまった。わたしは最初から最後まで、結局はそれだ。
出来ればあなたの抱えている熾火みたいな憤りを救えれば、とも思うけれど、多分そうしたらわたしが助けたい人とかコトが台なしになっちゃう。だから、ごめん。わたしには、全部を助けたりする力は無いんだよ。
ようやく訪れたこの機会を無駄にしないために。
わたし、本気になります。




