第165話・悪役令嬢覚醒(とかくこの世は不覚だらけ)
『バン君逃げるわよーっ!』
「この考え無しのアホトカゲーッ!!」
相変わらずしつれーな男だ。そりゃ確かに何の警戒も無く近付いたのは否定しないけどさ、まさか向こうが待ち伏せしてて、わたしがいつもの『こぉんばんわぁ。暗素界の紅竜でぇす』ってやった瞬間に槍が物陰からとんでくるとか想像もできんでしょ。
『とにかく逃げましょ。対気砲術持ちの術者に準備万端で待ち受けられて、出来ることなんかそれくらいしかないわ』
「お前の口振りだと全く危機感とか覚えられねえんだけどな!……はぁ、はぁ……」
郊外の第二師団本部近くは住宅もまばらで、正直言って逃げるのには適さない。
こんな場所でしか標的を発見出来なかった、という時点で罠の可能性を疑うべきだったけど、まあわたしが甘かったというかれんちゅーがそこまで無能じゃなかったというか。師団長とかいうヒゲの独裁者もどき(西じゃなくて東の方)のおっさんは、そんな気の利いた輩には見えなかったんだけどなあ。
となるとこっちも少しは気を利かせないとダメか。取るものも取りあえず駆けて逃げて、追っ手もまけたと思えた頃、立ち止まって茂みに身を潜める。バン君…じゃなくてバナードも引きずって。
「お、おい?!」
『しーっ。いいからこれから黙ってわたしの言うことききなさい』
「……なんだ?これから死にに行くみたいな言い方して」
『そーゆー要らんこと言うんじゃねーわよ。死亡フラグ、って言うのよ。覚えておきなさい』
「し、死亡……何だって?」
がるるる、と唸ったら静かになった。夜の茂みの陰だなんて相手の表情も分かんないんだから、こうして伝える他ないのだ。ついでに言えばバナードも覆面してるのだし。
『多分ね。これもっと深い罠に追い込まれる途中だと思う。わたしが逃げ回るから、あんたは明るくなるまで潜んでいなさい。連中、わたしだけ捕まえれば引き上げるでしょ。最悪、わたしのことは構わず逃げなさいな』
「……おい、そう聞いて俺が一人で逃げると思うのか?」
『思えないわねえ、残念なことに。でもまあ、お嬢さまとネアスに伝言を頼むわ。それなら面子も立つでしょ?』
「そういうこと言ってんじゃ……」
おい、この辺で声がしなかったか?、探してみろ!……とかいう声が聞こえて黙り込むバナード。
困ったことに足音が複数、こっちの方に向かってきているのはわたしにもバナードにも分かった。
暗がりの中で顔を見合わせる。躊躇してる場合じゃなさそうだ。
『……バン君。わたしはなるべく情報つかんで持ち帰るわ。お嬢さまたちにはそう伝えて。あとよろしく』
「欺瞞用の偽名使ってんじゃねーよ。頼み事する時ぐらいちゃんと名前を呼べ」
『そーね、バナード。あんたのそーいう男気溢れるトコは割と好きだわよ。じゃあよろしくね』
「まかせろ」
身を伏せたバナードを置き、わたしは茂みから身を晒す……わけにはいかない。二人連れなのは見られてるんだから、わたしが飛び出したらそこを探すのは目に見えている。
隠れるよりも慎重に移動し、こちらを探してる人数を確認。三人か。揃ってこちらに背を向けたタイミングで飛び上がる。空に。
ガサリ、という音で振り返ったけれど、その時にはもうこっちは空に浮かんでる。上手く行った。そのまま移動してもういいかな、って頃合いになったら、わざと連中の視界を横切るように移動。
「いたぞ!」
「飛んでいる!砲術用意!」
よし、引っかかった!あとは……うわっ?!
「避けやがった!」
ヤな感じがして更に上空に逃れたら、さっきまでいた場所を対気砲術の光線が薙いでいく様子が足下に見えた。発射された方角は……わたしを指さしてる連中とは九十度違う。ちっ、わたしに見つけさせて注目を集めてるうちに脇から撃ち落とすとか、小細工を弄してくれるじゃん。
幸いに発射地点はバナードが潜んでいる方角とは逆だ。あとはわたしの言った通りにじっとしていてくれれば、それでいい。
『あとはわたしが囮になってあげれば……ぷぎゃっ?!』
なに?なになに?何ごとっ?!
背中の方に焼けつくような痛みを覚えて振り返ったならば、さらにもう一方から射撃を済ませたという態の術者の姿が、地上にあった。抜かったわ……まさか二段階構えで罠はってたとか……くっそう、正直舐めてた。
なんかぜつぼー的な気分で落下していくわたしの耳に入ったのは、バナードの怒号。落ちて行くわたしを助けようと、止せばいいのに自分から身を晒して自分の砲術ぶっ放してた。
重力に誘われるまま遠くなる意識の向こうで思う。あんたのそーいう向こう見ずなところはキライだ………。
「コルセア!」
だからわたしに構わず逃げろ、ってゆったでしょーが……普通なら生きてるうちに使う機会の無い台詞使う機会を無駄にさせんじゃねーわよ、もう……。
「貴様もう一人の……うわっ?!」
「させるかよ!おい逃げるぞ!起きろコルセ……」
……前言撤回。まあ、そうした体張るトコはそうキライじゃなかもしんない。
バナードはわたしを抱えて駆け出す。走る勢いでこちらも揺さぶられる。助けないと。わたしがこの子に守られるなんてこと、あっていいわけがない。
そう思ったのを最後に、わたしは気を失った。最後に「……畜生ッ」とすんごい悔しそうな声が聞こえた。それは、誰のものだったんだろう。




