第159話・軍事の知識はぜんぶじーさまからの受け売りだけどね
『お嬢さまぁぁぁぁぁっっ!!』
屋敷に飛び込むなり大切なお嬢さまのお部屋へダッシュ。それこそ明日へ向かって、って勢いで……いや待てお嬢さま学校じゃん!!
「いきなり駆け込んで来て騒がしいですわよ何ごとですのっっっ!!」
部屋に駆け込むというか飛び込んだわけだけど、ところがそこにはいないはずのお嬢さまがいたのだった。
そして当然のことながら、いきなり入って来たわたしにご立腹だった。
着替えの最中とかではなかったものの、一発頭をポカリとやられるわたし。
『あいたた……え?あ、あれ…?お嬢さま学校へ行ったのでは…?』
混乱しつつ訊ねると、お嬢さまはお口の隣に人差し指を当てて考え込むような仕草をしつつ言う。
「いえ、わたくしにも何が何やら。とにかく、朝食が済んだ後にお父様から、今日は学校も含めて外出を控えるように、とのことでしたので。それであなたはどうしたのかしら。お友達と一緒に何かしていたのではなくて?」
『ああ、それそれ!!お嬢さま大変です殿下の居場所が分かりましたっ!!』
「なんですってっ?!」
それは事態に相応しいあわってっぷりではあるだろうけどわたしにとってはとても迷惑なことに、お嬢さまはわたしの首掴んで前後に揺さぶった。ぐえ、苦しい…お嬢さま放してぇ…とか普段ならするところだけど、今はそれどころじゃないのだ。
『第二師団の本部にいたんですよっ!!しかもビデル殿下が黒幕っぽいです!!』
「ビデル殿下……が?一体どうして……。いえそれよりそれどこ情報ですのっ?!いい加減なことを言ったらただではおきませんわよ!!」
「あ、それあたし情報で」
わたしの後ろからひょっこり顔を出したパレットとは先ほどあいさつを済ませてあったから、お嬢さまは納得顔でわたしを放してくれる。
「……もしかしたら、コルセアは殿下の行方を捜してくれていたのかしら?」
『まあわたしというか、こっちの紐パンめが…じゃなくてパレット女史にお願いしてました。で、慌てて見に行ったんですけど……』
「お待ちなさい。そこから先はお父様やお祖父様とも一緒に話しましょう。どうもわたくしとブロンが屋敷に留め置かれている理由とも関わりがありそうですし」
『………はい』
……なんかわたしの焦りをよそに、お嬢さまはひどく落ち着いているようだった。
冷たい、とまでは思わないけれど、なんだかな……慌てて突撃して、迎え撃たれて逃げ帰ってきたわたしがとんでもない空回りみたいで、ちょっと……。
そんな風に、不満という程でもないモヤッとしたものを抱えて佇むわたしの脇を、お嬢さまが通り抜けようとした時だった。
「……殿下」
聞こえた声にハッとなって、隣を見る。
そこには唇を噛みながら、足早に歩み去るお嬢さまの姿があった。
「コルセア。早くいらっしゃい。そちらのパレットさんも、出来ればご一緒頂ければと思いますが」
「あたしは別に構いませんケド」
「……ありがとうございます」
そして、部屋を出る前に立ち止まり、振り返らずにそう発した言葉には、決意めいたもの、というよりは自分を許せないという響きがあったみたいに思う。
そして具体的に何が起こっているのか、って話だったんだけど。
『四裔兵団がこっちに向かってるぅぅぅぅ?ミドウのじーさんは何を考えてんですか』
「儂が知るか。あやつも頭を抱えておったよ、意図は分かるが足下が見えていなさすぎる、だとよ」
……どーもね。陛下や殿下に対する忠義立てのためなのか、ともかく国境防備が主任務の四裔兵団が、持ち場を離れて帝都に向かっているとか云々。
食堂でこんな話を聞かされて、わたしは思わず国境に向かって呟いたものさ。『この国の軍隊はアホばっかりか』って。
「義父殿。ミドウ殿の見立てでは四裔兵団の意図はどういったものなのです?」
「この機に乗じて国内での四裔の発言力を高めようってえ意図らしいな」
うげぇ。なんか思ってたよりも悪質だった。ていうか、考えることが理力兵団と大差ねー。
といって四裔兵団以外に、こんな状況で理力兵団に対して満足に反抗出来る部隊が帝国にあるのか、っていうとかなり怪しいしぃ。
青銅帝国は、国の興りからして軍閥が中央に牙を剥いた、ということからして中央による軍隊の統制というものに非常に気をつかっている。
例えば、指揮官や各所の軍団に所属する部隊は異動が頻繁であり、しかも指揮官と兵が個人的に結びつくことのないように、かなり念の入った人事をする。
軍団っていうのも、戦闘単位として構築されたものではなく、特定の任務の度に作られたり解散したりというもので、同じ部隊と同じ指揮官が一つの軍団を長期間にわたって構成することは、基本的にはない。
例外的なのが理力兵団で、これは主力の対気砲術の術者が数少ないこと、そしてその指揮を行える人材も限られているということで、付随する歩兵や輜重隊を除けば、かなり見知った顔だけの組織になっているといえる。
もちろん対策はしてあって、例えば兵団は第一、第二、第三という各師団に分割されて各々は対抗意識を持つよーにいろいろと仕組まれている。
加えて、平時は帝都に留め置かれており、戦時に必要な場所に派遣されるという運用形態になっているのだ。
ただ今回は、それが全部裏目に出た格好だと言える。各師団間での対立の構図を利用して道具にされ、帝都のすぐ近くにいたから帝城での異変に即時介入出来てしかも言い訳にも困らない。
……まあクーデターを起こすつもりだったのなら、これほど適した部隊はないって思うわよ。ほんと。
で、そんな理力兵団に抵抗出来る部隊があるとしたら、それは確かに四裔兵団は効果的だと言える。
その性質上、一朝ことあらばすぐに身動きとれるよう、帝権のお墨付きがある。いちいち中央にお伺いたててたら他国に攻め入られて手遅れになりましたー、ってことになりかねないんだし。
そこんとこが、帝国の他の部隊とは性質の異なるところだ。他は基本的に帝権の指示がないと動けないし、指揮官と部隊の忠誠心的な繋がりが希薄だから、帝権の指示を待たずに指揮官が動こうとしても部下が言うことを聞くとは限らない。
その点、四裔兵団は常日頃から指揮官の独断専行を許容する空気が醸成されていて、こーいう場合にいちいち細かいこと考えなくても動ける。であればこその、帝都に向けた大移動ってことになるんだけど。
「その分国境がお留守になっちまやあ、意味はねえやな」
「ですねえ」
にしてもどんな差があって、じーさまは苦い顔をして、伯爵さまは割と他人事みたいな顔してるんだろうか。
「……それで、それも懸念ではありましょうけれど、わたくしからも話題として頂きたい件がございます。お父様、お祖父様」
食卓のテーブルの一方にはじーさまと伯爵さま。
向かい合わせの席にお嬢さまとわたし。と、パレット。こいつは最初からずうっと部屋の中をきょろきょろしてるからアホの子みたいだ。そして最早止める気も無いわたし。
「おう。殿下の居場所が分かったと。ただな、アイナ」
渋い顔のままのじーさま。
そして、なんとなく予想はしていたけれど、お嬢さまにとっては無体極まり無い判断が、下される。
「今は、殿下の身柄よりも優先すべきことがある。後回しにせざるを得んよ」
クロスを敷かれたテーブルは、とびきり大きな音と共に、上に乗せられていた燭台を転倒させる。
お嬢さまはいきり立ち、ロウソクの立てられていない燭台を一瞥すると、烈火の如き怒気を満面にたたえ、じーさまと伯爵さまの顔を交互に睨み付けていた。




