第157話・女神の家庭訪問(こいつくさってやがる)
「ふーん。なかなかいいとこに住んでんじゃない」
『まあね。これでも伯爵家の皆さまに愛されるペットドラゴンのコルセアちゃんなわけよ』
文句ある?とでも言わんばかりに睨め下ろしたのだけれど、わたしのベッド(人間サイズ)に腰掛けたパレットは、もの珍しそうに部屋の中を見回してこっちの視線には気付いてなかった。
まあ基本屋根裏部屋だから天井は低いけど、幼生のドラゴンには充分だし、夏場暑いのを除けば居心地はいいのだ。興味深く見るのも無理はナイ。
ないのだが。
「コルセアちゃん、あたしもここに住む!」
『紐パン女神からノーパン女神に格下げさせたろかこの駄女神』
そんな真似を許せるわけがないのである。ていうかあんたにそんな資格があるか。
ベッドに横になってゴロゴロしながらワガママぶっこいてる自称女神は、角が敷き布団に当たらないように重用してるわたしの枕を抱いて年甲斐もなくぶーたれていた。
「年甲斐もなくありませーん!じゅうななさいでーす!」
『そーゆー誰も得しないウソはえーから、その枕から手を離せ。それ無いと夜寝づらいのよ』
「返して欲しくば言うことを聞け!」
『言っておくけど、わたしには火を吹く以外に頭から丸かじりするっちゅー得意技もあるのよ?』
「…………」
起き上がって正座になり、居候の三杯目よりもそっと枕を差し出す紐パンだった。
まあいい。これで話くらいは出来そうだ。
『……ったく。大人しく分かったこと教えてくれりゃーわたしのごはん少しくらいわけてやってもいーから。で、どうだったの?殿下たちのこと分かった?』
「そりゃもう、バッチリよ!」
『あんたが親指立ててガッツポーズとかしてると不安しかわかねー』
「ひでぇっ?!」
ひどくない。実績に鑑みた正当な評価だ。まあいい。とにかく話を聞かせてもらおう。
「うんうん、聞いてちょうだいな。まず場所だけどね、これがなんと帝都の中だったのよ!」
『でしょうね。で?』
「おわり」
『おわり。じゃねーわよ!何一つ分かってないに等しいじゃない!!』
「そんなこと言われたってわたしにどこだとか説明出来るわけないでしょ!住人でもないんだからっ!!」
あたまいてー。
逆ギレかまして威張るパレットを前に、目眩のするわたしだった。
『……んじゃまあいいわ。場所はあとで案内してもらうとして、他に何か分かったことあるんでしょーね?』
居場所が帝都の中で特定出来ればそれでいーか、とも思ったけれど、今二人がどんな状態なのかは気になる。姿を見たというのなら、監禁されているのかそこそこ自由に行動出来るのか、接触するにしても救出するにしてもどういう風に過ごしているのかは気になったから、わたしは当然のことを尋ねた。んだけど。
「……………」
『……急に黙りこくって、どしたの』
その上なんか両手を組んで何かを拝むみたいに恍惚とした表情で天井を見上げてた。天井、っていうか屋根の裏側だけど。
ていうかあんた拝むんじゃなくて拝まれる方なんじゃないの?女神とかいう自称がホントだったならさ。
「………尊い」
『は?』
「………とても、とても尊かった、です……あたしは、その尊さに悶え、女神の身でありながらただ……両手を合わせて祈る他なかったのです……どうか、この光景が永遠のもので、ありますように、と………あいだぁっ?!」
『め、ふぁめはふぁ?』
「よく分かんないけど覚めた覚めたっ!予告も無しに頭かじるのやめて離れてうわぁあたまがよだれでべとべとっ?!」
しつれーぶっこいんてんじゃねーわよ。あんたなんか全然上手くなさそーだってのにヨダレなんかこぼすわけねーでしょーが。
「うう……好き嫌いあると大きくなれないわよ……?」
『ぺっ。……あんたは食われたいのか食われたくないのか、どっちなの。で、何を見たの?あんたがそんな腐った目付きになるところみるとろくでもないことがあったんだろうけどさ』
「いや、ろくでもないとかあの至高かつ究極のイベントスチルに失礼すぎない?」
『ゲームといっしょにすんじゃねーわよ。で、何よ。バッフェル殿下がビデル殿下に壁ドンでもしてたっての?どうせあんたの妄想フィルター越しにあやしげな薔薇でも背景にばらまかれてたんでしょーけど』
「ふっ」
『……あによ』
目の前の紐パン女神改め紐パン腐女神はこちらを見下すように鼻で笑っていた。
わかってねー。コイツぜんっぜんわかってねー。
言葉よりも雄弁に、その視線が語っていた。
「バッフェル(かける)ビデル?ふん、そぉれが素人で半可通で知ったかぶりの浅はかさ、ってものよ。お聞きなさぁい、コルセアちゃん。いい?この二人は兄弟。そしてその立場は皇太子の座を争う間柄。兄ビデルははかりごと多く腹黒い。弟バッフェルはお坊ちゃん気質ながらも豪毅で周囲の信望も篤い。この二人の組み合わせから導かれるカップリング……それはね?」
?……ちょいまち、なんかあんたなんかすんげぇ重要なコト言っ…
「弟バッフェルのオレ様攻めからリバって兄ビデルの暗黒微笑で締め!!……に決まってんでしょうがぁぁぁっっ!!」
『目だけじゃなくて脳ミソまで腐ってやがるこの紐パン女………』
フヒー、フヒー、と鼻息荒くしてベッドの上で拳握りしめて力説してるアホ。
いやまあ、わたしだってそっちの素養が無いわけじゃないけれど、ナマモノだけは無い。少なくとも今のわたしにとっちゃあナマモノなんだし。
あ、「ラインファメルの乙女たち」にそっちの要素は無かったわね。なんかそーいう盛り上がりも界隈ではあったっぽいけど、わたしが殿下をカップリングするとかあり得んかったから。いやそーいうことじゃなくて。
『あのさ、カプ談義はどっかヨソで誰かとやって。ていうかあんた百合厨じゃなかったの?』
「ノンノン、あたしは花の女神。百合にも薔薇にも平等に愛を注ぐのです」
『他の花の立場が無くなるようなこと言ってんじゃねーわよ。いやそれより気になったんだけど』
「ほえ?」
またもやベッドに座りこんでわたしの枕をハグするパレットにイラッとしながらも、訊ねる。
『あんた今言ったじゃん。ビデル殿下が腹黒、って。そりゃバッフェル殿下に比べりゃ権謀術数に長けた方だろうけど、はかりごと多くて腹黒い、って程ではないんじゃ……』
「それ本気で言ってんの?アレ、そこらの悪党なんか目じゃないわよ。ま、だからこそ弟バッフェルみたいな一直線なマジメな男を堕とすのに愉悦覚えるんだろうけどぎゃわぁぁぁぁぁっ?!」
『今すぐ案内しやがれこのクソ女神ぃっ!!』
えり首掴んで窓から飛び出す。ビデル殿下が腹黒?バッフェル殿下に迫ってた?
この紐パン女神の言うことが勘違いなのでなければ……殿下が危ないっ!!




