第16話・休日のドラゴン≠大岡越前
お嬢さまの弟君、ブロンヴィード・フィン・ブリガーナ次期伯爵(予定)の話をする。
というのも、この幼児の存在の有無は「ラインファメルの乙女たち」における一つの指標なのだから。いや二歳児に指標とか言ってもね。
まず幼年期編において、親友ルートと、他人・対立ルートがまず早い内に分岐する。
親友ルートに入ると、お嬢さまの弟が誕生したということでお嬢さまからネアスに紹介され、その後の本編が始まってからも何かとイベントには絡んできてなかなかの存在感を示すようになる。対して、他人・対立ルートではそもそも産まれてこない。なので、現状は親友ルート確定、とも言える。
ちなみにごく少ないファンの間では、どうしてブロンヴィードルートが無かったのだ!とか言われてて、同人誌でそんなストーリーを二次創作されてたりもするんだけど、男の子が七歳下。ちょっと濃いめ。
「はい、あなた。きょうもお疲れさまでした」
「ええ。きょうは国王へいかのごきげんも良かったので、大変よくしていただいたよ」
「ふふ、それはよかったですね。さあ、今日もごちそうですよ?ブロン、手を洗ってらっしゃい」
九歳児っておままごとをする年齢だったっけ?わたしはあんまりそんな記憶ないけれど、要するにそーいうことだ。
お嬢さまは伯爵家の当主、ネアスがその奥方、という設定で、ブロンくんはその二人の子、ということのよーだ。
でもねえ…二歳児におままごと付き合わせるのって大変じゃない?意味分かってないだろーし。
わたしはお嬢さまの部屋でいつもの通りに遊びに興じる二人を、日の差す場所で温まりながら眺めてる。眼福、というものである。
二人とも学校の成績はとても優秀で、得意な教科が異なるために却って励みにもなるらしく、お嬢さまは特に語学や歴史ののみ込みが秀でており、ネアスは今年から始まった対気物理学の授業で優れたものを見せている。いやもともとそっちの素養を見込まれて特待生やってんだから当然なんだけどね、ネアスの場合。
でもまあ、こうして休日にままごとなどをしている姿は、歳相応かあるいはそれ以下の幼さも見せる、かわいい児童のそれだ。今のところ、破滅回避も順調に進んでいると思われるので、わたしはその傍で時折欠伸なんかしながらまどろんでいたんだけど。
「どっちにするの?!はっきりなさい!」
「ブロン、あなたはお母さんといっしょに来てくれますよねっ!」
な、なに?何が起こったの?
お嬢さまの天蓋付きベッドの上で丸くなってたわたしの耳に、二人の常ならない大きな声が聞こえてきた。
思わず飛び跳ね…こそしなかったものの、半目になってたわたしは眠気も吹き飛び、何ごとかと今の今まで仲良くままごとが行われていた部屋の中を見る。
そしたらば。
「わたくしははくしゃく家の当主なのよ!子どもはわたくしに付いてくるのが当然でしょう?!」
「だめですブロンはまだ幼いのですから、母おやのわたしといっしょに来るのが幸せになれるんです!」
……あー、分かった。
要するに離婚するから子供がどっちについてくるのか、ってゆー設定か。最近のままごとは凝ってるわねー、とそういえばわたしの「最近」っていつが基準なんだろ、と考えたらびみょーにマズいことを考えつつ、安心してお昼寝に戻った。
まあ幼女二人の諍いなんかドラゴンにとっては子守歌みたいなものだし、わたしは安心してまた目を瞑った。
で、お嬢さまとネアスはまだそのまま夫婦喧嘩?を続けてる。ブロンくんは…なんか「あう」とか「ねーたん」とか舌足らずな声ながらも戸惑っているみたい。まあ無理も無いか。いつも仲の良い姉とその親友が、ごっこ遊びとはいえきゃーきゃー騒いでいるんだから。
そして、テキトーなタイミングで止めに入った方がいいかな、と思ううちに、事態はなにやら遊びで済まない様相を呈してきた。
「ブロンくんはわたしについてきてくれるんですよね?!」
「何言ってるの!お姉ちゃんの言うことを聞くに決まっているでしょ!ネアスはわたくしからブロンを奪うつもり?!」
「アイナ様!一番大切なのは本人の気持ちです!さあ、ブロンくん、どっちの味方をするの?!」
……おままごと何処行った。なんかマジ喧嘩に発展してない?コレ。
流石に止めに入った方がいいかなー、と体を起こしてベッドの端にまでやってくると、二人の間に挟まれたブロンくんが、とーとー泣き始めたところだった。あーあ、やっちゃった。
となると今はそっちを慰めた方がいいか、と思ったところで、お嬢さまが強硬手段に出る。
「ほら、ブロンが泣いちゃったじゃないの!ネアスのばか!かわいそうじゃないの!」
そしてお姉ちゃんの特権だ、とばかりに弟をグイと引き寄せ、もう絶対に離さないてな感じに抱きしめてしまった。ああ、麗しき姉弟愛。
「う、うう………」
でもそれで収まらないのはネアスの方。強引に奪われてそれでも悪い気はしないのか、お姉ちゃんの腕の中で大人しくなってしまったブロンくんをお嬢さま諸共涙目で睨むうちに、わたしの存在に気がついたのかこちらを向く。
「コルセア!」
はいっ?!…と思わず正座。いやトカゲの正座とか言われてもどんなんだ、って話なんだけど、気分としてはそんな感じ。
そして。
「アイナ様は姉の立場を利用してずるいです!だからわたしはコルセアをもらいますっ!」
え、なんで矛先がこっち向くの、と戸惑っていたらわたしに向けてズカズカ近付いてきて、かつてないくらいの力で抱擁された。抱擁というか束縛。
おっきくはない体の全力で頭を締め付けられ、わたしはネアスのお腹に鼻先を埋める格好になる。
うぐ、とかむぎゅ、とか、気界経由でない自前の喉から絞り出すうめき声もネアスには届かないみたいで、
「コルセアは今日からわたしだけのものですっ!」
などと悔し紛れにお嬢さまに言い放つ。
となるとお嬢さまも大人しくはしていられない。
憐れ弟は姉にポイッと放り出されてしまい、転がる最愛の弟をほっぽり出してお嬢さまもこちらへ向かってきた。で、ネアスが離そうとしないから、わたしの尻尾を掴んで自分のところに引き寄せようとする。あのお嬢さまっ、それ引っ張られると流石に痛い…。
「そんなこと許されるはずがないでしょうっ?!コルセアはわたくしのものに決まってます!」
「ダメです!アイナ様はブロンくんを選んだんですから、コルセアはわたしのです!」
いやあの、わたしのことよりそっちで泣き叫んでいる弟君のこと気にしたらどーなんですかお嬢さま。
姉に捨てられ世を儚んで、って勢いで泣き声を上げるブロンくん。
わたしを巡って大声で怒鳴り散らすお嬢さまとネアス。
なんかもー、この世の終わりみたいな光景に、何ごとかとやってきたメイド長にやっと止められ。
そしてお嬢さまとネアスは、ミュレンティン奥さまに並んでこっぴどく叱られ、二人揃って泣いて謝る結果と相成ったのだった。
なお本日の被害。
散々引っ張られてもげるかと思った、わたしの尻尾。