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第155話・遠くから来たからって友とは限らない

 状況が落ち着いてしまえば何かと事態の把握にも弾みがつくだろう……なんていうのは情勢を動かせない側からすると、単なる願望でしかないんだなー。




 第三師団の叛乱とやらが収束してからもう三日。

 収束といっても身内みたいな第二師団が収めてしまった……ことになっていて、何故かその第二師団は帝都の中でおーいばりしてる。どうも叛乱を鎮圧して帝室のやんごとなき方々をお救い申し上げ、帝権に安定をもたらした功績で……ってことらしいけど、案の定帝都ではそーゆー第二師団の所業は評判が、わるい。

 そもそもね、理力兵団の構成っていうのは、わたしもあんまり軍隊とかに詳しいわけじゃないけど、実際に対気砲術扱って戦闘行為を行う部隊よりも、それを支援する一般兵とか後方支援(触媒を調達したり政治的な動きに首突っこんだり)する部隊の方が規模が大きくて、今帝都で評判悪いのはそっちの方なのだ。

 「俺たちゃ叛乱を鎮圧してお前達を救ったんだぜぇ」と直接うそぶいたりはしないけど、街のそちこちにいる第二師団の兵隊にはそーゆー態度が見受けられて、ってことらしい。

 ちなみにわたしも、職人街で町娘に絡んでる師団兵に「なにしてんの?にこにこ」と無邪気を装って話しかけ、狼藉を止めたこともあったし。

 ……まあなんにしても、今の帝都は雰囲気が悪い。


 『……といって、わたしに出来ることなんてなー。陛下や殿下の居所も分かんない状況じゃあ実力行使も出来ないんだし。むー』


 一応学校は再開されたから、お嬢さまもネアスも、そしてバナードも普通に登校して授業は受けている。

 ブリガーナ家も四裔兵団も、自分たちに出来る範囲で事態の収拾を図るために動いている。

 けどまあ、それだけだ。理力兵団の本当の目的ってものも分からないし、こういうパターンだと口の軽い悪役とかが「愚か者め!」とか言って自分の悪事をベラベラしゃべりに来てくれそーなものだけど、そんな甘い話も無くって、どーにも手詰まり感が拭えない。わたし自身が何も出来ていない状況にイライラしてる。ま、一応はこうして夜に、悪党はいねがー、って夜廻りするくらいが関の山、というものだ。


 『……現状じゃあ夜のお散歩してるだけ、みたいなもんだし。おべんともなんとなく質量共に落ち気味だし』


 休憩の時間だ。いつものよーに知らぬ家の屋根の上にお邪魔して、風呂敷に包んでもらったおべんとを広げる。

 以前なら気前良くシクロ肉のステーキ!…とかだったんだけど、叛乱騒ぎ以降はかなり質素になってる。

 別に食糧事情が悪化してる、ってわけじゃなくて、ただ単に気分的に締めた方がよかろう、ってだけのようだけど、市場の開催や帝都の出入りに理力兵団が口を出し始めてるみたいで、遠からず物流にも影響が出てくるだろうと、ウチの伯爵さまとかを筆頭に商機に聡い人らの間では予想されてるみたいだ。必然的に食料の値段も上昇気味。らしい。


 『ほんと、どーなんのかなあ。とりあえずお腹ふくらましてから考えよ……』

 「はぁい!調子はどあちゃちゃちゃちゃっっっ?!」


 いけね。条件反射で火を吹いちゃった。


 「吹いちゃった、じゃないわよ!今までは会話くらいしてからだったのにあなたなんかいろいろと悪化してないっ?!」

 『病気みたいに言わないでよ。食事の邪魔されたんだから当然の反応でしょーが』

 「……全く、相変わらずねアンタも…」


 言わずと知れた紐パンの女神、パレットの登場だった。


 「紐パンじゃなくて美の化身にして世界に愛をもたらす女神ね。そこんとこ間違えないようによろしく」

 『あんたもいろいろ悪化してんじゃない。それで、何か用?』

 「んー、まあ用っていうかさ。もう大丈夫かな、と思ってお別れを言いに、とか?」

 『今のこの状況を見てどこが大丈夫とか言えるってのよ。あんた自称とは言え神さまなんだから少しは人間の役に立とうってつもりはないワケ?』


 もともと大した量の無いおべんとを丸呑みする。味はいつも通りのブリガーナ家の厨房だから、満足は出来る。量的に物足りないだけで。


 「自称じゃないっての。ちゃあんと女神査定も満点評価の世界一の女神よん。コルセアちゃんがちゃんと二人をくっつけてくれたおかげでね!」

 『まーた胡散臭い単語が出てきた……どうでもいいけど、わたしのおかげ、ってんなら少しは協力しろっての』

 「だが断る」

 『ざけんな』


 風呂敷を丁寧に畳んだわたしから逃れるように飛び退ったパレットだけど、今のところわたしにこいつを炭にするつもりはない。利用価値があるうちは、原形留めておくくらいのことはしてやってもいい。


 『こっちはどうにも困ってんのよ。当面の敵の意図が見えないし大事な人は行方不明だし。もうね、あんたみたいな胡散臭いヤツでも利用しなけりゃいけないくらい切羽詰まってんの。わかる?』

 「頼み事がある側の態度じゃないわねー。頭の一つでも下げてくれたら、考えてもいーけど」


 それこそお断りだ。わたしはコイツに頭を下げることだけは、ずぇったいにやりたくない。悪気があってのことじゃなくて、なんか意地で、だ。あと頭は頼み事のある時に下げるもんじゃない、っていうのは、ロクでもねーわたしの母親の教えの中でも、数少ない真理に近い言葉だと思ってるのだから。


 『……ちょいと、耳貸し』

 「……かじらない?」

 『話を聞かせようって時に耳かじってどーすんのよ。ほら、いーから』

 「………」


 警戒しつつではあったけれど、パレットはこっちに近寄って来て耳を向けてきた。素直で結構。それに鑑みてあとで頭をかじってあげよう。


 「で、なによ?」

 『ん、ちょっとボーナスを上げようと思ってね』

 「ぼぉぉぉぉなすぅぅぅぅ?」


 むちゃくちゃ疑る声だった。全然信用してないな。当たり前だけど。

 気にせずわたしは、顔を離して浄水器のセールスマンみたいな笑顔を向ける。


 『あんたさ、人の世界の欲望っちゅーか願望を汲んでるんでしょ?百合だけじゃなくて薔薇の方の願望も満たしてみない?』

 「………………どーいう意味よ」


 よし、引っかかった。

 紐パン女は、気のない風を装うとして完全に失敗した顔になり、頭半分ほど身を乗り出してくる。


 『……帝国第二皇子と、第三皇子のカップリングとか……見てみたくない?』

 「……………」


 息を呑む気配。ていうか実際呑んでた。音が聞こえるくらい。もしかしてこっちもいけるクチだったのかしらん。


 「くやしく。もとい、くわしく」

 『いや詳しくも何もさー、そーいう需要もあるんじゃない?って気付いてないみたいだから教えてあげようと思って。ど?』

 「……………そ…そーね。そういうものを求める声もないこともないってことは否定するのも吝かじゃないわね。うん」

 『もってまわりすぎてどっちか分かんなくなってるわよ。ま、その件なんだけどさあ……実は二人とも行方不明なのよ。もし居場所を見つけてくれたら、面白くなるよーに力貸してもいいから、あんた探してくれない?』

 「うけたまわりぃっ!!……あ。………い、いやちがうの。これはね、女神センサーがとんでもない鉱脈を見つけた事を知らせる雄叫びでね……?」

 『……まあ喜んでくれるんならなんでもいいわ。それで、承ったのならお願いしたいんだけど。どう?』

 「…………一応聞いておくけど。その二人。そういう資質はあるのよね?」


 食いつき度合いがハンパない。いつもならわたしから離れよう離れようとばかりしてるのに、今回に限りこっちが仰け反るくらいの迫り方だ。


 『……そういう、ってのが何を意味するのかはともかく』

 「おとぼけでないわよコルセアちゃん……そういう、っていうのならそーゆーことに決まってるじゃないの。いやぁン、全部言わせないでぇん」


 紐パン女は両頬に手を当ててくねくねしてた。こいつ確かドラゴンとしてのわたしより年上なはずだが。

 正直キモくてドン引きしてるけど、それを悟られないよう、言葉を選びながら話を続ける。何だかんだいってコイツも神の眷属。ウソはつかない方がいい。気がする。


 『ま、わたしから見てもずいぶんと『仲は良い』わね。うん』

 「よろしい。あなたの見立てなら間違い無いでしょう」


 腐女子でもなんでもないわたしの腐った見立てを信用されてもね。勘違いするのは勝手だから黙ってるけどさ。

 とにかく、一応は神さまには違いないのだ。何か人智の及ばない手立てであっさりと解決してくれたりするかもしれない。してくれるといいなー。

 そんな感じに片手拝みすると、その程度でもパレットは気を良くしたのか立ち上がって空に浮かぶ。仕事が早くて結構なことだ。


 「じゃあ早速探しに行くわね。いい?」

 『お願いねー。今日もいつものやつ、いっとく?』

 「やるわけあるかぁっ!」


 まあこんな状況でひん剥くわけにもいかないし……あ、そういえば今日は最初に火を吹いてたんだっけ。

 結局紐パン丸出しなことに気付かず飛んでいくパレットを、ま、アテにはしてるから上手くやってちょーだいな、と見送るわたしだった。

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[一言] 紐パン女神と食欲トカゲのカップリング
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