第147話・ドラゴンにだって親はいたのさ(過去形)
結論から言ってしまえば、理力兵団が帝位継承の争いに口を挟んで帝権の把握を目論んでいること、その結果を以て対外戦争に乗り出そうとしていること、それらは全部陛下もご存じのようだった。
「……といって、物的な証拠を挙げられるものでもない。その点ブリガーナと同じことだがの、そもそもバッフェルから持ち込まれた話であり、余も調べを進めている段階に過ぎぬ」
『わたしが言うのもなんですけど、理力兵団に悟られないよう調べている……のですよね?』
「故に調べが進まぬ、ということよの。帝権の外から見てなかなか把握は出来まいが、彼奴らの帝権に食い込むこと、既に余でも手に余る事態となっている。まこと、不甲斐なきことよ……」
そう深くため息をついた陛下に、後ろに控えるマージェルさんは視線を向けずに痛ましげな雰囲気を立ち上らせるだけだった。それなりに苦労はしている、ってことなんだろう。
ただ、帝権に理力兵団が食い込んでいる、というのは殿下からも聞いてなかったし、意外に密やかに謀が進んでいるのかな?
『その辺どーなんです?』
「むしろそれは息子どもの不明な点よの。ビデルもバッフェルも、近くは見えても殊の外遠くにまで気は回らぬものらしい。加えてビデルはともかくとして、バッフェルの奴は近ごろ急に帝位に興味を持ちおったからの、まだ勉強が足りぬというところよ」
はぇー。わたしから見てもバッフェル殿下は気概も能力も充分帝位を受け継ぐに充分だと思ってたけど、現役から見ればそーでもないらしい。なかなか奥が深いわね、帝国皇帝位。
「……そもそもバッフェルは何故急に帝位の継承などに興味を持ったのだ?直接問い質しても何も言わんでおったが」
『あー、それは……わたしの口から言ってもいいんですかね。ていうか陛下なら調べようと思えば調べられるのでは?』
「無論分かるとも。だが帝権を通じて調べて明かされるべきでなき事が明かされるのも拙かろう。それに何よりも、それは不粋というものではないか。権威などにずっと背を向けていたあのバッフェルに、そのような気を起こさせた物事というものは当事者の口から聞く方が面白かろう。のう、紅竜殿」
『あははー……』
うーん、なんかわたしがその「当事者」のど真ん中、ってことを見透かしたようなことを言う。
でも殿下が陛下にも言わなかったってことは、知られると何か都合が悪い……いや、多分カッコ悪いと思ったんだろうね。許婚のために帝位を得ます、なんてのは。
男の子の見せる気概としては充分だけど、親にそーいうこと言うのもなんか照れくさいのかもね。親となんか、あんまり真っ当な関係築けなかったわたしが言うのも口幅ったいんだけどさ。
そう思うと、なるほど陛下が「不粋」と言うのも分からないでもない。自分の子供が背伸びしてるところを見てほっこりしてるよーなもんか。
ていうか、あの殿下を子供扱いかあ……もちろん家族的には当たり前のことなんだろうけどね。
わたしは子供扱いされた憶えというものが、あんまり無い。
自分の記憶、ってものがハッキリと認識出来る頃にはもう、自分のことは自分でするように、って教育を受けてきた。あ、もちろん人間やってた頃の話で。転生前、日本で。
…別にネグレクトとか児童虐待とか受けてたわけじゃないし、ちゃんと大学出て社会人になるまで育ててもらった恩、ってのは感じているのさ。
でもね、それだけなの。
わたしさー、親に育てられた覚えはあっても、親と生きた記憶ってのがすんごい希薄なのよね。もしかしてこーして転生してドラゴンやってて特に精神的に違和感覚えたりしないのって、そーゆー親との関係が希薄なのも影響してるんじゃないかなあ。
あのさ。
今更だけど……「優秀な遺伝子」ってのだけもらって、それだけで親子関係築けるって思ってたわたしの母親って、やっぱりさ。
『……母さん、かあ』
「む?どうかしたかの。あれの母の話など聞きたいのであれば話しても構わぬが。ただ今宵はちと時間がの……」
『ああいえ、そうでなくて、陛下と殿下の関係を思っていたら自分の親のことをちょっと思い出しまして』
「親、とな。暗素界に根源を持つ竜に親というのもなかなか興味深いが。そもそのような存在がおるのかの?」
『……長いこと生きてりゃいろいろありますって。それと陛下。殿下が帝位継承に名乗りを上げた理由ですが……まあやっぱりわたしの口からは言わない方が粋ってもんだと思いますので。出来れば殿下のお口から聞かれたほうがいいかと。はい』
言わずにおきたいことまで口走ってしまいそーだしね。
「ふむ。ま、紅竜殿の言わんとすることも分かる。長ずるに連れて親と子の間においても伏せておきたく思う事は増えようし、それを察して密かに楽しむのもまた親の醍醐味と呼べようしの」
なかなか性格の悪いことを言うなあ、陛下も。分かんないでもないけどさ。
そして話が一段落したためか、陛下はテーブルの上のカップをまた手に取り、残るものをすべて飲み干してしまう。空になったカップはそのまま陛下の手の中に留まり、コロコロと両手の間で転がされている。何か考え事なのだろうか。
よく考えると皇帝陛下なのに毒味役とかいらないのかな。それとも持ってきたマージェルさんに対する信頼がそこまで厚いのかしら。
『……わたしにはそーゆー親の立場の話はよく分かんないですけどね。ただ、ふつーの親子の間の話と、帝室の話を一緒にするのも、陛下のご気性がうかがえて面白いなあ、って思いました』
「紅竜殿。陛下に対してその物言いは……」
「よい、よい。直接耳にするのは滅多にないことであるが、余への毀誉褒貶など禁じたところで無くせるものでもあるまい。ただ……」
そんな歳ではないだろうに、好々爺、なんて単語をわたしの脳裏に浮かべる笑顔をたたえてた陛下の動きが、ピタリと止まった。
いや、陛下だけじゃない。
マージェルさんも、わたしも、外から聞こえてくる音ににわかに緊張の色を濃くし、想像した最悪の事態への対処を考え始める。
なんでそんなことになっているのか。
遠く離れてはいるけれど、対気砲術が発動したことで発生する、揺動効果の揺らぎは、わたしの角んところにビンビン響いてる。特に最近は時間軸の方だけでなく横軸の揺らぎの方まで観測してたから、なおさらだ。
『……陛下。城の中で対気砲術ぶっ放している馬鹿野郎が多数いるようです。お心当たりは?』
「そんなもの、知れておろうよ」
苦々しくそう言い放った陛下が続けようとした言葉は、扉を開け放つ音とそれに続いた悔しそうな声によって、遮られた。
「陛下!!……理力兵団が……………蜂起しました……!」




