第146話・六百年ぶり二度目の…
『はっ?!ここはだれ?わたしはどこ?!』
目が覚めたらまず跳ね起きて、一度はやってみたかったことをやってみた。せめてこのボケに付き合ってくれる人がいればいーんだけど。
『…………誰もいねーじゃん』
いませんでした。ボケ甲斐のないことよね。
というかマジメな話、ここドコよ?確か帝城のたかぁい城壁越えたところで、城の内側から撃墜されたところまでは憶えてるんだけど。
辺りは、暗い。横たわっていたところが柔らかくて暖かいので、布団の上だとは思うけど。
そして、体を起こしたらずれ落ちてった毛布が、何やら丁重に扱われていたことを思わせる。うーん、トカゲに対する処遇にしてはまた念の入ったことだ。
それから目が慣れて、薄明かりの差す闇の様子も分かるようになって目を凝らした頃……。
『っ?!』
ノックの音が聞こえて慌ててまた横になった。ズレてた毛布を元の通りお腹の辺りにかけ直すと同時に扉が開いて、こちらの様子をうかがう気配がする。入って来ないのかしら。いやこられても困るけどさ。
「……まだ目が覚めてはいないようですが」
ふむ。そう思われてるなら寝たふりを続行した方が得かも、と思って、高らかに『ぐぁー、ぐぁー』とうなり声をあげた。ふふん、いびきをかく竜とかレアもんでしょ?と内心で勝ち誇ったら、外でずっこけるよーな音がした。なんでよ。
「……また随分と図太い真似をするものだ。流石暗素界に根源を持つ竜と言わねばなるまいか」
……?なんか、遠い昔に聞き覚えのある声が……。ていうか図太いとか何よ。歌って踊れて火も吹ける、みんなのアイドル可愛い可愛いコルセアちゃんになんて言い草だ。
「……起こしましょうか?」
「いや、もう目が覚めておろう。どうかの、紅竜殿」
二つ聞こえる声はそれぞれに、呆れた様子と愉快そうな様子をうかがわせていた。
そのうち前者はいかにも若い子らしー凛とした感じだったけれど、後者はしわがれつつも張りのある、ハッキリとした意志を感じさせる声調と物言いだ。それで思い出したんだけど。
『……えーと。多分お初にお目に掛かります、皇帝陛下……で、いらっしゃいますね?』
まあ流石にわたしでも、起き上がって居住まい正してアイサツしなけりゃいけないと思ったわけで。
ベディメイエ・フヴール・クルト・ロディソン青銅帝国皇帝。
三周目で一度だけ面会して、なんか強烈な印象のあった人物だった。
「マージェルが見回りの最中、怪しげな空飛ぶ者を見つけたので捕らえた、と聞いて様子を聞けば、バッフェルが懇意にしておる暗素界の紅竜殿ということでな。無礼をした」
要するにそういうことだったらしい。
帝城の外からわたしを狙ったのは、このマージェル・クロッススという、陛下の警護役である男装の麗人(びっくりだ!)とは違って外を警備していた何者か、らしいけど、帝城の中でわたしを撃墜したのはこの人らしく、なんかやたらと恐縮されてしまってた。
で、落っこちてきたわたしを見て、密かに収容して陛下に報告したところ、こーゆー仕儀と相成りましたとさ。
『あーいえ。別に後ろ暗いトコなんかありませんけど、コソコソしてたのは事実なんで。今更撃ち落とされて文句言える立場じゃないですし』
「申し訳ありませんでした」
……いえ、実際言葉のとおり申し訳ないって感じは伝わってくるんだけど、どーにもこのヒト固すぎて脅されてる感がある。陛下の側近?護衛?っていうなら警戒しても当然かもだけどさ。
面談前に灯りをつけてもらったので、部屋の様子はよくわかる。
殿下の部屋である、中庭に面した建物とは窓から見える様子は違って、帝城の行政府みたいな建物がすぐ近くに見える部屋だ。
内装も派手ではないけど、上品でよく手入れの行き届いた客室、って趣きだったから、実際そういう用途の部屋なんだろう。わたしが寝かされてたのもおっきいベッドだったし。
「それで、バッフェルに用向きであったのかの?話したくなくば話さずともよいが、調べる手間を省かせてもらえれば助かるのだが」
『それ要するに隠しても無駄だから話しておいた方がいいぞ、ってことですよね』
「紅竜殿。陛下を前にして臆さぬのは暗素界の竜として妥当な態度でしょうが、もう少しなんとかなりませぬか」
んなこと言われましても、ベッドの上に座ったまま帝国の至尊のお方を前にしてもいまいち緊迫感が無いですしぃ。
物怖じせず、じーっと一番えらいヒトを見上げる。目があった。三人の殿下ズも結構なものだけど、その父親だけあってこちらも表情から何を考えているのかは、さっぱり分からない。
見た感じ、退官間近な大学教授、という態で、武張った帝国の皇帝という感じはしない。ただ、気を緩めただけで全部見透かされそうな妙な迫力はある。三周目と印象は、そんなに変わりない。
『…………分かりました。まあ全部は言えませんけれど、わたしも聞きたいことありますし』
だから、ブリガーナ家で掴んだ情報と推測を聞かせたらどんな顔になるかとても興味があって、わたしは話してみることにした。
どこまでを?んー、まあそこの辺は行き当たりばったりってことで。
「何か飲み物でも持たせよう」
『お気づかい無くー、と言いたいところですけど、ちょっとバタバタして喉が渇いてしまったのでありがたく。あ、お酒はなしで。出来れば果実水のいー感じのところを』
「注文が多いの。マージェル、頼めるか」
「はっ」
こーいう場合、わたしの態度が腹立たしくて忌々しそうに命令に従うってパターンを数少なくみて来たけれど、このマージェルという女性はそういうこともなく、かといって特に愛想振りまくでもなく、ただ命令に従うことにしか興味ありません、みたく部屋を出て行った。
「さて、その場所では落ち着くまい。こちらへ来なさい」
『はぁい』
客間、って態の部屋にしちゃあ割と広く、キングサイズのベッドの他にちょっとした書き物くらいなら出来そうなテーブルもあった。
そこにある二脚の椅子の一つに陛下が、テーブル挟んで向かい側の椅子にわたしが腰を下ろす。うーん、なんか教授に論文の講評の面談されてるみたいで、わたしとしてはかえって落ち着かねえ。
なんか気を紛らわそうと、テーブルの上にアゴをのせて伸びてみた。ついでに尻尾を立てて、プラプラさせてみる。
「ふふ、そうしておると、ブリガーナのアイナハッフェが猫の子を可愛がるように愛でている、という噂もあながち間違いとも言えないようであるの」
そしたら陛下には意外にウケた。薄目を開けて見上げると、孫を可愛がるお祖父ちゃんみたいな顔になっていた。まあブリガーナのじーさまが十五年くらい前にお嬢さまに向けてた顔をなんとなく思い出す。今?まあ可愛がってることに違いは無いけど、可愛がり方はだいぶ変わったよね、ってそうじゃなくて。
『あら、意外なところでうちのお嬢さまの名前が。いや、ていうかウチのお嬢さま、わたしを大事にしてくれてはいますけど猫の子を愛でるよーに、っていうのは流石に言い過ぎなような。どっちかってーと漫才の相方みたいに遠慮も忌憚も無いやりとりしてますけど』
目を開いてそう訂正したら、陛下はまたなんとも滋味深いお顔になって、またわたしを見下ろしていた。
最後に…って言い方もヘンだけど、前回お会いしたときはもうちょいお歳を召していた頃で今とは印象異なるんだけど、まだ現役ぶゎりぶゎりってご様子なのにそんな味わいある顔をされると、なんかちょっと悲しくなる。なんでだろう。
「噂、と言ってもバッフェルの言に依るのだよ。やつはいつも婚約者の家族のことを楽しげに話す。紅竜殿、お前のこともだよ」
『……そ、ですか』
あ、なんとなく悲しくなる理由が分かった。
このひと、家族とかそういうものすごく大事にしてるんだ。もちろん殿下のことも大切に思ってて、その殿下から婚約者を奪ってしまったことを、今更ながら悔いてしまう。
自分の家族である殿下の、これから新しい家族になる者も大切にしようっていう心根が見てとれてしまうから。多分、政治には峻厳で普段そんな顔は見せないだろうに、家族の前ではそうしてしまうのだろうから、わたしは悲しくなるんだ。
『陛下』
「急に実直な面になって、どうしたのかね」
普通に体起こして居直っただけですが。それで実直とか言われても。いえ、それ以前にわたし不実なことを言おうとしてますし。
……うん、なんかこの人をたばかっておくのが申し訳なくなったのだ。
あなたの息子であるバッフェル殿下の婚約者は、殿下と別れて幼馴染みと添い遂げようとしています。でも彼女を責めないでください。全てわたしが悪いんです。わたしが、持ち込むべきでないものを持ち込んだのが、全ての原因なんです。だから、責めるならわたしを責めてください。ご下命くださるなら、この身を帝国の永遠に捧げても構いません。ですから、どうか幸せを願ってください、とは申しません。せめて、お嬢さまとネアスが去る姿を見送ってあげてください。
『……陛』
言いかけた時だった。ドアがノックされ、さっき出て行ったマージェルさんが飲み物を持ってきたと告げていたのだった。
……って、わたし今何を言おうとしたっ?!なんかいきなり懺悔しようとしてなかったか?!
「うむ。待っていたぞ。入るがよい」
……あぶねー。お嬢さまと根回しもしないうちにわたし突っ走ってしまうトコだった。
やっぱ帝国皇帝ってだけあって、人たらし能力ハンパじゃねえ。
「大分かかったの」
「申し訳ございません。厨房が既に休んでおりましたもので…」
マージェルさんを労いながら、テーブルの上に置かれたグラスを早速手に取っている陛下には、あまりそーいうつもりがあったようには見えない。そりゃそうだ。狙ってアレをするようなざーとらしい悪党だったらわたしはとっくに気付いてる。
…あるいは、わたしに気付かせもしない悪党なのか。
どちらにしても、油断出来ない相手であることに違いはなさそうだった。




