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第142話・クサい話はわたし向きじゃないんだってば

 ちまちまと研究は進んでる。

 進んでる、というかわたしがお嬢さまに聞き取りされて答えた話を、三人が推論を重ねて理論に組み立ててる、っていう感じだけど。

 まあ要するに、普通は実験を重ねて事象を観測し、その結果に対して推論を組み立ててその実証のために追試験をする…って形のうち、実験に関する部分をわたしの供述を根拠にしてる、ってコトなんだけど。

 ただそれじゃあ研究成果としては認められないんだよなあ……結局、誰にでも確認できるものでないと理論として完成したとはみなされないんだから。


 「……バナード、そちらはどうですか?」

 「ん、もうちょい……ま、こんなとこか。どうだ?」

 「見させてもらいますわ。ネアス、いかが?」

 「はい、拝見します」


 バナードが書いた部分を自分の書いたところと照らし合わせるお嬢さま。横から覗くように見ているネアスも両者の間で視線を往復させて時折頷いている。


 『……お嬢さまー、わたしちょっと飲みものとかもらってきますね。何がいーですか?』

 「……何か眠気の覚めるものをお願い。二人は?』

 「あ、わたしも同じものを」

 「俺も」


 らじゃー、と誰も見てないのに敬礼とかして部屋を出ていくわたし。

 ブリガーナ伯爵家で行われている活動は今日も健全そのもの。

 なるべく静かに部屋を出ていき厨房に向かう。しかし眠気の覚めるもの、っていうのも若い子にしてみりゃあんま健全じゃない注文だなあ……無理してなけりゃいいんだけど。


 結局お嬢さまは自分がこの研究にかける意気込みを二人にも話し、それはお嬢さまとわたしの願った通りの結果を得られた。ネアスもバナードも、お嬢さまの本心に感じ入るところが少なくなく、より一層研究活動に熱が入ることになったんだけど……休日の度に遊びに気もせずこーして朝から晩まで集まっているのが学生として健全かってーと、割と意見が分かれると思うんだよね……。


 「おう、コルセア。ちょうどいいところにいた」

 『じーさま?あのー、わたしおつかいの途中なんですけど…』


 そんな感じにため息まじりでお屋敷の廊下を移動していたら、難しい顔したじーさまに呼び止められた。やー、こーいう時のじーさまって十中八九厄介な話持ってくるからなあ。なるべく関わり合いになりたくないんだけど。


 「時間はとらせねえ、と言いたいところだが……まあおつかいってんなら先にそっち済ませてきな」

 『ああはい、大体その反応でめんどー事だってのは分かりました。大人しくついてきますから手短にお願いしますー』


 話が早くて助かる、とようやく厳つい顔つきを改めて先に歩いていくじーさまに、わたしは付いていく他なかったわけで。




 「兵団から圧力がかかった」

 『今から潰してきますね』


 待たんかドアホ、と止められた。


 『……なんで止めるんですか。今お嬢さまたちがやってる研究を止めろとか言われたんでしょ?』

 「まあその通りなんだけどよ。話はそれで済まねえ」


 自室の仕事用の机の席で、じーさまは深いため息をついておいでだった。この老獪なじーさまにこんな態度取らせるとか、どんだけ厄介なことなんだか。


 「この件でビデル殿下の動きが読めねえんだ。兵団はビデル殿下を担ぎ上げていると思っていたんだがな、どうもそう一枚板ってえわけじゃねえらしい」

 『あー、それはなんとなく分かります。お嬢さまが連れ出された件にしても、ビデル殿下の名前でされたにしては、殿下の方はあのクソヒゲ男爵のせいにしてましたし』

 「そいつは聞いた通りだな。まあ兵団の企みについては大体裏が取れてきているからよ、間違いはないにしても……ビデル殿下の扱いを間違えるととんでもねえことになりかねん」


 兵団の企み、すなわち帝権を掌握して帝国の覇権を拡大させる、ということだ。

 諸事情を統合してそーなんじゃないか、ってアタリをつけて調べている結果としては、大体推測を外していないらしい、ってとこまでは来てる。

 ブリガーナ伯爵家としては、バッフェル殿下と手を組んでそれを阻止しよう、って方針にはなっているけれど、あとはそれをどうやるのか、って話にまとまってはいるんだけど。


 『例えば皇帝さんに訴え出てみるとかは?』

 「陛下か?まああの御方も何を考えているのかよく分からんしなあ……ここしばらくは御前会議にも顔をお出しにならねえからよ、この件を持ち込んだとしてどう反応するかが全く読めねえのよ」

 『うーむ……』

 「兵団の動向や上にどれだけ食い込んでいるかもまだ掴めていねえ。その状況で陛下に打ち明けてみても、仮に陛下が兵団の動きに反対だとしても思惑通りにいくかどうかも予想がつかん」

 『まあ官僚の力が強いですからねえ、帝国は』


 「ラインファメルの乙女たち」においては詳細に描写されてはいなかったから、帝都で生活するうちに実感したことだけど、帝国とか言いながらも青銅帝国は皇帝の権力が殊の外制限されてる。皇帝の一存で対外戦争を始める、なんて真似は出来ない。諮問会議に図って方針決めて、手続きは大部分官僚団に任されるし、そしてそーゆー権力の意思決定機構をまとめて「帝権」と称しているわけだ。

 ただ、大きな政治方針は当然皇帝の拒否があれば遂行されることはない。その意味で理力兵団が帝位継承争いに介入して皇帝を担ぎ上げる、ってやり口は正解なわけなんだけど。


 『それでなんで研究を止めろとかいう圧力がかかるので?』

 「ああ、それな。正確に言やあ、兵団というよりビデル殿下からの忠告さ。バッフェル殿下に対して話があり、それがこちらに知らされた」

 『……?なんでまた』

 「理由まで話には出なかったらしい。バッフェル殿下もそこは突っ込んだ話も出来ずに、事と次第だけを儂に知らせてきたのだしな」

 『なるほどー。ビデル殿下と兵団の関係が分からないと理由の推測も出来ませんね、それじゃ』

 「そういうことさ。ただ、政治的な臭いがどうしてもつきまとう話になっちまってる。アイナが入れ込んでる以上、そっちの理由もあるんだろうがよ」

 『まあ、そうですね』


 そこは逆らわずに正直に言うわたし。どうせ隠したってじーさまには想像つくだろうし。


 「そろそろ落ち着きどころを決めにゃならんかもな。アイナはその辺どう考えてるんだ?」

 『それこそじーさまが直接聞きゃいーでしょ。でもまあ、基本的にはバッフェル殿下の思う通りにしてあげたい、ってことだと思いますけど』

 「となると、ウチと狙うところは同じか。おめえはどうなんだ」


 わたし。

 …の、願うところ、かあ。

 まあお嬢さまとネアスが一緒にやっていけるようになれば、それでいいかなとは思うけど……でもなあ、まだ殿下との婚約破棄なんて具体的な話にはなってないし、殿下の立場とか考えると迂闊に動けないんだよね。

 その辺と理力兵団のクソな企みまとめて解決できる手段があればそっこー飛びつくんだけど。


 『まあ今のところはお嬢さまの願い通り、やっている研究活動を完成させて殿下に預けて、兵団の力削ぐよーな使い方してもらうのが一番かな、と』

 「理力兵団の権威やメンツを潰す、ってえわけか。喧嘩のやり方としちゃあ悪くはねえが……いまいち迫力には欠けるわな」


 んなこと言われましても。

 物理的にどーこーする、って話ならわたしが往時の姿取り戻して帝都の外れを焼け野原にするのが一番なんだけど。


 「ま、婿殿とも相談してこの話は共有しておくさ。おめえはアイナとお友達が満足いくようにやってくれや」

 『言われなくてもそーしてます。てことでわたしはおつかいに戻りますね。そろそろお嬢さまがシビレ切らしてそーなんで』

 「おう、頼むわ」


 どの件についての「頼む」なのかはハッキリさせず、わたしはじーさまの部屋を出た。なんか話が生臭すぎて鼻の奥がヒクヒクするよーな出来事だった。


 ……ちなみに遅れてお茶を持ってったら、三人とも飲みものを頼んだことすら忘れてた。おつかいはおつかいでも、子供のおつかいになってたわたしだった。ちょっと面白くねー。

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