第141話・二人から四人の誓いへ
散月期真っ只中。日本風にいえば春の最中。言わばゴールデンウィーク。惰眠を貪るのに最適な日々。天高く竜眠る春。おやすみなさい。ぐぅ。
「コルセア。起きなさいな」
……いや、わたしお屋敷の屋根の上で横になってんですけど。なんでお嬢さまの声がするの。
「ほら、研究の続きを始めますわよ。起きて降りてきなさい」
むくり。
起き上がって屋根の中ほどにある採光窓がある方を見る。お嬢さまが頭を出してこちらを見ていた。
『えー、今日もですか?そこまで根詰めなくてもいーと思うんですけど……どうせ一年かけてやるんだからもー少しのんびりやりましょうって。ほら、折角天気が良いんですから、お嬢さまもネアス誘ってお出かけとかしてきたらどーです?わたしお留守番してますから、思う存分いちゃこいてきてください。てなわけで、わたしはお昼寝続行しますね。おやすみなさい……』
ゴロリとお嬢さまに背中を向けて昼寝を再開する。ネアスとデートしてきてください、と言えば今のお嬢さまならそっちにいくは……ず?
ズズズ。
なんか体が引きずられる感覚があって、おかしいなと体を起こそうとしたら何かに引っ掛けられて引っ張られていた。なにこれ。
「ちょ……こら、コルセア。そこで動いたら転げ落ちてしまいますわよ。いいから大人しくこちらに引きずられなさいな」
……うん、まあ見たくはなかった。落ち葉の掃除とかで使うよーな柄の長い熊手でわたしを引き寄せようとしてるお嬢さまなんてーものは。
お嬢さまは採光窓から身を乗り出して、精一杯体伸ばして熊手を握ってるから、むしろ危ないのはお嬢さまの方なんじゃないかしら。
「えいっ、えいっ!……この、こら言うことを聞きなさいな!」
『ちょ、お嬢さまあぶな……うわぁっ?!』
「きゃあっ!!」
お尻まで乗り出していてそろそろヤベェかも…と思った瞬間、お嬢さまの足の先で何かが倒れるような音がして、お嬢さまの体は勢い余って屋根に転げ出た。それだけならまだしも、勢いは止まらずにそこそこ急な屋根をごろごろと転がり出してしまう。
わたしはダッシュしてお嬢さまの落下する先に飛び込み、『ふんぬっ!』と気合いを入れて受け止める。ただし体格差はいかんともしがたく、一緒に転がり落ちるかと思われたけれど、なんとか屋根の端の方で落下を阻止することに成功。あ、あぶなかったぁ……。
『お、お嬢さまぁ、あんまり危ない真似しないでくださいってば……』
「ごめんなさい……助かりましたわ、コルセア」
下の方では滑り落ちてった熊手が地面に落っこちる音がして、一歩間違えれば自分がああなっていたと思い至ったお嬢さまが青い顔をしてた。いやホント、危機一髪。
『ほら、お尻ささえておきますから窓のとこまで行ってください』
「……助かりますわ、ってこら、どこ触っているんですの」
『だからお尻ささえないとまた落っこちるじゃないですか。もー、ネアス以外に触らせたくないのは分かりましたから、今はガマンしてくださいって』
「別にそういうことが言いたいのではありませんわ」
ぶつぶつ言いながらもお嬢さまは大人しく屋根に出てきた採光窓の方に這い上がっていき、足を先にして降りようとしたんだけれど。
「……梯子が倒れてて降りられません。コルセア、支えていなさい」
『はいはい。手を握っててくださいな』
わたしが伸ばしたお嬢さまの腕を握ってそろそろと降ろし、ようやく屋根裏部屋に戻ることが出来た。ほんと、手間かけさせるなあ、もー。
そしてお嬢さまが乱れた着衣を直しているうちに、わたしはとっちらかった屋根裏部屋に転がってた梯子を元に戻し、窓を閉めておく。
『さ、研究進めるんなら付き合いますから、下に行きましょ、お嬢さま』
「あら、手伝ってくれるの?」
わたしの返事が意外だったのか、お嬢さまは驚きを隠さない顔で目を見張る。いやだってそりゃあ。
『そこまで体張ろうってんですから、一生懸命になる理由があるんでしょ。別に夜遊びに行こうってんじゃないですし、お勉強するというなら良いことなんですからお手伝いしますよ』
「ふふ、助かりますわ。ネアスとバナードも呼んであるので始めましょうか」
あらま。既に根回し済んでるとか流石お嬢さま。
ただ、それにしても、ねー。
『……ところでどうしてそこまで頑張るんです?さっきも言いましたけれど、一年かけてやっても全然構わないじゃないですか。自主課題なんですから』
屋根裏部屋から、他の二人が待っているという部屋に向かうまでの間、わたしは気になってることを聞いてみた。
並んで歩いていたお嬢さまだったけど、わたしの質問には少し考えこむような仕草になり、歩みもゆっくりになった。
「……そうですわね。これはわたくしの個人的な感情なので二人には聞かせないでおいたのだけれど、あなたには教えておいた方がいいでしょうね」
そして立ち止まると、わたしに向き直って、あるいはこんな真剣な表情はわたし意外には見せないんじゃないだろうか、ってな顔になって言う。
「殿下のお力になりたいからですわ。この研究はもともと殿下の発案でもありますし、理力兵団という存在が殿下の敵としてあるならば、間違い無くそれに対抗するための武器になります。それだけの成果を示せば、殿下は必ず役立ててくださいます」
『………』
「わたくしは自分自身の勝手で、殿下の想いを台なしにしてしまった、蔑まれても仕方がない身です。ですが殿下は、以前と変わらぬ友誼を誓ってくださいました。そのご恩に報いるためにも、わたくしに出来ることをして差し上げたい。だから、手段は問わず、結果を出すことに拘っているのです。……まあ、ネアスとバナードには迷惑かもしれませんけれど……」
……なるほどなあ。
と、思うと同時に、わたしにだけそのことを明かした理由にも得心が行った。わたしが殿下に対して、やや複雑な思いを抱いていることを察してのことなんだろう。
『分かりました。お嬢さまがそういうおつもりなら、暗素界の紅竜としてだけでなく、お嬢さまのペットとして、友だちとしてわたしも力を尽くします』
「ふふ、心強いことですわね。お願いしますわ、コルセア」
……まあわたしも割と気分屋なので、いつも言うこと聞くとは限りませんけどね、と茶化したら、お嬢さまも分かっているのか、笑いながら指先でわたしの額を小突いていた。いー感じ。
『あ、でも一つだけお願いが』
「何かしら?毎食シクロ肉を用意しろ、とか調子づいたことを言ったら許しませんわよ」
『そんな空気読まないこと言いませんて。えとですね、今の話はネアスとバナードにもしてあげて欲しいな、って』
「…………どうしても?」
『どうしても、と言いますかー、聞かせてあげればきっと二人とも意気に感じてくれると思うんですよ』
ネアスはお嬢さまのお心がけに感動するだろーし、バナードだって殿下のことは友だちだと思っているだろうからね。
いちいちそう付け加えなくてもお嬢さまは納得してくれたのか、
「……そう、ですわね。わたくしよりもあなたの方が二人のことを分かっているというのも癪に障りますけれど、確かに言う通りですわね」
『ですです』
顔を見合わせながら、揃ってにっこり。
それならば早く始めましょうか、とお嬢さまはここまでよりも急ぎ足になって、ネアスとバナードが待っている部屋に向かって歩き始めた。
…こうして、アイナハッフェ班はまた結束を強くする




