第138話・取り戻した日常(かなり糖分増量中)
お嬢さまの誘拐騒ぎの余波というか、実のところこの件は関係者以外には口外されていなかったので、翌日お嬢さまが登校しても特に騒ぎとかにはならなかったりする。
「なんか大変だったみてーだな」
それでもバナードには話がいってたようで、朝顔を合わせるなりそんなお気楽なことを言われてしまった。
『こっちはえれー目に遭ったってのよ。あんたはその間何やってたのさ』
「俺は別に?ネアスが慌てて下校していくところを見かけたけど、声をかけられる雰囲気でも無かったからそのまんまだったし。あ、何があったかは殿下の使いが下宿に来て知らせてくれた」
『マジで?ふえー、殿下に友だち扱いされてるみたいで良かったじゃない』
そういう言い方はねーだろ、と口を尖らせるバナードだった。わたしとしては普通に感心したんだけれど。
あ、でも殿下といえば。
『……バナード。お嬢さまとネアスのことだけど』
「なんだよ、いきなり声を潜めたりして」
『うん。殿下にも言っちゃったから。そのつもりで』
「…………マジで?」
真似すんな。
けどまあ、気持ちは分かる。立場とかしちめんどーくせー事情があるのに、すんなりそんな話になるのが信じられないんだろう。
でもこれについては殿下のお人柄によるっていうか、殿下がああいう人だったから揉めもしなかっただけだしなあ。バナードも気ざっぱりした男の子ではあるけど、わたしの前じゃあわんわん泣いてたからなあ。
『じー』
「な、なんだよ」
『んー、まあ殿下と仲良くね、って思っただけ』
「……フラれた同士だもんな」
そこでいじける辺り、やっぱ殿下とは器が違うわねー、と皮肉でもいってやろうかと思う言い草だったんだけど。
『……なに?』
何か思いついたみたいに、バナードはわたしの方を見つめてた。
「いや、よく考えたらこれでおめーも殿下にコナかけられるようになったじゃん、て思ってさ」
『んなっ?!』
お、おい。なんてこと言うのよあんたはっ?!
「いや、別に結婚してどーのこーのってことは別としてもさ。暗素界の紅竜に恋い慕われる皇子なんて、なんか英雄譚にでもありそうじゃん。悪くないんじゃね?」
『う、うあ………いや別にわたしはそーゆーこととか…………いやちょっと待て。なんでわたしが殿下に懸想してるなんて話になんのよ!』
「違うのか?」
違う!……と断言出来ないのが我ながら情けない。いやだってさ、諦めてはいるけどそーゆー気持ちがあったことまでは否定出来ないもん。
『……ん、まあ、ね。わたしはそんな話とは別に、お嬢さまとネアスにずっと一緒にいる、って誓ったからさ。あの二人を守っていくつもりなのよ。だから殿下とどーこーなりたい、ってとかは思わなくてね』
「ふーん。なんていうか、お前って結構可愛いところあるよな」
『………』
今度こそ本当の本当に絶句した。
あろうことがこのトカゲの身にかわいい、だって?そんなことお嬢さまにも言われたことが……無くも無いか。でもそーいうのとは意味が違くて……うう。
「別に悪いことじゃないだろ。殿下は俺から見たっていい男だしさ。竜が惚れ込んだって無理ないんじゃねーの?昔っからそういう話はいくらでもあるじゃん」
『……おとぎ話と一緒にすんじゃねーわよ。なに?ネアスにフラれた時にわたしに慰められて泣いてたことの意趣返し?ちっちぇー男だわねっ!ふんっ!!』
「あ、おーい……」
やってらんなくなって、わたしは踵を返してバナードを置いて行く。逃げたんじゃねーわよもうすぐ授業が始まるからだわよっ!
・・・・・
『人目をはばかるよーに、ってじーさまに言われたこと覚えてます?』
「あら。何一つ後ろめたいことなど無い、この完璧なわたくしに何か問題があると言うのかしら?」
と、何を根拠にしてか知らないけれど、ネアスの口にスプーンを突っ込んだ体勢のまま、お嬢さまはそう宣った。
「どう?このタルト、新作らしいのだけれどとても良いお味だと思うわ」
「はい!あ、こちらの卵のプディングもアイナ様がお好みの甘さ控え目なんです。お返しにどうぞ!」
「ええ、いただくわ。……ん、いいわね。また食堂の料理人も腕を上げたようね。いえ、新しい人でも入ったのかしら?」
「みたいです。楽しみが増えていいですよね、アイナ様」
「まったくだわ。……そしてコルセア。死にそうな顔をしてどうしたのかしら?」
「あれ?具合でも悪い?あ、もしかして食べ過ぎたのかな。コルセアにしては珍しいよね。大丈夫?」
今度はネアスがお嬢さまのお口にスプーンをつっこんで、互いのスイーツについてきゃいきゃいと論評していた。ていうかね、ネアス。
『……これは胸焼けしてやってらんねえ、って顔なの。わかる?』
「やっぱり食べ過ぎたんだ。お薬もらってきてあげようか?」
「まったく。見境が無いのもほどほどになさいな。健啖なのは良いことだけれど、昼日中から定食をお皿十枚は食べすぎでしょうに」
いえ、あなた方がわたしの目の前でイチャこいてなけりゃこの倍は食べてましたけど。
なんかもー、バカップルにつける薬はねーわ、とわたしは諦めてお皿を積み上げて厨房に持って行くのだった。
そんなわたしの背中の向こうで何が起きていたかは……もはや想像するのもダルい。
・・・・・
「ではアイナ様、コルセア。また明日!」
「ええ。お疲れさま」
『んじゃねー』
いつも通り、職人街の外れでネアスを下ろし、馬車はブリガーナ家の屋敷へ向かう。
ここまでの道中、隣り合ったお嬢さまとネアスが主に盛り上がり、時折わたしが口を挟むとなんかまたわけも分からず盛り上がるとゆー……うん、まあ女子高生がよく作るあの空気だ。
別に悪い気分じゃないし、昼休みみたいな甘ったるい空気でもなかったから、別に文句はない。
無い。……んだけど。
「…ふう。では屋敷へやってちょうだいな」
「はい、お嬢さま」
これまたいつものように御者さんに指示を出すと、お嬢さまは馬車の客室の座席に深く腰掛け、対面のわたしにやや怪訝な視線を向けていた。
「コルセア、どうかしたのかしら?もしかして仲間はずれにされてたとでも思っているの?」
『いえ、それは無いです。わたしもお話しに加わらせて頂いてましたし。それにお嬢さまもネアスも、若干行き過ぎな感じはかなりしなくもないですけど、悪いこっちゃないですし』
「またもってまわって面倒な言い方をするものねえ。悪いことでないのならそれでいいじゃない」
うん、全然伝わってねー。
わたしは深々とため息をついて、何イヤミな真似してるのかしらこのトカゲ、みたいな目付きになるお嬢さまを藪睨みで見上げながら言う。
『あのですね、お嬢さま。あんまり人の噂になるよーな振る舞いはするな、ってじーさまに釘刺されてるでしょ?なんですか今日のお昼休みは。お互いの口に匙向けて代わる代わる「あーん」とかやってるのって。わたしが学校の先生だったら「綱紀粛正ぃっ!」って怒鳴り込んでそのまま風紀指導室に連行するとこですよ?』
「あなたが出て行った後にバスカール先生が通りがかったわね」
『流石に怒られたでしょ?』
「仲が良くてよろしいことですね、とニコニコしていらっしゃったわ」
それ多分意味が分かってないだけだと思うんだけどなあ。
『バスカール先生を引き合いに出しても説得力ないです。とにかくですね、じーさまも言ってた通り、お嬢さまの人間関係ってーのはいろいろ厄介な問題引き起こす可能性があるんですから、今が一番楽しい時期ってのは分かりますけど人目のあるところではせめて以前の通りに振る舞ってください。いーですね?』
「コルセア」
『なんです』
「……妬いているのかしら?大丈夫よ、ネアスへの愛情とあなたへの愛情は、居並ぶことはあっても相克することなど無いのよ。だから気にせずわたくしに甘えなさいな。ほら」
ええい、この恋愛脳がっ!……と、思いつつも自分のひざをぽんぽん叩いてわたしを呼ぶお嬢さまのお誘いには、逆らえないわたしだった。だって抱っこされると気持ちいーもん。




