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第135話・悪党たちの談義(だからわたしとお嬢さまはちがうっつーの)

 「長居したくなかったからな。それと、それほど簡単な話でもなさそうなのでな」


 ユスフに、先に伯爵家に知らせにゆけと指示した以外には何もなく、殿下は後ろにお嬢さまを乗せた馬をゆるりと歩ませている。乗馬には慣れてないお嬢さまを気遣ってのことなんだろう。

 そして、どうしてあの場でヒゲ男爵の罪を追求しなかったのかとやや憤慨したわたしに、殿下は難しい顔になってそう言ったのだった。


 『長居したくないってのは同意ですけどー、かといってそのままってのも腹が立ちません?わたし、あのヒゲいつか炙ってやろーって誓ったのに、今回その機会を逃してぷんぷんですよっ!』


 まあ朝からどったんばったんしてお昼どころか朝ごはんすら食べずにいたもんだから、わたしはお腹がぺこぺこだ。お嬢さまにお腹空いてないか、とさっき尋ねたら、食事は出してもらってた、ってことだからこの中で一日メシ抜きはわたしだけか。世界は間違ってるっ。


 「……というかな、そもそも何故アイナが拐かされたのだ?どうやって、というのも気にはなるが」

 「そうですわね……粗雑な扱いを受けたわけではありませんが、ロムメル男爵にはかなり押しつけがましい話を聞かされたのは事実です」

 「話したくもない、というのであれば無理には聞かないが」

 「いえ、むしろ殿下にこそ聞いて頂かないといけない話、なのだと思います」


 それなら殿下に直談判するなりすりゃいーのに、なんでお嬢さまを巻き込むのよ、と憤慨するわたしに、お嬢さまは手を伸ばして頭を撫でてくれた。なんかとても遠慮がちで、でも優しい手つきだった。


 「ありがとう、コルセア。どうしてあなたが、と思ったけれど、助けに来てくれて嬉しかったですわ」

 『あっ、はい………』


 なんでかな。生きた年月だけで言えばわたしの方がずうっと長いはずなのに、お嬢さまにこうされると自分が子どもみたくなる。

 まあ、人間時代のわたしって、家族にそれほど恵まれてたってわけじゃないしなあ……やっぱりお母さんみたく思えるんだろうか。


 『おかあさぁん……すりすり』

 「ちょっ……その、流石に母親呼ばわりはやめて欲しいのだけれど」

 『うぁい』


 頭をすり寄せたら注意された。お嬢さま、つれない。


 「ふふ、そう言ってやるな。帝都の上空でアイナを探し回っていた時のこいつは随分焦っていたぞ?」

 「まあ……」

 「あやうくまた物騒なものを放つ直前だったがな」


 えー、殿下?最初で留めておいてくれればえー話ですんだものを、後半で台なしじゃないですか。

 ジロリ、とわたしを睨むお嬢さまの視線に晒されて、わたしは二人の乗った馬からツツツと離れる。こら待ちなさい、と捕まえようとしたお嬢さまだったけれど、馬に乗りながらそれは危ないでしょ、と大人しくつかまっておくわたし。そして、殿下の背中とお嬢さまの胸に挟まれるように抱きかかえられていた。


 「……このまま屋敷まで戻りましょう。父にもお祖父様にも、話さなければならない話がありますから」


 なんだかあったかくなるような空気の中、でもお嬢さまの声にはやけに厳しいものが含まれていた。



   ・・・・・



 屋敷に帰って来ると、先に知らされてあったものだから使用人たちが総出でお出迎えし、一時はお祭りみたいな騒ぎになり「かけた」。いや流石にじーさまが大声で一喝し、怪我はないかその格好はどうしたお腹は空いていないか(ここでわたしは手を挙げておっきな声で『はぁい!はい!おなかすいてますっ!』と宣言したんだけど、体よく無視された。泣いた)、って騒ぎはその場で強制的に解散されたんだけど。

 それでお嬢さまは泣きながらしがみつくネアスを抱き寄せて、わたしに向けるのとはちょーっと違う笑顔で「心配掛けましたわ。ごめんなさい」と素直に謝っていたのには、思わず殿下の方を見てしまったりしたんだけど。

 その時の殿下がどんな顔をしていたのか、といえば……わたしが言うのもなんだけど、そんな和やかな顔してる場合じゃないのになあ……。


 そして、お嬢さまも落ち着いて食堂で一同に介した中。


 「ロムメル男爵がわたしを誘拐した、と言うよりは、呼び出されてわたくしの方から赴いた、という態ですわ」

 「おいおい孫娘よ。お前さん、夜遊びにしてもあんな郊外の兵団本部とはちょいと似合わないんじゃねえのかい?」


 殿下、伯爵さまにじーさま。それにわたしが席に着いた場でお嬢さまが言い出したのは、けっこーとんでもないことだった。ていうかそんな散歩してきましたー、なんて口調で言われると、あれだけ大慌てしてたわたしの立場ってものがー。


 「心配をかけたことは悪いと思ってますわよ…ただ、ブリガーナ家の利益にもなる、という話で、それをわたくしに持ちかけることがおかしいとも思いましたので、ただ突っぱねるというわけにもいかない、というものでしょう?」

 「それで誰にも言伝せずに、夜中に屋敷を出たというのかい?やれやれ、そんな不審者を簡単に入れてしまうようでは、当家の警備も見直さないといけないね」

 「いえ、わたくしの部屋に舞い込んできた鳥の足に手紙がくくりつけられておりましたので、家の者を疑う必要は無いと思いますわ。そしてそこに書かれていたのが、今ほどお話しした内容のことに加えて、屋敷の外に使いを待たせてある、興味があれば話を聞きに来い、というものでしたの」

 「それで誘いに乗ったというのか…迂闊な真似をする」

 「ええ。ですが殿下、そこにビデル殿下の署名があったとしたら、話は別でしょう?」

 「なんだと?」


 え、とわたしも殿下と一緒に固まってしまい、お嬢さまの顔を見つめる。いや、伯爵さまもじーさまも似たような顔をしていたことだろう。

 ただ、わたしと殿下が妙な顔になっていたのは、多分伯爵さまたちとは違う理由なのに違いない。だって、ビデル殿下はお嬢さまの誘拐事件には関与していない、って話だったじゃない。当人がそう言っているのに、肝心のお嬢さまがこの屋敷から誘い出された時に名前が使われている、っていうのは話が合わない。どーゆーことよ。


 「…アイナ、それは確かなのか?ビデル兄の署名の書状、というのは」

 「ええ、間違いありませんわ。ご覧になります?」


 無論だ、と答えた殿下に、お嬢さまは結い上げた髪をとめていた髪留めに手をやり、そこから小さく畳まれた紙片を取り出した。

 お嬢さまの手で広げられたそれは、丁寧に広げられて殿下の前に差し出される。見た感じトランプのカード二枚分くらいの広さで、なるほどお嬢さまが言った通りの内容の後に、サインが書かれてる。


 「……最後に見たのは大分前なので確言は出来ないが…確かにビデル兄のものには見えるな」

 「いや、間違いないですな。こいつぁ確かにビデル殿下のもんでしょう」


 商売柄、サインとか署名とかには詳しいじーさまが、殿下の隣から身を乗り出して紙片を確認して言っていた。てことは、本当にそうなんだろうけど…。


 『……でも、ビデル殿下はこの件知らないみたいなこと言ってませんでしたっけ?』

 「……だな。どういうことだ?」

 「さあ、わたくしにもなんとも……ただ、ロムメル男爵の口振りではビデル殿下もご存じの風な様子でしたわ。ですので、これは間違い無く殿下の手によるものとも思うのですが……」


 うーん、と考えこむ一同。わたしも含めて。


 「さて、それをご本人のいない場所で考えても仕方ないでしょう。問題は、ビデル殿下が全く関与していないこの件、どのような意図で仕組まれたか、でしょう。アイナ、男爵殿にはどのようなことを?」

 「ええ、お父様。わたくしが聞いた話によれば、ですが……」


 今答えの出ないことを話し合っても詮無いと思った伯爵さまに促されて、お嬢さまは行方不明の間にあったことを話す。

 その内容によれば。

 理力兵団は帝国の利に適う動きを行っている、それによってブリガーナ家が深く関わる、触媒の取引においても変動が生まれてくるはずだ。そして伯爵家にも益となる情報を共有したい、その折には帝国の興隆に是非助力を願いたい、ってことらしい。


 「そして、わたくしが伯爵家の今後を左右出来るわけがないでしょう、と返したところ、バッフェル殿下の許婚として力添えを求めたい、とも言っておりましたわ。殿下も取り込むつもりのようですわね」

 「それで、お前さんどう返事した」

 「ええ、突っぱねたくはありましたけれど、機嫌を損ねて身を危険にさらすわけにもいきませんでしたし、乗り気の態を装いましたが。もちろん色よい返事などはしておりませんけれど」


 上出来だ、とじーさまは獰猛な笑みを浮かべる。どうやらお眼鏡に適う返事だったらしい。


 「そこで簡単に断りを入れて今後話を仕入れる伝手を失うほど馬鹿馬鹿しいこたぁねえやな。交渉事ってもんが分かってる孫でやりやすいことこの上無ぇ。よくやった」

 「あまり褒められたようには思えませんけれど、お祖父様。それで、この話が何に通じているのです?わたくしの知らないところで何やら怪しげな話が進んでいるようですけれど」

 「まあな。それで殿下」


 なんだ、と隣の席のじーさまに厳しい目を向ける殿下。

 対面のお嬢さまは、話を終えたことで一段落した気分なのか、目の前の冷めたお茶のカップを口にして、不味そうに顔をしかめていた。疲れをとるための薬湯みたいなお茶だもんね。無理も無いって。


 「殿下。先日、婿殿、コルセアを交えてちょいと危なっかしい話をしたところでして。この際ですので、殿下に耳にも入れておこうかと思いますが」

 「ほう、前伯爵がそのように仰る内容となると気にはなるが。しかしコルセアも交えて、か?真面目な話なのだろうな?」

 『殿下ぁ、わたし別にブリガーナ家の宴会担当じゃないですよ?』

 「ふふ、済まんな。だがお前のその明るさは、この家の気風に大いに影響を与えていると思うぞ?」


 もちろん良い意味でな、と付け加えた殿下に、わたしはなんだか照れくさくなってテーブルの端に縮こまってしまう。だって向かいの席の伯爵さまもお嬢さまも、わたしを見てほっこりした顔になってんだもの。うう……。


 「まあアイナもその時はいなかったからね。この際聞いてもらっておいた方がいいだろう。義父殿、私の方から話しても?」

 「ああ、その方が穏便に聞こえるだろうしな。よろしく頼む」


 穏便に聞こえようが物騒に聞こえようが、どっちにしてもろくでもない話なことに違いは無いんだけどね、と、やおら話を始めた伯爵さまをテーブルの高さから見上げるわたしだった。

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