第134話・黒幕?救世主?の登場
しかし、お嬢さまを探してやって来たらなんか妙な展開になりつつあるよーな。
お嬢さまー、あなたのかわいいペットはここにいますよー。
「……コルセア、こちらに来い。ビデル兄、このようなところでお会いするとは思いませんでしたが」
まだ第二皇子の指を握ってたから声色だけしか分かんないけど、殿下は固い声で警戒感アリアリだった。当然か。
で、呼ばれたのを幸いと、わたしは殿下の隣の元の席へ。ヒゲ男爵とはまた目が合って即逸らされた。だから取って食ったりしねーっての。
『……どうしましょ?ほっといてお嬢さまを探しに行きましょうか?』
殿下を見上げると、振り返って第二皇子と睨み合うような格好になってる。あんまり口挟んだりしない方がいい気がしてそう提案すると、殿下もそのままの格好で首肯して、「それがいいかもしれぬな」と仰っていた。
ならば、と再び席を離れようとすると。
「それには及ばない。バッフェル、お前の婚約者なら確かにこの建物の中にいる。危害なども加えてはいない。多少疲れているようだが、すぐに連れてこよう」
ビデル殿下、すぐ側に控えていたらしい従者っぽい人に、そんな感じの指示をすると部屋の中に入ってきてヒゲ男爵の隣に腰を下ろした。
どうします?と再度殿下を見たら、ここにいろ、だって。まあお嬢さまが来た時に安心させる役は必要か、と大人しくする。
「さて、手間をかけた。こちらもあずかり知らぬところでこのような騒ぎになっていたが、監督が不十分であった。アイナハッフェ嬢にも先ほど面会して詫びを申し入れた」
それだけをまず述べて、ビデル殿下はお盆持ったままぼけーっと突っ立っていた衛兵さんを手招きして、茶を饗せよ、と鷹揚に言う。
恐縮した衛兵さんは師団長閣下に、どうしましょうか、みたいな視線を向けていたけれど、わたしが一部かっさらったお盆をそのまま並べるのが無礼と思ってか、新しいものを用意せよ、と指示して深いため息をついていた。
『おかわりですねっ。ごちそーさまです!』
「お前なあ……」
呆れた殿下にコツンとやられたけれど、別に痛くされたわけじゃないし、ビデル殿下もユスフも可笑しそうにしていただけだ。一人ヒゲ男爵が苦虫噛み潰したような顔になっているのは、わたしへの好感度が低いせいなんだろう。別に好かれたくはないけど。
「…では、アイナハッフェ嬢がやってくるまでに経緯を説明しておこうか。そもそもは、ブガトが余計な真似をしでかした、ということでな。全く、お前にもブリガーナ伯にも迷惑をかけた。済まなかった」
ビデル殿下はヒゲ男爵の隣に座るなり、こういって殿下に向かって頭を垂れていた。なんだ、やっぱりヒゲ男爵の暴走なんじゃない。だったら兄弟の間でわだかまりも何も無いんじゃ、と思って隣の席の殿下を見上げたら、誰がどう見ても…いや、普段から接してる者でないと本心に気付かないんじゃないだろーか、って感じの笑顔になっていた。要は愛想笑い、って感じのヤツだ。
「いえ、ビデル兄のことでしょうから、そのようなことと思っておりました。男爵もビデル兄への忠誠心が高じて行ったことでしょう。今後、このようなことがないのであれば、事を大げさにしようとは思いません」
「そうか!いや、そう言ってもらえれば助かる、バッフェル。何、兄弟の間で生じた誤解など、酒を酌み交わし腹を割っては話せばすぐにも解けよう……ああいや、お前は酒を嗜まないのだったな」
「学生の身ですので」
微笑みなんか浮かべながらそう応じる殿下にわたしは、『ちょちょちょい殿下、うちのお嬢さまが危ない目に遭わされてんのに、それで済ます気ですか?』……と食ってかかるのをどうにか押さえていた。
こりゃどうも簡単に説明つくよーな関係じゃないんだろうなあ、と胸焼けがするよーな思いをもてあますわたしとは対照的に、ご兄弟はなんやら久々に顔を合わせたらしく、近況の交換、みたいな会話に興じていた。
それを見守るわたしとヒゲ男爵、一度だけ目が合うと同じタイミングでため息をついてみたりなんかして。この後ビデル殿下から頂戴する叱責を思ってのことか、それともあっちも同じようなことを考えてんのか。
「………」
んでもその後に憎々しげに睨まれたから、あるいはわたしに対して含むところでもあんのかな。いやあるんだろうけど、いくらトカゲが相手だからといってそれを隠そうともしない辺り、当初から感じてる小物臭がさっぱり払拭される気配のないおっさんだなあ。ホント。
そうこうしてるうちに、部屋の外から聞き慣れた足音が近付いてくる気配がしたので、わたしは何も言わずに席を飛び立ち、扉の方に向かった。
わたしが何をするのか察したのか、殿下は何も言わずに対面の席と睨み合い?を続けていたから、またわたしが暴れ出すんじゃねーかと誤解したドアホ一人を除けば、場の空気に特に変わりは無く、ようやく戻って来たひとを迎えることが出来たと思う。
『お嬢さまお会いしたかったですぅ!』
「でん…ぶっ?!」
『あ』
開いた扉の向こうにいた人影に飛びついたら顔面に衝突したらしい。
慌てて飛び退くといつもなら絶対に着そうにない煌びやかなドレス姿のお嬢さまが、うずくまって顔を押さえてた。
『お嬢さま、大丈夫ですか?わたし最近腹筋鍛えているのであんまりぷよぷよしてませんし、もしかしてお鼻引っ込んだりしてません?よしよし…おわっ?!』
「そういう問題ではありませんわよ!あなたいきなり飼い主の顔に体当たりするとかどういうつもりなんですの!」
高度を落として優しく頭を撫でてあげると、お嬢さまは勢いよく立ち上がって半涙目のままわたしを見下ろしてこうどやしつけた。うむうむ、いつも通りのお嬢さまだ。思わず嬉しくなって目の高さを合わせて尻尾ふりふり。
『あははー、元気そうで良かったですー。お嬢さま、ケガとかしてません?お腹空いてたらたっくさんお菓子もらってきてあげますからねっ!』
「だからそういうこととは……まあいいですわ。コルセア、心配かけたようですわね。それに……」
わたしから視線を逸らしたお嬢さま。次に何を言うのか理解した上で、わたしはお嬢さまの正面からスッと体を逸らす。
「殿下。この度はご迷惑をおかけしました。わたくしにとっては不甲斐なくも囚われの身となってしまったこと、お詫び申し上げますわ」
なんでお嬢さまが謝るのかよく分からなかったけれど、殿下はホッとした顔になって立ち上がるとこちらに向かってきて、お嬢さまの正面に立つ。
……第二皇子はこっちを見てない。どんな顔してるのか見て見たかったんだけど。
「無事で良かった。よもやとは思ったが、怪我などはしていないようだな」
「……ええ。特に酷い扱いを受けたわけでは…きゃっ?!」
「……心配させるな、とは言えないが、心配した甲斐のあったこと、礼を言う」
「で、殿下……」
殿下に抱きしめられて、お嬢さまは常に無く狼狽の様子。うーむ、こっちの顔も見てみたい……と、反対側に回り込もうとしたら、殿下はお嬢さまから離れてしまってた。というよりか、お嬢さまが殿下を突き放したように見えなくもないような。
「……殿下に礼を言われることなどは……申し訳ありません」
そして、わたしの方から見えたお嬢さまの横顔は、殿下の方を見ようとはせず、ただ殿下の両肩に手を押し当てて俯くだけだった。
そんなお嬢さまの様子を殿下も訝しく思わなくはなかったんだと思う。けれど、この場でそれを指摘するようなこともせず、ただお嬢さまの無事を確かめられて安堵したのか、満足そうに微笑むと振り返って、流石にここは皮肉たっぷりに言ったのだった。
「連れて帰っても構わぬだろうな、男爵」
息子みたいな歳の皇子さまにそう言われて、ヒゲ男爵は苦り切って「ご随意に」だって。帝国経済に重きを成す伯爵家のご令嬢であり、且つ自分の婚約者を誘拐した犯人に対して随分お優しすぎませんかね、殿下。