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第133話・わたし空気よめませんから!

 「やっほー。来てあげたわよ」

 「なんで貴様がいるのだこのクソ忌々しいトカゲめがっ!!」


 やっぱり伝わってなかったみたいで、いつぞやも放りこまれた師団長執務室、とかいう仰々しい部屋に入った途端にスターリンによく似たヒゲのおっさんはこう怒鳴っていた。どーでもいいけど、殿下を前にしてその態度はどうなのよ。


 「……賑やかなことだな、男爵。なんでも何も、入っていいと言ったのはそちらの方だろうが」

 「い、いえ!ででで殿下のことを言ったのではなく、その図々しいトカゲが……」

 「連れも入っていいかと重ねて問うて、主の許しは得たのだ。好きにさせてもらうぞ」

 「は、はい………おい、取り次いだ馬鹿野郎は後で営倉に入れておけ!」


 やっぱりなー。

 自分の務めを果たしただけの少年兵くんを半ば以上本気で気の毒に思いながら、わたしたちは部屋の隅にある応接セットに案内される。

 まず殿下がソファに腰を下ろす間に、わたしは部屋の中をきょろきょろと見回す。うーむ、前と同じだし特に代わり映えも…あ、そういやこの部屋で食べたお菓子は美味かった。


 『へい、おっちゃん!いー感じの飲み物とこないだ出してくれた焼き菓子を、いっちょ!』

 「………おい。言われた通りにしろ」

 「はっ!」


 殿下が止めようとしなかったので、わたし調子にのって茶菓子を要求。師団長の副官だかなんだかみたいな人は、頭から湯気を立ててる上司に逆らわない方がいいと判断してか、言われるままに部屋を出て行った。お気の毒さまだけど賢明なこった。


 「……今お飲み物などお持ちしましょう。お掛けになっては?」

 「そうさせてもらおうか。コルセア、大人しくしておけよ」

 『分かってますって。お邪魔はしません』

 「ふん、そうであることを祈るぞ」


 ?なんだろ。殿下が妙に楽しそう。ていうか、わたしの席どこー?と、見ると、二人掛けのソファには殿下が腰掛け、ユスフはその背後に侍っていた。じゃあわたしは殿下の隣に、いそいそ、と。


 「あの、殿下……そのトカゲ……紅竜も同席するので?」

 「ああ。連れなのだから当然だな。それにこいつは随分と意地汚い。部屋に上げておいて菓子の一つも出さぬのでは、代わりに貴様の首から上を丸呑みでもしかねんぞ?」


 しませんて。お腹壊しそーですもん。

 そう不満を顕わにすると、ヒゲ男爵……ロムメル?とか言ったっけ……は喉元に寒さでも覚えたかのよーに、首を竦めていた。だから囓らない、っちゅーねん。


 「さて、待ち構えていたようだしな。こちらの用件は分かっているのだろう?男爵」


 そうして、まさかいきなり、アイナハッフェを返してもらおうか、なんて言いだしやしないだろうけど、それでも場に臨んで落ち着きを取り戻したのか、殿下は余裕たっぷりに切り出した。

 それを受けてヒゲ男爵も向かいのソファに座り、皇子さまを相手にするには慇懃無礼を隠さない態度で応じる。


 「……いえ、愚鈍なる身にはとんと想像もつき…」

 『ふわぁぁぁぁ……あ、っと。あ、ごめんなさい、どーぞ続けてー』


 いけねーいけねー。この部屋すごい日が当たってあったかいもんだから、ついつい欠伸が。

 ていうか、わたしが何かする度にいちいちビクつくのやめて欲しいんだけど。別に邪魔するつもりなんかありませんって。お嬢さまの身が心配だし。


 「愚鈍か。そのようなことでは理力兵団の精鋭を預かる責は身に余るだろうな。父上に奏上して任を解いてやろうか?」

 「……いえいえ、今のは言わば韜晦。精進に切磋琢磨を重ね、地位に見合う力を得ようと励む日々……」

 『ひくちっ!』

 「ひいっ?!」


 ……うあー、なんかクシャミまで出てきちゃった。この部屋なんかホコリっぽいんだもん。ちゃんと掃除してるのかしら。上司がアレだと部下も掃除の手を抜いちゃうんじゃない?

 水っぽいのが出てきそーな鼻をずーずー鳴らして場を取り繕ってると、ヒゲ男爵がこっちを睨んでいるのが分かった。


 『……あのー、なにか?』

 「何か、ではないだろうが!殿下!!このような品性の欠片も無いトカゲ風情に場を乱させておいて交渉を有利に進めようなど、王者のなさることではありませんぞ!」

 「何か勘違いしていないか?男爵よ。俺は何も指示なぞしていないぞ。コルセアはいつものように振る舞っているだけだ。男爵がいちいち反応しているだけではないのか?」


 殿下、びみょーに失礼。


 「……それとだな。俺は別に交渉なんぞに来たわけではない。有利に進めるもヘッタクレもあるか」

 「ほう。そういえばまだご来意を伺ってはおりませんでしたな。このような帝都の外れにまで如何なるご用でお見えになったのです?」

 「知れたこと」


 ふと、怒気とも冷気ともつかない気配が、隣から立ち上るのを感じる。

 そういえば街中で会ってから、殿下はお嬢さまの失踪について怒ったりはしてなかったような……。


 「我が婚約者の、アイナハッフェ・フィン・ブリガーナを引き渡してもらおうか。ここにいるという当たりはついている」

 「は…はっはっは!何があったのかは分かりませぬが、ブリガーナ家に手を出すなど、そのような恐ろしい真似をするわけがないでしょう?」

 「語るに落ちたな。俺は、引き渡せ、と言っただけだ。手を出すだの出さないだのといった話は何もしていない」

 「…………」


 おろ。どうもわたしがいるせいでこのヒゲ男爵、ペース乱してたようで。言わないでもいいことまで口にしちゃったみたい。


 「そのような者などここにはいない、アイナに理由があって駆け込んできた。仮にここにいたとしても、いくらでも言い繕うことは出来ようが。それを、手を出すような真似などしない、だと?それを語るに落ちる、と言うのだよ、下郎が!」

 「………い、いえ、その……そ、そうです!噂に聞いたのです!アイナハッフェ嬢が屋敷から姿を消して、殿下が探し回っておいでだと……」

 「何故屋敷から姿を消した、と知っている。俺はそこまで言ったか?街中の噂とやらでそこまで話されているのか?ほう、であれば我が未来の舅殿も迂闊なことよ。娘が家出した状況まで詳らかに流布するなどとな」

 「………ぐ、う…」


 テーブルの上に握りしめられた拳がブルブル震えてた。殿下の本気で本気の激情が伝わってくる。

 となれば、わたしのやることとなると。


 「コルセア」

 『はいな』

 「俺が許可する。この建物の中を家捜ししろ。アイナを見つけるためなら何をやっても構わん」

 『あいあい・さー!』


 あいあいさー?と首を傾げるユスフの脇をわたしは飛び立つ。

 くふふふ…殿下の許可が出たんだから好き勝手してくれるわっ!


 「待て!…いや待ってくれ!無茶をされるくらいなら言うことを聞く!」

 「ほう。つまりアイナの居所については協力的になってくれる、ということだな?男爵」

 「ぐ……よ、よいでしょう。おい、誰かいるか!」

 「は!お申し付けにより茶菓子をお持ちしました!」

 「そんなもの今はどうでもいい!」


 よくねーわよ、わたしが欲しいんだから、と、飛び出した勢いのまま、新たに入って来た若い衛兵さんの持っていたものをかっさらう。お茶の入ったポットと空のカップ、それから焼きたてではないけれど兵隊さんの駐屯地にしちゃあ気の利いた香りをたててる焼き菓子が乗せられた、お盆だった。


 『もぐもぐもぐ。ごちそーさまでしたっ!ほいじゃー殿下、わたしはどうすればよいので?』


 焼き菓子を丸っと平らげ、お茶だけになったお盆を衛兵さんに渡すと、苦々しくこっちを睨むヒゲ男爵と目が合った。わたし、機嫌が良かったのでウィンクを一発。


 「…………」


 今にもぶっ倒れそうに青くなっていた。なんでよ。


 「あまり苛めてやらないでもらえるか。これでも大事な後ろ盾なのだからな」

 『いや殿下、このひと傍から見てる分には面白いけど、後ろ盾とか言うのはちょっと頼りないんじゃないですか?面白いひとだけど』

 「そちらじゃない。こっちだ」

 『こっち?』


 そういや部屋の中からじゃなくて、部屋の外から声が聞こえてきてた。誰よ。


 「で、殿下……」


 とはヒゲ男爵の声。いや違うでしょ。殿下は部屋の中にいる、っておや?

 と、振り返ってみると、そこには背の高い青年が一人いた。ぶっちゃけ、こんな武張った施設にいるにしちゃあ優男風ではあるけれど、栗色の髪の、まあ美男子といって差し支えない。わたしの趣味じゃないけど。

 てか。


 『……割と身分のありそな方とお見受けしますが。もしかしてこの男爵さんとお関わりのある方で?』


 浮かびながら首を傾げると、目の前にいた青年は何やら愉快そうに相好を崩し、お前が噂の紅竜か、となんだか嬉しそうに手を差しのべてくる。

 わたしは何故か気圧されて、『はあ』とその手というか人差し指をにぎにぎ。握手みたいな感じ。

 いや待て、うちの殿下じゃない人が今「殿下」呼ばれてたな。てことは。


 「弟が世話になっている。第二皇子のビデル・クルト・ロディソンだ」


 あらま。「ラインファメルの乙女たち」にも登場してなかった第二皇子さまの、ご登場だった。

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