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第131話・消えたお嬢さま

 でもまあ、落ち着いて話してみれば納得はしてもらえた。


 「……つまり、時間軸作用の証明に繋がる現象としては有用だというのですね、先生」

 「ええ。暗素界に根源を持つ竜たちが姿を成長させる、というのは事実として認識されています。その姿が現界の対なる存在から暗素界に働きかけることで得られているもの、というのも確かですしね」

 「このトカゲがそんな大層なモンだとも思えねーけどなあ」

 『しくしく……』

 「コルセアぁ、泣き真似しても今日は慰めないからね?」


 ちえっ。

 頼みの綱のネアスにまで見捨てられたらしょーがないや、とわたしに太ももを提供してくれてるネアスのお腹にもたれかかる。隣でお嬢さまが睨んでいたけれど、さっきの不始末を怒ってなのか、ネアスのひざまくらを独占してることについてもの申したいのかは、分からない。


 「これが時間軸作用の証明にはなるとしても、即時研究が進むとは限りませんけれどね。効果をもたらすことが出来るのが竜たちだけ、というのでは尚更ですし。まあコルセアさんが研究に全面的に協力してくれるというのであれば、話は別ですが」

 『まっぴらごめんでぇす。お嬢さまとネアスがそっち方面に進むというのであればいくらでも協力はしますけどぉ』

 「仲がよろしくてそれはそれで結構です。さて、もう暗くなってきますし学生は家に帰る時間です」


 バスカール先生は立ち上がって帰宅を促す。そーいやお腹空いたなあ。


 「はい。ネアス、家まで送りますわ。帰りましょうか」

 「ありがとうございます、アイナ様。コルセア、帰ろ?」

 『うん。バナードも気をつけなよねー。後ろから女の子に刺されて死ぬとか当人以外誰も得しないんだし』

 「本人だって得なんかしねーよ!あと別にそんな心当たりはねーっての」


 ぶつくさ言いながら立ち上がっていたけれど、最近バナードも気がつかない熱視線が注がれてるからなー。自覚が無いってのも罪な話よね。


 「先生、長々とお邪魔しました。失礼しますわ」

 「はい。先生ありがとうございました」

 「いえいえ。僕も面白い話を聞かせてもらいました。あと、ここでの話はなるべく他所ではしないように。分かっていると思いますが」

 「ええ、もちろんです」


 にっこり笑って、お嬢さまは如才無く応じた。まあこないだの研究の件もあるし、聞かれれるとまた怪しい連中が悪企みするだろーしね。

 部室から出ると、もう廊下まで真っ暗だった。わたしたちはどーでもいい話をしながら玄関に向かう。

 バナード、そこに泣きながらこっち睨んでる女の子とかいない?止めろよバカ!…とかなんとか。

 そして賑やかに玄関にまでやってくると、いつも通りにお嬢さまとネアスは馬車の停車場に。バナードはさっさと下宿に向かって下校の途についた。


 「……ふう。興味深い話ではありましたけれど、これで研究が一段階進んだ、というわけにはいきませんわね」

 「そうですね。コルセア、あなた以外の竜っていつもはどこにいるの?」

 『んー、今回はまだ会ったことないなあ。向こうの方から会いにも来ないし』

 「今回?」

 『あ、いやなんでも。まあまだ会ったことはないわよ。もともと数も多くないしそんなに同族意識があるもんでもないしね』

 「辺境では目撃されたという話はよく聞きますわね。お父様も若い頃は目にしたと話しておりましたし」

 「そうなんですか……コルセアがおっきくなったところ、見てみたいなあ、わたし」

 『あはは。まあそんな機会があったら、ネアスとお嬢さまを乗せて飛んでみたいな』

 「わたくしは遠慮しておきますわ。恨みを晴らす、とか言って振り落とされそうですもの」

 『お嬢さま、わたしに恨まれるような覚えでも?』

 「ありませんわね。逆恨みはされそうですけれど」

 『ひでー。お嬢さまそれはひでー』

 「あはは……」


 まあ、馬車の中ではこんな感じでいつも通りだった。

 途中、職人街まで来るとネアスを下ろし、また明日とあいさつして別れ、あとは今日の夕食の献立について討論戦わせながらブリガーナ家のお屋敷に帰る。

 いつも通り……ああいや、この夜はじーさまが帰宅しなかったのでそれ以外の伯爵家一家と一緒に夕食をとり、お嬢さまにおやすみなさいを言ってわたしは自分の部屋でぐっすりと眠った。

 本当に、いつも通りだった。


 そして翌朝、目を覚ますと……お嬢さまが、姿を消していた。



   ・・・・・



 「それで、屋敷を出て行くアイナを見た者はいないんだね?」

 「は、はい……お目覚めになる時間でしたのでお部屋にうかがいましたら、コルセア様が慌てふためいておりまして……それだけです」

 「分かったよ。ありがとう、下がっていい」


 お嬢さま付きのメイドさんが青ざめた顔のまま退出していく。

 扉が閉まると、それまで冷静な態度を崩さなかった伯爵さまはようやく顔から汗を滲ませながら、机の上に俯き座っていたわたしに声をかける。


 「コルセア。君までそんなに落ち込まなくてもいい」

 『でもでも……お嬢さまを守るのはわたしだって約束したのに……』

 「まだ何があったのかも分からないんだ。慌てるより先にやることがあるだろう?」


 そうは言いながら、わたしの頭を撫でる伯爵さまの手は震えていた。

 その存在感故に、ブリガーナ家には敵が多い。お嬢さまを誘拐した、なんて話には、考えたくもないけれど説得力がある。

 ただ、学校の登下校途中ならいざ知らず(わたしがずっと一緒なのに、誘拐なんかさせてたまるか)、家の中からとなると誘拐とも言い切れない。あるいはお嬢さまが自分から出かけた、という可能性だってあるのだ。


 「お館様」

 「入っていいよ」

 「失礼します。調べたところ、全員揃っております。内部の手引きだという確証は今のところ得られません」


 でも、考えないというわけにもいかない。伯爵さまの指示で屋敷で働く者全員の聞き取りがされて、その結果を伝えにきた執事さんの報告に、伯爵さまはわずかに安堵したようだった。


 「そうか。私も家の者を疑いたくはない。ただ、可能性を考えないわけにもいかないから、しばらくは監視を頼むよ。酷な役を押しつけて済まないが……」

 「はい、心得ております」


 深々と頭を下げて、執事さんは部屋を出て行った。これからしばらく間、屋敷はギスギスした空気になりそうだった。


 『……伯爵さまぁ。あの、わたしお嬢さまを探しに…』

 「闇雲に探しても仕方がないよ。義父殿も手を回してくださるそうだし、殿下にもお伝えする使者を遣わしている。きみの力が必要になる時は必ず来るから、今は辛抱していて欲しい」

 『でもでもぉ、こうしている間にお嬢さまが……いえ、なんでもありません』


 わたしの頭にのせられた手が止まっていた。想像もしたくないことを想像させてしまったのは、わたしの責任だ。


 誘拐。お嬢さまを誘拐。

 伯爵家に恨みがある者の仕業、というのが一番あり得る。その場合、お嬢さまの命は……。

 いいや違う。きっと、伯爵家に身代金を請求するのが目的に違いない。それならお嬢さまの命は……ああ、ああお嬢さまぁ……。


 「とにかく今は待つとしよう。調査は出しているから、遠からず行方は掴めると思う。いいね、コルセア」

 『………はぁい…』


 更に深く項垂れると、伯爵さまは「ありがとう。アイナのことをそこまで心配してくれて」と言ってくれたけれど、そんなんじゃないです。わたしの不手際でお嬢さまが辛い目に遭ってると思うと、居ても経っても居られないだけなんです。

 そう思って、窓から飛び出そうかと思った時だった。


 「お館様。お嬢様のご学友の方がお見えになっております。お館様とコルセア様にご面会をお申し出なのですが、お通しして宜しいでしょうか?」


 再び、扉の外からノックの音と、執事さんの声。ていうかご学友?ネアスかバナードか…。


 「誰だい?いや、手がかりになるかもしれないから、とにかく通して構わないよ」

 「かしこまりました。すぐに」

 

 でも学校にはまだ知らせてないって伯爵さまは言ってたけど、と思ってるうちに案内されてきたのは、真っ赤な顔で息せき切ったネアスなのだった。


 「失礼します!……はあ、はあ……申し訳ありません、アイナ様が行方をくらましたということで……はあっ、はあ………」

 『ネアス、落ち着いて。急いで来てくれたんだね?』

 「う、うんっ……アイナ様が……ねえコルセア……どうしよう…?」


 泣いてないのがいっそ気丈に思えるくらいの有様だったけれど、わたしの顔を見て気が緩んだのか、わたしが近付くと、本当にぽろぽろ涙をこぼしてしゃがみ込んでしまう。


 『ネアス、伯爵さまもお嬢さまを一生懸命探してくれてるから。今は気を確かにして連絡を待とう?ね?』


 わたし自身が伯爵さまに言われたこととおんなじこと言ってるなあ、とぼんやり思う。

 まずは落ち着かせておいた方がいいかと、ここに来た経緯を確認すると、殿下に行った連絡役の人が、殿下の指示でそのままネアスに知らせに行ったとのことだった。いつも迎えにくるはずのお嬢さまが来なかったので、不思議に思いながらも学校に行っていたネアスは、その学校で知らせを受けてそのままやって来たと言っていた。

 バナードには?と尋ねたら、慌てて学校を出る時に声をかけられたけれど、返事も出来ずにそのままだった、ってことだから、今頃学校では噂になっているんじゃないだろうか。


 「ネアス、落ち着いたかい?部屋を用意するから、少し休んだ方がいい。トリーネの家には知らせておくからね」

 「はい、ありがとうございます……あの、コルセア。アイナ様、無事…だよね?」

 『分かんないよ……わたしが側にいれば絶対に危ない目には遭わせたりしないんだけど……』

 「探しに……」

 『だめ。ネアスはここにいて』

 「でもっ!」


 悲痛な声と共に立ち上がるネアス。ほっといたらこのまま駆け出しそうだ。

 ……でも、闇雲に探し回っても仕方がない。だから。


 『伯爵さま。わたし、やっぱり探しにいってきます』

 「……そうなると思ったよ。あまり大げさなことにはしたくないんだけれどね。コルセア」

 『はい』


 ネアスの傍らで直立不動なわたしに、伯爵さまは年少者を安心させる、しっかりした面持ちでわたしを見下ろして、言う。


 「無理や無茶はしないこと。アイナを見つけてもすぐに助けにいったりはしないこと。安全を確認出来たら、すぐに知らせに来ること。いいね?」

 『はい』


 正直、お嬢さまが危ない目に遭っていたりしたらすぐに頭に血が上って突撃しそうだけれど、ここは大人しく言うことを聞いておく。


 「本来なら私の方からお願いしないといけないことなんだろうけど。コルセア、アイナのことをよろしく頼む」

 「コルセアぁ……気をつけてね。アイナ様だけじゃなくて、あなたにも何かあったら、わたし……ぐすっ」

 『任せて!……と強くは言えないけど、ネアスが泣き止んでくれるんなら、わたし頑張っちゃうから!』

 「あはは……」


 相変わらず半泣きだったけど、いつもの困ったような笑顔をようやく見せてくれる。

 それはなんだかとても心強い。

 わたしは浮かび上がってネアスの頭をなでなで。不安を消し去れたとは思えないけど、今のところわたしのやるべきことに変わりは無い。


 『んじゃ、ちょっくら行ってきます』

 「コルセア」

 『分かってますって。じゃっ!』


 呼び止めた伯爵さまが何を言いたかったのかは分からなかったけど、分かったフリをしてわたしは当主の執務室の窓から飛び出す。

 まだ朝と昼の間の時間ということもあって、ただ陽の光はまぶしいだけだった。

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