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第130話・わたしが先生!

 場所を変えて部室にて。


 『え、さて。これから人類史に残る驚くべき事実の講義をいたします』


 ウロコ顔に器用にはめたモノクルを小粋にクイッと持ち上げたりしちゃってから、わたしは黒板に大書した。

 コルセア先生の揺動効果講座、と。


 「能書きは良いから早く話をしろって」

 「ですわね。これだけ勿体ぶってくれたのですから、さぞや立派な話が聞けるのでしょうね」

 「がんばれコルセアー」


 一方、部室中央のテーブル席に陣取ったみんなは、気のない反応だった。

 なんというやる気の感じられない生徒たち。せんせ、悲しいわー。

 急造したタスキで涙を拭う。

 ちなみにタスキにはこう書かれてあった。


 「ノーベル賞受賞予定」


 お嬢さまには「のーべる賞?なんですの?」と聞かれたのでこう応えたもんよ。


 『何かすげーとこに招かれてすげー豪華な食事が振る舞われるらしーです』


 と。大体間違ってはいないはず。

 「あなたいつも通りねえ…」と呆れられたけど特に問題はない。

 いやまあ、それはともかく。


 「いやあ、こんな機会が訪れるとは。コルセアさんの世話をガマンしてやってきた甲斐があるというものです」


 なんでか知らないけれど、バスカール先生までこの場にいた。誘った覚えはないんですが。あとわたしは別に先生に世話された覚えはない。

 ただまあ、この場でただ一人熱意あるところを見せてくれていたから、それに免じて追い出すのは勘弁しておく。感謝するよーに。


 「いーから早く始めろよー。もうすぐ帰る時間だぜ」

 「ねえコルセアぁ…わたしちょっと寄り道したいんだけれど」

 『ネアスはどーせお嬢さまとお出かけしたいだけでしょ!はい注目ー!』


 教鞭でぴしりと黒板を打つ。いー音するぅ。一同もシンと静まりかえっていた。


 『これから愚昧な君たちにも理解出来るよーに、親切丁寧に教えてあげまーす。さあ、わたしを崇め奉り、晩ごはんにはシクロ肉のステーキを毎食つけるのです。いいですね?』

 「「「…………」」」

 「あはは……」


 …おかしいわねー。気のせいか部屋の気温が下がったみたいだわ。ネアスだけはいつも通りにこやかだけど。多少笑顔が引きつってるよーにも見えるけど。まあいいか。


 『……さて、揺動効果とはそもそも何なのか、という理解です。はい、アイナハッフェさん!』

 「……暗素界に向けた力が、意図しない影響を受けてズレを生じる原因のうち、気界からではなく暗素界にその原因が根差す事象のことでしょう?それが何か?」

 『はい、結構。ですが先生に対する態度ではありませんねー。ネアスさん、揺動効果によらないズレ、つまり対向力が気界から及ぼされる影響によって、現界に示される効果及の代表的なものはなんだと思いますか?』

 「はっ、はい!……ええと、一番目立つので人に知られている、という意味では対気砲術があげられます。ですけど近年は力学方面の応用の研究も始まっていて、対気力学という言葉も広く知られるようになって……ますね、先生」

 『よろしい。ネアスさんは先生に対する態度がたいへん立派です。先生うれしいわー。ほいじゃ対気砲術しか芸の無いバナードくん。対気力学において応用の進まない理由はなんでしょうか?ちょっと君には難しいかなー?」


 あとで覚えてろ、とか聞こえた気がしたけど多分気のせい。


 「……そもそも対気物理学における前提があるからだろ……です。術者が暗素界の自分自身の対に対してしか力を及ぼせないのは対気物理学における限界として認知されて、ってそれ俺たちの研究で何とかなりそうって目処ついてんじゃん」

 『はい、あなた自分の功績を誇りたいのは分かりますが、今はそれは置いといてくださいねー。じゃあ最後にバスカールくん』

 「はあ」


 四人のうちでも比較的にこにこしてたバスカールくんは、わたしが教鞭でぴしりと指し示すと、いくらか顔が強ばっていた。こらこら、愛想良いのがきみの取り柄なんだから、そんな顔をしたらみんなが怖がるよぉ?


 『現界の人間は、暗素界の対なる存在に対して力を及ぼすことが出来ます。では、暗素界の対なる存在から現界の人間に対して力が及ぼされることはあるのでしょうか?』

 「ええ、事象としては観測された例はありませんね。大学の方ではそのための研究もされてはおりますが、捗々しくは無いと聞きます。だからといってあり得ない話ではないと思いますが、そういえば……」

 『はい、聞かないことまで答えなくてよろしい。ていうかそれをこれから説明しますので。さて、根源ではなく対なる存在の方から根源に対して働きかけることが出来るかどうか、ですがー……答えから言えば、可能です。つーか、わたしがその証拠になります』


 胸張り。でも一同の反応は「しらー」って感じ。なんでよ。


 『……わたしは暗素界に根源を持つ存在の、対なる存在として現界にあります。この現界においては、そんな存在は竜と呼ばれる存在です。特に紅き竜は最強の力を持つとして古来言い慣わされていますねー。えへん』

 「「「「…………」」」」


 な、なんかまた部屋の気温が一段と下がったような…?……気のせいよね、うんうん。


 『そんなわたしは、暗素界の根源に対して力を向けて、戻ってくる時に生じるズレをわざわざ利用する必要はありません。ただ単に、根源に対して『力よこせ』で済みます。故に、強大な力を振るうことが出来るのです』

 「その割にはしょーもないことにばかり力を使ってますわね、コルセア」

 『あのですね、真っ正直に力振り回したらとっくに竜たちなんか討伐されて全滅してますって。いやそーじゃなくて、アイナハッフェさん、先生に対してなんてこと言うんですか。後で廊下に立ってなさい。いいですね?』

 「…………」


 まったく。お嬢さまもすぐ調子にのるんだから。

 再びモノクルの位置を直す。借り物だから普通に度が入ってて、視界がゆるゆるしてた。


 『さてさて、揺動効果というものは対気砲術などの現界効果を生む、気界に由来するズレとは別のもので、気界の観測によってその効能を測ることは出来ません。あくまでも、現界で観測した結果によってのみ、その効果を観測出来るものです。そのうち効果軸作用については結果を観測しやすいこともあって周知はされていますが、時間軸作用は観測方法が確立していないこともあって、これまでその存在が証明されることはありませんでした。ですが……』


 ここで黒板に振り返って肩を震わす。何ごとかと集まる視線がきんもちいいいいいっ!

 たっぷり溜めを作ってから勢いつけて振り返り、わたしはここが見せ場とばかりに熱弁を振るった。


 『この!暗素界に根源を持つ存在こそが!その在り方を見せることが、出来るのですっっっ!さあ讃えよ愚民!ワレこそは暗素界の紅竜なるぞっ!!』

 「「「「………………………」」」」


 しらーっ。

 まあ、文字にすればそんな感じだった。


 『………ちょっとあなたたち。ここは万雷のとまではいかないけど手が赤く腫れるほどの拍手でわたしを讃える場面でしょーが。はい今からでもいいから、拍手っ!』


 ぱちぱちぱち。

 やらされてる感満載の拍手だった。感じ悪ぅ。


 「………まあ、いいでしょう。先生、それでどうやってそれを証明するというのですかぁ?愚民たるわたくしたちに教えてくださるのでしょうぉ?」

 『ふっふっふ。それくらい造作もありませんっ。バスカールくん。先日、帝都上空にて巨大な紅い竜が目撃された、という話を聞いていませんか?』

 「は、はあ。確かに巨大な竜がしばらく滞空していた、ということで界隈で話題になっていましたが。まさか……」

 『ふふふ……察しの良い生徒で先生うれしいです。それこそが、このコルセアの成した姿なのです。分かりますかっ?!未来において得ることになる姿を、今!この帝都で!見せることが出来たのですっ!!これこそが、揺動効果の時間軸作用が存在することの証明に他ありませんのですっ!!』


 おおー、と今度は割と本気っぽい拍手。うう、きもちえー。


 「……それでさ、その巨大な竜ってのがおめーの…先生の変化した姿だってのはどうやって証明するんだ?なんなら今ここでやってみせてくれねーか?」

 『あん?出来るわけねーでしょーが。偶然そうなっただけなんだから。あんたも理解が浅いわねー。そんなことホイホイ出来たらとっくになんとかして今ある問題全部解決してやるわよ。力づくで』

 「ええと……コルセア、じゃなくて先生。ということは、時間軸作用の証明が出来たということにはならない……んじゃないでしょうか?」

 『そうなるわね。いや、そうはならないでしょ。出来るのは分かってるんだから』

 「じゃああなた何の役にも立ってないじゃない!コルセアっ!今すぐこっちにきて今までの無礼な振る舞いを詫びなさい!我慢して聞いていたわたくしたちがまるでバカみたいではありませんかっ!」


 え、ええー……。


 『そーゆー言い方無いでしょ、お嬢さま。わたし自分に出来ることと出来ないことはちゃんと分けて話したのにっ!』

 「威張って言うなこの口だけトカゲっ!!」

 「そもそも喋るトカゲ、ってだけでも威張れそうな気もするんだけどなあ」

 『ネアスっ、それお嬢さまに言ってやって!わたしなんかすげーピンチっ!』

 「うーん、流石に今日のコルセアは目に余るから、少しお説教された方がいいんじゃないかな」


 ひどいっ?!


 ネアスに見放されたわたしは、お嬢さまにとっつかまって土下座を強要された挙げ句、擁護する者のない叱責を受けたわけで。

 ……ええい、わたしの味方はいないのか味方はっ!

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