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第128話・伏線ですと断っておくと回収する義務が発生するから…

 問題は、二つある。




 「うーん……実験に恣意が挟まれる余地は無いと思いますし、講評も特定の意図があるようには見えないので、研究としては問題は無いんですけれど……」


 翌日、学校の部室でわたしたちのレポートに目を通したバスカール先生の顔は、若干曇り気味だった。


 『せんせ、せんせ。わたし体張ったのでそこだけは認めてくださいな』


 だけ、とはどういうことかしら、ってお嬢さまの抗議を退けて、褒めてもらいたいワンコのよーに先生の眼前で尻尾を振るわたし。


 「うん、まあコルセアさんの頑張りは確かに認めますけれど……問題はむしろそこなんですよね。これ、事象の存在を主張するにしても、コルセアさんの存在を前提にしている、というのがやや弱いところなんです」


 レポートに下された評価に色をなす一同。先生は「まあ落ち着いてください」とたしなめてから話す。


 「暗素界の紅竜、という解明にまだ至っていない存在にしかなし得ない事象であるのなら、それを要素に入れた研究にしないといけない、ということが弱みなんです。もしかしたらこの揺動効果の時間軸作用、というのは暗素界の竜によってのみ起こせる現象かもしれませんからね」

 「でもさ、先生。そうだとしても時間軸作用の有無は説明つくんじゃねーの?」

 「口の利き方に少し気をつけなさいな、バナード。ですが、わたくしも同様に思います。仮にコルセアにしか起こせないのだとしても、事象の存在自体は認められるだけの材料にはなると思うのですが」

 「物事の説明は、なるべく単純に追求していかなければなりません。いくつもの不確定要素を含包したまま検証を進めても、どちらの要素が作用して結果を生じたのかが分かりません。ですので、時間軸作用の検証を行うのであれば、既に確立した手法を用いなければならないんです。とはいえ……」


 もっともなことを言われて肩を落とすアイナハッフェ班の面々。

 ただ先生は、気を落とすなと言わんばかりに笑みを浮かべて続けた。


 「逆に、暗素界の竜の力を証明することは可能かもしれませんよ。コルセアさんにしか起こせない事象なのだと仮定すれば、ですが」

 「それは……ただ、この研究については殿下が残してくださったものですもの。何とかわたくしたちでやり遂げたいとは思います。今更当家のペットの観察記録を残しても意味ありませんし」

 『ネアス、ネアス。うちのお嬢さま、ちょっとひどくない?』

 「そうかな?コルセアの観察日記ならわたしもやってみたいなあ、って思うけれど」


 当然の抗議に同意を求めたらネアスが大ボケだった。わたしが言いたいのはそーいうことじゃなーい。


 「ただ、主観の時間軸と客観の時間軸を踏まえた手法は悪くないと思います。コルセアさん以外の被験者を用意出来れば、このやり方でも揺動効果の時間軸作用の証明は可能でしょう。どうします?もう少し頑張ってみますか?」


 それは、答えはあるけどネタバレして欲しいか、みたいな口振りだった。そんなことを言われて反骨心に満ちたアイナハッフェ班の面子が「お願いします」とか言うわけが……。


 「いえ、先生。研究は続けますがもう少しご助言を頂けますか?」


 あれ……お嬢さまがあっさり折れていた。どうしたんだろ。




 「あまり時間をかけられないんですもの。仕方ありませんわ」


 活動を終えて、人気の少ない食堂でさっきのやりとりについてそう尋ねると、お嬢さまは肩をすくめながらそう言った。


 「わたしも少し驚きました。アイナ様のことですし、全て自分たちで成し遂げたい、と仰ると思ったんですけど」

 「同感。何か焦ってるのか?」

 「まあ、焦っていると言えば焦ってはいますわね。殿下のお立場のことを思うと、早く結果を出した方がいいと思いますもの」


 マグカップを両手で固く握り、お嬢さまは少しばかり苛立った様子を見せていた。

 殿下は今のところ、帝位継承について名乗りを上げ、言うなれば第一皇子、第二皇子との皇太子レースに参加している形になる。

 お嬢さまの立ち位置としてその状況にどう対処するか、って話ではあるけれど、今のところ婚約関係をどうのこうのというよりは単純に殿下の選択の後押しをしたい、ってだけのことだ。

 そしてこの研究は、殿下の名前で提唱されたもの。それをお嬢さまたちが成し遂げれば、帝位を目指すにせよレースから降りるにせよ、殿下の力にはなる。そういうことだ。


 「学校の勉強なんだし、あんまりそういう思惑に絡めるのは感心しないけどな。でもまあ、そういう腹なら文句は言わないさ。俺だって殿下には世話になった身だもんな」

 「うん、そうだね。……アイナ様。アイナ様の判断ならわたしもついていきます。だから、頑張りましょう?」


 ネアスの発言にバナードは少し複雑な顔。ていうかあんた最近隣のクラスの女の子といい感じだったんじゃなかったっけ?



   ・・・・・



 「ではまた明日」

 「はい、アイナ様。名残が惜しいです」

 「またそんな……わたくしを困らせないでちょうだいな」


 ふふっ、と華も陰もある笑顔で、馬車を降りたネアスは家に向かっていった。何度も振り返っていたのがいじらしいというか若干痛ましい。


 「……ふう。いいですわ。やってください」

 「はい、お嬢様」


 にこやかにそれを見送っていたお嬢さまだったけど、思案顔に戻って御者のおじさんに指示を出すと、お嬢さまは客車の席に腰掛け、そして深いため息をついていた。

 問題の二つめ、について想いを致しているんだろう。


 『……お嬢さま、何か名案浮かびました?』

 「……考えれば考えるほど、我が身が浅ましいというかろくでもない真似をしようとしている、と思い知らされますわね」


 そりゃそーだろう。身分があって人格的にも申し分ない殿方との婚約を破棄する方法、なんてものを考えてるんだから。増して、なんでそんなことをするのかというと、同性の恋人と添い遂げるため、とくるんだから、そりゃあね。

 ガタガタ、ぴしぴし。

 そこそこ年季の入ってる馬車は、道のでこぼこを拾ってその度に軋んだり揺れたりする。お陰で大声を出したりしない限りは、客車の中の会話をおじさんに聞かれたりはしない。


 「あなたには何か考えがないのかしら。少なくともあなたの人生にも関わりのある話なのだし」

 『そう言われましてもねー』


 なまじっか順調にいってしまったものだから、お嬢さまは押しも押されぬブリガーナ伯爵家令嬢。一周目や二周目で失敗したみたいに、破滅になんか陥りようがな……破滅?


 「コルセア?」


 ……なーんか久々に聞いたよね、破滅って単語。いや久々でもないんだっけ。意識したのが久しぶりなのか。

 そういやわたしは、お嬢さまが破滅しないように頑張ったのだった。その甲斐あって、こうなった。お陰で身動きとれなくなってるんだけど。人生ってやつはままならないねぇ。


 「コルセア」


 でも待って。破滅があかんのは、家名を失い、身分を落とされ、場合によっては命まで取られるからだ。

 命を取られないのであれば……けっこーなんとかなるんじゃない?

 うん、破滅はあざなえる縄の如し。いや冗談じゃない、そんな交互にやってこられてたまるかってーの。


 「コルセアっ!」


 うん、考えようによってはお嬢さまの命を守ることなんて容易い。わたしがいるから。いや待て待て。わたしがいたってお嬢さまの命を守れなかったじゃない。まあわたしがわけもわからず諦めてたせいもあるけど。

 そうなのよねー、今のわたしって攻撃に打って出ればそこそこやれるけど、衛兵に取り囲まれて槍でめった刺しにされたら防げるとは限らないし、帝国も滅びちゃう。どーしよ。


 『うーん……って、おふぉおはふぁ?』

 「いい加減話を聞きなさいな。何をしているのあなたは」


 なんかまた、口の両端を引っ張られてた。例によって、うみょーん、って。うみょーん、って。なんだか最近伸びる長さが増えてる気がする。しょっちゅう伸ばされてるからかしら。すぐに放してくれたけど。


 「……あなたがそうして考えこんだ後には時折とんでもないことを言い出すのですから、程々にしなさいな」

 『そんな騒動の前振りみたいに言われましても。ただ、お嬢さまのお悩みの解決に役立つといーなー、って。ごろごろ』


 ほめて?ほめて?と、あざとくお嬢さまのひざ上にダイブ。そして、かいぐりされてもいないのにゴロゴロ喉を鳴らす。完璧な甘えっ子。

 こんな時、お嬢さまも「仕方ないですわね」と苦笑しながら愛情たっぷりの視線で見下ろし……あれ?


 『お嬢さま』

 「な、何かしら。急に真面目な顔になって」

 『いえ、もしかしてと思ったんですが……太りました?なんか太ももの感触がとてもふわふわに……』

 「出て行けこの駄トカゲっ!」


 ぽーい。


 有無を言わさず馬車の外に放り出された。しまった、言うタイミング間違えた。ネアスの前で言えば良かったのにっ(そういう問題でもない)。

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