第127話・誓いは尊し
「おやすみなさい、アイナ様」
「ええ、おやすみ。ネアス」
どうしてこうなったのかはよく覚えてないけれど、合宿最終日の夜はお嬢さまの部屋で三人で寝ることになった。
明日はネアスはここから登校。バナードはもう下宿に帰ってる。
結局実験後の講評は、自分たちでまとめたものを明日バスカール先生にみていただく、ってことになった。
そこから論を深めて論文にしていくのか、実験を更に繰り返して検証を推し進めるのか。そこんとこも含めての相談になる。
「…………ふう」
「…………う、ん……」
で、いー加減疲れたし明日は学校ってことで早々に川の字になって寝ることにしたのだけれど、なんか互いに思い合ってる二人が同じベッドにいて妙な雰囲気にならないわけがない。間にわたしがいるのに、なんかもう「そういうもの」って思われてるみたいだし。
……まさかとは思うけど、いずれわたしも交えてさんぴい、とかって展開になるのかしら。流石にそれは勘弁願いたい。わたしトカゲだから、絵面がヒドすぎる。
「………ネアス、まだ起きているかしら」
などと、とんでもなくバカなこと考えてるわたしとは違い、お嬢さまには真面目な考え事があって、寝付けないようだった。ネアスの名前を固い声で呼ぶと、間に挟まったわたしの頭越しに、ネアスの方を見つめていた。今気付いたけれど、わたし百合に挟まる極悪人じゃないのかしら。愛好者からすると許しがたい存在だって聞くけど。
「はい、アイナ様」
そのネアスは、名前を呼ばれると、身動ぎして身体ごとお嬢さまに向き、わたしのお腹の上の布団に手を乗せていた。
お嬢さま、それを見て同じようにネアスに体を向け、やっぱり同じようにわたしのお腹の上のネアスの手に、自分の手を重ねていた。
なんか、悪いなー、とは思うけれど、わたしやっぱりこの二人に大事にされているような気がするよ。とてもホッとする。
「……これから、どうしようかしら」
「これから……と言いますと……」
「わたしはあなたと……その、添い遂げたく思うわ。けれどいろいろなことがあって、簡単にそれを選ばせてはもらえない。きっと。でも、あなたのことを諦めたくもないの」
「そのお気持ちだけでわたしは充分です、アイナ様」
「ネアス…?」
お嬢さまの、息を呑む気配。
覚悟は決めたつもりだったけれど、一方でネアスの方は、もうこれでいいと思ってしまっている。
すれ違いの悲劇を密かに怖れたわたしと、お嬢さまだったけれど。
「……って、少し前までは、思っていました」
ネアスは、幸せと辛さを同時に味わっているような表情で、ほうっ、と熱い吐息と共にそう吐露した。
「わたし、アイナ様がお幸せになればそれで満足で、身を引いても良かったんです。本当にそう思っていました。思いこもうとしていました。……でも、やっぱりだめでした。わたし自身がアイナ様と一緒に、ずっといたい、って思うことを止められないんです。もしかしたら一度諦めてしまって、そしてやっぱり納得いかなかったのかもしれません。コルセアが」
と、わたしのお腹の上の手を返し、重ねられていたお嬢さまの手を握る。
「……わたしとアイナ様にもたらしてくれたものは、そのやり直しをする機会だったんです。だから、わたしはそうしてくれたコルセアのためにも、アイナ様を諦めたくはないんです。気持ちが通じて、それでもう充分だとは考えたくないんです」
……わたしは、思い違いをしていたのかもしれない。
パレットがわたしにやり直しをさせたんじゃなくて、パレットがわたしに呑ませた「思い出の卵」は、三周目で貫くことを諦めてしまったネアスに、ネアス自身が言うようなやり直しをするチャンスになった。
もちろん、三周目の出来事を持ち込んだりしなければそう思うことにならなかったかもしれないけれど、その三周目に、もうネアスはお嬢さまへの思慕を抱いていたんだから。
お嬢さまが破滅してしまわないように。そう思ってわたしは頑張った。お嬢さまは、わがままではあっても暖かくて思いやりがあって、わたしにも友人にも優しい女性に育った。
ネアスはそんなお嬢さまに惹かれた。必ず、とは言えないけれど、わたしと共に育ったお嬢さまは、ネアスが惹かれるに相応しい女の子なんだろう。
だからきっと、わたしがお嬢さまとある限り、ネアスはお嬢さまに惹かれる。頑張ってその想いを貫き通したネアスに、お嬢さまも惹かれる。
わたしがこうして在る限り、それは必然。「ラインファメルの乙女たち」のストーリーとは関係無く、こうなるんだろう。
パレットぉ、あんたがあれこれやるまでもなく、この世界にアレな妄想を抱いたアホたちの思惑とか関係なく、お嬢さまとネアスはどうしても、惹かれ合うんだよ。
それでいいじゃん。わけのわかんない転生の仕方をしてしまったわたしがここにいても、いいじゃん。ね?
「ネアス」
ネアスの熱い告白を受けて、お嬢さまはしばし考えこんでいた。
その間、二人の視線は絡み合ったまま。そして黙っていても通じるんじゃないかと思えるくらいの切ない交錯の末に、お嬢さまは口を開いていた。
「はい、アイナ様」
「……わたくしが生まれて、まだ幼い頃にコルセアはわたくしの元に来た。その時からわたくしの暮らしは一変したの。世界がきらきらと輝きを持ち始めたと言っていいわ。そしてもちろん、その中にあなたもいた。あなたはわたくしの目標であり、それだからこそ時に疎ましくも思えたのだけれど、不思議とそう思い続けることはなかった。あなたから告白されて、わたくしがどうなったと思う?」
「……分かりません。いえ、想像もつきません」
「そうね。きっと、そうでしょうね。今のわたくしにだって言葉にするのは難しいもの。でも」
繋がれたままの手を一度離す。ネアスはほんの少し、寂しそうになったけれど、すぐにお嬢さまは指を絡める繋ぎ方に直し、いたずらっぽく笑った。
「こうして、あなたとコルセアと、一緒にいることの意味は変わったと思うわ。伯爵家の令嬢として生きていくはずだったわたくしの、意味が」
「はい……」
「だから、その責任はとってもらいますわよ。ネアス、一緒に考えていきましょう?わたくしとあなたと、コルセアと。一緒に生きていくためにどうすればいいのかを」
「はい……アイナ様。わたしも考えます。一緒に、お二人と一緒に考えていきます」
「ネアス……」
「アイナ様……」
わたしの頭の先で、二人が接近していく。
顔を寄せ合い、きっと目を瞑ったまま触れ合ったんだろう。
「ん……」
「…………」
水の音がする、ちょっとはしたないキスだった。でも不思議と恥ずかしくはならない。なんだかとても、尊い行為のように思えた。
ただそれも長く続いたわけではなく、二人の顔が離れた気配に続いて、厳かな声がした。
「誓います。アイナ様。わたしは、あなたとコルセアと共に在ります。この命が果てるまで、ずっと」
「わたくしもよ、ネアス。わたくしの生涯をあなたとコルセアに捧げます。だから、あなたの一生を、わたくしたちにちょうだい」
「はい」
躊躇いも戸惑いもない宣言だった。
ただね…。
『……あのー、お二人とも?盛り上がってるトコもーしわけないんですけど、わたしの意志とかそーゆーもん完璧に無視してません?』
「あら、イヤなのかしら?」
「コルセアぁ、わたしとアイナ様を焚きつけておいてそれはないと思うの」
『そうは言いませんけどねっ、わたしまだなーんにも意見表明してないのに、二人の生涯に巻き込まないでほしーんですが。ええまあ、イヤじゃないです。イヤじゃないですけど、なんかこう、もっと……ひう?』
慌てて身を固くした。
全く、完全に、ケチのつけようがないくらい同時に、わたしの顔の両サイドに二人の少女の唇が触れたのだから。
つまり挟まれるよーにして、わたしにも接吻がされたわけで。
「……これでいいかしら?言っておきますが、わたくしの口づけは高くつきますわよ?暗素界の紅竜の人生を購えるくらいに」
「ふふ、アイナ様ほどじゃないかもしれないけれど、わたしだって結構覚悟は決めたんだからね?女の子の口づけは、それくらい価値があるんだから」
『………うー、うー……』
なんだろう。このもやっとして、それでいてとても熱いモノは。
自分の内にあるものなのに、なんだか自分ではどうしようもないモノは。
なんかどうしようもなくなってしばし両手足をバタバタさせると、わたしは二人の間の位置のまま、布団に潜り込んでしまう。顔を見られたくなかったし、二人の顔を見てもいられなかった。
「ふふっ、アイナ様。コルセア照れちゃいました」
「そうね。こんなコルセアも悪いものではないわね」
うるさいやい。わたしをこんな気持ちにした二人に言われたくないやい。
隠れてやっぱりバタバタして、二人に迷惑がられてやろーと思ったけれど、布団の上から二つの手でぽんぽんと優しくたたかれているうちに、わたしはとても安らかな気持ちになり、そしていつの間にか、穏やかな眠りについてしまっていたのだった。