第126話・真面目な学生たちの論議(わたしはこっち)
引き続き合宿中。
今度はわたしも大人しく、お嬢さまの言うことを聞いている。
『どすか?』
「コルセアの主観と時間軸の間のズレを説明するのに、揺動効果の時間作用以外に説明がつかない、という証明が出来れば、というところまでですわね」
「三日間の合宿の成果としては悪くないよな」
「そうだね。コルセア、おつかれさま」
実験そのものは、お嬢さまが最初に考えた通りに推移した、らしい。
時間を指定してわたしが起こす事象が、わたしに指定された時間と「わたしに知らせなかった時間」との間にズレを生みながら生じる、という現象をどう解釈するのか、って段階に話はなっている。
ただもう、お嬢さまが何を考えているのかいい加減分かんなくなってきたので、わたしは言われたことにはいはい言いながらその通りにやるだけ。それで役に立っているっていうんならいいけど。
「おいで、コルセア」
『うんっ』
結果を眺めながらぶつくさ言ってるお嬢さまに、バナードが口を挟んでる。
ネアスはそれを余所に実験で使った触媒やらを片付けてたけれど、それも一段落したのか疲れてぼけーっとしてたわたしを手招きしていた。ひざの上へのお誘い、ってことでわたしには否も応もない。羽をぱたぱたさせながら寄っていってネアスのももの上に落ち着いた。
「明日からまた学校だね。わたし、楽しかったなあ……」
『良かったね。がっつり研究も出来たし』
「う、うん……それはそうだけどそれだけじゃなくてね……」
『ああなるほど。お嬢さまとたっぷりのーみつな時間を過ごせたと。そゆことね』
花が恥じらうよーに目を伏せた。いや花も恥じらう、っていうのは意味違うけれど、ネアスが照れてそんな仕草を見せるところはほんとーに、かわいい。うちのお嬢さまを想って、ってところは若干納得いかないけど。
『……でも別にこの研究って、わたしじゃなくてもいいんじゃない?今度もバナードが事象を起こせばいいのに』
「コルセア以外に、未来に事象を置くなんて真似できる人いないもの。でも、未来に何かを起こす、ってどういう感覚なの?」
『んー……難しいことでもなんでもないんだけどね。暗素界の方によろしくねっ!って投げるだけだし。あとはまあ、あっち任せ』
「それでなんとかなるんだ……」
呆れた、というより感心した風にネアスが言う。
でも、実はなんとかならないこともある。向こうもわたしの言うこと聞いてくれないっていうか、基本的には対となる存在だけれど、全くの同一ってわけでもないしなあ。
「あ、でもそれって、逆に暗素界のコルセアの方からお願いとかされることって、あるの?暗素界でも今のわたしたちみたいな研究してたりとか」
『それはね、あまり意識することはないよ。そもそもネアスだって暗素界のネアスから知らないうちに働きかけられてるんだから。でも何も気がつかないでしょ?』
「そうだね。でも、そう考えるとなんだか不思議な気もするね」
後ろから回されてた手の指先が、わたしの喉をかいぐる。まだお嬢さまほどではないけれど、ネアスも腕を上げてだいぶ肩を並べるようにはなっているのだ。
「じゃあコルセアは?やっぱり暗素界のコルセアから何かお願いされても気がつかないの?」
『そこんとこはわたしと人間じゃあ少し違うところなんだよね。暗素界と現界に対なる存在は、両方に同時に生まれ落ちる。でも中にはそうじゃない存在もある。暗素界に生じて、後に現界に生じる存在もあれば、現界に生じてから暗素界に対なる存在が生まれる者もある。そこんとこはまあ、気がついたり気がつかなかったりだけど。ただ、現界で竜と呼ばれる存在は、間違い無く暗素界に生じて後に現界に存在が現れたものだよ。わたしもその一つなわけだし』
「でもこうしてわたしやアイナ様の親友になれる竜は、コルセアだけだよね」
『そゆこと。ぐりぐり』
喉を鳴らしながら顔をネアスの胸元に押しつける。押し返す圧はお嬢さまほどじゃないけれど。
「……なんだか失礼なことを考えてない?」
『考えたない。もとい、考えてない。で、わたしが暗素界から何か言われてるのか、っていうと……覚えは無いなあ。なんでだろ?』
わたしが竜として肉体を得てからの体験を全部ひっくり返しても、暗素界の方から何か直接言われた覚えは無い。人間とかと一緒で、無意識に反応を返してはいると思うけど。
ただまあ、会話的なものとまでは行かずとも、好きとかイヤとか、感情・感覚的なもののやりとりはあるから、あっちがこっちをガン無視してるってわけでもないんだろうけど。
何なんだろうね、暗素界って。「ラインファメルの乙女たち」の設定資料集、やっぱり買えばよかったなあ。
「こら、そこでコルセアを独占している不埒者。いい加減話に加わりなさいな」
考えこんでいたら、お嬢さまがネアスを呼ぶ声で我に返った。ていうかネアスを不埒者呼ばわりとか、お嬢さまのツンデレっぷりにも磨きかかってる。
「ふふ、そうですね。コルセア、ごめんね?」
『いいよー。わたしはちょっと散歩してくるから』
「そうはいきませんわよ。被験者としてあなたも話に加わる義務があります」
「仲間はずれにしたくない、って素直に言えないのがアイナハッフェのおもしれーとこだよな」
「なんですってえっ?!」
うんうん。バナードも最近ツンデレの妙味ってものを理解して喜ばしい限りよね。
そしてこんな感じで、実りの多かった合宿の最終夜は更けていったのだった。