第125話・悪党たちの談義(わたしはちがうからねっ!)
「なんだよ、湯あたりか?」
『ま、そんなとこ』
二人より先に浴場を出たわたしは、ふらふら飛んでいるところをバナードに見つかって心配されていた。まあ、いちゃいちゃしてる二人にあてられてのぼせたのだから、湯あたりと言えないこともなくて。
ちなみにわたしの出た後であの二人がどーしたか、とかは考えてはいけない。いやまあ、そんなおかしなことにはなっちゃいないだろうけど。
「しっかし、アホみたいに広い浴場だったな。金持ちってのは何考えてんだかよく分かんねえわ」
『んー、機会があったら温泉に行ってみるといいわよ。ここほど広くないかもだけど』
「話には聞いてる。まあ学生の身分で出入り出来る場所じゃねーけどな」
『あら、随分と殊勝なことね。感心、感心』
舐めんな、とだけ言い残して、バナードはあてがわれた客間に向かっていった。
温泉、ってのはもちろんこの世界にもあるけれど、帝都からは遠く離れてる上に基本的には景勝地っていうか別荘地みたいなもんで、よほどのお金持ちじゃないとそう出入り出来る場所でもない。
いくら実家はそれなりに裕福でも、甘やかされたところのないバナードが行ったことがない、っていうのは不思議な話じゃないのだ。
『さて、夜も更けたことだし。わたしは、と……』
潜り込むならお嬢さまの部屋だろーか、それともネアスに抱っこされながら寝た方がいいだろーか、としょうもないことを考えてた時だった。
「コルセア」
『ほえ?』
背中からわたしを呼ぶ声が。一体だれよ、このゴルゴコルセアの後ろに立つ痴れ者はっ!……なんてバカなことは言わずに振り返ると、じーさまがいた。なんだか疲れた顔で。
『じーさま、どしたので?これから死ぬみたいな顔になってますけど』
「ひ孫の顔見るまで死ねるかよ、アホゥ。で、そのひ孫の顔が延び延びになるかもしれねぇ件だ。ちょいとツラ貸せや」
あー。
お嬢さまと殿下の婚約の件か。お嬢さまが気後れするようなこと言ってたから、何か考えでもあるのかしら。
だったら逆らう理由もないわよね、とじーさまの後に続くと、向かった先は伯爵さまの執務室だった。わぁお、なんか面倒な話になりそうな予感。
「とにかく、ブリガーナ家としての方針をすり合わせておこうと思ってね」
『基本的にわたしはお嬢さまのやりたいようにさせてあげたいですけど』
「それは儂も婿殿も変わらんよ。ただ、問題は具体的にどうするか、って話さな」
ネアスと共に暮らしていきたい、ってゆーお嬢さまの願いは、もうこの場では共通理解事項になっている、って前提のようだ。
伯爵さまの執務室、そこにはわたしと部屋の主と、じーさまの三人。お嬢さまはいない。
『何か動きでもあったんですか?』
「いや、特にそれといったものは。表面上はね」
『てことは水面下で何かあったと』
どっちかってーと悪巧みする面子だよなあ、コレ。
わたしはそう開き直ると、執務室のソファに着地。隣にじーさま。向かいに伯爵さま、という並びで落ち着く。飲み物でも、と思ったけどそこまで図々しくもなれないわたし…って笑うなっ。
「察しがいいのは美点だがよ、教えておったまげるツラってのもたまには拝みたいもんじゃねえか、コルセアよ。特におめえのはなあ」
『じーさま、わたしが心底おどれぇた顔なんか見たら、じーさまの寿命が尽きますよ?何せわたし、竜なので』
「まだ義父殿には教えを乞いたいことが山ほどあるから、それは勘弁してもらえるかな、コルセア」
「ああ、話が進みゃあしねえ。まあ儂の機嫌が悪くなるような話、ってことでちっとは覚悟決めてくれや」
『へーい。てか、じーさまがそこまで言うのはよっぽどですね』
まあな、と苦り切ったじーさまの口から聞かされたのは、まあなんてゆーかこのまま飛び立って理力兵団の本部を廃墟にしてやろーか、と思うような話だったりする。
まず、接収されたお嬢さまたちの研究だけど、部分的に内容を吟味したところ、理力兵団だけにそのヤバさを理解してしまう者がいたらしく、学校の方にまで箝口令が敷かれたらしい。ムカつく。
その上で内容の独占に走り、殿下の身辺にも監視が付けられているそうな。これは帝位継承権についてのこととは別に、研究に関わったことについて、とのこと。ムカつく。
そんで、殿下だけでなくネアスやバナードも監視対象に入る……ってところで、じーさまがそれは阻止した。ていうか、高等学校として協力するから、その二人への監視は請け負う、って態にしたんだと。ムカつく。
お嬢さまについては、ブリガーナ家はとっくに殿下の後ろ盾になっているというっていう背景があって露骨に手出しをする様子は無いものの、こちらに知られないように手は伸ばされているだろう、というワルの見方をじーさまはしてる。ムカつく。
そして帝位継承権の話だ。
『ティクロン侯爵家の話に先があった、っちゅーことですか?』
「おうよ。おめえの進言に従って調べを進めておいて良かったわ。もう少しツッコんでみたらとんでもねえ話が出てきやがった」
「メルベータ、ってところで気がついておくべきだったんだけれどね。我ながら迂闊だったよ」
メルベータはティクロン侯爵家が密かに収集を進めていたとされる触媒の産地だ。国としては帝国と比べるべくもない規模だけれど、軍事上重要な物資を産出するってことで、他国からの侵略に怯えつつも産物の輸出で外交的に上手いこと綱渡りをしている。
「それも近年怪しくなってきている。もちろん話には聞いているけれど、当代の王が欲張りに過ぎてね。自国の生存と民の安寧に心を砕いていればいいものを、どうも自国の物産を武器に周辺にちょっかいをかけているようなんだよ」
「あそこは大国の思惑が入り交じっているからよ。もちろんウチも他人事じゃねえが、今のところ帝国の方にゃあヤケドしそうな真似をするつもりは無かった。今までは」
『……てことは、帝国の風向きも変わってきてる、と?』
「それも、理力兵団が出しゃばってな。帝位と帝権に色気を出しているのもそれが理由ってえわけさ」
なるほど。戦争になりそうな雰囲気がある、と。
どーだったかなー、と三周目のことを思い起こす。
帝国が滅んだ理由ってのは、簡単に言えば国力が落ちて対外的にも勢威が衰えたからだ。そこにつけこまれて攻め滅ぼされたのだから、わたしが帝都で暮らしていた頃に理力兵団が何かしてた、ってワケじゃない。
……何か違うのかなー。その時と今回では。
風が吹けば桶屋が儲かる、って言い回しもある。今回わたしがやったことで、理力兵団が何かよからぬ思惑を持つことに繋がるっていうとー……。
『……伯爵さま、じーさま』
「なんだい?」
「おう、どうした」
もしかしたら少し青くなってたかもしれない顔で、二人を見比べる。これ言っちゃっていいのかなあ。わたしの立場とか危うくなったらどうしよ。いやわたしだけならなんとでもなるけど、お嬢さまやネアスに無関係ってわけじゃないからなあ。
『えーとですね。一つの可能性として考えて欲しいんですけど。もし、バッフェル殿下が理力兵団の本命だったとしたら、どうします?』
「それは逆に考えて、ってことかい?話としては……ちょっと荒唐無稽に過ぎる気がするけれど」
『いや、殿下にはとんでもない後ろ盾がいるじゃないですか。それを背景にして、他国を圧倒出来るほどの』
「おいおいコルセアよ。舐められるのは面白くねえが、過剰に持ち上げられるのも愉快じゃねえ。うちは国家間の争いにまで直接影響及ぼせるほどの力は無ぇぞ?」
『そこんとこは色々と見解がありそーですけど、そっちじゃなくて。わたしです、わたし。お嬢さまが殿下に輿入れすれば、ほとんど必然的にわたしも殿下と同体だと見做されるのではないでしょうかね』
「……ええとつまり、バッフェル殿下を担ぎ上げて戦争に突入してしまえば、否が応でも暗素界の紅竜は帝国に力を貸さざるを得ないだろう、と見られている、と?」
『まあそーいうことです』
思えば、わたしかなりとんでもねー力持ってることは理力兵団に認識されちゃってるんだよなあ……去年の校外実習で、帝都がまるごとおったまげる程の火力見せちゃったから。
その後、兵団に引っ張っていかれるところだったし、わたしを引き入れるよーな意図もあったし。
それが無理だと判断されて、帝権に干渉することが目的じゃなくて、帝権を把握して何をするのかが分かれば、ま、そーいう見方も出来るってことなのだ。
「……要するにおめえのせい、ってことかい」
そう説明したら、じーさまに渋い顔で睨まれた。
『言うてもあん時は仕方なかったんですよぅ。お嬢さまが遭難して一刻も早く助けないといけなかったんですしぃ』
「親としてはそう言われてしまうと何も言えないね。コルセア、それは気にしなくていいよ。ただ、それでティクロン侯爵家の件もある程度理由は分かった。恐らく、メルベータに介入するかさせるか、どちらにしても帝国と対立させるための口実なんだろう」
「てことだな。取引っちゅうてもよ、ブツの動きは無ぇ決済も手形のみ、となるといくらでも弄りようはあるやな」
「まったくです。義父殿、この話潰してしまいますか?」
伯爵さまは、家族の前では絶対に見せないような獰猛な笑みを浮かべながら言った。おーこわ。
「ネタだけ仕込んでおきゃあいいさ。いつでも手を打てるようにな」
「いいでしょう。それじゃコルセア、話はこんなところだ。今日はもう休んでいいよ」
『ふわぁい』
なんかもう、悪党の毒気にあてられて、またもやふらふらになりながら退出するわたし。
実際、ワルの片鱗どころか伯爵さまの本性を垣間見た気がして、もしかして一周目二周目でお嬢さまを救わなかったのも、何か意図があってのことだったんじゃないか、って悪い方に見直すくらいの会話だった気がする。
『にしてもなー。そういう動きがあるというのは想像出来たけど……』
わたしとしては、お嬢さまとネアスの幸せにこの状況をどう利用すればいいのか、考えないといけないのよね。