第124話・二人と一匹のなんやかんや
そして悪に目覚めたわたしはお嬢さまのもとへ帰った。がおー、悪いドラゴンだぞー。
「コルセア!あなた合宿の最中にどこをほっつき歩いていたんですのっ?!」
『あいた』
…なんか今日はよくぶたれる日だなあ。殿下と寸分違わない場所にゲンコツ落とされて、少し落ち込むわたし。なんでこんなに気が合うのこの二人。
合宿といっても場所はブリガーナ伯爵家のお屋敷だ。
そこにネアスが家から気界散知の触媒を持ち込んだりはしてるけど、基本的にはお屋敷の奥の空き部屋を利用して、朝から晩まで有意義な活動(お嬢さま談)をすることになっていた。
そこでイヤになったわたしが逃げ出したことで一切何も進んでなかったのかと思いきや。
「いや、いねーならいねーで、観測方法の詰めとかいろいろやってたし。まあそのうち戻ってくるだろ、って三人して言ってたから別に遊んでたりはしてないぞ?」
おや?
「うん。気界散知の触媒もね、わたしが持ってきたものだけじゃなくてアイナ様も用立ててくれたから、その使い方を勉強してたの」
なんと?
「……コルセア。わたくしたちが示すもので殿下のお立場も強化されるというのであれば、励まない理由は無いでしょう。いろいろと併せて考えないといけないことはありますが、あなたにも期待しているのだから、ちゃんとなさいな」
『……はぁい』
なんていうか、みんな結構やる気満々だった。逃げ出して殿下に泣きついたことを、プチ反省。しゅん。
「では始めましょうか。もう夜なのであまり遅くまでは出来ませんが。ネアス、バナード。よろしくて?」
「任せとけ!」
「はい、アイナ様」
「コルセアも」
『お任せください、お嬢さま』
うやうやしく頭を垂れたら、わざとらしい真似をするのではありません、と小突かれたけど、お嬢さまはにっこり笑っていたから罪の無いイタズラを微笑ましく思う、ってな具合だったんだろう。
何にせよ、殿下の存在を失って意気消沈していたアイナハッフェ班は活発な活動に邁進することとなった、のだった。
・・・・・
「……泊めて頂くのは初めてですけれど、こんなに広い浴場があるとは思いませんでした」
かぽ~ん、なんて音の一つもしようかって雰囲気の中、肩から下が湯船に浸かった格好のネアスは、とても感慨深く呟いていた。
「そうだったかしら?なんだか何度もこんなことをしたような気もするのだけれど……」
その隣に同じような格好でいるお嬢さまは、頭の上にタオルでまとめた長い髪を、少し鬱陶しそうに撫でつけながら首を傾げる。
この世界のお風呂は、日本と同じよーな造りになってる。まあギャルゲーじゃなくて乙女ゲーだから、お風呂のサービスシーンなんか「ラインファメルの乙女たち」には無かったけれど、設定上はあったよーな気もする。ちなみにわたしはこのお風呂で、この体での泳ぎを覚えた。覚えざるを得なかった。だって足届かないんだもん。
「……そうですね。わたしもよく考えればそんな不思議な感じはします。でも……」
「……何かしら?」
広い浴槽のこととて、二人から少し離れた場所で平泳ぎしてるわたしをほっといて、なんだか湿度の高い空気を醸し出してる二人。まあ、ほっておく。風呂場だから湿度高いのは当たり前だしぃ。
「どっちでもいいです。わたしはわたしの選んだこととして、アイナ様をお慕い申し上げています。それはいけないことでしょうか…?」
「そうね…少し前だったら、わたくしも躊躇はしていたかもしれない。でも、ネアス。あなたの存在はわたくしを高めてくれる。殿下のことは変わらず尊敬しているけれど、それとは別の理由で、わたくしはあなたを愛しく思えてならない。そうね……褒められたことではないと思うけれど……」
「はい。わたし、アイナ様を誰にも渡したくありません。殿下にだって、です。そして、わたしをアイナ様のものにして欲しいです」
「ふふ、随分と困ったことを言うものね。こんな場所で、誰もいないのだから、もう少し思うままに振る舞ってもいいと思う……のだけれど……」
「アイナ様……」
「ネアス……」
ぶくぶくぶく……。
潜行開始。目標。なんかこう、いー感じに盛って…盛り上がってる少女二人。紅竜の目は水中でも変わらず視界を確保出来るのだ。すげーだろ。
見ると、水面下の二人の体はつつつ、と距離を縮め、手なんか繋いじゃってる。こちらから見て右にネアス。左にお嬢さま。お嬢さまの右手とネアスの左手がコンバイン。必然的に二人の肩はひっついて、多分水面上で二つのお顔が急接近。躊躇いも感じさせつつ、お嬢さまのぼでーはたゆんたゆんを揺らしながら、ネアスに寄っていく。ふーん、でっけぇおっぱいって水に浮かぶんだ。知らなかったなー。ふーん。
……って。
『がばぁっ!』
「きゃあっ?!」
「ひっ!……って、何をしているのコルセア!」
たまらずわたしは、二人の目の前に浮かび上がった。いやもう、なんかガマンならない。なんなの、もう。
『何をしているのかも何もないでしょーがお嬢さま。そりゃこっちのセリフです。わたしがいるのを忘れてなにネアスといちゃいちゃしてんですかっ。わたしの目の黒いうちは不埒な真似は許しませんよっ!紅竜だから目は紅いけどっ!』
湯船に水を滴らせ、腕を組んで浮かびながら悪い子たちを睥睨する。んっとにもー、ほっといたら何やってたんだろう。まったく。お嬢さまはまったく。あとネアスもまったくっ!
これはもう、わたしが目を光らせておかないと、どこまで行ってしまうのか分かんない。ていうかいつの間にそーゆー仲になったんですかあなた達っっっ!
「……何か問題でもあったのかしら?」
『いや、おーありでしょうが。えとですね、別に仲良くなるのはいーんですけど、その、体の……ごにょごにょっていうかもーちょい慎みってモンをもってください、二人ともっ!』
「あなたの口からそんな常識的な発言が出るということに吃驚なのだけど」
『ええ、わたしもびっくりですよっ!確かにネアスの好意から目を逸らさない、とは言ってましたけどねっ、風呂場で迫られてあっさり陥落してどーすんですか!』
「えっ?アイナ様、そんなこと仰ってくださったんですか…?」
「ま、まあ……言ったような覚えがあるような無いような……」
いやついさっきなんかめっさイチャこいてたでしょーが。今更過ぎますて。
『ていうかネアスも分かっててお嬢さまに迫ってたんじゃ?』
「え?あー、うん、まあ……ちょっと、そのね?紅潮したアイナ様の横顔を見ていたら、なんだかがまんできなくなっちゃって……あはは」
「ネアス……ふふ、わたくしを見てそんな風に思ってくれるのは嬉しいですわ」
「……アイナ様……」
「……ネアス…」
『はい、すとっぷ。まあさっき言ったように仲が良いのは悪いこっちゃないですけど、せめてわたしのいないところでヤってください』
目の毒だったらありゃしない。どうせわたしゃ人間やってた時でも経験無かったですよ、こんな場面。ちくしょー。
いじけて浴場を出て行くわたし。
あーもーやってらんねー。今更殿下のところに駆け込むわけにもいかねーし、バナードはなんか趣味じゃねーし。……ブロンくんの胸に飛び込んでショタコンでも開花させてしまおうかしら?
「ちょい待ちなさいな」
『ぐげっ…ばぶっ?!』
腕を伸ばしたお嬢さま、わたしの尻尾を掴んでそのまま落下。タイルに鼻をしたたかに打ちつけたわたし。いたい。
「どこへ行こうというのかしら、このいじけ虫は」
『……誰がいじけ虫ですかっ。ええい、どこだっていーじゃないですか。ええ、ええ。わたしのいないところでいくらでもいちゃいちゃしてりゃいーんです、お嬢さまもネアスも』
「それどこからどう見てもいじけてるようにしか見えないんだけど……おいで、コルセア」
『え?あの、……ネアス?』
浴槽から一度上がったネアスは、わたしを抱え上げるとまた湯船に戻り、抱いたままで肩まで湯に浸かる。
ちょうど後ろから抱きすくめられた格好のまま、わたしはネアスのいい香りに包まれる。あふん、なんか天国ぅ……じゃなくて。
「……コルセア。別にあなたを無視していたわけではありませんわよ。ちゃんとあなたがいると分かった上で、わたくしもネアスもその……話していたのですから」
「うん、そうだよ。わたしもアイナ様も、コルセアのことを無視なんかするわけないじゃない。わたしたちは一緒にいるんだから。ね?」
『いや、ね?とか可愛くいわれてもー……わたし、お邪魔じゃないの?』
今度は本当にいじけ虫みたいなことを言ってしまう。
そしたら、ざばー、と勢いよく音をたてて隣に入ってきたお嬢さまが、ネアスに抱かれたままのわたしの頭を抱き寄せるようにして、ばかね、と耳元で囁いていた。
「そんなの、今更でしょう?あなたは生まれてすぐに、わたくしたちの元へやってきて、それからずっとずうっと……もしかしたら何十年も、一緒にいたのでしょう?だから、今更よ。そうよね、ネアス」
「……はい、アイナ様」
わたしは身を捩って、頭の上にある二人の顔を見上げたかったけれど。
きゅっ、って一際強く抱きすくめられてそれもかなわず。
そして、「ん」とか「うんっ…」とかうめくような二つの声が頭の上から聞こえてきたことに、ただでさえ紅いウロコ肌が余計に赤くなるのを、抑えきれなかったのだ。