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第123話・悪の目覚め(後編)

 【面白い冗談だ。悪くない話だが、お前ほどの力を持つ女を御すのも悪くない】


 違う。


 【美醜によると思うがな。見目麗しい女であれば興味を持たないでもないだろうな】


 そうでもない。

 わたしが待つ答えは、そういうことじゃない。


 「…………」


 想像の中ではなく、現実の殿下は、じっと見つめるわたしから目を逸らし、ひざの上で組んだ両手を見下ろしながら考えているようだった。

 わたしはただ、答えを待つ。

 どんな思考が殿下の頭の中で渦巻いているんだろうか。

 荒唐無稽な話で、例え話にしてもあり得なさ過ぎる。

 そんなことは分かってる。でも、わたしは殿下の心が知りたかった。わたしという存在にどんな心を寄せていたのか、それを知りたかった。


 「………その、なんだ」


 逡巡は長くない。答えはもしかしたら、既にそこにあったのだろうか。

 そう思わせる程の間を経て、殿下は顔を上げ、口を開いた。


 「俺は、お前のことは気に入っている。明け透けでバカなこともするが、一番大切にしていることを見誤らない。友人として素晴らしく得難い者だと思う」

 『………ありがとーございます』

 「まだ終わってないぞ。そうだな、女性として見るならば……くっくっく……」


 何か思い出し笑いをする殿下。てゆーか本人前にして笑わなくたっていいでしょーが。


 「済まん、お前とは随分と楽しい思い出が多くてな。女性として見れば……まあ、退屈はするまい。友人としての資質に満ち、それは恋人としての美点にもなるだろう。共に居て楽しい。それはとても大切なことだと思う。容姿のことは分からないが……少なくとも竜としてお前の育った姿を想像するに、さぞや美しい姿になることだろうから、俺なぞでは勿体ない身姿かもしれんな」


 そーでもないですよ。化粧に凝る余裕もありませんでしたし、そもそも不健康極まり無い生活してましたから、我ながらどこのゾンビだコレ、ってよく思ってましたもの。


 「……ああ、悪くない。想像でしかないが、お前の隣にいるのは悪くない想像だ。悪くないどころではないな。くくっ、これはとても楽しそうだ」


 何が楽しいのか、殿下は相好崩して愉快そうだった。笑われてるみたいな気にならないでもないけれど、わたしと一緒にいることで笑顔になれるこの人を、わたしは気に入っていたんだ、ね。

 そしてしばし楽しそうにしていた殿下は、それを収めると普段と変わらない思慮深い表情になって、それからとても、とても深く考えてから、わたしを正面に見据えて、話す。


 「……そうだな、お前はずっと、想ってくれていたのかもしれんな。一人の女性として、俺のことを」


 最後に、コルセア、とわたしの名前を呼んだ殿下の声には、ひどく懐かしそうな響きがあった。

 それは、いつのわたしを思ってのことだったんだろうか。わたしが覚えていない、四周目の幼少時のことなのか。高等部で散々おバカなことをやっていた時期のことなのか。

 ……それとも、殿下にも影響を与えてしまっている、三周目の時のことなのか。

 それを分かることは出来ないけれど、わたしの名前を呼んだ声と表情のまま、殿下は言葉を継ぐ。わたしにとっての、決断の言葉を。


 「……だが、済まない。俺は、アイナに、アイナハッフェ・フィン・ブリガーナに恋をしている。あの娘のことを、自分のものにしたいと思っている。そのためなら、どんな誰の思慕さえも要らない。そう思っている」


 もう一度、済まない、と言ってから殿下は深く、深く頭を垂れた。

 そんな姿を見て、わたしは思うのだ。ああ、わたしフラれちゃったんだな、って。

 うん、最初から分かっていたよ。こんな姿になって、それで帝国の皇子さまに恋なんかしたって、無理な話なんだって。

 三周目。お嬢さまと幸せそうにしている殿下を見て、わたしも嬉しかった。でもそれは、何かを諦めたから得られた喜びだったんだ。

 でもね、今度は違う。

 わたしはわたしのままで殿下と接し、殿下は本当に真剣に考えて、それでもわたしじゃなくてお嬢さまのことを愛している、と言った。

 だから、わたしはフラれたんだよ。もう、コテンパンの完璧に、ね。


 『…………わかりました』


 涙は出なかった。怒りも沸かなかった。何に怒るのか、って話ではあるけれど。

 ただね。それでもね。その代わりにね。


 『えーと、殿下。真剣に考えてくださって、ありがとーございます。ぺこり』

 「何だそれは。別に礼を言われるようなことでもあるまいに。それで、お前の納得する答えだったのか?今のは」

 『ええ、とても。それで殿下』

 「なんだ?」


 心は決まった。


 『ごめんなさい。わたし、どうしても、一番大事なものは譲れません』


 今にして思う。

 お嬢さまとネアスは、想って、想われて、そして添い遂げることは出来なかった。

 お嬢さまにはバッフェル殿下という許婚がいて、お嬢さまは迷っていた。迷いをもたらしたのは、ネアスだ。

 ネアスは恋うて、迫って、心は受け入れられたけれどその生を共にすることは出来なかった。

 お嬢さまは、生涯に渡ってそれを背負った。わたしにも、明かさなかった。夫にも、子供にも。

 それを察することの出来なかったわたしは、愚かだったに違いない。

 お嬢さまの苦衷を、ネアスの孤独を、わたしは何も理解出来なかった。

 もたらされたのはその報いだ。そして、今一度やり直す機会をも、与えられたのだ。あるいはそれも、報いの一つかもしれない。わたしは苦しむべきなのだ、っていう。


 「どういう意味だ?お前は何をするつもりなのだ?」

 『殿下を、苦しめることになります』

 「コルセア?」


 ありがとうございます、殿下。

 わたしは、あなたの想いに触れることが出来ただけで充分です。

 そして、ごめんなさい。

 バナードからネアスを奪ったように、わたしはあなたからお嬢さまを奪ってゆく、悪いドラゴンになります。

 フラれた腹いせみたいだなあ、って思って苦笑が浮かぶ。

 まあ、しょうがないよね。わたし、やっぱりドラゴンだもん。お嬢さまのために、ネアスのために、火を吹くことだけしかできない、ドラゴンなんだもん。


 やろう。今から。わたしは悪いドラゴンに、なります。

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