第121話・予定調和と想定外
『わたしが見たいのはあんたの顔じゃねーわよっ!』
「え、なに?久しぶりに顔を見に来た旧友にその扱いはひどいんじゃない…?」
誰が旧友だ、だーれーがー。わたしにとっちゃあこんな目に遭わせた諸悪の根源で、あんたにとっちゃあ使い勝手の悪い手駒でしかないだろーが。
でも本気で落ち込んだ顔をしていたので、パレット改め紐パン女神にいくらか憐憫の情が沸かないでも無い。
「逆!それ逆だからっ!」
『どっちでもいーわよ。で、あんた何しに来たの?こっちゃ自体がややこしさの混迷を極めてるってのにもー……』
ていうか紐パンは認めるのか。
ちなみに今日は、寒い最中でもないので最初に会った時のと同じような格好をしている。つまり紐パンを露出…。
「させねーわよ」
『どうせオチはいつも一緒なんだから、無駄な抵抗しなさんなって。で、何の用?』
コイツと話をするのはいつもどこかの屋根の上。ただいつもと違うのは、今日に限ればブリガーナ家の屋敷の屋根で、ってところか。こんな場面、伯爵家のひとに見られたらまた面倒なことになりそうなんだけど。
今日は二度目の合宿についてお嬢さまとネアスの間で話を詰めつつ帰ってきた。バナードの意志?そんなもんわたしも含めてガン無視されてた。一応は明日の活動の時間で話をするとは言ってたけど。
それで屋敷に戻ってきて夕食を済ませ、さてわたしはそろそろ暖かくなってきたから夜空の散歩にでも…と部屋の窓から出てきたら、こいつがいた、というわけなのだった。
「何の用?と言われても。ただ、最近どうしてるかな、って」
『帰れ』
「つれないわねー。愛しの殿下に会えなくて荒ぶるのは分かるけど、八つ当たりはよくないわよ?」
『そーいうのじゃないんだってば。……ああもう、あんたでいいから、っていうより事情を丸ごと知っても問題無いのあんたしかいないから、ちょっと聞いてちょうだい』
「帰らなくてもいいの?」
要らんことを覚えてるやつだな、もう。
「……まあ、あたしとしては順調に行ってるようで結構、結構、としか言いようがないわね」
一通り話を聞かせたパレットの反応といえば、「それの何が問題なの?」みたいなケロリとしたものだった。予定繰り上げて今すぐパンツ晒したろか。
『わたしにしてみりゃどこがどう順調なのか説明を求めたいところよ。あのさあ、お嬢さまとネアス、もうほっといてもいい気がするんだけど』
「もうすっかり火が点いちゃった感じよねー。いやあたしもここまで上手くいくとは思わなかったわー。で、何をお悩みで?」
んなもん決まり切ってるでしょーが、と隣に座るパレットを睨む。
『今はなんかさ、仲良く意気投合してそれが嬉しいだけみたいでいいんだけど……本当にこのままでいいのかな、って思うわけよ。だってさ、お嬢さまは殿下の許婚で、それがネアスと一緒にいることの枷になる、ってお嬢さまが気がついて、でもお嬢さまの思う通りにしちゃったら伯爵さまとか殿下とか、迷惑や心配かける相手が増えちゃうじゃない。わたし、そんなのやだなあ……』
「現界のしがらみに囚われない暗素界の紅竜にしちゃあ、しおらしいことよねー。あなたがそんなもの気にする必要無いんじゃない?」
なんちゅーこと言うかな、この紐パン女は。
『気にするに決まってんでしょ。殿下も伯爵家のみんなも、わたしには大切な友だちで家族なんだからっ』
「そりゃまた羨ましいことで」
『羨ましいって何なの。まああんた友だちいるよーには見えないけど』
「あたしとあなたが友だちでしょーがっ!いないのは家族の方よ、家族。まあ女神に家族とかいってもあり得ないって話だけどさ」
よく分かんないけど、まあいろいろと人間?関係に思うところはあるらしい。
そんな感じで揃って黙り込んでしまうと、眼下の夜景が目に入る。
この辺は貴族のお屋敷が居並ぶ辺りなので、夜になって騒がしいなんてことも無いけれど、それだけにこんな気分を抱えている時は気が滅入ること請け合いなのだ。
「はあ……」
『……はぁぁぁ……』
多分、全然違う理由でため息を並べるわたしとパレット。でも、だからといって全くシンパシーを覚え無いってわけでもなく、同じタイミングで隣を見たらしく、不意に目が合った。
「………あなたも苦労が絶えないわねー」
『あんたが苦労してるようには到底見えないけど悩みはありそうに見えなくも無いこともないかもねー』
「ややこしいわっ!」
わたしに苦労を押しつけたヤツに同情するつもりはない。同情されたいなら何か名案よこせ、ってんだ。
「と言ってもね。まああなたのやりたいようにするのが一番なんじゃないの、って思うわよ。あたしにとっては大体望んだ通りの結果になりつつあるし、あとは特に口出しするつもりもないもの」
『欲しいものが手に入ったから後のことは知ったこっちゃねー、って話をいい風に言い換えるんじゃねーってのよ。いいから名案出せ!出さないと囓るわよっ!』
「あなたの場合、ただ踏ん切りがついてないだけ、って気もするんだけどね……」
立ち上がって噛み付く態勢になったわたしを、パレットは冷静に半目で見やるだけだった。脅しが利かないとか面白みのねーやつ。
「別にさ、どうなってもいいってんならやりようはいくらでもあるでしょ。自分の中で結論は出てるんじゃない?」
『…………』
「あなたは自分で思ってるよりもずっと多くのことが出来るわよ。大切に思ってる第三皇子殿下だって、あなたが思ってるほど弱くもないんじゃない?それに……」
『なによ』
「お嬢さまを破滅させない、っていうあなたの願いは、もうとっくに叶えられているわ。あたしがあなたに持たせたものや、あなた自身が得たもののお陰でね。もちろん、お嬢さま本人の選んだ道も、ね」
『……分かったよーなこと言ってんじゃねーわよ』
あたしは女神なんだから分かってるに決まってるでしょ、と紐パンがトレードマークの自称女神は、その自称にそぐわない悪ぶった笑みを浮かべてた。ムカつく。
……にしてもね。わたしに出来ることは自分で思うよりも多い、とか言われても、そんなん分かんねーわよ。
わたしはあくまでもお嬢さまのペット。そこからはみ出すつもりなんか無い。
お嬢さまと、わたしにとっても親友のネアス。その二人の幸せを最優先にするなら、だけど、わたしにだって他に大事にしたいものはあるわよ。
わたしにとって。お嬢さまにとって。そして、ネアスにとって。
みんなが大切にしてるものを壊さないように、なるべくならみんなに幸せになって欲しい。
それが不遜な願いだというなら、わたしはこの世界に抗ってもいい……とまで言い切れるんだろうか。
『……あーもう、分かんない分かんないっ!』
頭を抱えてじたばたしてみても答えなんか出てくるわけがない。だったらせめてお約束を果たして憂さを晴らすか、と紐パン女神の方を見たら。
「じゃーねー!そろそろいつものが来そうだからあたしは失礼するわー!」
あんの紐パン女っ!気配を察してとっとと逃げ出しやがったっ!!手が届かないどころか飛んでってもすぐには追いつけなさそうな高さに昇って高笑いしてやがるっ!
『そうはさせるかーっ!』
わたし渾身の火を吐く…うげ、溜めの時間が全然足りないっ!
このままじゃ有言実行をモットーにする紅竜の名折れ……逃がすかあほーっ!
わたしは暗素界に力をよこせとオーダー。反応…珍しく即決。くくく、あっちのヤツもあの紐パンは気に食わないみたいねっ!
むくり、と湧き起こる力。現界の自前のではなく、一発でかいのが暗素界発気界経由でやってくる。それは、自分で火を熾した時のように溜めなんか要らない。口を開いて「発射!」と思えば即時に紐パンごと炭にしてしまえ……いやそれじゃ面白くねー。あのスカした紐パン女を慌てさせてやらないと気が済まない。よし。
『そうは問屋が……なんとやらーっ!!』
「へ?……ひいっ?!」
送られてきた力を火ではなく全身にみなぎらせる。なんか分かんないけど滾る。全身から力がはち切れる。音速を超えようかというスピードでダッシュ!瞬きする間より短い時間でパレットの目の前に……到着!
『あんたにゃいつもの目に遭ってもらわないと、わたしの気が済まないのよっ!』
「理不尽すぎるーっ?!」
やかましいわ、と豪炎一発。それが収まると狙い過たず目の前の女神はスカートが消し飛んでいつものように、紐パンをさらしていたのだった。
『よし!これで世界の秩序は守られたッ!!』
「どんな秩序よ!そんなもん認めた覚えはねーわ……って、あなたその格好……どしたの?」
『格好?……へ?あ、あれ?』
ポカンとした顔のパレットが指さす先には、わたし自身。思わず自分の全身を見回す。デカかった。なんだこれ。
『………成長…しちゃった…?なんで?』
「いやあたしに聞かれても。何をやったのよ」
首が長くなってる。手足も伸びている。振り返ると、羽というより翼と呼べそうなサイズのものが、視界を覆ってた。
つまるところ、三周目に、お嬢さまを看取った頃のような、紅竜として全盛期の力を発揮する姿になっていた。いや待て、そのうちいつかはこーなるとは思ってたけど、ちょっと早すぎない?それ以前にお嬢さまのペットドラゴンとしてはちょっと………あれ?
「……あ、戻った」
混乱の極みに陥ってるうちに、みょみょみょみょーん、てな具合に体が縮まり、そしていつものサイズに戻っていた。
「その隙を突いてエスケープ!」
『あ、コラ待て……ま、いっか』
どうせパンツはさらしてやったんだし。
一度止まって振り返ったパレットはこっちを見てあかんべーをしていたけれど、下半身丸出しでそんなことされても返せるのは生ぬるい笑みくらいのものだ。
ついでに「ばいばーい、またねー」と手を振ってやったらすんげぇ悔しそうにはして帰っていった。うん、わたし満足。
それにしても。
いきなり成長して目的果たしたらまたすぐ戻ってしまったこの体。
………これで一体どんな悪さが出来るんだろう、ってその時のわたしはただワクワクしていたものだったけれど。だって、ねえ?




