第120話・振り回されドラゴンのユーウツ
まさかあの内容で承認されるとは思いませんでしたわ、とゆー、身も蓋もないお嬢さまの感慨と共に始まった実験は、みごとにわたし無しで成り立つものじゃなかったのだった。
「……ねえ、コルセア。これなに?」
ネアスはわたしの肩に提げられたタスキをつまみながら、不思議そうにそう言った。
ていうか、タスキ自体は何度も作ってるし使ってもいるから何物かは分かっているだろうけど、分からないのはそこに書かれた文字のことなんだろう。
「実験動物」
何故なら、そこには日本語でそう書かれていたのだから。つーかわたしが書いた。こっちの文字で書こうと最初思ったけれど、「当てつけがましい真似をするものではありませんっ!」ってお嬢さまにドヤされるのが目に見えていたので、せめてもの抵抗としてお嬢さまが読めそうにない字で書いたのだ。当てつけてるのは事実だしぃ。
「見たこと無い字だな。どういう意味なんだ?」
「どうせわたくしに読まれると都合が悪いことが書かれてあるのでしょう。ほっときなさいな」
そうと分かってほっといてくれるお嬢さま……なんかさみしい。
まあそれはともかくとして。
『で、わたしは何をすればいいので?』
突貫で作った計画書だったけど、バスカール先生の口添えもあったのか、ビアール先生の承認も得られたので、今日から早速実験開始、なのだ。
そして前述の通り、今回はわたしが主役。タスキの裏に「あんたが大将」とでも書いとけばよかったかしら、などとくだらないことを考えながら、テーブルの上からお嬢さまに尋ねると。
「揺動効果の時間軸作用を確認するところから、ですわね。コルセア、指定した時刻に火を吹きなさいな」
という、なんともてきとーな指示が下されたのだった。ていうかお嬢さま。
『……あんのー、お嬢さま。それをやったとして、揺動効果によるものかどうかを、どー証明すりゃいいんですか。わたしが意図的に指定した時間に火を吹くだけで実験成功、とか言うんじゃないでしょうね』
揺動効果の時間軸作用の研究が難しいのはその点だったりする。実験者の恣意に左右されたかどうかの可能性の排除が、まず理論的に無理だからだ。
「その点は抜かりはないわ。コルセア、もし誤魔化したりしたら……明日から三日間食事抜きにします。よろしくて?」
『い、いえす・まむ』
わたしにとって最悪の人質をとられたよーなものだった。いや待て。そもそもわたしがウソついたとかお嬢さまに分かるわけねーじゃん。やっぱこの実験、意味なくね?
「ネアス」
「はい、アイナ様。コルセア、ここにかかれた時間にお願いね」
『う、うい』
お嬢さまからは見えないように、ネアスがわたしに時間の書かれた紙片を見せる。まあ分かった。机の上におかれた時計を見て、時刻を確認。よし。
『…………』
「………」
「………」
「……………」
静かなまま時が過ぎる。なんか呼吸の音さえも耳障りに思える静けさの中、ネアスの指示した刻限になった。そして。
『………』
「………えっと」
「………時間なのか?」
何も起こらなかった。
「ネアス、時間なの?」
「え、ええ。ですけど……コルセア、何かした?」
何かしたかっつーよりは、むしろね。
『んにゃ。むしろ何もしなかった』
「あなたねぇぇぇぇぇっ?!実験の邪魔をしてどうするんですのっ!」
見慣れた鬼の形相でわたしに食ってかかるお嬢さま。タスキが肩からずれ落ちていた。
『いやだって、ここで火が現れてもわたしが仕込みをしたかどーか分かんないじゃないですか。それなら何もしなかった、って結果が出ればそれはそれで理論の正しいことを証明…ぐえっ』
「ガタガタ言わずにもう一度やりなさいっ!いっそ食事抜きでなくてあなたを食卓に載せてあげましょうかっ?!」
全世界がドン引きするよーなことを言ってくれるお嬢さまだった。
・・・・・
「……うーん、もう少しまとまった時間をつくって実験を進めた方が良いんじゃないでしょうか?」
今日の活動内容を報告しに行った先で、バスカール先生は難しい顔になってそんなことを言った。
実際、どったんばったんやった割には一向に進展は見られず、結局時間軸作用の観測方法の検討ですら頓挫してる、って有様だったし。
ちなみに活動内容を逐一報告せよ、ってアレはいまだに継続中で、それに従ってこーしているのだけど、実際は前例の無い研究活動に助言をしてもらいに来てるだけ、って気がする。
『ところでセンセ、今回の研究についてどっかから圧力かかったりはしてませんか?』
「あなたまた頭痛の種を増やすようなことを言わないでもらえるかしら…」
『そうは言いましても、研究の内容はまた前回から比べても物騒になってんですから、理力兵団が…じゃない、どっかのオトナが首突っこんできたりしてもおかしかないのでは?』
わたしの指摘にお嬢さまは苦り切り、先生は「困ったな」って顔になっていた。まあ先生の個室だから他に聞き耳立ててる人もいないんだけど。
「…まあこれは独り言ですけれど、殿下が抜けた後の活動に興味は無いんでしょうね。実際、接収されたあなたたちの研究内容も、どこかで転用されたり詳しく調べられているなんて話も聞きませんし」
「それはそれで腹立たしい話ではありますわね。そんなに興味が無いのであれば、いっそ研究を再開しても構わないと思うのですけれど」
「流石にそれはね。建前とはいえ、学校からの指示であった以上、それを無視する生徒に何も言わないというわけにはいきませんし」
だろーね。裏の事情なんか知らない先生が大半だろうから、誰も得をしない目くじらを立てる人もいるだろーし。
「まあとにかく、二年次は課外研究に費やす時間も増やせます。去年は合宿を行ってかなり成果を上げたと聞きますから、考えてみてはどうでしょうか?なんでしたら僕が引率しても構いませんし」
『センセ、ただ学校離れて思う存分に研究したいだけなんじゃ?』
否定はしません、とそこはさらりと躱された。動転さえしてなけりゃ飄々としてる人だけど、いろいろしがらみとかもあるのかもね。ご面倒をおかけします。ぺこり。
「な、なんです?いきなり謝ったりして。まさか何かとんでもないことをしてたり……するんですか?」
なんてこと言うかな、この人。ただ単に日頃わたしたちのフォローしてくれてることに感謝してるだけだってのに。
「あ、あなた今度は何をしたというの…?」
そしてお嬢さまも本気で不安な顔になっていた。なんでやねん。
「……ですけれど、合宿というのは悪い話ではありませんわね」
『お嬢さまー、まだ揺星期どころか散月期も始まったトコじゃないですか。湖で泳いだりしたら風邪引きますよ?』
「どうして遊ぶことが前提になっているの……研究のための合宿に決まっているでしょうが。それにいくら許されるといっても、普段の授業を何日も休めるわけがありませんわ。直近の連休を使って近場でやる他無いでしょう?」
なるほど。そーいうことなら、まあ。
「アイナ様!」
「きゃっ?!」
……とかやってたら、物陰から飛び出してきたネアスが、お嬢さまの腕に取り付いていた。そりゃもう、大喜びで。なんかわたしお邪魔虫ぃ。
「ネアス……急に飛びついてきたりしないでちょうだいな」
「あ……ごめんなさい、アイナ様…。その、報告はどうでしたか?」
「あまり芳しくはなかったわね。仕方ないことだけれど」
芳しいもなにも、進展ゼロじゃ何をどうしたって芳しくなんかなるわけがない。
まあ今日もお嬢さまはネアスを馬車で送ってくだろーし、その時に合宿の話にはなるんだろう。
去年の合宿であったことを思うと二人がどーすんのかは分かんないけど、一緒にいられる時間が長くなるならきっと大喜びだろうて。
わたしはなんか盛り上がってる二人を置いて、さっさと停車場へ向かう。
あー、やってらんねー。あー、殿下の顔がみたいー。あー、愚痴聞いてもらいたいー。
そんなこと出来るわけないけど。




