第12話・こども先生(もう少し上)
「ま、まあ会話が出来るようになったのは良かったです、はい……」
なんで残念そーな顔になっているんだろう。
そういえば攻略対象として再登場した後も、この先生は人に何かを教える時にすんごい楽しそうになる、ってクセがあったっけ。
『はい。すべて先生のおかげです。じゃあお嬢さまとネアスちゃんが待っているので、わたし帰りますね』
椅子から浮かび上がり、立ち泳ぎみたいな格好のままペコリとお辞儀。
そのまま空中で回れ右してさよーならー。
「あっ、ちょ、ちょっと待ってください!」
とはいかなかった。まあ想像はしてたけどさ。ちぇ。
仕方なく再度回れ右をして、椅子の上に戻る。長居はしたくないので宙に浮いたまま済ませたかったけど、先生の様子からしてすぐに放してはくれなさそーだったので、再び鎮座。実は浮いてるだけでもまだ疲れるし。
『なんでしょうか?』
「そんなに急いで帰らなくてもいいじゃないですか。あなたにはいろいろと聞きたいことがあるんです」
『勤勉なのはいーですけど、相手の都合も考えないよーだと将来女の子にもてませんよ?』
「………」
なんでショックを受けるんだ。モテ願望でもあるのか。いやまあ、この年頃の男の子でそーゆーのが全く無いってのもおかしいけど。
「分かりました。長くはならないので、少しお話を聞かせてください」
『そーゆー前振りって大抵長話に繋がるんですよね』
「……そろそろ僕、泣いてもいいですか?」
十三歳の美少年の泣き顔なんて、おねーさんにはご褒美にしかならないので、いっそ本気で泣かしたろかと思ったけれど、流石に大人げないと思ったのでやめておく。
「その、話といいますのは、竜であるあなたに世界の深淵について…」
『そーいうのいいですから。じゃ』
「え、ちょ、なんでですっ?!」
だってめんどくさいんだもん。
そりゃ説明しろと脅迫されれば出来るけどさー、どうせ幼少期ルート終わって本編入った時に授業の場面で説明されるんだからさー、今は幼女にもふもふされるのをたっぷり堪能したいじゃないかー。
それに、どーせ死に設定にしかなってない話をここでしたって無駄でしょ、無駄。
メタるなとか言われてもそんなの知ったことかっ。
…わたしはほんとーに半泣きになってる先生に背中を向けると、演出的に背中の羽をはたはたさせながら教室を出て行った。
そのうちお願いしますからねぇぇぇぇぇ……って悲痛な声が聞こえてきてたけど、先生ルートに入らないとそんなに話に出てこないのよね、この辺りの設定って。
一説によると先生ルートだけ設定担当の人がシナリオ書いてた、って話だけど、まあ宜なるかな、って気はする。わたしは結構好きだったんだけどね。
さて、先生の個室を出てお嬢さまたちのところへ向かう。
そういえばわたしを先生に預けて先に帰る、って話だったんだけど、もう帰ったのかな。このまま一人で帰ってもいいか。いやそれとも、珍しくお嬢さまと離れたんだから、こう、思うままにフラフラするのも悪くないか。
そう思って、学校の屋根の上に出てみた。だって折角空を飛べるんだから、人間の身ではなかなか行けないところに行ってみたいじゃない。
…と、やってきた先に、先客がいた。
「はぁい。なかなか順調そうね」
『どちらさま?』
早速、会得した会話のやり方が役に立った。
とはいえ、こーいうものが必要かどうかは怪しい。何せその先客の「彼女」は、こお、妙に人間離れした雰囲気をまとっていたからだ。
なかなかに急な造りの屋根に腰を下ろし、こっちを見てニコニコしている姿は確かに妙齢の美女、というか少女と大人の間みたいな感じで、実年齢を想像しにくい。
わざとらしーくらいの長い銀髪に、背丈もどちらかとえば高そう。なんか無駄なくらい手足がしゅるっとしてて、立ち上がったらどれくらいなのかは分かりづらいけど。
そして、なんか見たことも無い機能性皆無そーな、やたらと派手なドレスっぽい格好の女は言った。
「三回目になった時にはどうなるかと思ったけれど、これならあなたを送り込んだ甲斐があったってものよね。あ、お座んなさいな。立ち話…飛び話?もなんだし」
わたしが誰なのか分かってる風な口振り。ていうか、送り込んだ?わたしを?どこに?……いや、どこにも何もない。つまり、死んでしまったわたしをこの世界に引きずり込んだのは…。
『お前の仕業かぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
「ちょまっ?!ウェイトウェイト!火を吹くの禁止っ!学校が丸ごと火事になっちゃう!」
多分、大きく開いたわたしの口の奥に炎が見えていたことだろう。怪しげな女はこっちが笑ってしまうくらいに無様に腰を引き、慌てて両手を前に突きだししきりと「ウェイト!ステイ!落ち着け!いやお願いだから落ち着いてっ?!」とか喚いてた。ウェイトだのステイだのとか言うところを見ると地球産なのか、こいつは。
まあ流石に、お嬢さまの登校初日から学校を灰にするのはわたしの本意でもないので、火を吹くのは止めてやって代わりに全身の鱗を逆立てる勢いで「フー!フー!」と威嚇する。そして女はビビってる。ふはは、世界最強のドラゴン(の幼生)をなめるなっつーの。
「い、いい?三つ数えたらちゃぁんとここに着地するのよ?いいわね?いーち、にー、さーん……ひいっ?!」
『なんでわたしがそんな話聞かないといけないのよっ!学校に着火させないであんただけ燃やすのなんか簡単なんだからね!それがイヤなら一から百まで説明しろ今すぐハリーハリーハリー!!』
「い、いや説明しよーにもそんな殺気走ってたんじゃ、神さままいっちんぐー…わぁっ、うそうそジョーク、ほんの女神ジョークじゃないのっ?!」
説明する気あんのかこいつは。てか、女神?この世界じゃ神さまとかゆーインチキくさいもの存在してなかったはずだけど。いや、生活の教義みたいなのはあるけど、拝んだり崇めたりする対象としての「神さま」なんてものは無い。じゃああんた誰よ。
ろくでもない展開になりつつある、という予感がわたしの頭をひどく苛みつつあった。ぜってぇ面倒なヤツだこれ。