第114話・フラグが立っちゃえばこんなもんよー
散月期に入ると同時に、みんなは進級した。
お嬢さま、ネアス、バナードは二年次に。殿下は三年次に……と言いたいところだけれど、実は殿下は進級してからはほとんど学校には来ていない。もっとも、卒業に必要な単位は留学先で取得済みだから、出席しなくても卒業出来るみたいだけど。
「ほんと、どうさなさったんだろうね。アイナ様、ご存じですか?」
「大きな声では言えないのだけれど……例の動きが慌ただしくて、学校どころではないそうですわ」
「例の?ってなんだ?」
『バナードにはかんけーないよ』
その言い草は無いんじゃね?…といじけるバナード。でもなー、実際話が話だけに迂闊に漏らせるものでもないんだよね。
ちなみにわたしたちは、この間まで勤しんでいた研究活動のための部屋に集まっている。
研究自体の継続は禁止されたけれど、徹底的に抵抗した結果、今やっていることを逐一報告することを条件に班の維持だけは勝ち取った。……もともと、研究内容の講評が芳しくない班は一旦解散して班を作り直す、って話だったのに、こんな適当なことでいいのかしら……ってこなことを考えていたら、部室の扉をノックする音。今日もお出ましのよーだ。
「……開いておりますわ。どうぞ」
「失礼しますよ……って、だから僕をそんな目で見ないでくださいよ、みなさん……」
入ってくるなり「また来やがった」的な空気に迎えられてバスカール先生が首を竦めてた。
そう、今日の活動内容の確認に毎日来るというか来させられているのが先生なのだ。もちろん、監視されてるみたいで気持ちの良いはずがなかろうアイナハッフェ班の面々には不興の限りだ。先生かわいそ。
「本日も進展はありませんでしたわ。以上」
それでも一応、愛想よく報告するだけお嬢さまはマシな方だ。ネアスはむっつりと押し黙ったまま先生を睨み、バナードに至っては目も合わせようとしないんだもん。
「……分かりました。計画書の提出期限もありますので、課題の選定を急いでくださいね?」
「そうは仰いますが、先生。兵団に余計な横槍を入れられない研究などなかなか思いつかないんですもの。何か当たり障りのない課題をご用意頂けませんか?」
「えええ……」
先生に八つ当たりしても仕方ないと思うんだけどなあ。こーゆーところ、お嬢さまもネアスもバナードも、しっかりしてるようで子供っぽいトコなんだよねえ。
「コルセアさん、なんとかなりませんか…?」
『トカゲに聞かないでください。わたし知りません。ぷいっ』
「あなたも大概ですねえ……」
だってトカゲだもん。
「……なんだかコルセアを見ていたら、自分がとんでもなく我が侭な振る舞いをしているような気がしてきましたわ」
『なんですかそれ。わたし反面教師ですか。失礼ですね』
この部屋はわたしに対する失礼でいっぱいだ。
そんな感じにふんぞり返ってたら、ネアスが呆れ顔でこちらを見上げていた。流石にネアスからそんな視線を向けられると、わたしとしても反省すべき点が生じるよーな心持ち。やや反省。しゅーん。
「コルセア見てるとなんかムカつくのは俺だけ?すげー上から目線なんだけど。物理的にも」
「あら、奇遇ですわね。わたくしも同感ですので、バナード、一つ奥義を伝授して差し上げますわ。コルセア、こちらにいらっしゃいな」
『そんなこと言われて近付くはずないでしょーが。あとバナードはその奥義を知ってるので実演する必要ありませぇん』
「ちっ」
お嬢さま、舌打ちとか下品ですよ。
とまあ、結局活動はグダグダで終わったところで。
先生もいじけた学生にくだを巻かれるのには腰が引けても、真っ当に頼られれば力になるつもりはあるみたいで、その場でいくつか提案はもらっていた。
でもお嬢さま的には琴線に触れるものではなかったよーで、お嬢さまが乗り気で無い以上ネアスも盛り上がらず、そもそも派手さとケレン味に欠けた活動に身を乗り出すよーなバナードでもないから、結局先生は肩を落として帰っていく、って結果だけはいつも通りだったわけだ。
「けどこれから何もしねーってわけにもいかないよなあ」
珍しく三人での下校風景。言うてもお嬢さまとネアスは馬車の停車場まで。バナードは歩いて下宿に帰るところだから、校外に出るまでだけど。
「そうは言いましてもね。殿下が戻ってこられるまでは勝手に決めるわけにもいかないでしょう?」
『あ、お嬢さまそーゆーつもりだったんですね。わたしはてっきり…』
「てっきり?」
口が滑った、と慌てても遅かった。肩の高さに浮かんでるわたしに、溶岩も凍るような冷ややかな目付きが向けられている。あわわ。
「てっきり、何かしら?このまま何もしないで怠惰な学生生活を満喫するつもりかと、かしら?それとも、都合のいい提案を持ってくるまで抵抗するつもりかと、かしら?どちらにしてもロクな学生ではありませんわね、そのトカゲは」
『わ、わたしじゃないですよ?ていうかわたし学生じゃないですしぃ』
「賢しらげに揚げ足を取るものではありません!あなたいい加減口は災いの元という言葉の意味を噛みしめた方がよろしいのではなくてっ?!」
『わたしにとっての災いはこの場合お嬢さま自身……いひゃいいひゃい!』
「あはは……まあまあ、アイナ様。コルセアも反省しているみたいですし」
「このよく伸びる口のどこが反省している態度だというの?」
別にわたしの口がよく伸びるのはわたしのせいじゃないやい。
例によって口の両端をびろーんと引っ張られてたわたしは、ネアスの取り成しで解放されたのでバナードの背中に隠れた。
「なんで俺の背中に回るんだよ」
『だって、あの光景見てネアスがわたしの味方してくれると思う?』
「……まあ、なあ」
バナードの苦笑顔とわたしの指先が向けられた先では、ネアスがお嬢さまの左腕に自分の手を絡めてる様子があった。
ネアスは完全に楽しそうであり、お嬢さまは困惑しつつも振り解いたりせずに受け入れている。
まあそれを見てどう思うかは、煽った側でもあるわたしと、事情を察しているバナードでは見解が完全に一致するのだ。
『今日だってお嬢さまの方からネアスに送っていこう、って言い出したんだから。同じ馬車の中で過ごすわたしがどんな気分でいるか、見当つく?』
「まあ、なんつうかお疲れさん……」
珍しく、わたしの頭を優しくぽんぽんしてくれるバナードだった。
そうなんだよねぇ……ネアスもなんか遠慮しなくなったっていうか、あんま人目を憚らずにお嬢さまにアピールしてるし、お嬢さまの方も悪い気はしてないのか、止めさせようとしないし。っていうか、帰りの馬車に誘うとか完全にその気になってるよね、これ。
いろいろ解決しないといけない問題もあるってのに、このままでいーのかなー、って心配してるのはわたしだけ、ってことかい。考え足らずの主を持つとペットは苦労するわー。
「…?アイナ様、どうなさいました?」
「気のせいかしら……自分を棚に上げたものすごく理不尽な罵倒をされた気がするのだけれど…」
お嬢さまは地獄耳でいらっしゃった。




