第113話・紅竜の決断(そしてお嬢さまなりの決意)
『お嬢さま。改まってお話しがあります』
「改まって何かしら……って自分で言ってどうするのよ。改まった話なのは分かったから、何なの?」
いかん。流石に緊張してヘンなつかみになった。
わたしは夕食も済んで自室にいたお嬢さまを訪れ、意外にリラックスしてたお嬢さまを前にして切り出す。
『この際単刀直入に言いますけれど、ネアスと結婚してください』
「あなた一度医者に診てもらった方がよろしいのではなくて?」
『まあこの話題じゃあそう言われても仕方無いとは思いますけどー、実際どうなんです?ネアスがお嬢さまのこと好きなのは分かってるんでしょ?』
「………」
椅子から立ち上がってわたしの背を向けると、窓のところまで行って外の景色に見入ってた。ていうか、耳が真っ赤なんですが、お嬢さま。
「うるさいですわねっ!そりゃあわたくしだってあの子のことは憎からず思ってますわよっ!でもね、それだけで突っ走れる状況でないことくらい分かるでしょうにっ!!」
『ていうか、わたしから見たらソレを理由にして何もしないでいるようにしか見えませんよ、もう。お嬢さま』
「なによ」
相変わらずこっちに背を向けたままのお嬢さまに向けて、ため息。ペットながら失礼な態度である。
『ネアスはもう腹括ってますって。お嬢さまのことがどうしても欲しい、って言ってました。散々ガマンさせちゃったんですから、お嬢さまもいー加減応えてあげればいーのに、って思うんです』
「………」
『ネアスがお嬢さまに、お嬢さまがネアスに抱いている気持ちって、もともとはわたしが持ち込んでしまったものかもしれません。ですけど、それはお嬢さまにもネアスに由来するものでもあるんです。別に責任逃れするつもりはありませんけど、ネアスがお嬢さまに向けているものから目を逸らし続けるのもー……その、不誠実と言いますかー、なんてゆーかー……』
「………………生まれを厭わしく思ったことも、無いわけではないわ」
『はい?』
ふう、とどこか艶めいた吐息と共に、お嬢さまは振り返り、もう一度椅子に腰掛けると「ここ、ここ」と机の上の広いところを人差し指でトントン叩いた。
その意を正しく解して、わたしは指し示された場所に着地。
『なんです?』
「…………こんな身でなければ、好意に背いてばかりもいられない、というのは分かっておりますわよ。でもね、コルセア。わたくしに好意を寄せてくださるのは殿下もなのよ?それを無下に出来るわけが無い、ということくらい、あなたでも分かるでしょうに」
『話になんねー』
「……なんですって?」
まあ、そりゃあさ。いくらお嬢さまがニブちんでも殿下が許婚ってだけでなく、それ以上の恋愛感情的なアレをお嬢さまに持ってるのくらいは分かるだろうけど、ヘタに分かっちゃってるもんだから、枷になってるんだよね。
三周目の、お嬢さまとネアスのことを思い出す。そーいうものだ、って気がついてから思い出せば、お嬢さまはやっぱりネアスに抱いていた好意の幾何かを諦めてしまっていたように思うんだ。
もちろん、殿下と結婚してからのお嬢さまが不幸だった、なんてことは無いんだろう。
それでも諦めて、失ったものは少なくなくて、そしてネアスはお嬢さまより多くそれを背負ってしまった。だから、ネアスは帝都を離れてからは一度もわたしたちに連絡を取らずに一人で死んでしまって、最後にわたしが思い知らされたんだ。お嬢さま、一人勝ち。いや、勝ったというか、何も知らずに済んだ、ってコトか。
『話になんねー、って言ったんです。お嬢さま、あなたは一人だけいい子になりたいだけなんです。わー、帝国の皇子と同年代では最優秀の学生の両方に恋されてモテモテですねー、って立場に安穏としてたぎゃぶっ?!』
「言っていいことと悪いことがありますわよこのトカゲッ!!……いたたた……」
『お、お……おおおおおお………』
きょ、今日のはすこぶる付きで痛かった……ただのゲンコツなのに、いつも以上に気合い入ってた上にお嬢さま自分の被害を顧みずに脳天に落としてくれたもんだから、四周目にして最高の一撃……。
「……くっ、相も変わらずの石頭……いい加減こちらの手がもちませんわよっ!!聞いているの?!このクソトカゲ!!」
『……聞いてますよ。ほら、図星刺されたからそんなに怒っちゃって。いーですか、お嬢さま』
「……何よ」
『わたしは、もう決めたんです。お嬢さまとネアスが幸せになればそれで良い、って。それにネアスには壊してしまったものがあります。バナードの告白を、あの子断っちゃったんです。お嬢さまのことが好きだから』
「……別にわたくしのせいじゃないでしょうに」
『いーえ、お嬢さまのせいです。お嬢さまのことが無ければ、結構お似合いだったと思いますよ、あの二人』
「………」
そりゃ乙女ゲーの主人公と攻略対象なんだ。お似合いに決まってる……とかいう内心を明かさずに、わたしはお嬢さまを追い詰める。
『だからお嬢さまもネアスが欲しいのであれば、諦めないといけないものはあるんです。殿下の気持ちとか、この家のこととか』
「そんなこと………いえちょっと待ちなさい、いつの間にわたくしがネアスの虜になってるみたいにな」
『お嬢さまは甘いです!』
「ふわっ?!………な、なによ?」
机の上で身を乗り出したわたしに圧されて、お嬢さまはのけぞっていた。うん、力任せの話逸らし成功。
『お嬢さま、全員が幸せになることなんかあり得ないんです。いえ、あるかもしれませんけど、多分わたしにも人間にもそう簡単に答えが出せるものじゃない。だから、自分が一番だと思うものをこそ、大切にしましょう。わたしはお嬢さまとネアスが一番大事なんです。そのお二人が仲睦まじく、末永く過ごすために、わたしは頑張ります。そう決めました。だからお嬢さまも……』
スッ、と練りに練ったタイミングで手を差し出す。
「………」
『……一緒に、頑張ってみませんか?大好きなネアスと、共に過ごすために。わたし、そのためにならどんなことだってやるって誓います。お嬢さまと、ネアスのために。大好きな二人のために。だから頑張ってみましょうよ。ね?』
「………コルセア…」
伸ばした前脚に、お嬢さまの手が重ねられる。指は白魚のよーで、嫋やかな様はわたしの宝物のようだ。具体的にはこの喉をかいぐる至高の指先なのである。
………つーかチョロい。お嬢さま、マジチョロ。ふはははは、なんか知らないけどみなぎってきたぁっ!いよっしゃー、なんかいろいろ大変だったけどこれで四周目の目的、達・成!!あの紐パン女神にもう文句言わせたりなんかするもんかっ!!
「………などと…」
『へ?』
………そして、油断が死を招いた。
わたしの前脚に重ねられたと思っていたお嬢さまの手は、グワシとわたしの雨脚をふんづかみ、そして。
『え?あのお嬢さま……ひぎぃっ!』
「いう口から出任せに乗せられるとお思いっ?この詐欺トカゲがッッッ!!」
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ?!』
力尽くでわたしを胸元に引きずり込み、喰らったばかりの大技を……トカゲのこめかみに食い込むウメボシを、お見舞いしてくれやがったのである。お嬢さまぁぁぁぁぁ、それ殿下の奥義だったんじゃなかったんですかっ?!
「残念でしたわね!殿下に伝授したのがこのわたくしですわよ!あなたの弱点など把握してないとでもお思いかしらッ!!」
ぬ、ぬかった……お嬢さま、マジパネェ……がくり。
「まあ、言いたいことは分かりましたわ……って、いつまで泣いているの」
だって、だって……お嬢さまが、お嬢さまがぁぁぁぁー……。
「もう、分かりましたわ。わたくしが悪かったですわよ、ごめんなさいね」
『……もういじめない?』
「いつわたくしがあなたを苛めたというの。全て身から出たなんとか……ああいえ、分かりました。いいからその鬱陶しい嘘泣きをお止めなさいな。まったく……」
嘘泣きと分かっていながら付き合ってくれるお嬢さま、大好きです。
その豊かな胸元に久しぶりに飛び込むと、抱きとめてくれたお嬢さまは後頭部から背中の翼の間にかけて指を往復させてくれた。きもちいー。
「……とにかく、ネアスとどうにかなるなどという話は別として、あの子がわたくしに向けてくれる好意から目を逸らしたりはしないようにしますわ。とりあえずは、それでいいですわね?」
『もう一声欲しいところですけど、まあわたしがそのために動くことを認めてくだされば』
「勝手になさい。それに、殿下のことや家のこと、考えないといけないことは山ほどあるのですから。あなた何か考えがあるんでしょうね?」
『いーえ、全然。なんせわたしただのトカゲあででででっ?!』
「この状況でそんな寝言を吐けるとは、芸人気質にも程があるわねえ……ふう」
『いたいやめてわれちゃうわたしのあたまわれちゃうぅぅぅぅっっっ!!』
……うう、一体誰よぉ、トカゲの頭にこめかみなんか作ったのはぁ……。
ウメボシのダメージで頭痛が一晩治まることはなかったけれど、それでも一歩……の半分の三分の一くらいは進んだよーな気はする。いや、それでいいのかって言われりゃ、いいわけないんだけど。




