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第107話・紅竜の決断(殿下、おかわいいですわよ、ってまたか)

 つまり、ね。

 わたしが一周目、二周目で経験した、悪役令嬢として断罪どころか処刑されてしまったお嬢さまの記憶は思い出の卵の一部に取り込まれていて、んで卵の影響はお嬢さまやネアスだけに留まらず、殿下やバナードにまで及んでいた、らしい。

 その他の人も同じなのかは分かんないけど、わたしたちに対する態度を考えるとそこまで影響範囲は広くない……と、思いたい。くっそ面倒な話になるし。


 『え、えーと……それで殿下は、その夢のためにお嬢さまにほだされた、ってことで?』

 「さあな……幼き頃からの体験なのだ。今となっては本心なのか夢で味わった悔恨に拠るのかなど分からんよ。ただ……」

 『う、うい』


 そこでわたしを見た殿下の表情といえば、自嘲的とも言えるし優しげとも言えるし、なんともいろんなものが混ざり合った複雑なものだった、と思う。


 「あいつを不幸にするような真似はしたくはないし、そのような目に遭わせる物事から守ってやりたい、とは思っている。それを世に恋などと呼ばれるものと同じであるかは、分からないがな」


 そんで、そんな顔でそんなコトを言われて、わたしは現状を弁えもせず思えてしまったことを、ただ口にするしか出来ないのだ。


 『………殿下』

 「なんだ」

 『それ、めっちゃ恋ですやん。殿下、お嬢さまにベタ惚れですやん』


 何故か関西弁。でも意味は通じたみたいで、殿下は俄に顔を真っ赤にして慌てふためくのだった。うわ、かわえー。


 「お、おま……お前な、物事をそう端的に述べるものではないだろうが……」

 『いや、そんなこと言われましても。今の殿下のお顔じゃあ十人中十五人はそう思いますって』

 「増えた五人はどこから来たのだ」

 『改めて思うんでしょうねー……『やっぱ恋だろ』って』

 「………くっ」


 耳まで真っ赤にして欄干に突っ伏した殿下は、これもお年齢相応の少年の姿でしかなく、ぶっちゃけ萌えた。あうあう、殿下、とっっっても愛らしいッス。

 でもそんな仕草もそう長く続くことはなくて、伏せたまま深く深呼吸をすると、もとの顔色に戻った面を上げるとわたしに指突き付け言った。


 「………そこまで虚仮にされて黙っているのも癪に障るが……まあいい。お前がどう思うかはともかく、俺としてやることは変わらない」

 『まあそこに口挟む気はないですけどね。ていうか、そもそも帝位を継ぐ決心したのって、何が理由なんです?』


 話の発端はそこなんだし。

 よく考えてみたら、俺は皇帝になる、とかってどえらい大問題だろうに、何を考えてそんな決心したんだか。


 「………笑わないか?」

 『………まあ今までの話の内容からしてなんとなく想像つきますけれど、どーぞ』

 「………見透かされるというのはあまり気分の良いものではないな」


 殿下、どっちかってーと見透かす側ですからね。お嬢さまへの恋でダメダメになっちゃった殿下ではそーゆーことにもなかなかなりますまいて。


 「ブリガーナ家への干渉を企む動きがある。こう言ったらなんだが、海千山千の先代と異なり、当代は随分となめられているらしいな」

 『へえ……そりゃまたうちの伯爵さまも侮られたもんですねー』

 「そうだな。そう甘い人ではないだろうが、何せ前伯爵があのようなお人だ。どう見る?」


 それは当代のボステガル・フィン・ブリガーナ伯のことなんだろう。

 うーん……二周目までは、お嬢さま破滅の折にも関わることも出来ず、お嬢さまを救えなかったことを思うと帝国の政治状況を泳ぎ切るよーな器量があるかどうかは、正直言って怪しい気がする。

 でも三周目の、ブロンくんに家を譲るまでの振る舞いとかその後ブロンくんの後ろ盾となってからの動きを思い出すと、じーさまほどではないにしても簡単にどーにか出来るよーな人じゃないと思うんだけど。


 『……お家では優しい旦那さま、お父さん、って感じですけどね。そういやじーさまに見込まれて婿入りしたんでしたっけ。その前はどんな人だったんです?わたし、伯爵家に来る前のこと知らないんで』

 「元は辺境のとある子爵家の次男坊だったそうだ。ただ、気骨あることで当地でも評判だったらしいが。更に、辺境を治めるに足る器量にも不足は無かったと聞いている。まあ前伯爵が見込んだのだから無能とは到底言えぬはずだが」

 『殿下から見ては?』

 「いずれ舅になろう方の評など口にするつもりはない。が、帝位にあっては敵に回すべきでは無い人物だと思う」


 ふむん。多分、殿下にしてみればかなり高評価なんだろう。

 で、ブリガーナ家をどーにか、って話だけど……正直言って敵の多い家だからなあ。別に今でなくてもそういう動きがあってもおかしくはないと思うんだけど。


 『それで殿下としては、ブリガーナ家とお嬢さまを守るために帝位を継ごうと?』

 「短絡的だとは思うがな。ただ、アイナの生きているうちにかの家が不幸にならぬようにするためには、それが一番手っ取り早い」


 しかし、いくらお嬢さまが大切だとはいってもそのために似合わない苦労を背負い込むこたー無いと思うんだけどなあ。わたしにしてみれば皇帝位なんて食べても美味しくないもん、タダでもいらねーってのに。


 『……まー話としては分かりました。ただ、どーも殿下の身辺見るとそれほど簡単に決めていいことでもなさそーな気がするんで』

 「随分と言ってくれるものだな」

 『それはそれとして。学校いきましょ?』

 「そういえばそれがお前の用事だったな」

 『殿下の用事はよろしーので?聞く耳持ちませんけど』

 「お前な……いや、まあいい。それよりアイナの話などしていたら、研究発表の方が重要に思えてきた」


 殊勝な心がけでわたしもうれしーです、と頷いたわたしは、もうこれ以上時間かけられやしねー、と殿下の後ろに回り、抱きかかえて浮かび上がる体制になる。


 「おい。まさかとは思うが先生のように抱えて飛んでいくつもりなのか?」

 『いちばんそれが早いでしょ?』

 「途中で振り落とされたりしたらかなわん。馬を出すからついてこい」


 なるほど。仮にも皇子さまを『あ。手が滑った』とかいって取り落としたらそれを口実にブリガーナ家がお取り潰しされなかねないわ。


 『りょーかい。急ぎましょ』


 なので、宙で直立不動になり、殿下に敬礼してみせた。


 「どこで覚えた、そんな真似」


 全然ウケなかったけど。残念。

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