第10話・第二の攻略対象、登場
「もの珍しそうにみるのはおやめなさい!」
お嬢さまのちょっとイライラした声が教室内にこだました。
っていうか、そりゃまー無理ってもんでしょ。何せ、ドラゴンの幼生とかいう無茶苦茶なお連れがいるの、うちのお嬢さまだけなんだし。
追い払っても追い払っても物見高い野次馬根性の極度に発達した貴族のお子様たちが寄ってたかってわたしに興味津々。
実のところ、貴族だけあって将来有望そうにお見受けするキレイどころが揃っていて、そんな彼氏彼女らに取り囲まれてわたしご満悦、と言いたいところなんだけど、手の届かない高さに舞い上がったわたしに手を伸ばすわ指さして喚くわ挙げ句の果てに何かぶつけて引きずり下ろそうとするガキ…もとい、お子様やらで、落ち着いていられやしない。
一つだけいいことがあるとしたら、こーいう場においてイジメの対象になりそーな庶民代表のネアスちゃんにちょっかいかける子がいなくて、スタートとしては悪い場面じゃないことくらいか。
何せ、悪役ルートだとお嬢さまが率先してネアスちゃんをいじめてたもんなあ。そーいう気配が今のところ露ほどにも感じられないのは、わたしの努力の賜物だと思いたい。
「こらっ!コルセアがいやがっているでしょう?!その手をはなしなさ……はなしてってばっ!」
…ととと、ぼやっとしてたら高度が落ちてきて尻尾が子どもの手に届きそうになっていた。わたしは慌ててまた高く(といっても日本の小学校の教室なんかと違って、天井はアホみたいに高い部屋だから天井まで、ってことはないけど)浮かび上がった。
残念そうな子どもの声。ごめんね、わたしに何かあるとこの国まるごと滅ぼすことになりかねないの。
「……何の騒ぎですかこれは。静かにしなさい!」
そして、きゃーきゃー賑やかな教室に響き渡る大人の声。いや、大人というには少々舌足らずで威厳に乏しい感じ。だってそりゃあそうだろう、教室に入ってきたのはまだ中学生くらいの少年なんだから。
「授業を始められないじゃないですか。何ごとですか」
既に教壇に立っていたその少年。攻略対象その二の、ビヨンド・バスカール先生。御年たしかー、十三歳だっけ?この時点で。
帝国きっての対気物理学の使い手で、天才と言ってもいいくらいの存在だ。それがなんで小学校の教師なのかというと……その辺、このゲームの設定で説得力の無い点なのよね…。確か貴族や官僚との力関係で閑職に回された、って感じだったと思うけど。
とはいえ乙女ゲーの攻略対象だけあって、八年後の本編開始時点で二十一歳の美青年の素養は既に充分にある、今でも紅顔の美少年だ。それは七歳の子どもでも分かるのか、女の子は歳の近い先生に見蕩れるよーに一斉にわたしから興味を引き上げた。よしよし。
「…ふう。コルセア、だいじょうぶ?」
「コルセアさん…たすけられなくてごめんなさい」
女の子が去って行くと男の子連中も興味を失ったのか、わたしの周りから消えていった。わたしは安心してお嬢さまとネアスちゃんの肩の高さにまで降りてくると、二人はそう気遣ってくれた。いい子だちだよー、ほんと。
わたしは「心配しないで」とでもいうつもりで大きく口を開いて「ぐぁ」とひと鳴き。それで通じたのか、いい子ね、と左右から頭を撫でられた。
「さ、席についてください。授業を始めます」
そしてバスカール少年、じゃないや先生の声で子どもたちは皆自分の席に戻り、静かになった。わたしはお嬢さまの席の隣に鎮座。そのまま伏せの体勢になって、大人しくする。
なんでわたしみたいなドラゴンが初等学校の教室に混ざったのかというと、これまたお嬢さまのわがまま…ではなく、学校側が紅竜の幼生というものに興味を持って、連れてきていいという許可が下りたからだ。ていうか連れて来い、って勢いですらあった。というゲーム上の設定。
…でなけりゃ帝国にとっても危険な存在となりかねないドラゴンなんか学校に連れてきていいなんて話になるわけがない。なんかその辺、豪胆というか大雑把というか、怖いもの知らずな国だなあ、って思う。
まあでなければ、大陸随一の大帝国、なんかじゃないわよね。
そして初めての授業は終わった。
午前中だけとはいえ登校初日からみっちり授業をするとか、日本の小学校からは想像もつかないけれど、貴族の子弟というのは集団生活を始める前からでもそれなりに教育は施されているのだ。
…でない一般庶民にはなかなか辛いものがあるのだろう。ネアスちゃんは授業が終わったことを告げるバスカール先生の声が終わると同時に机に突っ伏してへばっていた。
「ネアス、だいじょうぶ?」
「あ、はい、アイナさま……つかれました」
「ふふ、あなたはもっとべんきょうがすすめばみんなから尊敬の目をむけられるようになるわ。わたくしがほしょうします」
「そんな……アイナさまに付いていくだけでせいいっぱいです…」
まあこれは本当のことだしなあ。やがて対気物理学の授業が始まればとんでもないことになるんだけど、それはまだ数年先の話。
「それよりかえりはどうしましょう?お家の近くまで送っていきましょうか?」
「あ、はい……ごいっしょさせてください」
「わかったわ。コルセア、かえりましょう?」
うぎゃ、とかわいく……ない声で了解の意を示すと、それでもお嬢さまはにっこり笑ってわたしを抱き上げた。別に宙に浮きながら後をついてくくらいのことは出来るんだけど、今朝の騒ぎのこともあるのでお嬢さまの好きなようにさせる。幼女に抱っこされるなんてご褒美だし。うひ。
「ああ、ブリガーナさん、ちょっと待ってください」
「はい?……あら、先生。なにがごようでしょうか?」
そして下校しようとした時に、授業の終わったはずの先生に声をかけられた。
わたしを抱いたまま先生に向き合うお嬢さまとネアスちゃん。
でも先生の視線はその二人にではなく、お嬢さまの腕の中にいるわたしに向けられていた。
…幼女から目を離さない、ってのよりはマシだろーけど、なんとなくその目付きがわたしにとって、不穏な気がした。




