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あの世も理不尽なコトばかり  作者: 歩き目です
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08「恐怖の電話みたいなー」


俺、不条理 京は幽霊である。

生きていた時、人間には、何をするにも上手に出来る者、なかなか出来ない下手な者がいるモノであったが、

幽霊になって暫く経って、幽霊でもそういう得手不得手はあるのだなぁ、と痛感している。

そして俺は後者、下手な者である。


今日もあれこれと幽霊の仕事、『驚かす』や『忠告』をやってみているのだが、一向に成果が上がらない。

相変わらず、俺の声に気付いてくれる人はいない。

生きていた時でも、決して存在感のある方では無かったが、こうもスルーされると悲しいモノがある。


疲れて公園のベンチに座る俺と、それに付き合ってくれるすだま。


「どうも上手く行かないなぁ…。俺、才能無いのかなぁ…。」


「京さん、くじけないで下さい。何事も努力です。」


「それは分かっちゃいるんだけど、こんなに上手く行かないとは思わなかったよ…。

 何か、こう、もうちょっと簡単に出来るコツとか、裏ワザとか無いの?」


「―もう、現代の若者はすぐに楽な方向を考えますよね。いけませんよ。」


「う、申し訳無い…。」


「でも…そうですね、コツが判れば、というのは納得出来るご意見です。」


「だろ?」


「でしたら、その道のプロにお聞きしましょうか。」


「え? そんなプロ、いるの?」


「はい。行きましょう。ついて来て下さい。」




着いた場所は繁華街。若者がたむろする賑やかな街だ。

そこに制服姿で、金髪の日焼けしたJK…、女子高校生がいた。


すだまは、その子に声を掛ける。白い和服姿の少女と日焼けしたJK。傍から見れば妙な組み合わせだな…。


「こんにちは。」


「んー? あー、ガイドのすだまっちー。おひさー。―ん? そっちのはー? まさか彼氏ー? hu~hu~!」


「ち、違います!」


すだまは慌てて、両手を顔の前でブンブンと振る。


「えー? 違うのー? すだまっち、いつもフリーだったから、やっと彼氏出来たのかと思ったのにー。」


「うむむ…、目の前で全力否定されると、男としては傷付くなぁ…。で、この子は?」


「あ、す、すみません…。えーっとですね、この女の子は、とても有名なんですよ。

 京さんもきっと、お名前を聞いたコトあるハズです。」


「そんなに有名なの?」


「はい。この方は『メリーさん』です。」


「ちょっちー!! その名前で呼ぶなっつーの! MMー。」


「えぇっ!? 『メリーさん』って、あの、電話のメリーさん!?」


「―まぁ、そーゆーコトになってるー、みたいなー。」


「『みたいなー』って、ギャル語か。…何か、その言い方だと、不本意なカンジだな?」


「京さん、都市伝説ってご存知ですか?」


「あぁ。口裂け女とか、人面犬とか、花子さんとか。―そう言えば、メリーさんもそうだよな。」


「はい。そういったモノは、実はこういう浮遊霊や地縛霊の方々を誤認して、噂が広まったケースが多いのです。」


「誤認?」


俺がメリーさんを見ると、彼女は肩をすくめながら話し始めた。


「あーし、ダチとの待ち合わせ場所に着く前に、交通事故で死んじゃってー。

 で、ダチ待たせるのも悪りーじゃん? だからーピッチしたら、メッチャ驚かれて―、こっちがドン引きー、みたいなー。」


「ピッチ…あぁ、PHSか。流石、コギャル時代だな…。」


「『今ココー。そっち向かってた―。でも、もう、ちょっち行けそ―にねー。』って伝えただけなのにー。」


「君、良いヤツだな。でも、それで驚かれたのか?」


「死んでしまった後での思念波ですから、かなり雑音混じりでオドロオドロしく聞こえたんでしょうね。」


「そしたらー、何か『ヤッベ! 怖い電話かかって来る!』って切られてー。

 で、ナゼかあーしが死んだのが、その電話の呪いせいになって広まっちゃって―。MK5ー。」


「うわ、懐かしい! MK5! ―『マジでキレる5秒前』…だったか?」


「それで、この方のお名前が『芽里紗』さんでして。」


「キラキラネームか!! ―あぁ、それがノイズ混じりで『芽里紗』、『めりーさ』、『メリーさん』に聞こえたのか。

 ―そっか。…君も、色々とまぁ、災難だったな…。」


「別に―。今はコレでラッキーって思ってるし―、みたいなー。」


「え、良かったのか?」


「あーし、幽霊になって人驚かせって言われてもー、芝居なんて無理だし―、知らない奴と話すのも好きく無いしー。

 だからー、『驚かす』のも『忠告』も出来なくって―。ソレってマジヤバイっしょー?」


幽霊としての仕事が出来なければ、幽体を維持するためのエクトプラズムが支給されない。

それは確かにヤバイ。俺も他人事では無い。


「―それで、電話で『メリーさん』か?」


「電話なら顔合わせずにすむしー、名前とー、今いる場所言うだけで簡単だしー。」


「そう言えばそうだな。『メリーさん』て、基本それだけだもんな。

『電話切ったら殺される』とかは、後から面白がって付けられた尾ヒレだし。」


「そういうワケで、芽里紗さんは『メリーさん』として、働くコトを選ばれたワケです。」


「―確かに…。『メリーさん』発祥って、もっと前だって聞いてたけど、急速に流行り出したのって、コギャル時代だったモンな。

 そうか、君が…。うっわー、都市伝説のルーツ見ちゃったよ俺。スッゲー。」


「別にー。あーしは電話掛けてるだけだしー。勝手にみんなビビってるだけだしー。

 それで食いっぱぐれ無しって、チョー楽じゃね? みたいなー。」


「流石、コギャル。悩みとは無縁でサッパリしてやがる。」


「でー、あーしに用って何ー? この後、クラブでパラパラ踊りに行きたいんだけどー。」


「パラパラは、もう誰も踊ってねーぞ!」


「えー、マジでー!? 何それー。チョベリバー。じゃあー何が流行ってんのさー?」


「いや、そう言われると困るな。俺、男だし。そういうトコ行かなかったし。」


「うっわー。ダッセー。マジありえねー。チョー使えないんですけどー、みたいなー。」


「うむむ。罵られているんだけど、セリフが時代掛ってるからあんまし気にならない…。

 いや、その、さ。声の届け方のコツ…みたいなヤツを教えて欲しいんだよ。」


「声の届け方ー?」


「すだまから、君は生きている人に声を伝えるのが上手いって聞いてさ。俺、どうもそこんトコ下手で、困ってるんだ…。」


「メリーさんは生きている人に波長を合わせるのがお上手なので、

 こうして都市伝説になる程、多くの人達に電話が掛けられるんだと思うんです。

 その秘訣を是非、京さんにお教えいただければと。」


「だから、メリーって呼ぶなしー! …そんなコツとかー、気にしたコトないしー。」


「いつも、どうやって掛けてるのさ?」


「えー? テキトーに危なっかしそ―なヤツ見付けてー、そいつの番号覗いてー、

 後は夜中にそいつんトコ掛けてビビらせたら終わり―、みたいなー。」


「うん。さっぱりわからん。」


「これは私にも分かりませんね。」


「あんだよー。分かれよー。KYー。」


「KYって、これも懐かしいな。『空気読まない』だったっけ…。」


「あ、それかも知れません! KY!」


「え?」


「『空気を読む』能力です。恐らくメリーさんは、周囲の空気を読むのがお得意なのではないでしょうか?」


「だーかーらー、その名前でー…はぁ、もういいやー。」


「女子高生って、空気読むのが得意なのか…?」


「何言ってんの、当たり前じゃん。ナメんなよー。空気読めねーJKなんか、速攻周りからハブられて終わるし―。」


「…怖いな、女子高生。」


「きっと、その周りの雰囲気を的確に掴んで、即座に合わせる能力が、メリーさんには備わっているのだと思います。」


「うーん。空気を読む…かぁ。俺って、そういうのどーも苦手なんだよなぁ…。」


「あー、やっぱー? アンタ、そんなカンジに見えるし―。みたいなー。」


「やかましいわ!」


「あはははは! いいツッコミー! ちょーウケるー。アンタ、面白いじゃーん。」


「うーむ、この態度はどうなんだ? JKだと俺の方が年上なんだが…。

 あ、いや、死んだ時代を考えると、俺より年上、先輩になる…のか?」


「幽霊になった時点で年齢はほぼ固定されますからね。余り考えても仕方ありませんよ。」


「そーそー。気にしてっとハゲるしー。」


「幽霊はハゲねぇよ!! ―は、ハゲないよな? な?」


「はい。大丈夫ですよ。」


「あはははは。やっぱ、アンタ面白れー。ちょっち気に入ったかもー。みたいなー。」


「良かったですね、京さん。メリーさんとお友達になれそうですよ。」


「死んで、コギャルとダチになるとは思わなかった。みたいな…。」


かくして俺、不条理 京は、メリーさんに幽霊指南を受けるコトとなったのである。




繁華街を多くの人が行き交う。

俺達は、その大通りにある1本の街路樹に陣取る。人間観察には絶好のポイントだ。


「それではメリーさん。よろしくお願いします。」


「はいよー。」


本当に軽いな、コイツ。でも一応は、幽霊としての先輩だからな。シッカリ学ばせてもらおう。


「まずはー、こーして歩いてるパンピー見てー、ヤバそうなのを見付けるワケー。」


サラリーマン幽霊の更里さんが危険な運転をしている車を見付けるのと、そこは基本的に同じだな。

まずは観察して、警告する対象者を見付ける、か。


「車の危険運転は見たら判るのが多いけど、個人の場合は、どこをどう見たら良いんだろうな?」


「そんなのー、見てりゃ一発だっつーのー。ホラ、あそこ歩いてるアイツとかー。」


そう言って、メリーさんは3~4人の学生グループを指差す。

楽しそうに喋り合って、これからカラオケでも行こうかと相談している。

うーん、『見てりゃ一発』とか言われても、俺には結構と仲良いグループにしか見えないんだが…。


「別に、これといって問題は無さそうな一行ですよね…。」


すだまも首を傾げて、そのグループを見ている。


「はぁー? 見て分んねーのー? 2人ともマジGKYー。」


「『GKY(ごっつ空気よめない)』とか言われたよ、おい。」


「あのー、メリーさん、詳しく説明して下さいませんか?」


「はぁー、しゃーねーなー。」


メリーさんは、ちょっと面倒臭そうにしながらも、俺達に説明を始める。


「ぱっと見、アイツら仲良さそ―じゃん? でもアレって、一番後ろにいるヤツが、他の全員にイジメられてっからー。」


「えぇ!?」


「そうなんですか!?」


「さっきから色々話してっけどー、あの後ろのヤツ、他の連中に何言われても賛成してるだけだしー。」


―そう言われて、俺とすだまは、彼等の会話を注意深く聞いてみる。


●「カラオケ行こうぜ。」→「駅前に新しいの出来たろ。」→「おう、それで良いよな?」→「うん、良いよ。」


●「英語の先公ムカつかねぇ?」→「それより数学の方が100倍ムカつく。」→「それな。だろー?」→「そうだね。」


「あぁ! 本当だ!! 実質、前の3人で会話は終わってる!!」


「最後の人は、会話に参加出来ず、了解を求められているだけですね!!」


これは酷い。彼には意見も反論も許されないんだろう。常に肯定と同意だけで、言いなりにさせられている状況だ。


「それだけじゃ無いし―。連中のネクタイ見てみそー。」


「ネクタイ?」


ブレザーの制服か。

―前の3人はルーズに緩めていて第一ボタンも外しているが、後ろの子は校則通りにキッチリ締めているな。

うん? コレって、後ろの子がマジメ系で、それでイジメられてるって構図なのか…?


「違うしー。あのネクタイの締め方が、ユニフォームっつーか、アイツラ仲間の証拠ー。」


「仲間の証拠…ですか?」


「後ろのヤツはー、ネクタイ緩めたくても、緩めるのが許されてねーの。リアルで仲間って思われてねーの。」


「―そういうコトか…!! ネクタイの締め方で、カーストが決まってるのか!!」


「服装で差別をするのでは無く、差別をするために服装を変えさせてるワケですか…?そんなコトって…。」


俺の学生時代もイジメはあったし、俺も服装でからかわれたコトもあった。

―けど、今はこんなに陰湿になってたのか。


それにしても、メリーさんは、こんな些細なポイントに良く気付いたよなぁ。流石と言うか、何と言うか…。


「あ? ナメんなよ? JKのイジメ、もっとパネェし。あーしの通ってた高校、自殺3人出てるしー。」


「マジか!!」


「そうだったんですか!!」


「なぁ、ビックリだよな!」


「はい。」


「―ん?」


「―どうしました? 京さん?」


「ちょっと待て。何ですだまがそこで驚くんだ? 幽霊ガイドならメリーさんの高校で起きた死者数も知ってるだろ?」


「知りませんでした。多分、その高校は私の管轄地区外なんだと思います。メリーさんは、私の管轄地区で事故に遭われましたから。」


「え!? それって、つまり、すだまみたいな幽霊ガイドが他にも大勢いるってコト?」


「そうですよ。今の日本は1日に3000人前後の方がお亡くなりになっていますからね。大勢いないと回せません。」


「へー。1日にそんなに死んでんのー? 知らなかったー。3000人って、ちょっち死んだ多過ぎねー? みたいなー。」


「幽霊ガイドが100人いても、1人毎日30人を面倒見るワケか…。」


俺はすだまに付き添ってもらって、毎日特訓してもらってる。時々新入り幽霊の案内にも付き合うけど、

それでも俺と一緒にいる時間は長い。それでも幽霊ガイドの仕事はシッカリやってるみたいだから、

そういったコトを含めて考えると、幽霊ガイドは100人どころか、全国で数千人はいそうだな…。


「しかし、メリーさんのいた学校、3人も自殺してんのか。学校は何してんだ?」


「なーもしてねーし。センコーなんてどいつもこいつも見て見ぬフリ、みたいなー。」


「それは酷いです!!」


「あー、評価点を気にしてんのか…。」


「評価点? 京さん、何ですか、それ?」


「あーしも知らねー。教えろー。」


「うん…。学校のボス、文部省は、学校や教師の成績を付けてるんだが、それがプラス評価じゃ無くて、マイナス評価なんだ。」


「マイナス?」


「それがどーだってんのさー?」


「不始末をしでかすと評価が下がるっていうシステムさ。だから教師や学校は何もしないんだ。」


「どういうコトですか?」


「つまり、見て見ぬ振りすれば『問題など我が校にはありません!』と報告出来て、学校や教師の評価は下がらない、ってカラクリだ。」


「うっわー、そーゆーコトかよー!! きったねー!! マジムカツクー!!」


「……開いた口が塞がりません…。」


「本当だよな。改善や防止の努力をした分、プラス評価にすれば良いモノをなぁ…。こんなシステム、生徒が可哀想なだけだ。」


「それじゃあ、イジメられても、先生も学校も頼りにならないじゃないですか!!」


「すだまっちー、それなー。だから、あんなネクタイの締め方だけで、簡単にハブられる様になってんだしー。」


メリーさんは学生グループを指して、話を戻す。


「で、あのケツにいる男子なんかー、そーとーにメンタル、ネガってるワケー。このままだとヤッベー、みたいなー?」


「イジメられても、堪えてヘラヘラ笑ってるからなぁ。心に溜め込んだモノは大きいだろうな…。」


「あぁいった方が自殺しようと考えてしまう頃合いに、メリーさんが電話を入れて怖がらせるというワケですね。」


「そゆことー。『死んだら、もーっとヒドい目に遭うぜー! それでも良いー?』みたいなー。

見たとこ、アイツはこの2~3日がヤマってカンジだからー、チェキしとくー。」


「よろしくお願いしますね、メリーさん。」


「成る程なぁ。そういう観察眼で、闇を抱えた人を見付けるってワケか…。」




その後、俺はメリーさんに説明を受けながら、数人の『自殺しそうな危ない例』の人達を見た。

メリーさんの指摘を聞くと、成る程、そりゃヤバイと納得出来るんだけども、その指摘が無いと、さっぱり判らない。

ヒント無しだと、道行く人達、どいつもこいつも心の闇がヤバそうに見えるし、反対に、みんな何も悩みが無さそうにも見える。

つまりは、全然ワカラン。


「俺、人間観察力、無いのかなぁ…。」


生前、推理小説とか結構読み込んでいたし、それなりの洞察力や推理力は人並み位にはあると思ってたんだけどなぁ…。

やっぱ、読み物の中の人物と、実際の人間とは違うのかねぇ…。


そんなコトを考えてていた時―、


「うっわ、超ヤベーのいたよー、みたいなー!!」


今まで聞いたコトの無い、上ずったメリーさんの声。


「え!? どこどこ!?」


辺りを見渡すが、それらしいネガティブまっしぐらなヤツは見付からない。―俺じゃ気付かないだけかも知れないけど。


「アイツ、アイツー!! ほらほら、マジヤッベー!!」


メリーさんの指差した人物…。それは、広場でスケボーに乗ってる男子学生だ。ピアスとファッションタトゥー入れてるな。

―ちょっと待て。この広場、スケボー禁止だろ!?


そこからも、その学生はやりたい放題。

自販機を蹴り付け、横の空き缶入れを蹴り飛ばして中のゴミを散乱させ、当然の様にそのまま放置。

通路を塞ぎながら下手な歌を唄い、流行りのステップを踏む。周囲の人達は遠巻きに迂回する。

そうかと思えば、人が横を通るのも気にせずキャッチボール。昼間っからロケット花火を撃ちまくる。

挙句に、噴水に仲間を突き落とし、下品に笑い、自分も飛び込んで、幼稚園児の様に奇声を発しながら水を掛け合う。


うん。全てが『ひろばのおやくそく』に反する迷惑行為だ。

コイツ、『迷惑行為をフルコンプする会』の会長でもしてるのか? ってな位に、見事なまでの傍若無人。


「酷いですね!! 道徳がなっていませんよ!! 全く、親御さんはどういった教育をされているんでしょう!?」


「確かに『ヤベー』奴ではあるな…。」


昭和ひとケタ世代のすだまは、その学生のモラル欠如に、大層トサカに来た(死語)様で、ぷっつん寸前(死語)だ。

だが、こういった『ヤベー』奴は、程度の差こそあれ、今時では珍しくも無いんじゃなかろうか?

そう、疑問をメリーさんに言ったトコロ、


「違う違う。ヤッベーのは、アイツの行動じゃなくってー、アイツの心そのものだしー。」


「ん? 心がヤバイ?」


「悪いコトを平気で出来てしまう心、ですか?」


「あ~~~~~!!! 違うんだって~~~~!!!」


メリーさんは俺達に説明が上手く伝わっていないのか、イラついて頭を掻き毟る。


「なぁ、落ち着いて、分かりやすく説明してくれ。俺達も真剣に聞いてるからさ。」


「ふぅ…。わーったよー。―アイツ、笑ってはしゃぎまくって、メッチャ陽キャラっぽいじゃん?」


「あぁ。やってるコトは褒められないが、楽しんでるみたいだな。」


「ソコが違うんだってー。アイツ、実際は楽しんでなんかいねーから。つーか、ノンストップでビビリまくり、みたいなー。」


「え!? あれで怯えてるんですか!? 一体、何に!?」


「ンなコト、『周りに注目されなくなったら、どーしよー』ってのに、決まってんじゃん。」


「注目…!? じゃあ、アイツが暴れてるのは、周りに相手して欲しいからなのか?」


「そ。」


メリーさんの説明をそこまで聞いて、俺は一気に理解出来た。

多分、あの男子学生は、他に何か人より得意なコトとか、他人を気にせずに夢中になれるコトとかが無いのだろう。

だからバカやって、悪ぶって、周りを沸かせて、周りを巻き込んで、陽キャのフリをして、強引に仲間の輪に入っているのだ。

その裏には、『こうしないと、いつハブられて、イジメられる側になってしまうか分からない』という恐怖があるのだ。


だから悪ふざけは、どんどん加速する。以前より派手なコトをしなければ、注目されなくなってしまうから。

「アイツ、最近、面白くなくなったよな」と言われたら、オシマイだから。


話題の中心になる実力なんて無い。孤高に徹する勇気も無い。それらのための努力も出来ない。

全てが中途半端。全てが日和見。で、手っ取り早く、暴れるコトで「オマエ、スッゲーな!」と言われようとするのだ。


「虚しいですね…。一日中そんなコトを気にして生活してたのでは、気が持たないでしょうに…。」


「それなー。でー、アイツもそのうち、やるコトのネタが尽きるっしょ? そしたら次はー、」


「もっと目立つ大きなコト…、本当の犯罪に走る…か。それも徐々にエスカレートして行くんだろうな。」


悪事を働く若者と言っても、実際は色々なパターンがある。

例えば、大人の頭ごなしなやり方に反発して、反抗的な態度をとったり暴れたりして、自分の意思表示をする粗忽者。

精神が未熟なままで、度胸試しや悪戯の延長として、万引きや窃盗、器物破損を行う幼稚な者。

もっと簡潔に、良心が欲望に負けて、カネやモノ欲しさに悪事に手を染める軟弱者。

イジメられる側に回るのが怖くてイジメに加担したり、見て見ぬ振りしたり、音頭取ったりする卑怯者。


そして、そのどれにもなれなくて、目立つコトで辛うじて自分の居場所を保とうとする臆病者。

この学生は、このパターンだな。


「つまり、悪ふざけでは済まない悪事に手を染めたら、他の誰かを殺めたり、自分が死んでしまったりする危険がある、と。」


動画投稿サイトで、犯罪まがいのコトやったり、危険なコトしたりする動画をアゲてる馬鹿な連中がいる。

それで逮捕されたり、チャレンジに失敗して本当に死んでしまった例も少なくない。

そういう連中の話を聞くと、大抵が『人目を引きたかった、もっと面白い動画にしないと閲覧数が落ちると思った。』ってのが多い。

行動は徐々に加速して行くから、自分では自分のタガが外れているってコトに気が付かないんだろうな。


「そゆコトー。どんだけイキっても、所詮ワンコミだって気付いてねーのが、最悪ですからアイツー。」


ワンコミ…ワン・コミュニケーション、自己満足ってコトか。内心ビビってんなら、自己満にもなってなさそうだけどな。

あの学生の陽キャラのメッキが剥がれるのも、時間の問題。それを察知して、メリーさんは『ヤベー』って言ったのか。


「メリーさんのお話、分かりました。あの学生さん、精神的な崖っ淵が近いというコトですね。」


「だけど、それを『私、メリーさん』の電話で、どう出来るって言うんだ?」


「何とかなるっしょー。」


軽いな。流石はコギャルだ。本当に大丈夫なのかな…?




その夜。深夜2時。

あの男子学生は、ネット掲示板に挑発的な書き込みをしようとしていた。


『池の水全部抜く程度じゃ面白くないから明日〇〇市☓☓高校の窓ガラス全部割る

 職員室から割ってやるから期待してろってこった』


句読点を使わない、あの独特の書き方だ。


「うわー、とうとう犯罪予告かよ。ここまでネタに困ってたか…。」


「メリーさんの言った通り、ギリギリでしたね。」


「だしょ?」


俺とすだまとメリーさんは、この男子学生の部屋にお邪魔していた。勿論、窓をすり抜けて無断侵入だ。幽霊だから問題無い。

メリーさんが昼間に指摘した通り、この男子学生は周囲を驚かせるネタ探しに限界だった様で、

遂にこんなアホな書き込みをして、後は投稿ボタンをクリックするだけという段階だ。


こういう悪質な書き込みは、例え実際に犯行に及ばなくても、犯罪予告で充分に逮捕案件になる。

つまり、投稿してしまったら、学校の窓ガラスを割ろうが割るまいが、いずれはこの男子学生の家に警察がやって来るコトになる。

ネットモラルの理解が浅い若者世代は、そこまで先を深く考えずに勢い任せで行動に移す場合が多い。


だが、この男子学生はまだ投稿していない。飲みかけのエナジードリンクを片手に、パソコンのモニターを睨んでいる。


「もう5分以上、こうしてますね。」


「迷ってんだろうな。自分でも『コレやったら一線超える』って分かってるんだろ。」


「こっちには好都合みたいなー。ほんじゃ、イキますかー。すちゃちゃちゃちゃっとー。」


メリーさんはケータイを出して、この男子学生のスマホに電話を掛ける。

―ってか、メッチャ掛けるの速くね!? 親指が異常なスピードで動いてたぞ!?


俺の驚きを他所に、男子学生のスマホが着信音を鳴らす。


「―? 誰だ? こんな時間に…。」


男子学生はスマホを手に取る。通知を見て、一瞬固まる。


『着信 メリーさん』


「は!? ……誰のイタズラだよ?」


まぁ、普通そう思うわな。だが、深夜2時にメリーさんから掛かって来たら、誰だって気持ち悪いのは事実。

その男子学生も、暫く着信音のまま躊躇していたが―、


「―もしもし?」


ゆっくりとスマホを耳に持って行き、電話に出た。


『  』


しかし、何も聞こえて来ない。

最初は無言で『間』を作り、向こうが変に思って注意する様に仕向ける。メリーさんのプロテクニックだ。


「? もしも―」


「あーし、メリーだけどー。テメー、最近イキり過ぎてんじゃね?」


『あたしメリーさん。ごきげんいかが?』


「うわぁっ!?」


咄嗟に通話を切って、スマホをベッドの上に投げ出す。


「な、何だ!? 今の……。」


男子学生はかなり動揺していた。


「凄いですね。効果バツグンです。」


「うん。…つーか、あっちには、ああいう風に聞こえてるのか!?」


メリーさんがバリバリのコギャル語で話してるのに、スマホを通すとノイズ混じりの可愛い、いかにもな不気味声になる。

しかも、文章内容まで変化して。


「私達幽霊は音声では無く、霊波で伝えてますからね。メリーさんの思念波が都市伝説風に翻訳されて、向こうに聞こえてるんです。」


「あぁ、着信で『メリーさん』ってあったから、コイツは都市伝説で聞いたメリーさんのイメージで受信したってワケか。」


「そろそろ2発目、イっとくー?」


再び鳴る着信音。今度はあからさまにビビる男子学生。そりゃそーだ。

だが、男子学生は通話に出ない。いや、怖くて出られないと言うのが正しいか。


鳴り続ける着信音。―と、それがブツっと切れる。

一瞬の静寂。男子学生がホッとした瞬間、


「テメー、何、着信拒否ってんだよ? ワンコで出ろや。」


『…わたしメリーさん。どうして電話に出てくれないの?』


「うわぁあああああああーーーーーーっっ!?」


男子学生は椅子から転げ落ちた。

これは来るわ。勝手に繋がって声が聴こえるとか、まんまホラーだもんな。


「京さん、メリーさんの言っていた『ワンコ』って、何の犬ですか?」


「犬じゃ無いよ。『ワンコ』は『ワンコール』、つまり『着信音1回ですぐ出ろ』ってコト。」


「あぁ、成る程です!」


「おぉ!! アンタ、前から思ってたけどー、ギャル語でシャミっても全然イケんじゃん!!」


「まぁな。昔、ギャル語が面白くて、ちょっと憶えたりしてたからな。……ん!?」


見ると、男子学生がスマホを恐々と手にして、その電源を切った。そう来たか。


「電源、切られちゃいましたね。」


「おぉー。切った位で終わると思ってんなよー? メリーさんナメんなし。」


何だか、メリーさんのテンションが変な上がり方して来た。リダイヤルで3発目の通話開始。


電源切ったスマホから着信音が鳴る。


「うぇええええええええーーーーーっっ!? 何でだよぉおおおおおおおーーーーっっ!?」


男子学生は半ベソだ。うん。俺だって舞台裏を知らなければ泣いてるわ。コレは怖い。絶対に怖い。


「おめー、学校の窓ガラス割るとかマジヤメとけや。クソダセェしー。」


『…わたしメリーさん。学校の窓ガラス割るのって良くないと思うの。』


「―!? えぇえっ!? な、何で知ってるんだ!? まだ投稿もしてないのに…!!」


「全部知ってるしー。てか、ここでガン見してるしー。」


『…わたしメリーさん。今、あなたのお部屋にいるの。』


「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


男子学生はスマホを置いて、部屋から転がり出る様に逃げ出した。

そのまま猛然と玄関を開けて、外へと走って行く。余程慌てていたのだろう。左右履いてる靴がバラバラだ。


「逃げちゃいました!!」


「おーし、深夜の街で一狩りイクしー。オールでビビらせるみたいなー。」


俺とすだまは、ノリノリのメリーさんの後を付いて行く。

男子学生は駅前に走って行く。もう電車は終電をとうに過ぎているが、駅前にはコンビニとかもあるし、

誰でも良いから人がいて欲しいと、そう期待しての行動だろう。




「ハァ、ハァ、ハァ……、」


男子学生が来たのは、駅の改札前。


「こ、ここなら、もう…、」


プルルルルルルルル


「ひっっ!?」


改札脇にある公衆電話が鳴る。

どんどん撤去されて、その数を減らしている公衆電話だが、災害時のために駅前等の場所にはまだ残っている。

メリーさんはそこに向けて電話を掛けたのだ。


「か、勝手に鳴ってる!?」


実は、公衆電話にも個別の電話番号が割り振られており、その番号に掛ければ『公衆電話から』呼び出せる。

昔の映画とかのシーンにはよくあったモノだ。だが、今時の若者はそんなコト知らないだろうから、超常現象にしか思えないだろうな。


「てめー、ビビってねーでマッハで出ろや。」


『…わたしメリーさん。おはなししましょ。』


「わぁああああああああああああああーーーーーーーーっっ!!!!!!」


上げていない受話器からメリーさんの声。男子学生は転びそうになりながら逃げ出した。その姿、正に脱兎の如く。

逃げ込んだのは、深夜でも尚明るいコンビニの中。


「いらっしゃいませー。…何だ、お前かよ。夜食でも買いに来たのか?」


「た、助けてくれ!!」


どうやら、ここのコンビニのバイトは、この男子学生の友人らしい。

メリーさんが、すかさず次の手に出る。


着信メロディが鳴り出す。バイト君のスマホだ。


「ひぃっっ!!」


「何驚いてんだよ。あ、本当はバイト中、スマホ禁止なんだけど、深夜だからバレねーんだ。お前も内緒にしてくれよな。」


笑いながらバイト君は懐からスマホを取り出す。


「―うん? 『着信 メリーさん』…何だこりゃ?」


「でっ、出るな!! 絶対出るな!!」


「どうしたんだよ? あ、『出るな出るな』って、むしろお笑い的な『出ろ』ってフリかー? 手が込んでるなー。」


バイト君はこのメリーさんからの電話を、男子学生のしたイタズラだと思ってる様だ。

だから、何の迷いも無く出ようとする。


「やめろぉおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーっっ!!!!!!」


真っ青な顔でそのスマホを掴み、バイト君が電話に出るのを阻止する。その手さえブルブルと震えている。


「何だよ、良いじゃねーか、電話くらいよー。」


バイト君がそういった瞬間、スマホの着信メロディは切れ、代わりにコンビニレジの固定電話が鳴り出す。


「わぁあああああああああああああああああああああーーーーーーーーっっ!!!!!!」


それを聞いた途端、男子学生はコンビニから逃げ出した。

後に残された、呆然としたバイト君。


「―何だ? アイツ…? あ、ヤベ。こんな時間に店長から電話!?」


慌てて電話に出るバイト君。だが、受話器を取っても、もう通話は切れていた。


「……本当に何だ、こりゃ?」




「メリーさんの電話、てきめんですね。」


「あぁ。無機質な着信音がここまで怖いとはな。締め切りヤバそうな作家や、借金滞納した人が、電話を怖がるのも分かるわ。」


「今度は公園の方に逃げて行きますね。」


「電話の無い場所なら、って考えたんだろうな。」


「逃げるとか甘めーし。テッテーテキにヤってやんから、みたいなー。」


メリーさんが笑ってる。俺にはこのコギャルの笑顔の方が怖い…。




男子学生は公園の広場のど真ん中に来た。ここなら公衆電話も無い。電線すら無い。

街灯に照らされているから真っ暗では無いにしても、広場の中央までは光は充分に届かず、仄かに薄暗い。


「どっ、どうだ!! ここなら電話も掛けられねーだろ!! ざ、ざまーみろ!!」


おぉー、イキっとるねぇ~。膝がガクガクしとるよ? キミィ。


プルルルルルルルル


「いぃいいいっっっ!?」


スマホも持っておらず、周りに何も無いのに、男子学生の耳に届く着信音。

メリーさんのケータイから直に出ている音だ。俺達は彼のすぐ側にいるのだが、幽霊だから見えない。

メリーさんの手に握られたケータイも、俺やすだまの目には見えるが、彼には見えないらしい。


「おめー、逃げられるとか思ってる?」


『…わたしメリーさん。逃がさない。』


「う、うぁあああああああ……!!!!」


周囲のどこからか聞こえてくるメリーさんの声。男子学生は腰が抜けたか、その場に尻餅をつく。


「面白いコトして、クラスで目立ちてーんだろ? だったら死ねばー? 新聞にも載れるっしょー。」


『…わたしメリーさん。クラスの人気者になりたいの? だったら殺してあげる。新聞にものるよ?』


「い、嫌だぁあああ!!! 死にたく無いぃいいいっっ!!」


「おめーが調子ブッこいて犯罪起こす前に殺してやんよー。」


『…わたしメリーさん。悪いコトするなら、殺しちゃうよ?』


「し、しないっ!! しませんっ!!」


公園の広場のど真ん中でしゃがんで、小さく丸まってガクブルしながら必至に叫んでいる男子学生。


「じゃ、人に迷惑掛けたら、また凸るんでー。ネクスト無えーから、そこよろー。」


『…わたしメリーさん。いい子にするなら許してあげる。でも、これが最期だよ。』


「ひぃいいいいいいいいい………、」


プツ  ツー ツー ツー ツー…………


通話が切れ、その音も遠くなって行く。

東の空が少し明るくなって来ている。男子学生は白み始めた空を見て呟く。


「た、助かっ…た…?」


ヨロヨロと立ち上がり、フラつきながら家に帰ろうとする。俺達はその背中を眺めていた。


「こりゃあ、かなり堪えたみたいだなぁ。白髪生えたんじゃないか?」


「これで思い直してくれるでしょうか?」


「それはアイツ次第、みたいなー。あーしら幽霊には、この位しか出来ないしー。」




「―畜生…、一体何だったんだ…。何で俺だけ、こんな目に…。クソッ!!」


釈然としない腹立たしさに、男子学生は、思わず落ちていた空き缶を蹴り飛ばす。


ガコン! ガラガラガラガラ……


が、運悪く、その蹴った空き缶は、傍にあった自販機の空き缶入れにクリーンヒット。

空き缶入れが倒れて、中の大量の空き缶、空き瓶が雪崩の様に地面に転がり広がった。


「あぁ、もう!! クッソーーー!!」


全てが上手く行かなくて、癇癪を起こす男子学生。腹いせに自販機を蹴り飛ばそうとした、その時、


―『悪いコトするなら、殺しちゃうよ?』


メリーさんの声が頭の中に甦って来る。背筋が凍り付く様な震えに、男子学生は蹴ろうとした脚を止める。


「―い、良いコトしないと…。良いコトしないと、殺される…!!」


震える手で散らばった空き缶、空き瓶を拾い、立たせた空き缶入れに入れ直して行く。

手が飲み残したジュースの糖でベタ付き、膝は泥に汚れる。


「何でこんなコトになったんだよ…。何でこんなコトしなくちゃいけないんだよ…。」


昨日まで散らかしてイキってた自分が、今はその片付けだ。惨めで、情け無くて、汚くて、悲惨で、涙が出て来る。

こんなコトしてたって、誰も凄いとか言ってくれない。


今日の面白いネタだって思い付いていない。いつもやってた様なコトが出来ないなら、もうネタが無い。

こんなんじゃクラスの人気を取れない。もう駄目だ。ハブられる。俺、終わった。

畜生。あの電話のせいだ。メリーさん…アイツが俺から全てを奪いやがった。アイツが、アイツが……、


「あら、こんな朝早くからご苦労様。偉いわね。」


「―え?」


ふと、そんな声がして、目線を地面の空き缶から上げてみると、杖をついた老婆が1人立っていた。

―だが、いるのは老婆だけで、その老婆が労いの言葉を掛けた相手が、辺りを見渡してみてもどこにもいない。


「歳取って足が悪いと、空き缶1つで転んじゃって大変なコトになっちゃうでしょ? 本当に助かるわ。ありがとうね。」


「―? もしかして……、俺…に?」


「それじゃあね。缶のフチで手を切ったりしない様に、気を付けてね。」


老婆は杖を突きつつ、ゆっくりとした足取りで去っていった。

それを、何が起きたか分からないといった表情で見送る男子学生。


「―褒められた…。親にも、先生にも、褒められたコト無かったのに…。」


そう呟いて、自分の言葉を反芻し、苦笑する。


「―そりゃそうだよな…。褒められる様なコト、して来なかったんだし…。」


男子学生は空き缶を拾い続ける。その手には、さっきよりも少しだけ力が篭っている気がした。




「ほらー、上手くイキそうじゃねー?」


「そうですね。」


「このまま、真面目にやってくれたら良いな。」


どうせ目立つなら、良いコトして、人に感謝されて、喜ばれるコトをした方が良い。

そんな単純な仕組みに気付くのが、何故か難しい今の世の中。


それは、散らかすのも、汚すのも、壊すのも、『後始末は全部、他人任せ』だというコト。

『後のコトなんか考えなくて済む』、つまり、脳ミソを使わずに生きられるからである。

もっと言えば、何も出来ない奴でも、迷惑掛けるコトなら簡単に出来るからだ。


だが、そうして返って来るのは周りの白い目と、良心の呵責と劣等感からの自己嫌悪から来る虚しさ。

それを誤魔化すために、彼等はまた暴れる。何故って、それが『一番簡単な現実からの逃げ方』だから。


彼等は人からの評価を人一倍気にする。そのクセ、人と人が織り成す社会に反抗するコトをする。

目立ちはしても、それは評価では無い。怒られなくても、それは認められたワケでも無い。無視されているだけなのだ。


善行は必ず褒められるワケでも、必ず認められるワケでも無い。気付かれないコトの方が多いかも知れない。

それでも、自分の良心には確実に届くハズだ。届かなくなるまで鈍ったらオシマイだ。


「ま、でも、最初位は成功体験はあった方が、ヤル気は出るよな。」


「分かってんじゃーん! やっぱアンタ良いヤツっぽいなー。何てったっけー、名前ー?」


「え? 不条理 京…だよ。」


「京ね。―じゃあ、京っちだなー!! メッチャ気に入ったみたいなー!! 京っちー、あーしとマブダチなろーぜー!!」


「えぇ!?」


「良かったですね、京さん!」


「京っち、すだまっち、電話も終わったし、オール明けのオケ行こうぜー!!」


「腕を組むな!! 行かねーよ!! カラオケなんか!!」


かくして俺、不条理 京は、メリーさんとマブダチになってしまったのであった…。



―あ、声の届け方のコツ、結局、聞けなかった…。





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