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あの世も理不尽なコトばかり  作者: 歩き目です
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07「真の平等」


俺、不条理 京は幽霊である。日本で何らかの原因で亡くなる人は、毎年約119万人。

1日にすると実に3000数百人である。つまり、それだけ俺の『後輩』が日々続々と生まれているのだ。

―いや、生まれているという言い方は不適切か。死んでるんだし。

ちなみに事故で亡くなる人は、1日に約110人。1県あたり2~3人というコトになる。


俺は今日も今日とて幽霊としての仕事を真っ当するべく、ガイドのすだまに幽霊指南を受けながら、あれやこれやと試しては失敗し、

思い付いては頓挫し、上手く行かなくても諦めず挫けず退かず、何とかそれなりに頑張っている。


「はい。今日の訓練はこの位にしておきましょうか。」


「―あ、ありがとう…ございました。」


今日は、公園で子供相手に声を掛ける訓練をしていた。

これだけ聞くと、今の時代『いやぁああ!! 不審者よぉおお!!』的なカンジがするかも知れないが、

これはれっきとした、幽霊としてのお仕事のための訓練だ。


だが、やはりと言うか、何というか、今日も声は生きている人に伝えられなかった。

―やっぱ俺、幽霊の才能が無いんじゃないか…?


「幽霊の時間は長いです。焦らず慌てず行きましょう。」


すだまはそう言ってくれるけど、いつまで経ってもうだつが上がらないってのは、女の子の前で、男としてバツが悪い。

男はいつでも、何歳になっても、たとえ死んで幽霊になっても、女性にはカッコイイ姿を見せたいモノなのだ。




「―なぁ、すだま。ちょっと聞いて良いか?」


「? 何でしょう?」


訓練を終えての休憩中、俺は日頃気になっていたコトを、すだまに質問してみた。


「すだまの着ているその白い和服、俺みたいに、死んだ時に着ていた服なワケ?」


「あ、コレですか? ―違いますよ。コレは、幽霊ガイドの制服です。」


「制服なのか!」


「はい。幽霊ガイドは、私の他にも大勢いらっしゃいますが、日本の幽霊ガイドは男も女も全員、和服姿です。」


「へぇえー。昔からそうだったのかな?」


「いえ。私が死んだ時、お世話してくださったガイドさんは、十二単でした。」


「十二単!? 一気に平安時代になったな!?」


「その時代、その時代で『その国の服だけど、滅多に見掛けないモノ』という基準で選ばれているそうです。

 その方が、幽霊ガイドとして自己紹介するにしても、幽霊になられたコトを説明するにしても、

 亡くなられた方へのご理解が早いそうで。」


「あぁ、そうか。成る程なぁ。今の日本じゃ、和服は正月と成人式と結婚式位でしかお目に掛からないもんなぁ。」


かく言う俺も、自分が死んで、すだまが目の前に現れた時はビックリしたが、

彼女が幽霊ガイドと聞いて、どこかすんなりと納得出来た自分がいたコトを思い出す。


これがチャラい今時の服装だったら、『何フザケてんだ、君?』って言ってたに違い無い。

格好から入るってのは、それなりに必要なのかも知れないな。


「ん? ―じゃあ、西洋の幽霊ガイドも、その国々の時代掛った格好をしているワケか?」


「そうらしいですね。中世のドレスやスーツ姿とか、民族衣装とか、色々です。―ただ…、」


「ただ?」


「今尚、文明から離れて暮らしている種族とかだと、千年前でもほとんど格好が変わらないそうで。

 むしろ、ほぼ全裸なので、変える部分が無いという問題が…。」


「あー…、」


「まぁ、そういった文明だと、皆さん『霊』を全面的に信じていますので、話が早いらしく、然程困ってはいないみたいです。」


「そっか。―確かに、科学文明に毒されていない方が、神とか霊とか、迷信とか信じているモノだしなぁ。」


「そういう種族って、小さい社会ですからね。祖先の霊は畏怖の対象ですし、霊のお告げは絶対ですから。」


―あぁ、何か聞いた話だが、未だにあるらしいな。祖先の霊と会話したりする呪術的な信仰が。

日本で言えば、恐山のイタコみたいな。違うのは、すだまが言った通り、今でも霊や迷信が絶対的な力を持っているコトだ。


黒人のそういった部族で、時折まれに肌の白い子が生まれるコトがある。

アルビノと言う遺伝子異常が原因で起きるらしく、動物であれば大抵の種で真っ白になるアルビノの個体が確認されている。

蛇とか、トラとか、良くニュースで見掛けるよな。白い鳩やウサギもアルビノだ。


だが、科学に疎いそういう部族は、アルビノをことさら強く『神の贈り物』『奇跡』みたいに考える。

恐ろしいのはここからで、見た目が特殊なだけに、アルビノの身体には強力な力が宿っているとされ、

その身体の一部でも切り取って呪術に使えば、術の効果を爆アゲ出来ると信じられているのだ。


それだから、アルビノとして生まれた子は、敬われるどころか、部族全員がその子の身体を求めて襲い掛かる。

そして無残に殺され、切り刻まれ、持ち去られ、後には何も残らない。嘘みたいだが、本当の話だ。


―話が逸れたが、そんな狂信的な部族の幽霊ガイドとか、大変だろうなぁ。

俺、日本人で良かったよ。日本は宗教にユルくて大らかで。

教会に毎週行かなきゃいけない決まりも無いし、食っちゃいけないモノも無いし、改宗も自由だし。異教徒でも争わないし。


兎に角、暴力沙汰は何にしてもゴメンだ。暴力でしか解決出来ない奴とか、俺には軽蔑の対象でしか無い。

そりゃあ残念だけど、世の中には何を言っても話の通じないアホはいるんだけどさ、

話し合いが出来るなら、まずは理性的に、理知的に。そう願いたいモノだ。


俺はそう言って、すだまと笑い合う。




―そういった談笑の最中に、それは起きた。

すだまの勾玉が光り出した。これは近くで亡くなった人がいるというシグナルだ。

俺とすだまは顔を見合わせ、その現場に向かうコトにした。


場所は、俺が幽霊になりたての頃、色々アドバイスをしてくれたサラリーマン幽霊の更里さんがいる、事故多発の交差点だ。

更里さんが俺達を見付けて、現場のそばで手を振ってくれている。


「おやおや、不条理さんにすだまさん。早かったですね。」


「偶然、この辺りにいましたので。―またココが現場になってしまいましたか…。」


「えぇ、えぇ。私も一生懸命に注意喚起はしていたんですが、力及ばず申し訳ありません。」


「いえ、お気になさらず。ココは昔から道路の構造に問題がありますから。」


「ですよね、ですよねぇ。死角も多いし、距離感も掴み難い。信号だって判り辛い。行政は全く、何をしているんでしょうなぁ。」


「―あ、あのー。アレが事故った車ですか?」


俺が指差すトコロに、多分、少し前までは赤いスポーツカーだったであろう鉄屑が散乱している。

もう、元の車種が何だったか、判らない程だ。


「そうです、そうです。ものの見事にペシャンコですな。私の時よりヒドイ。」


「比較対象が自分ってのも、アレですね…。じゃあ、即死ですか…。」


「いえいえ。それが、息を引き取ったのは、ついさっきですよ。

 運が良かったのやら、悪かったのやら。―ほらほら。あそこにおられるお2人がそうです。」


「―あ、あの男女か。家族? …恋人かな? …いや、何か言い争ってる様な…?」


「行ってみましょう、京さん。」


事故車を囲むパトカーと救急車。お約束の青いブルーシート。

その傍らに、体格は良いが人相の悪い男。そして怯えているOL風の女。


「どーすんだゴラァ!! まだローン残ってんだぞ!!」


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


「テメェのナビがモタモタしてっから、突っ込んじまったじゃねぇか!」


「ごめんなさい…!」


「謝って車が直んのかよ!! もっと早く指示出せや!! このボケが!!」


「で、でも、この交差点、ナビでも解り難くて…、」


「あぁー!? 口答えすんじゃ無ェよ! クソが!! また殴られてぇか!!」


「ごめんなさい!ごめんなさい!」


見ていられない。

ガラの悪い男が、一方的に女性をなじって、拳を振り上げ、暴力を振るおうとしている。女性は泣きながら縮こまっている。

俺はちょっと気になって、すだまに聞く。


「―なぁ。こんな言い争いしてるってコトは、この2人って、ひょっとして…、」


「はい。これはまだ、ご自分達が亡くなられたコトに気付いていない様ですね…。」


やっぱりそうか。死んだのにまだ言い争ってるというのは実に不毛だ。女性が可哀想だ。

俺は2人の中に割って入る。


「あのー、お話中すみませんけどー、」


「あんだテメェ!! 邪魔すんじゃ無ェ!!」


「うひっ!」


「京さん、たじろがずお願いします。」


すだまが、後ずさりした俺の背中を押す。


「―お、おう、分かってるって。―いや、その、お2人に大事な話がありましてー。

 …何でこんなにかしこまってんだ、俺…。」


「あぁ? 話だぁ?」


「実は、いきなりで驚くかも知れないですけど、お二人はもう死んでるんですよ。」


「―はぁ!?」


「え…!?」


2人とも鳩が豆鉄砲食らった様な表情。

すだまに言わせると、幽霊になった人の大半が、そう聞かされてこの表情になるそうだ。

いわゆる、死んで最初の通過儀礼みたいなモノらしい。


「(―うん。俺もそうだったしなぁ。普通、信じられないよな…。)」


口を開けて俺を見ていたガラの悪い男が、首を傾げながら俺に言う。


「―オメェ、…ひょっとして頭イカレてんのか? 見たトコまだ若ぇのに、残念だな…。」


「うわ、そう来たか。可哀想な人を見る目だよ…。」


「あ、あの…。私、死んだんです…か?」


「あぁ。ご愁傷様です。」


「そ、そうだったんですか…。」


「おいおい、ちょっ待てゴラァ!! 何バカなコト言ってんだ!! 俺はここに居るだろうが!!」


女性はおどおどしながら俺の話を聞き、男は自分の厚い胸板をバンバン叩きながら主張する。

俺は現場の横を指さす。


「いや、ホラ、あれ見てよ。救急車の横に寝てる2人。」


「あぁン?」


「―あ、あれ…嘘…。あれって、私…?」


そこには誰あろう、この男と女性の遺体が並んで置かれていた。

救急車が来て、救急隊員もいるが、何の救命措置もされず、トリアージタグが黒になって放置されている。

もう救えない、手遅れの証拠だ。


死んでる己自身を見て、ようやく男が焦り出す。


「―こ、コレが俺!? ―バカ言うなよ! 俺はここに居るだろぉ!!

 死んでるコイツが俺だってなら、じゃあ、今、死んでるコイツを見てる俺は誰なんだよ!!」


「粗忽長屋かよ…。」


落語に『粗忽長屋』という演目がある。

おっちょこちょいの男が、自分の友人に似た男の行き倒れた死体を見て、これはその友人に違い無いと思い込み、

男は一目散に長屋に帰って、その友人を訪ね『お前が死んでいたぞ!』と報告する。

最初はその話を歯牙にも掛けなかった友人だが、こいつも相当に粗忽な奴で、話を聞く内に『それは俺かも知れない』と思い始める。

確認のために2人でその現場に行き、死体を見てみたら、友人は『こりゃあ、俺だ!』と言い出す始末。

周囲が唖然とする中、その友人はその自分の死体を弔うために、男と一緒に自分で引き取るコトに。

そして、死体を運んでる最中にふと思う。

『ところで、死んで運ばれてるコイツが俺なら、コイツを運んでる俺は誰なんだ?』―というオチだ。


「(正にそんな気分なんだろうかな…。)」


寝転がってる死体が自分だと分かっても、男はまだ現実を飲み込めない様で、首を振って否定する。


「信じねぇぞ俺ぁ。―何かの間違いだろ…。」


「いやー、そう言われても。むしろ、何を間違えば、こういう状況になるのか、逆に聞いてみたいな。」


「―そっか、私、死んじゃったんですね…。」


そんな感情の錯綜の中、女性はいち早く自分が死んだコトを受け入れた様だ。

こういう時は、冷静になれた者の勝ちだな。

―だが、まだ1人、現実を認められない奴がいる。


「いやいやいや! 俺が死ぬハズ無ぇだろぉ!! 俺はこの街で最強なんだぞ!?」


「まだ言ってるよ。往生際が悪いな。強さは関係無いだろ。」


「うるせぇ!! テメェに何が分かるってんだ!!」


「分かるよ。俺も死んで幽霊になったんだからな。」


「なっ…!? テメェが幽霊…!?」


「そこから説明しないと駄目かー? じゃあ取り敢えず、自分の胸に手を当ててみなよ。」


「胸に…手?」


男は柄にも無く戸惑っている。どうやら、現実を突き付けられるのを恐れているみたいだ。

俺はちょっと煽り気味に言ってみる。


「怖い~?」


「ンなコトあるか!! むっ、胸に手を置く位、だっ、誰でも出来るわ!!」


「では、どーぞ。」


「―……。お、おぅ。い、行くぞ。」


男は躊躇しながらも、自分の手を左胸に当てた。

訝しんでいたその表情だったが、目が見開かれ、胸に当てた手がブルブルと震え始めた。


「心臓…動いて…無ぇ…。マジかよ…。」


「脈も見ておくか?」


「―っ!!」


俺が脈を計るのをお勧めすると、男は焦った様子で、自分の手首を掴む。


「―脈も…無ぇ…。俺、死んでいる…!?」


「やっと分かったか。この前の科学者の教授程じゃ無いけど、自覚するまで長かったな。」


側を見れば、女性も自分の心臓と脈を確認している。こちらは驚くというよりは、納得の表情で。


ここで、ようやくすだまが前に出て来る。

コイツ、面倒なこの男を俺に押し付けやがったな? ちゃっかりしやがって。


「えーっと、ご理解もされた様なので、これからの説明をさせていただきます。

 私は、幽霊ガイドのすだまと申します。以後、お見知り置きを。」


「あ、どうも…。」


すだまの挨拶を聞いた女性は、軽くすだまに会釈をする。




「―男性の方が厄砂 割流さんと、女性の方が庇絵留 幸子さんですね。死因はどちらも交通事故死、と。」


説明をするすだまの口から死因を聞いた男は、こめかみをヒク付かせる。

大声は上げなくなったものの、心のどこかで、まだ現実を認めたくない部分がある様だ。


「―というワケで、『天界コース』か『現世コース』かのどちらかを選んでいただき…、」


すだまは営業スタイルで淡々と説明を続ける。

女性は神妙な面持ちで聞いているが、男の方は、まるで興味の無い遊園地のアトラクションの諸注意を聞き流している様な、

『そんなのどーでもいいだろーが』的な、いい加減さと退屈さが表情に浮かんでいる。


「―そして、『現世コース』であれば、幽霊としてのお仕事をしていただくコトになります。」


「ハァ!? 仕事だぁ!?」


『仕事する』というワードに敏感に食い付いて来た男。勿論、好意的な意味で、では無い。


「冗談じゃ無ぇ!! ンなタルいモンしてられっか!!」


「ですが、お仕事をされなければ、幽体を維持するためのエクトプラズムは支給されませんよ?」


―そう。俺達幽霊は、生きていた時と違って、飲食でエネルギーを得るコトは出来ない。

この身体を維持するにはエクトプラズムが必要だ。そしてそれは、仕事をした報酬として天界から支給されるシステムとなっている。

仕事をしなければ幽体はどんどん疲弊し、身体も意識も薄くなって行き、最後は消滅してしまう。


その説明を聞くと、流石に男も否応無くおし黙る。

死んだ後でも『消滅』という完全なる最後が用意されているコトが、男の恐怖心にかなり効いたらしい。


「―お仕事をすれば、お給料が貰える、というコト? 生きていた時と同じなのね。」


女性の方は理解力が早い。OLっぽいから、社会経験多いのだろう。―が、


「仕事…? そんなの、どうやりゃあ良いんだよ…。」


男の方は、働く気が無い…というより、仕事の仕方が分からないらしい。

俺は不思議に思って、男に聞いてみる。


「アンタ、生きてる時は、どうやってお金稼いでいたんだよ?」


「ンなモン、決まってんじゃねぇか!! カツアゲだよ!カツアゲ!!

 俺が言えば、誰も彼もヘラヘラ笑って金を差し出してたぜ!!」


「―やっぱソレかー…。」


「―お! そうだ!! それだよ!! カツアゲだ!! 生きていた時と同じだ!!

 そこら辺にいる生きてる連中から、エク…何とかを吸い取っちまえば良いじゃねぇかよ!! 何だ!! 簡単だぜ!!」


それは勤労とは言いません。ハイ。

それをすだまが止める。


「残念ですが、幽霊になったら、それは出来ませんよ。」


「何ぃ!?」


「生きている人のエクトプラズムは、その人の波動が混じっています。

 それを無闇矢鱈に幽体に入れれば、貴方の幽体に他人の意識が混じって行き、自己の意識を失います。」


「―な…!?」


「すだまの言ってるコト、脅しでも何でも無いぞ。そういう『悪霊』がたむろする場所にも、俺、行ったからな。」


「そういうコトが無い様に、天界から支給されるエクトプラズムは、純粋で高純度にしてあるのです。」


「―だ、だったら、その支給されるヤツを奪えば良いだけだろ!! ―おい!! 幸子!!」


「ひっ!?」


男は、またしても女性に凄み始めた。女性は思わず身をすくめる。


「テメェがエク…何とかを稼いで、俺に寄越せ!!」


「そんな…。」


「ウルセェ!! 元はと言えば、テメェの糞ナビのせいで、俺は死んじまったんだ!!

 テメェは俺に奉仕する義務があんだよ!! 文句あっか!?」


「う…うぅ…。」


言い詰められて、女性は泣きそうになる。そこへすだまが説明する。


「そんな義務ありませんし、そもそも支給されたエクトプラズムは他の幽霊に譲渡出来ませんよ。」


「はぁ!? ンなコト誰が決めた!? 俺が! 俺様が!! 『やれ」って言ってんだよ!! このボケが!!」


「―貴方がどれだけ子供みたいに駄々をこねようと、それは出来ません。いい加減に理解して下さい。」


すだまが男をピシっと窘める。

男は自分の命令を、すだまに『子供の駄々』と言われたのが、プライド的にカチンと来たらしく、顔を真赤にして熱り立つ。


まぁ実際、70年間幽霊ガイドしてるすだまから見たら、マジモンの『子供の駄々』なんだけどな。


「あんだとゴラァ!! 俺に指図すんじゃ無ぇ!!」


男は懐に手を入れるが、その瞬間ハッとする。


「―? 銃が…無ぇ!?」


幽霊界こちらに、人間界(向こう)のモノは持ち込めませんよ。」


「なっ…!?」


男は反対側の懐にも手を入れるが、やはり何も無い。


「―ナイフも無ぇ!?」


「お分かりいただけたでしょうか?」


「ふざけんなゴラァ!!」


それならと、男は素手で殴り掛かって来る。


「危ない!!」


「京さん!?」


咄嗟に俺は、すだまと女性2人の前に立ちはだかる。男は構わず拳を振り下ろす。

俺は覚悟をして目をつぶる。―だが、


「―うおっ!?」


男の渾身の拳は俺を素通りし、文字通り空を切った。


「何ィっ!?」


「―!? …痛く…無い?」


「―え? どういうコト…? すり抜けた? 私達、幽霊になったから…?」


「京さん、大丈夫ですよ。私達は幽霊なんですから。」


「―あ、そ、そうだったな。」


「どうなってやがる…?」


男は目を白黒させて、自分の手を擦って感触を確かめている。


「―どうでしょう、京さん。幽霊になりたてのこの人に、先輩としてひと講義されてみては?」


「―え? ―そうだな、そいつも悪く無いか。」


俺は不思議がる男に向き直る。


「おい、アンタ。」


「あぁん?何だテメェ。」


「アンタ、腕っ節も良さそうだし、生きてる時はさぞかし強かったんだろうな。」


「―ったりめぇだろ! 俺に逆らえるヤツはいなかったぜ!」


「ひっ!」


その声に女性が縮み上がる。俺はそんな女性を宥める。


「大丈夫だよ、怖がらなくても。

 そっか、強かったんだな。―でもな、幽霊界ココじゃ、何の意味も持たないんだよ。」


「―はぁっ!?」


「見たろ? 幽霊界ココじゃ、銃も刃物も何も持ち込めない。拳を振るっても、すり抜けて殴れない。」


「う…!?」


「つまり、アンタが生前、他人にマウント取ってた手段は全部、役に立たないんだよ。」


「何…だと…。」


「もっと根本的なコト言ってやろうか? 暴力が他人を服従させる効果ってのは、痛みと死への恐怖だ。

 だけど、もう俺達は死んでいる。見た通り痛みとも無縁だ。痛めつけるコトも、殺すコトも出来ない。

 ―だから、アンタはもうご自慢の『力で言うコトをきかせる』ってのが使えないのさ。」


「そ、そんなバカな…。」


「!!」


驚愕の表情の男と女性。だが、2人の表情は対照的だ。

男は絶望を見たかの様な。対する女性は希望を見たかの様な。


そこにすだまが言い聞かせる様に語る。


「貴方もこんな言葉を聞いたコトがあると思います。『死は誰にでも平等だ』と。

 でも、ほとんどの人は、この言葉の意味を勘違いなさっています。」


「―勘違い、だぁ?」


「この言葉は、『死は誰にでも訪れる』という意味だけではありません。

 ―死ねば、生前持っていたモノは全て失う。暴力も、お金も、地位も、繋がりも。

 何1つ幽霊界ココでは意味を持たない。誰もが同じ『幽霊』となる…。

 ―それ即ち、死んだら『全ての人々が平等になる』というコトなのです。」


生きていた時のしがらみは、何1つ持ち込めない。病気や怪我の苦しみから開放され、権力や財産からも切り離される。

王様も乞食も、老若男女問わず皆、仲良く幽霊ってワケだ。


勿論、生前の行いが良かった悪かったで次の人生での扱いは変わって来るけど、幽霊としての自活には影響しないからな。


それを聞いたOLさんは、凄くホッとした表情になっていた。


「そう…なんだ。もう、何も怖がる必要、無いんです…ね。」


反対に、ガラの悪い男は『悪い夢なら覚めてくれ!』という様な顔になって、声を震わせながら呟く。


「な…何だよ、それ…。そんなのズルイだろうが…。」


「はぁ? 人を殴って蹴って言うコトきかせてた奴の方が、ずーっとズルイんじゃねーの?」


「あんだとぉ!! ブッ殺されてぇか!!」


「どうやってー? もう死んでるんだぜー?」


「―あ…。」


「な? もう恫喝すら役に立たないんだよ。死んでるからには『その後』が無いんだからな。

 何もされない、残らない分、ネットの煽りや叩きよりも意味が無いな。」


男はようやく今の状況を理解したのか、ワナワナと震え出す。どうやら、この男にとっては、自分が死んだという事実よりも、

強者としての権力を、根本から失ったコトのショックの方が大きいらしい。


「う…ウソだろ…。こんなコトってあるかよぉ! 何なんだよぉ!!」


「貴方はご自分が死ぬ、というコトを、考えたコトがお有りでしたか?」


「……いや…。」


「どうせ、『俺は常に狩る側だ』とか、根拠の無い思い込みしてたんだろ?」


「あ…。」


「行きましょう、京さん。『元』彼女さんの手続きをしなくてはいけません。」


「―だな。」


「おい! 待てよ! 俺はどうなるんだよぉ!?」


「貴方は、色々とご自戒する必要があるかと思います。数日間あちこちを見て、聞いて、色々と考えてみて下さい。」


「お、おい! 俺を置いて行くのか!? ―おい! 幸子!! お前も何か言えよ!!」


「……。」


「幸子ぉ!!」


「―気安く呼ばないで。もう、全て『無くなった』んだから。」


「!?」


「―私は、もう『自由』。」


「―幸子ぉおおおーーっ!!」


男が必死に呼び止める。だが、彼女は振り向きもせず、そこから去って行く。




「―えっと、今まで大変でしたね…。」


俺の下手な慰めの言葉に、女性…、幸子さんはニコッと笑った。


「ありがとう。死んでこんなコト言っちゃイケナイのかも知れないけど、心が晴れやかだわ。

 こんなに気分が良いの、何年振りかしら。」


―そっか、何年間もあの男と縁が切れずに、その間、ずっと怒鳴られ、脅され、言いなりにされて来たんだな。


「死んだ方がマシって、何度思ったかしら。本当にマシになったわ。―あの男との関係だけは、ね。」


「―それは、どういう意味ですか?」


「さっきまでは、開放されたー、って思ってたの。でも、よく考えたら、お父さんとお母さんに悪いコトしちゃったな、って。

 ロクに親孝行も出来なかったし、お母さんはずっと『アイツと早く別れろ』って言ってくれてたのにね…。」


「じゃあ、『死んだ方がマシ』って…、」


「えぇ。さっきは勢いで口から出ちゃったけど、やっぱり生きてる方が良いわよね。

 生きて、ちゃんと自分の人生を自分の力で切り開かなくちゃいけなかったんだって、今、気が付いたわ。―もう遅いケド。

 きっと、私が人生半ばでこうして死んじゃったのって、あの男と手を切る勇気が出せなかった罰ね。」


そう言って幸子さんは苦笑する。

俺とすだまは、顔を見合わせて、内心ホッとした。


俺達、幽霊の仕事は、まだ生きている人達に対しての啓蒙活動である。

『死んでも良いコトなんて無い』『シッカリ生きるべき』って、そう思わせなくてはならない。


だけど、幸子さんが心底『死んで良かった』って思っていたら、この方針に根底から反するコトになる。

そんな気持ちでは、警告や助言をしたトコロで、身が入るワケが無い。

幽霊は魂だけの存在だから、気持ちがストレートに反映される。おざなりにやっても、効果は出ないだろう。


でも、幸子さんは『やっぱり生きている方が良かった』と言ってくれた。

このひと言は、もう死んでしまった後でも、きっと幸子さん自身を救うコトになるだろう。


「―では、新しく幽霊になられた幸子さんに、色々説明させていただきますね。まず、これからですが…、」


すだまが幸子さんに諸々の説明を始める。幸子さんは興味深く、頷きながらそれを聞いている。


「なぁ、すだま。」


「? 何でしょう?」


「さっき、あの男に言ってたろ?『幽霊界こちらに、人間界(向こう)のモノは持ち込めない』って。」


「はい。」


「アレって本当?」


「うーん、そうですね…。あの時は言いませんでしたが、例外が1つあります。」


「例外?」


彼女さん…幸子さんも、興味深そうにすだまの話を聞いている。


「お金です。お金を6文。それだけは持ち込めます。」


「あ! 三途の川の渡し賃!!」


「そうです。」


あの世に行く時に乗る三途の川の舟。その料金が6文か。

両・朱・分・文の通貨が廃止されても、その風習は残っており、六文銭が手に入らない現代では、それを描いた紙を棺桶に入れる。

だから現代では、実質、何も持ち込めないのと同義ってワケだな。


「外国の人はどうするの?」


幸子さんの疑問は尤もだ。すだまがそれに答える。


「同じですよ。ギリシャではカロンさんが渡し船をしていますし、その渡し賃として、亡くなった方の口に硬貨を入れる風習があります。」


「あぁ、聞いたコトあるな。古代ギリシャでは多くの戦死者をそうして弔ったコトで、貨幣に使う金属が不足したとか。」


ちなみに、硬貨を口に入れる理由は、魂は口から出入りすると信じられていたからだ。蘇って来ない様に塞ぐ意味もあったんだな。


「へぇ…。似た様な話が世界各地にあるけど、それって偶然じゃ無かったってコトなのね…。」


漫画やアニメでも『魂が抜ける』ギャグ表現は、口からポワーンと幽体が出たりしてるもんな。

国や時代が違っても、人はやっぱり本質に向けて考え、突き詰めると、最後には同じ地点に辿り着くんだろうかねぇ。




振り返ると、遠くの方…、さっきの事故現場で、あの男がガードレールに腰掛けて呆然としていた。

前の勢いはどこへやら。背中を丸めて、焦点の合ってない目で、過ぎ去る車をただ眺めている。


あいつは心を入れ替えるだろうか。それともこのまま虚勢を張り続けるのだろうか。

このままなら、幽霊の仕事をしたトコロでどれも上手く行きっこ無い。仕事も出来ず、エクトプラズムも稼げず、

それが続くなら、下手すれば、生きている人にとり憑いて生気を吸い取る悪霊コース一直線だ。


どういう選択をするか。それはあいつ自信の問題であり、『これからの人生』だ。

人生のツケっていうモノは、必ず一番ツライ時にやって来る、って言うしな。


俺がそう言うと、すだまは頷いて同意してくれた。―と、


「選択で思い出しました。京さん、そろそろですね。」


そう言われた。『そろそろ』とは?


「四十九日です。京さんの。」


「え? あぁ、もうそんなに経ったのか!?」


死んだ人の魂は、四十九日は現世に留まって、それから成仏する…だったか?

俺が公園で凍死してから、もう1ヶ月半以上になるのか…。自分のコトながら、早いモンだ。


「で、選択って?」


「『あの世コース』と『現世コース』、どちらかに正式に決めていただく時です。」


あぁ、成る程ね。それで四十九日か。取り敢えず様子見で『現世コース』にしていたけど、

これを機に『あの世コース』にしたら、目出度く成仏。つまり四十九日はお試し期間だったというワケか。


「この四十九日間で、7~8割の方が『あの世コース』を選んでいます。

現世への未練が何をしても果たせずツライとか、生きていた頃との違いに耐えられないとか、もう思い残すコトが無くなったとか、

理由は色々ですね。」


「そっかー。確かに、俺も幽霊になっていまだに慣れないコト、多いもんなぁ。」


「京さんは、どうされますか?」


「うーん、そうだなぁ…。」


俺はチラとすだまを見る。すだまの何か言いたげな表情。成仏したら、すだまともお別れか。

幽霊としては、今もうだつの上がらないダメな俺。だったら、さっさと成仏してしまうのも1つの手かも知れない。


だけど、今まで出会って来た幽霊達とあれこれあって、死んでも尚、学べるコトが一杯あった。

こんな俺でも、微々たる助けになる時があった。俺にお礼を言ってくれた幽霊もいた。それはとても嬉しかった。

俺はすだまに尋ねる。


「―なぁ、すだま。四十九日過ぎて『現世コース』に決めたら、もうそれっきりで成仏出来なくなるのか?」


「そんなコトはありませんよ。現世との繋がりが強くなるので、多少手間は掛かりますが、成仏は可能です。

1つのケジメ時と捕らえてもらえれば。何でもそうですが、一応の期日が決められていれば、踏ん切りも付きやすいじゃありませんか。」


「ごもっとも…。」


「絶対成仏なんかしない! って方もいらっしゃいますよ。―平将門さんとか、いまだに現世におられますし。」


「首塚か!!」


ヤベェ、寒気したわ。ちょっと『ムー』とかに教えてあげたいわ。その情報!!


「まぁ、まだ数日ありますから、後悔しない様に、良く考えて見て下さい。」


「うん。そうするよ。」


俺はもう一度、今日死んだあの男を見る。

あの男にも四十九日の後、平等に選択の時がやって来る。暴力も権力も失ったアイツは、果たしてどっちを選ぶのだろう。

乱暴なイヤな奴ではあったけど、エクトプラズムを摂れずに消滅してしまったりだけはしないで欲しい。

自分を省みて、これからの自分を考えて、自分の『最後の最期』を自分の意志で決めて欲しい。俺はそんな風に思った。




―数日後。また1人の幽霊が新しく幽霊界に加わる。

その名前は、毒頭 新人。


毒頭は毛羽立ったスウェットの上下に包んだ小太りな身体を揺すりながら、道路の傍らにいる1人の幽霊に近付いて行く。

その道路の傍らにいた幽霊が、毒頭に気付く。


「―あ?誰だ、テメェ…。」


「……ガイド…会えって…アンタに……。」


毒頭は口ごもりながら、搾り出す様に最低限の単語を喋る。

恐らくは、日常的に他人と会話するコトがほとんど無い生活で、人へ向けての喋り方を忘れかけているのだろう。

こんな煮え切らないウジウジした喋り方、以前のこの男なら、胸ぐらを掴んで殴り飛ばしていたに違い無い。

だが、もうそんな覇気は、この男には無かった。


「―あぁ、…テメェ『も』クズか。―オイ、テメェは死ぬ前、何やってた?」


「―え? えぇっと…ひ、昼起きて…、飯食って…、ネットして…、動画観て…、寝て……、」


「そういう意味じゃ無ェよ。仕事だ仕事。仕事は何やってた?」


「じ……自宅…警備員…。」


「―成る程。クズのニートってか…。」


「ぼ、僕が何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ!? 飯は壁を叩けば出てきたし、欲しいモノは親のカードで買えたし

 ネットじゃ僕に口論で勝てるヤツなんか、どこにもいなかったのにぃ…!!」


「―途端に早口になったな…。」


「何でだよ!? 僕が一番強かったのに!! 暴れて! 壊して! 殴って! 喚けば!! みんな言うコト聞いてたのにぃいい!!

 何でいきなり、昨日まで僕の言うコト聞いてた親に刺されなきゃいけないんだよぉおおお!!」


「―おぉ、親に始末されたか。流石クズだな。」


「それなのに、死んでまで『仕事しろ』とか言うなんてあんまりだ!! 仕事なんてしたコト無いし!! したく無いし!!」


「―テメェ、俺ソックリだな。やってるコトは同じで、縄張りが街か家かの違いしか無ェ。

 テメェ見てるとムカムカして来て、反吐が出そうだぜ。」


「は……?」


「―あぁ、理解した。…テメェもガキの駄々こねして、放置プレイされたってワケか。」


「な、何だよ…?」


男は毒頭にチラリと目をやると、再び道路へと目を向けた。


―大通りを行き交う車。そのほとんどは何らかの目的を持って、働く人達を乗せている。

遊びに行く者達だって、それは自分で稼ぎ、自分で時間を作って楽しもうとしている。

井の中の蛙だった男が、そんな単純なコトにやっと気が付いたのは、つい昨日だった。


「あのな、良いコト、テメェに教えてやるよ。」


「良い…コト…?」


澄み切った青空。それが今の男の心には、清らか過ぎて突き刺さる様に痛い。

そんな空を仰いで、男は言った。


「―死ねば、みんな本当に平等なんだとよ。」


「―何、ソレ…?」






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