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あの世も理不尽なコトばかり  作者: 歩き目です
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03「自殺志願」


俺、不条理 京は幽霊である。

幽霊には、生きている人達に死の恐ろしさを警鐘し、生きる覇気を呼び起こさせるという使命がある。

俺も幽霊となったからには、幽霊らしくしなければならないそうで、

初心者に色々と指南してくれる幽霊ガイドのすだまさんに付き添われ、日々、一人前の幽霊目指して奮闘中である。


昼下がり。俺とすだまさんは公園に来ていた。

昨日は乱暴な運転をするドライバーを驚かせて、注意喚起するというミッションに挑んでみた。

だが、コレが俺のヘボい芝居のせいか、才能が無いせいか、全然上手く行かなかった。


すだまさんは、こんな駄目幽霊な俺にも優しく次なるアドバイスをくれる。


「それでは、今日はもう1つの方を試してみますか?」


「どんなの?」


「『警告』や『助言』ですね。ホラ、心霊動画とかで、不思議な声が入ってるのがあるでしょう? アレです。」


「あぁ、アレか。あれって本当に幽霊だったのか。」


心霊動画なんかで観返して良く聞くと、そこにいないハズの誰かの声が入ってるってヤツか。

オカルト番組とかで『有名歌手の曲に謎の声が!』とか、あったよな。

すだまさんは説明を続ける。


「勿論、投稿主が作ったインチキもあるでしょうけど、本物も結構存在しますよ。

『そっちに行くな』とか『戻って来て』とか、それ以上危険な場所に行かせない様に、私達で教えてあげるワケです。」


「成る程ねぇ。―だけど、あぁいうのって、その場では聞こえなくて、

 後から動画で気付くってのがほとんどじゃないかな?」


「そうなんです。実態を持たない我々幽霊の声は、音波じゃ無いですからね。

 霊波はどちらかと言うと電波みたいなモノらしいです。ですからラジオと同じでチューニング、いわば

 波長が合った人じゃないと、その場では聞こえないんです。」


「それで助言って、意味あんの? 助言や渓谷しても聞こえないんじゃ、しょーがないじゃん?」


「ですから、こちらが波長を生きている人に合わせてあげるんですよ。

 その場では聞こえなかったけど動画には残っていた、ってのは、まだチューニングを合わせきれていなかった、ってケースですね。」


「そのチューニングは、どうやって合わせんの?」


「勘です。」


「カンかよ!?」


結構と理論立てたコトを言っていたが、ココに来て『勘』に頼るというすだまさんの言葉に、俺はちょっと唖然とした。


「さっきラジオに例えましたが、ラジオの様にキチンと周波数が新聞で公表されてて、

 ソコに合わせさえすれば大丈夫、みたいなモノではありませんからね。

 1人1人違う波長を探り、何度も波長を変えながら、その人の反応で合ったかどうか判断するしかありません。」


つまり、誰かの出してるランダムな無線電波を、こっちは1つ1つ手探りで拾って通信しろって感覚なのか。


「そういう説明されると、そうかって納得しちゃうけど…、こりゃあ、難しそうだなぁ…。」


「誰でもいいから驚かせれば良いのと違って、1人に決めてピンポイントですからね。確かに難易度は高めです。

 でも、一旦波長が合ってしまえば、効果は絶大ですよ。」


うーむ。果たして俺に出来るだろうか?

1日に他人と喋る機会が、せいぜいコンビニで買い物した時、店員と「あ、ども。」位のモンだった俺に。




公園の景色を眺めながら悩んでいたら、ふと視界に入って来た『あるモノ』に気付く。

俺は何となくソイツに目をやる。


「……。」


「―?どうしました、京さん?」


俺の気が他に行ってるコトに気付いたのか。すだまさんが尋ねて来る。


「いや、あそこにいる野良猫。」


「あ、いますね。可愛いですね、猫さん。」


俺が見ていたのは1匹の野良猫。この公園に居ついてる奴だろうか。


「アイツ、さっきからこっちをずっと見てるんだけど…。」


「あぁ、見えているんでしょうね。私達のコト。」


「えぇっ!? 見えてんの?」


ちょっとビックリ。

俺達は幽霊だ。普通の人には見えない存在である。


「動物は勘が鋭いですからね。ホラ、猫が部屋で一点をじーっと見てたり、

 何故か真っ直ぐ歩かずに迂回したりするコトありますよね。そういう時って結構、」


「いやいやいや、怖ぇーから! もういいよ!」


「そうですか?面白い話なんですが。」


「面白く無いよ…。―ホレ、こっち来い。チッチッチッチ。」


俺達のコトがみえているんだったらと、俺はその野良猫に声を掛けてみる。


「あ、呼んでも無駄ですよ。」


―が、すだまさんの無慈悲なひと言である。


「え? だって、見えてるんだろ? 俺達のコト。」


「えぇ。でも、ハッキリ人間の姿とは認識してない様なんです。

 何か、こう、良く分からないけど『朧気にそこに何かいる』みたいな、

 雰囲気とか気配とでもいうんでしょうか。そういうのを感じ取っているみたいです。」


アレか。霊感の強い人(自称)とかが心霊スポットで『周りにいますね』とか言う、あのカンジなのか?

いや、アレも本当なのかどうなのか分からないけど。


「そうなのか、残念。幽霊なら猫アレルギーの心配要らないと思ったのになぁ。」


「京さん、猫アレルギーだったんですか。」


「猫好きなのに、悲しいだろ? ―あ、『猫をモフりたくてもモフれなかった未練』とか、

 そういうのは幽霊の訴えにはならないかな?」


「心温まる怨念とか、誰が怖がると思います? 『猫が好きー!』『モフらせろー!』なんて、可愛いだけですよ。」


「やっぱダメか…。」


「第一、今の京さんじゃ生きている猫をモフれませんよ。」


「ごもっとも…。ね、さっき、ラジオに例えたけど、猫や犬にもチューニングって合わせられないのかな?」


「異種族間だと、更に難しいですね…。

 たまに出来る方もいますが、そういう方は大抵、生前からペットや動物と意思疎通が出来る様な感性の持ち主ですね。

 相手も野良だと警戒心が強くて、なかなか心を開いてくれませんし…。」


「そっかぁ。動物語が分かれば楽しいのになぁ。」


人間相手をする前に、動物で練習とか出来たらなぁ、とか考えたのだが、動物相手は更にハードルが上がるらしい。無念…。

ムツゴロウさんレベルで無ければ、無理の様だ。


「でも、気配は何となくですが伝わりますから。ですから、京さんの好意は

 何度も会ってるうちに、あの猫さんに分かってもらえるかも知れませんよ。」


「ん~、餌やる方が楽だなぁ~…。」


何事も一朝一夕には行かない様だ。

俺は気持ちを切り替えて、すだまさんに質問する。


「―で、何で俺達は今日、公園に来たんだ?

『警告』とかなら、富士の樹海とか東尋坊とか、そういう自殺志願者が来る様なヤバい場所でやるモンだろ?」


「練習ですよ。いきなりで上手く行きっこありませんから。」


「練習? 公園ここで?」


「あちらが練習相手です。」


「―遊んでる子供…?」


見れば、公園で数人の子供達が元気よく走り回っている。


公園も最近は、アレしちゃ駄目とか、コレしちゃ駄目とか、うるさい位に禁止事項が多くて、

どうやってココで遊べば良いんだよ!? って、文句言いたくなる場所も多いみたいだが、ここの公園はそんなコト無い。


でもって、今時の子供は外で遊んでも携帯ゲームしかしないとか言われてるが、ウチの地域の子供はそうとも限らない様だ。

こういう光景を見ると、ちょっとホッとするね。


―で、この子供達が練習相手だって?


「子供って、動物並に勘が鋭いですし、純真ですからね。大人よりもチャンネルが合わせやすいんです。練習にはもってこいですよ。」


「成る程。言われてみれば…。」


「京さん、子供によくある『見えないお友達』って知ってますか?」


「―ん? もしかして『イマジナリー・フレンド』のコトか?

 子供時代特有の想像力が、自分だけに認識出来る友達像を作ってしまう…ってヤツ。」


「それです。あれって今、京さんが言った『想像力の産物』である場合が多いんですが、

 実は、私達『幽霊』の仕業という場合も少なくないんです。」


「な、なんだってー!?」


これは衝撃的な事実だ。


「幽霊から波長を子供に合わせる、子供が自然に波長を幽霊に合わせてしまう、等、見えてしまう原因は様々です。

 ―元々その子供の守護霊だった、という場合もありますね。」


「うむむ。自分が幽霊となった今、全ての辻褄が合うから納得しか出来ない…。

 ―あ、でも、それじゃあ…。いや、しかし…。」


「―何か疑問でも?」


「その子の守護霊ならまだしも、どこの誰だか判らない幽霊と波長が合って、

 気軽に『友達』になるのって、その子供にはちょっと危険じゃないか?」


「あ、凄い! 京さん、よく気付きましたね!」


「ん? 当たってたのか? 純粋に生きてた頃の『知らない人には気を付けよう』ってヤツと同じコトかと思ったんだが…。」


「正にそれなんです。中には『友達』という立場を利用して子供を騙し、

 生前の恨みや、社会に対する鬱憤を晴らそうとする悪質な幽霊もいるんです。」


「やっぱりか。『イマジナリー・フレンド』が急に態度を変えて、

 子供に「盗め」「殺せ」「自殺しろ」とか、仄めかすコトがあるって聞いたわ。」


「生前、犯罪者だった幽霊も多いですからね。犯罪者の最後って、抗争で殺されるか、

 捕まって死刑になるか、組織に切り捨てられて消されるか、はたまた独り寂しく人生を終えるかです。

 怨念を抱く人がほとんどで、幸せに寿命をまっとう出来る人なんか、まずいませんから。」


「うーむ、そういう『危ない人』に捕まると騙される…。生きていた時と変わらないな。」


「はい。嘆かわしいコトです。」


幽霊になっても悪人は更生させ辛い。何とまぁ理不尽なコトであろうか。




「おーい! ボール行くぞー!」


「おー!!」


男の子の蹴ったボールが宙を飛ぶ。

俺は子供達の輪の中に入って、手当たり次第に声を掛けてみる。


「君、ちょっと良いかなー?」


「よっし! ボール来た!」


ボールは俺の身体をすり抜けて、大柄な男の子がそれを胸で受ける。そして、そのままドリブルしながら俺の横を通り過ぎて行く。


「あらら…。」


全くこっちに気付いて無いなぁ…。―何のこれしき!


「お嬢ちゃん、話があるんだけどー、」


「それー!」


女の子は滑り台に座って、勢い良く滑り出し、俺の身体を突き抜けて降りて行く。


「―うむむ。やっぱ、気付かれて無いのか…。」


向こうでは、何人かの子供が影踏みをしている。こっちにもアタックしてみるか。


俺は1人の男の子の側に寄る。

―と、その子の背後から、抜き足差し足で近付く子がいる。この子の影を踏もうと、狙っているのだ。


「君、君! 後ろ!後ろー!!」


俺は、その子に後ろの子が迫ってるコトを教えてあげる。

―すると、


「おーっと! 残念でした―!!」


「えぇー!?」


その子は横にダッシュして、後ろの子からの奇襲を見事に回避した。

そして直ぐ様、クルッと回り込んで、逆に奇襲してきた子の影を踏む。忍び寄っていた子は悔しそうだ。


おぉ!! やった!! 俺の声が届いた!!


「何で分かったんだよー!?」


そりゃあ、俺のお陰さ。な、少年よ!!


「へへーん。ここからだと後ろは丸見えなんだよ。」


「「え?」」


俺と忍び寄った子との声がシンクロした。


その子が指差す先には、車道に設置されたカーブミラーが。

―あぁ、アレで背後確認が出来るってワケか!! この位置ならではの、誘い込みの上手いトリックだなぁ!!

子供の発想ってのは、コレだから侮れない…。


俺が腕組みしながら、感心していると、


「京さん、感心していてどうするんですか。」


すだまさんにツッコまれてしまった。―ごもっとも。


「いやぁ~、一瞬、上手く行ったと思ったんだけどなぁ~。まさか、あんな手で待ち受けていたとは思わなくてさぁ。」


「確かに、私も驚きましたけど…。」


すだまさんはチラッと俺から目を逸らし、「コホン」と咳払いを1つして、俺に言う。


「さっきからの京さんの言動。あれでは、まるで不審者そのものですよ。」


「え!? そう?」


「幽霊じゃなかったら、もう数回は通報されていますよ。」


「そ、それはヤバイな…。どうも、何て声を掛けたら良いのか、分からなくってさ…。」


例えば、子供達がサッカーしていて、俺の方にボールが転がって来たとする。

そうすれば、


「すみませーん!」


「おう、行くぞー! ちゃんと取れよー!」


―とか、自然にキッカケの会話が出来て、そこから仲良くなれたりもするんだろうけども、

今の俺、幽霊だもんなぁ…。キッカケが生まれないんだよなぁ…。


「ともあれ、何度も試してみて下さい。まだ時間はありますから。」


そう言って、すだまさんは、またチラッと俺から目を逸らす。

―んんん!? さっきからチラチラと目を逸らされているけど、一体何なんだろう?




日が傾いて来た。

町内放送で『夕焼け小焼け』が流れ、それを聞いた子供達は、みんなそれぞれの家に帰って行く。

そして、夕日の差し込む公園には、子供は1人もいなくなった。


「―みんな帰っちゃったか。結局、誰も俺に気付いてくれなかったなぁ。打率0割だ…。」


「気を落とさないで下さい。毎日練習すれば、きっと気付いてくれる様になりますよ。」


「そんなモンかなぁ。―ま、子供達がケガもせず、ちゃんと帰れて良かったよ。それが一番だ。」


「京さんは優しいですね。」


「子供は国の宝だからな。」


そう言って、俺とすだまさんは笑い合う。

少子化であろうと無かろうと、子供は国の未来を背負って立つ希望である。丈夫で健やかに育って欲しい。


―と、またすだまさんが目を逸らす。

何だ? さっきから、ちょくちょく話の途中で目を逸らされてるけど…。

まさか、実は俺、嫌われてるとか!? で、それに気付いていないで、一方的に距離縮めてるからウザがられてるとか!?


うーん、俺、こんなに一日中女の子と一緒にいて、喋った経験なんて無いからなぁ…。

知らず知らずの内に、俺が何かやらかしてる可能性は、果てしなく高い…。


だとしたら、このまま気付かないフリでスルーするってのは、悪手だよな。

何は無くとも謝った方が良い。女の子相手には兎に角、男の方から折れるのが最善手だと、何かの本にも書いてあった気がする。


「―あ、あのさ、…すだまさん。俺…、」


「京さん、さっきからあそこにいる女の人…。様子がおかしいコトに気付きましたか?」


「―へ!?」


すだまさんは、ベンチに座っている暗い色のコートを羽織った女性をじっと見ている。

その目は、いつものホワっとした目では無く、コートの女性の一挙手一投足を見逃さまいと、鋭く厳しい。


「あの女性、子供達が遊んでいる頃にやって来て、それから座ったまま、何も動きが無いんです。」


―あ! もしかして、すだまさんが俺から目を逸らしていたのって、コレだったのか!?

挙動不審な女性を気にしていただけで、別に俺がやらかしたワケでは無かったのか!?

よ、良かった。ちょっとホッとした…。


―しかし、幽霊ガイドのすだまさんが気に掛けてるってコトは、あの女性、何か妙なトコロがあるのだろうか?

暫くすると、コートの彼女を睨んだまま、すだまさんは言った。


「―あの女性、自殺しに来たのかも知れません。」


「え!?」


「生気に覇気がありませんし、表情も雰囲気も自殺志願者に良くあるカンジです。」


『自殺』と言われてビックリしたが、俺の目には、ただのアンニュイなお姉さんにしか見えない。

流石は戦後70年間以上、幽霊ガイドをやってきたすだまさんだ。プロの目は違う。

―だが、そう言われると、確かに納得するコトがある。


「そう言えば、この公園、コンビニ帰りに散歩がてら通ったコトあったけど、夜は誰も来ないんだよな。」


小学校に近い宅地だからか、この地域は高校生や大学生、大卒の若者とかが少ないらしいのだ。

だから、深夜の長電話…じゃない、長スマホを家族や近所に注意される若者が、公園で通話しようと来るコトも無い。

俺がコンビニ帰りに寄ったのも、わざわざ夜の散歩と洒落こんで迂回したからであって、普通ならこの道は選ばない。


自殺するには人気ひとけのない場所。これは基本だもんな。


「―困りました。このままだと、この公園は自殺が続く場所になってしまう可能性があります。」


「いっ!?」


すだまさんの言葉に俺は驚く。


「それって、自殺の名所になっちゃうってコト!?」


「はい。ここで自殺があったという情報が流れて、それがまた自殺したがっている人を呼ぶ、という連鎖もありますが、

その自殺志願者を目当てでこの公園に霊が集まり、悪霊のたまり場になってしまう事態が一番厄介です。」


『悪霊』というワードが出て来た。

ホラー物で頻繁に聞くが、実際には何者なんだろう? 俺は幽霊になったが、少なくとも今まで出会ったコトは無い。

俺はすだまさんに質問するコトにした。


「ちょい待ち。悪霊って、俺達幽霊とどう違うの?」


昼に、イマジナリー・フレンドの話をした時、子供を騙して行動させる『悪質な幽霊』という輩がいるのは聞いた。

それとはどう違うんだろうか。

俺の突然の質問に、すだまさんは説明してくれる。


「悪霊も霊ですから、基本的には私達と同じです。でも、彼等は幽霊としての使命を果たしていません。

 生きてる人達を死から遠ざけるために怖がらせたり、警告や助言を与えていないのです。

 京さんの様に、上手く行かなくてもその努力を怠らなければ良いのですが、それら最低限の努力もしていません。」


「仕事してないってワケか。…ん? それじゃ、エクトプラズムがもらえないだろ?足りなくなって消えちゃうじゃん?」


「普通ならそうです。ですが、彼等は仕事に対する報酬以外で、エクトプラズムを補給してるのです。」


「え、それって…、」


嫌な予感がよぎる。すだまさんがそれを肯定する。


「はい。生きてる人達から、その人のエクトプラズムを奪うんです。

 分かりやすく言えば、犯罪ですね。生前の社会に泥棒や強盗がいたのと同じです。」


「あぁ、やっぱり! ―つまり、それが『取り憑く』ってヤツか!」


「そうです。生きてる人達が霊に取り憑かれると、どんどんやつれていくって聞いたりしませんでしたか?

 エクトプラズムを奪われ続ければ、人は衰弱し、やがては死んでしまいます。」


「うわぁ…。それ、怪談話から心霊ビデオまで、定番の内容じゃないか…。」


つまり整理すると、『悪質な幽霊』とは、人間に悪いイタズラをしたりする霊のコト。

この『悪いイタズラ』というのは、人間本位では無く、俺達、幽霊本位での解釈になるだろう。


例えば、サラリーマン幽霊の更里さんがやっている、走行中の車を驚かすのは、人間から見れば悪質なイタズラだ。

だけど、更里さんは事故を起こしてやろうと思って驚かしているワケでは無い。それどころか注意喚起の啓発活動だ。


だが、事故を起こしてやろうと思って運転手を驚かして事故らせるなら、それは霊自体に確かな悪意がある。

これが『悪質な幽霊』なのだろうけど、結果だけしか見えない人間からは、判別は難しいだろうな。


そして『悪霊』とは、決してイタズラでは済まない、人に取り憑き、人のエクトプラズムを吸い取り、

その人を『運命に無い死』に追いやる程の犯罪を起こす霊、というコトらしい。


「悪霊の犯罪をヤメさせるコトは出来ないのか?」


「彼等の更生は難しいですね。」


にべも無いすだまさんの言葉。


「理由は2つあります。まず1つ目は、地道に働くよりも、はるかに簡単にエクトプラズムの補給が出来るコトです。」


「まぁ、仕事せずに奪って楽出来るなら、誰だってそっちを選ぶよなぁ。」


「ですが、やってはいけないのです。」


「幽霊の世界で禁止されてるから?」


「法律上の問題もそうですが、生きてる人のエクトプラズムは幽体に適さないのです。」


「ん!?」


ちょっと専門的な話になってきた様だ。すだまさんが詳しく説明する。


「エクトプラズムは、その人の体質や魂でそれぞれ微妙に性質が違います。

 それを無差別に吸い取るのは、例えるなら、違う血液型の血をあれこれデタラメに自分の身体に輸血する様なモノです。」


「え、じゃあ、報酬でもらえるエクトプラズムは?危なくないの?」


「天界が支給するエクトプラズムは、ちゃんと高純度になる様に浄化されています。

 ですから、どの幽体にも適応するのです。」


「何となく判って来たぞ。生水を飲み続けるのと、殺菌浄水された水道水を飲むのとの違い、みたいなモノか。」


川の水は綺麗な様に見えて雑菌まみれだと聞いた。だから浄水しないと飲めないと。

そのまま飲み続けるとまず確実に腹を壊す。酷い時はアメーバー赤痢とかになる。

サバイバルの本で読んだ記憶がある。


「そういう例えも悪く無いですね。それで、浄化されていないエクトプラズムを何度も取り入れていると、

 徐々にその幽霊の幽体が、自分自身を失っていくんです。」


「うぇ!?」


「当然ですよね。エクトプラズムと一緒に、生きてる人達の魂…、つまり、その吸った人の情報まで入って来るんですから。

 不特定多数に取り憑いていけば、自分の幽体に次々と違う人の情報が溜まっていき、

 段々、自分が誰だったのか、何だったのかさえ分からなくなっていくんです。」


「ゴチャ混ぜになって、自我を失うってワケか…。」


「そうです。そしてこれが、更生が難しい2つ目の理由です。

 そうなったら、もう話が通じなくなってしまい、エクトプラズム欲しさの本能で、

 生きている人達を襲うだけの存在になってしまうからです。」


「強度のヤク中ゾンビみたいなモンか…。じゃあ、そいつらはどうすんだ? 放置しておくワケにもいかないだろ?」


「勿論、私達もそういう不届き者を捕まえる様、努力はしています。

 ですが、生前の社会でもそうだった様に、警察がどんなに頑張っても、決して犯罪が0にはなりませんよね。

 犯罪が起きてから捕らえるワケですから、どうしても後手後手になってしまいます。」


「あぁ…、分かる。よく、分かるよ。」


どんな犯罪者も、実行に移すまでは『ただの人』だ。何もしない限り、捕まえるコトは出来ない。


「それに、先程も言った様に、エクトプラズムを手に入れる最も簡単な方法ですからね。

 警告も助言も満足にこなせない幽霊は、簡単に犯罪に手を染めてしまうのです。」


「ロクな働きが出来ないクズは、犯罪に走る…。生きてる時と同じじゃねーか。」


「はい。現に、悪霊と化す者達は、生前もそういう生活態度だった傾向が強いです。」


「何だよ、死んでも何も変わってねーじゃねーか。馬鹿かよ。」


「嘆かわしいコトです。」


『馬鹿は死ななきゃ治らない』とか言うが、実際は『馬鹿は死んでも治らない』みたいだ。

やれやれ…。




すだまさんは、こうして話している間も、公園のベンチに座り続けている女性から目を離さない。

それだけ自殺の危険性が高いと睨んでいるのだろう。

俺はすだまさんに問う。


「すだまさん、何とか出来ない?」


だが、すだまさんは目を伏せて首を横に振る。


「残念ですが、私達幽霊ガイドは、生きている人への干渉が許されていないんです。

 ガイドが問題を解決し続けてしまったら、他の幽霊が生きている人達に警鐘を鳴らし、生きる希望を与える機会も、

 それでエクトプラズムを稼ぐための働き口も、無くなってしまいますから。」


うむむ。それは確かに…。

学校で、宿題を先生が解いてしまったら、生徒はいつまで経っても成長しないもんな。


かと言って、ここには幽霊は俺とすだまさんしかいない。

規則上、すだまさんが手を出せないのならば、俺がやるしか無いのか。

―でも、俺は何も上手く出来ないヘボ幽霊だ。俺にあの女性を助けられるのだろうか?

自分で言うのも情けないが、今の俺では甚だハードルが高過ぎるとしか思えない…。


「そうだ! 更里さん、ここに連れて来れないかな!?」


サラリーマン幽霊の更里さん。演技も上手く、実績もある。あの人なら…。

しかし、すだまさんは再度、首を横に振る。


「駄目です。更里さんは浮遊霊の京さんと違って、あの交差点を活動拠点にと決められた地縛霊です。

 地縛霊は基本、その場所から大きく離れて移動出来ないんです。」


「うっ、そうだったのか…。」


―と、それまでずっとベンチに座っていた女性が立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。

その足は、公園の奥の森へと繋がる道へと向かっている。


「―確定ですね。自殺志願で間違い無いでしょう。」


「ど、どうしよう!? この辺には、他に助けてくれそうな幽霊はいないのか!?」


「この一帯は新興住宅地ですからね。ですから、まだこの地で亡くなった人が少ないんです。」


「そんな…。」


俺とすだまさんは、自殺志願の女性を放っておくワケにも行かず、

取り敢えず、後を追って様子を見守るコトにした。


「―もう嫌…。私、何のために生きてるのか、分かんない…。」


そう呟く女性は20代前半。身なりはシッカリしてるので、貧困で窮して世を儚んでいるワケでは無い様だ。

毎日の『ただ働いて、帰って寝る』の繰り返しに、心がすり減ってしまったパターンだろうか。


彼女…その子の足取りは重く、一歩一歩が絶望の淵へと向かって行く様なカンジさえする。


「誰も私を必要としていないし、私にも必要なモノが無い。生きてる意味、無いでしょ…。」


―相当こじらせているな。本当に、もう限界って表情をしている。

このまま俺達は見守るコトしか出来ないのか?

―と、すだまさんが声を上げる。


「いけない! 日が暮れます!」


「え!?」


「日が暮れて夜になると、悪霊が出て来てしまいます!」


「うぇ!? 何で? 俺は昼間でもこうして出ていられるけど?」


昼間に出られる俺達と、夜に出てくる悪霊と、何が違うのか俺には咄嗟には分からず、すだまさんに聞く。

すだまさんは焦りを浮かべた顔で俺に言う。


「先程も説明しましたが、犯罪者と同じです。夜に人を狙うんです。

 尤も、肝試しや自殺志願とか、夜にこういう場所に来る迂闊な人がいるから、

 その時間帯に悪霊も合わせて活動する様になるワケですが…。」


「じゃあ、あの子は…。」


「このまま森の奥に進めば、悪霊のたむろする場所に行ってしまうでしょう。悪霊達に誘い込まれ、逃げられないトコロに…。」


それを聞いて俺は背筋が寒くなる。何とかしてあの子を止めなくては!

俺はその子に向かって大声で怒鳴る。


「クソッ! おい! 止まれ!! それ以上行くな!! 止まれよ!! 止まれったら!!」


「…駄目です。京さんはまだ幽霊の初心者ですから、彼女と波長が上手く合っていません。」


「―じゃあ、すだまさんが警告してくれよ!!」


「それも言いましたが、駄目なんです。私はガイドであり、生きている人達への干渉が出来ない様にされているんです。

 それに何よりも、彼女は自殺志願者です。今は失望の中で誰の言うコトにも耳を傾けない。

 波長を合わそうにも、自らそのチャンネルを閉じてしまっています。こういった人達を踏み止まらせるのは難しいんです。」


「何てこった…。」


尚も彼女の足は止まらない。どんどん森の奥へと進んで行く。

聞こえていないと言われても、それでも俺は諦められず、彼女の前に立ちはだかり叫ぶ。


「おい! 止まれよ!! 簡単に生命を捨てるんじゃない!!」


だが、彼女はそんな俺の身体を素通りして、更なる奥へと歩いて行く。

昼間、遊んでいた子供達に素通りされたのと同じではあるが、コレは彼女の生命が懸かっている。

肉体が無いというコトが、これ程悔しいとは思わなかった。


「悪霊達の気配が強まっています。近くまで来ていますね…。」


「チクショウ!! 俺が生きていれば声も届くし、力尽くで引き戻せるのに!!」


すだまさんが目を伏せて俺に言う。


「―申し訳ありません。まだ幽霊初心者だというのに、京さんにはいきなりツライ光景を体験させてしまうコトになりそうです…。

 でも、こういう理不尽な場面も少なくないんです。助けたくても助けられない。

 それだけ、死のうとしている人を思い直させるのは難しいんです…。」


「知ったコトかよ!! ―今! 俺の! 目の前で! 人が死にそうになってんだぞ!!

 俺はそれを知っている! 教えてやれる! 今ここで助けなくてどうすんだよ!!」


「みなさん…最初は誰しも、そうおっしゃいます。義憤に駆られて。

 でも、手を尽くしても届かない思いはあります。悲しいコトですが…。」


「すだまさんはそれで良いのかよ!! それで後悔しないのかよ!!」


「……。」


「俺は嫌だ!!」


「―京さん…。貴方という人は…。」


沈黙すること暫し。


「―分かりました。私もお手伝いします。」


「え!?でも、ガイドは干渉を許されていないんだろ?」


「はい。でも、今の私の気持ちは京さんと同じです。」


「俺と…同じ?」


「そんなの『知ったコトかよ!』―です。」


「―すだまさん! …ようし、絶対助けてやろうぜ!」


―と、そこに草木の影から黒い塊が飛び出して来た。


「―ん!?」


「あ、昼間の猫さん…ですか!? この辺を住み家にしてたんでしょうか。」


その時、彼女の足が止まった。足元に擦り寄る野良猫に気付いた様だ。


「―あら、猫ちゃん。あなたも一人ぼっちなの?」


彼女は野良猫の頭を優しくなでる。


「しめた! コイツのお陰で、あの子の足が止まった!!」


「猫の癒しパワー…ですかね。」


足を止めてくれたのなら、少しでも気持ちが揺らいでいるかも知れない。

俺は再度、彼女に訴える。


「おい! もうこれ以上先に行くな!! 死んだって楽は出来ないんだぞ!!

 あの世はアンタが思っている様なモンじゃない! 人生に嫌気が差したヤツが『逃げ込める場所』じゃ無いんだ!!」


「―やはり駄目です。彼女には京さんの声は届いていません…。」


「くそぅ!!」


「京さん。私が直接語り掛けるコトは規則で束縛されていて出来ませんが、京さんの霊波を増幅してみます。

 ―これも厳密には規則違反なのですが、天界にも数分間は気付かれないと思います。」


「悪い!! ありがとう、すだまさん!!」


「後で一緒に怒られて下さいね。」


「おう! 付き合うよ!!」


すだまさんが自分の勾玉を握り、反対側の手を俺の肩に置く。

その瞬間、ブワッと一気に俺の霊波が膨れ上がる。こんな時に何だが、超サイヤ人ってこういうカンジだな、きっと!!


「―よし!! これならイケそうだ!! やるぞ!!」


「―あら?」


今、正に警告を出そうとしたその時、すだまさんが何かに気付いた。


見れば、今まで彼女になでられて気持ち良さそうにしていた野良猫が、ブワッと総毛立って、こちらを威嚇している。

その光景は、自殺志願の彼女には、野良猫が森の奥の虚空を睨んで唸っている様に見えているコトだろう。


「あの猫さん、京さんの必死な訴えの気配に、怯えている…?

 動物の方が、心を閉ざしている彼女よりも、京さんの存在に気付いているんですね。」


彼女は野良猫の態度が豹変したコトを不思議がる。


「―どうしたの猫ちゃん? そっちに何かあるの?」


また1歩奥に進もうとする彼女。


「京さん! 彼女の気が削がれています! 今なら増幅無しでも伝わるかも知れません!!」


「マジか!! ―ようし!!」


俺はこれが最後のチャンスだとばかりに、感情を叫び声にぶつける。


「こっちに来るな!! 帰れぇえええ!!!」


その激しい感情の波長にビクッとした猫は、身の危険を感じたのか、叫ぶ様な鳴き声と共に反対方向へと逃げ出した。


「―猫ちゃん!?」


「帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ!」


「―え? 何か声が…?」


『カ…エ…レ…』


「―ひぃっ!!」


『カ…エ…レェエエエエ…』


「―あ、ああああ…、」


自殺志願の彼女の脚が震える。二歩、三歩、後退りする。

そして、今来た道へ振り返ると、脱兎の如く走って行った。




「ハァ…ハァ…。」


「やりました! やりましたよ京さん!!」


「か、帰ってくれた…。声が届いた…のか?」


「はい。あの猫さんが怯えて逃げたコトで、彼女の中で

『この先に何か怖いモノがあるのかも知れない』という意識が僅かに芽生えたんです。

 それで一瞬ですがチューニングが合い、京さんの声が届いたのでしょう。」


どうやら野良猫のナイスアシストで、俺の声が偶然に届いた様だ。

マンガみたいに、俺の隠された能力とかが都合良く覚醒したワケでは無かったらしい。


「そうか…。まぁ、何でも良いや。あの子が考え直してくれたのなら…。」


俺はその場に座り込む。肉体が無くても精神的に疲れた。ヘロヘロだ。


「お疲れ様でした。」


「いやー、あの野良猫にお礼言わないとなぁ。」


それを聞いたすだまさんが申し訳無さそうに俺に言う。


「―でも、あの猫さんは、京さんの気配が怖いモノだと覚えてしまったので、もう、近寄って来てはくれないでしょうね…。」


「え!? マジか!? …ガックリ。」




後日。あの自殺志願の彼女は、1匹の野良猫を飼い出したと、周りの幽霊達から聞いた。

家で自分の帰りを待つ誰かがいる。その誰かのために自分は生きて行ける。彼女はきっと大丈夫だろう。






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