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あの世も理不尽なコトばかり  作者: 歩き目です
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02「サラリーマン哀歌」


俺、不条理 京は幽霊である。死んで浮遊霊となったものの、

あの世ガイドの女の子、すだまさんに『幽霊でも仕事しなければ身体が消える』と聞かされ、

俺は幽霊としての仕事、『生きている人達を驚かせて生に執着させる』というのをやってみるコトに。

初仕事なので、上手く行くかどうか不安で一杯である。


―で、今日の俺は、すだまさんに連れられて、夜街の一角に来ていた。


「幽霊のお仕事も生きている時のお仕事と基本は変わりません。何事も練習です。

 ―では京さん、ココでやってみましょう。」


「ココは?」


「事故多発で有名な交差点です。あ、ホラ、あそこに去年亡くなった方が。」


すだまさんは信号のトコロに立っている1人の男性を指さした。


「―え? あ、あの信号待ちのサラリーマン、幽霊だったんだ。」


「あの方は『地縛コース』を選ばれました。結構とヤリ手ですよ。驚かせる演技もお上手です。

 ―どうもこんにちは。」


すだまさんに声を掛けられた男性は、気付いて振り向く。人の良さそうな顔だ。


「あぁ、あぁ~、ガイドのすだまさんじゃないですか。こりゃどうも。…ん? そちらは?」


「こちらは、今週お亡くなりになったばかりの―」


すだまさんは俺を紹介する。


「あ、ども。不条理 京っていいます。」


「おぉ、おぉ~、新人さんですか。初めまして。私、株式会社 武楽苦におりました更里と申します。

 あ、幽霊となって名刺が無くなったしまったので、ご挨拶だけで失礼します。」


「こ、これはご丁寧に、どうも。」


「どうもどうも。どうですか?まだ色々慣れなくて大変でしょう。」


「えぇ、まぁ。右も左も分からないコトだらけで。」


「そうでしょう、そうでしょう。私も最初はそうでした。はっはっは。」


この更里さんという男性、何か優しくて物凄く良い人っぽい。


「―なぁ、すだまさん。こんなに気さくな人が、怨念とか苦しみとか、ココで訴えてるのか?」


「この方は、お仕事と私用をキッチリ分ける方ですから。お仕事は夜からの9時5時で。」


「流石、サラリーマン…!」


「いやいやー、1年も幽霊やってますとね、サバサバして来るんですよ。

 会社も無い。仕事も無い。家庭も無い。全ての煩わしさから開放されまして。

 ―ほら、あの歌は本当ですな。『♪試験も何にも無い』って。」


「ソレって、恨みもつらみも無くなってるじゃん!?」


「えぇ、えぇ。ですから、コレは新しい仕事だと思ってやってますよ。

 まだ生きている人のためになるし、キチンとお給料は払われる。とてもホワイトでやりがいのある仕事です。」


「更里さんは、幽霊になって良かったと思ってるんですか?」


「いえいえ。そりゃあ人間、生きていた方が良いにきまってますがね。死んでしまったのですから文句を言っても始まりません。

『死んだ方がマシだ』と思える様なブラックな生き方を選択していた生前の自分が、ただただ愚かだったのですよ。

 今更ながら、こうして死んで気付かされましたよ。」


「成る程…。」


「はいはい。ですから、遅まきながら『真っ当な人としてのあり方』について誠意努力しているワケです。

 いやはや、死んでもいきがいが見付かるとは、思ってもみませんでした。はっはっは。」


「はぁ…。こ、これが幽霊ジョーク…か?」


「ほらほら、見て下さいココ。丁度この場所で私、居眠り運転のタクシーに轢かれたんですよ。」


「いや、いちいち指ささなくても良いですよ。…その運転手は、どうなりました?」


「はいはい。彼ならちゃんと今、刑務所にいますよ。

 聞けば、その運転手は誠実で、無事故無違反だったのに、会社から重いノルマを強制され、過労でつい、うとうとしてしまったそうで。

 私も同じ様な身の上でしたから、同情してしまいましてね。もう恨んではいませんから、更生して欲しいですね。」


「そうですか…。えっと、失礼ですけど更里さん、ご家族は?」


「それそれ。結婚はしていましたが…、ごらんなさい。もう花も水も置かれてないでしょう?

 あの鬼嫁は、私のコトなんか何とも思って無いんですな。」


「えーと…、それは、お気の毒…と言えばいいのかな…?」


「はっはっは。お気遣い無く。生前からいつも『稼ぎが悪い』『帰りが遅い』

『私の分も家事をしろ』と、アレコレ愚痴られていましたしね。こうして物理的に別れられて、せいせいしましたよ。」


「…何か、幽霊に言うのもアレだけど、生き生きしてますね?」


「えぇ、えぇ。ココで第二の人生…と言えるのかどうか分かりませんが、私、満喫してますよ。」


「それは…何よりで…。」


何か、この更里さん1人だけで、幽霊のネガティブなイメージが覆った気がする。

よっぽど生前、苦労してたんだろうか…。


そんな更里さんは、すだまさんに向き直る。


「さてさて、すだまさん。それで今日は何の御用でしょう?」


「はい。更里さんに『驚かし方』のコツを、この京さんにご伝授願えれば、と思いまして。」


「成る程、成る程。まぁ、何事も『習うより慣れろ』ですが、取っ掛かりがあった方がやりやすいですものねぇ。

 よくいるんです。私の上司も『見て覚えろ』が口癖で、何も教えてくれなくて。

 初心者には何を見てどう注意すればいいのか、それすらも分からないんですから、そう言われたって困りますよねぇ。」


「あ、はい…。」


「あぁ、いけない、いけない。つい生前の愚痴が出てしまいました。

 私も、まだまだ生きていた頃が吹っ切れていないのかもしれませんねぇ。はっはっは。

 ―あっと、『驚かし方』のコツでしたね。分かりました。ご参考になれば。」


「よ、よろしくお願いします。」




更里さんはニコニコして、俺の指南役を引き受けてくれた。

通りを目の前に、俺は『驚かし方のコツ』講義を受けるコトに。すだまも真面目な顔で聞いている。


「ではでは。―まず最初は、驚かせる相手を見付ける、ですね。」


「相手を見付ける…? 見たトコロ、ガンガン車、通ってますけど、手当たり次第じゃ駄目ってコトですか?」


「はいはい。善良なドライバーを驚かせて、事故に巻き込んでしまっては可哀想ですからね。」


「あぁ、そりゃそうですね。」


「そこでそこで。驚かせなくてはいけない相手を見付けます。―狙い目は、ナメ切った運転をしている人ですね。」


「ナメ切った運転…ですか?」


「えぇ、えぇ。乱暴な運転、脇見運転、自信満々な運転、居眠り運転、飲酒運転、色々です。」


「確かにどれも危ないですね。」


「でしょでしょ? 皆さん、下手に運転慣れしてしまって、忘れているんです。

『自分は今、簡単に人を殺せる機械を動かしているのだ』、というコトを。」


「事故死した人が言うと、説得力パないな!」


「でもその通りですよね。鉄のカタマリが猛スピードで走ってるんですものね。」


「そうです、そうです。とても怖いコトをしているのだ、という自覚が無い人が実に多い。」


「だよなぁ。例えゆっくりでも、挟まれたら潰れるのは人の方だもんなぁ。」


「そうそう。ですから、そういう人達を狙って、注意喚起として驚かすワケです。」


「成る程、ソコは理解しました。」


「更里さんは、そういう危険な人達を、どうやって見分けているのですか?」


「はいはい。ソコが大切ですよね。でもね、コレは簡単。見ていれば一発ですよ。」


「一発ですか…。えーと、乱暴な運転はスピードが出ていたり、脇見運転はスマホ覗いていたり、

 自信満々なヤツは運転姿勢が崩れていたり、とかですかね?

 ―あ、眠ってるのなんか一目瞭然ですよね。飲酒運転もフラ付くから判るかな。

 イキってる奴とか、これ見よがしな派手な改造車だったりしますよね。」


「おやおや、言う前に言われてしまいましたか。凄いですねぇ、不条理さん。

 あなた、飲み込み良いですよ。生前なら、是非とも我が社に欲しいトコロです。」


「―え、合ってました?」


「合格、合格。こういう考える力のある若者が、社会にはもっと必要ですね。本当、お亡くなりになって惜しい気がしますよ。」


「いやぁ、そんな…。」


「京さん、結構やりますね! これなら、驚かすのも上手く出来るのではないですか?」


「えぇ、えぇ。素質は充分にあると思いますよ。」


生前、俺は、あまり人から褒められたコトが無いので、こういう場面はちょっと照れ臭い。

―と、1つ疑問が湧いた。俺は更里さんに質問する。


「あのぉ、車って、結構なスピードで走ってますよね。そういう細かい部分まで、ひと目で確認出来るモノなんですか?」


「おぉ、これはこれは。良い質問ですね! これは私達、幽霊に関する能力のお話になります。」


「幽霊の能力?」


俺の疑問を聞いて、すだまさんがふわっと地面から浮かび上がる。


「京さん。まずはご存知の通り、幽霊は飛べます。最初は常識が邪魔をして、上手く飛べないかも知れませんが、

 練習すれば、大抵の方は自由に飛ぶコトが出来る様になります。」


「そうなのか!」


今日、ここに来たのは徒歩でだった。これは、俺がまだ飛べないから、すだまさんが俺に付き合って歩いてくれた、ってコトか。

確かに、重力に反して自由に浮かんで飛ぶというのは、常識からの卒業が必要だろうな…。


「次に、幽霊は、基本的に何でもすり抜けられます。これも常識の変化で可能になるでしょう。」


すだまさんは、近くの電柱に突っ込み、上半身だけ覗かせている。うん、こういうのって、漫画やアニメで良く見るな。


「基本的に、ってのは?」


「霊的な結界があったり、地場や電界が強く乱れた場所だと、阻害されてしまうコトが多いですね。」


「―つまり、動いてる電子レンジの中には入れない、ってコトかな?…入りたくも無いけど。」


「はっはっは。面白い、面白い。不条理さん、変わった着目点ですね。人と違ったセンスで面白いですよ。」


「あ、ありがとうございま…す?」


コレ、褒められてるんだよな?


「さてさて、次が、先程の不条理さんの疑問への回答となるでしょう。

―実は、私達幽霊は、基本的に、生きていた頃の何倍も視力が良いんですよ。」


「え、そうなんですか?でも、更里さん、メガネ掛けてますよね?」


「そうそう。メガネ掛けてますよね。でも、コレって、生前の姿を記憶で模しただけなんですよ。

 我々、幽霊の姿は、生きている時の『一番印象深い自分の姿』を参考に作られているんです。

 まぁ、それって即ち、死ぬ直前の姿であるコトがほとんどなワケですが、怪我や欠損は治ります。」


「おぉ、そうだったんだ!」


俺は思わず、自分の手を、身体を見る。確かに、死ぬ前に焼き鳥の串で出来た手の甲の引っ掻き傷が無い。

虫歯が1本あったのも、舌で確認すると綺麗に穴が無くなっている。そういうコトか。


「で、視力が良いっていうのは?」


「はいはい。私達幽霊は肉体を持ちません。ですから、光を目に入れて、それを感じて『見る』コトが出来ないのです。」


「透明人間パラドックスか…。」


これは『透明人間になれたら、どうなるか?』という、有名なパラドックスだ。

もし身体全部が透明になったら、目の水晶体も網膜も視神経も透明になってしまうから、目の中で像が結べない。

―つまり、透明人間になったら、自分も『何も見えない』のでは? というヤツだ。


「ですがですが、私達はちゃーんと見えてますよね?」


「ですね。何でだろ…?」


俺も、自分の影が地面に出来ないコトとか、人間からは見えていないコトからも、身体が透明らしい、ってのには気付いていた。

だけど、改めてこう整理して聞かされると、確かに、この身体でモノが見えてるってのは不思議だ。


「それはですね、何と何と! 私達はモノを光では無く、『霊波』で見ているんです。」


「霊波!?」


「霊の波動という意味です。コウモリやイルカが超音波で周囲を感じ取っている様に、

 私達幽霊は、霊波で周囲を感じ取り、生きていた時の記憶と照合して、画像や音として再構成しているんですよ。

 今こうして喋っている私の声も、音波では無く、霊波です。ですから、霊感の無い一般の人には聞こえません。」


「―知らんかった…。」


そりゃあ、知らんよね。幽霊にならなきゃ、分からないんだから。

でも、言われて納得だ。幽霊は肉体が無いんだから、『声帯を震わせて』声を出せるワケじゃ無いもんな。


「ですからですから、霊波の波長を見たいモノに的確に合わせれば、遠くからでも、高速で移動していても、

 カスミもブレも無く、ハッキリ、クッキリ『見える』し『聞こえる』のですよ。

 勿論、練習は必要ですし、より遠いモノ、速いモノを認識するのは、難易度がどんどん上がるワケですが…。」


「幽霊、スゲーーー!!」




ひとしきり驚いたトコロで、『驚かし方のコツ』講義の続きだ。


「それでは次に進みましょうか。さてさて、肝心の驚かし方ですが…。まずは道路の中央に立ちます。」


「えぇっ!? 危ないですよ!? ―あ、そ、そうか。幽霊は轢かれないんだっけ。」


「そうですそうです。ですから安心して、自信を持ってバーン!と行きましょう。

 こちらが気後れしては、驚かすモノも驚かせませんからね。」


「了解です。」


「そして、そして。怨念のこもった顔でドライバーにアピールです。

 ―そうですね…例えるなら、部下からの強気な主張と上司の理不尽な叱咤の板挟みになった中間管理職の様な顔で…。」


「―分からねぇ!!」


「ではでは、満員電車で痴漢の冤罪を受けた時の、相手の女性に文句と反論を言いたげな顔で…。」


「―それも分からねぇ!!」


「ならなら、残業で遅くなったのに、飲んで遊んで浮気して帰って来たと決めつける妻への怒りと哀しみと不満を募らせた顔で…。」


「俺、結婚してないんですけど!?」


「どうですか、京さん? 分かりました?」


「―サラリーマンって大変だな、ってのだけは滅茶苦茶よく分かった…。」


「それそれ。ソコが解っていただけると、私としましては幸いですね。いや、ツラかった。実にツラかったです…。

 おっと、話がそれてしまいました。失敬、失敬。

 ―まぁ、でしたら、最初は普通に立っているだけでもOKですよ。」


「急にハードル下がりましたね!?」


「はいはい。今は動画サイトとかでも、そういう自然体の方がウケる場合も多々ありますし。

 余りにも演技過剰だと、それはソレで、『合成だ』『フェイクだ』とか言われてしまったりしますからねぇ…。」


「―まぁ、こうして習っている時点で、ぶっちゃけヤラセですからね。俺達…。」


俺の苦笑を受けて、思わず更里さんも苦笑する。

すだまさんが更里さんに言う。


「更里さん、百聞は一見にしかずと言いますし、まずここは、京さんにお手本を見せてあげてもらいませんか?」


「成る程、成る程。『やってみせ 言って聞かせて させてみて 誉めてやらねば 人は動かじ』ですね。」


「え?何ですか、それ?誰かの名言ですか?」


「京さん、ご存知無いんですか!?あの、連合艦隊司令長官 山本五十六さんのお言葉ですよ。」


「いや、『あの』、って言われてもなぁ…。流石すだまさん。昭和ひとケタ戦中派…。」


すだまさんが現代日本にジェネレーションギャップを感じている、と言っていた様に、

俺も逆に、すだまさんに時々、ジェネレーションギャップを感じてしまう…。

更里さんは笑顔で俺達を眺めている。


「―ではでは、僭越ながら実際に私がやってみますので、不条理さん、よく見ていて下さいね。」


「はい。よろしくお願いします。」




更里さんは暫く通り過ぎる車を見ていたが、1台の車に目を付けたか、おもむろに車道に歩み出る。

よく見れば、その車の運転手はスマホでながら通話している。ありゃあ危険だよな。


―あ、確かに意識を集中すると、遠くでもハッキリ見える!! 解像度がパ無い。

高速で回ってるタイヤのホイール柄まで、まるで止まってるみたいに認識出来る。こりゃ凄ぇ!!

ロボットアニメとかのコクピットのモニターみたいに、狙った部分の拡大とかは出来ないけど、これで充分だ。


更里さんはその車の前で立ち止まった。でも、顔はまだ俯いたままだ。

スマホ運転してる車は、ここが交差点だというのにも関わらず、減速もせずに走って来る。完全に注意がスマホに行ってるな。


まだ更里さんは俯いたままで動かない。


20メートル、15メートル、10メートル、どんどん車と更里さんとの距離が縮まって行く。

幽霊だから轢かれはしないと分かってはいても、コレはハラハラする。

もう無いハズの俺の心臓がバクバク言ってる様な錯覚を起こす。


5メートル、4、3、2、…!!

ぶつかる!!―その瞬間、更里さんはクワッと顔を上げる。


「「「うわぁっ!!」」」


俺とすだまさんと運転手の叫び声がハモった。

それはもう、筆舌に尽くし難い位に更里さんの顔は怖かった。苦しみ、悲しみ、痛み、未練、恨み、憤り、

そういった生前の感情がモロに吹き出したかの様な恐ろしい形相。


キキィイイイイーーーーーーーーーッッッ!!!!


急ブレーキの甲高い音が交差点に響く。

車が急停止する。中の運転手は目を閉じるのも忘れて辺りを凝視している。

周りの通行人が皆、横断歩道を渡るのも忘れて騒然としている。



更里さんは、何かやり切った様な清々しい表情で戻って来た。

いつもの、優しい顔の頼りなげなサラリーマンの雰囲気で。


「いやいや、お粗末様でした。―こんなカンジですかねぇ。」


俺は無意識に唾を飲み込む動作をしてしまう。もう幽霊だから唾も出ないというのに。

それ程までに、更里さんの演技は大迫力だった。


「す…凄かったです。マジで怖かったです。」


「本当に凄かったです…。」


「それはそれは、お褒めいただき有り難うございます。」


まだ興奮冷めやらずの俺を、すだまさんがつついた。


「京さん、気付きました?更里さんの匠の技に。」


「え? ―あの表情のコトじゃ無くて?」


すっかりあの形相の威力に飲まれてしまっていたが、更里さんは何か高等テクを披露してくれたらしい。

何だろう?更里さんはニコニコしてるだけだ。


「ほら、京さん。信号を見て下さい。」


「―? ……あ!!」


―気付けば、交差点の信号は赤だった。

スマホでながら通話していた車は、交差点の停止線ギリギリで停まっていたのだ。


「―まさか、赤信号になるタイミングで驚かせて、ちゃんと停止させたってコト!?」


「そうです。驚かすのが少しでも遅れたら、停止線を行き過ぎて、交差点中央で他の車と衝突していました。

 それに、歩行者はみんな驚いて足を止めていますよね。二次被害も出さないための工夫ですよ。」


「マジか!! それ知ったら、身震いして来た。こりゃあ、凄いモノ見た…。」


衝突事故を起こしていたら、この車だけでは無く、ぶつかる他の車の運転手の生命も歩行者も危なかっただろう。

更里さんはこの車の運転手を驚かせ、停止線でピッタリ停めるコトで、他の車や歩行者の安全も守ったのだ。

これを匠の技と言わずして、何と言う!! 俺は感動した。


「おぉおお!! リスペクトですよ!更里さん!!」


「そんな、そんな。尊敬だなんてお恥ずかしいです。タイミングさえ合わせれば、案外簡単なんですよ。」


「またぁ~。達人はみんなそう言うモンですよ。本当、感動しました。」


すだまさんが言っていた更里さんの『ヤリ手で、驚かせる演技も上手』というのはマジだった。

新人幽霊の俺なんかに、ここまでのコトが果たして出来るんだろうか。




「ではでは! 不条理さん、やってみましょう! なぁに、『習うより慣れろ』ですよ! 気楽に、気楽に。」


「頑張って下さい!!」


すだまさんと更里さんに応援され、俺は実践へと移るコトに。

俺は恐る恐る車道に出て、中央へと足を進める。


そこに来た1台の軽ワゴン。速度はちっとも出ていない安全運転。

―が、目前に迫った瞬間、


「おわぁっ!!」


俺は思わず身を翻して、車を避けてしまった。

そのままゴロゴロと転がり、路肩までエスケープする。幽霊なのに、息は荒くなり、冷や汗でグッショリの感覚だ。


「京さん!」


「いやはや、大丈夫ですか? 不条理さん。」


すだまさんと更里さんが駆け寄って、俺を引き起こしてくれる。


「あ、ありがとうございます…。いや、こ、怖かったぁ…。駄目だ。怖くて、つい避けちゃったよ…。」


「分かります、分かります。いくら幽霊で轢かれないと頭では分かっていても、生きていた頃の常識がありますからねぇ。」


「それなんですよー。生きていた頃、つい、赤信号に気付かずに横断歩道渡っちゃった時がありまして、

 危うく車とぶつかりそうになった恐怖と緊張の記憶が蘇っちゃいました。―あ、まだドキドキしてる気分…。」


「ふむふむ。立ち入ったコトをお聞きしてもよろしいでしょうか?―不条理さんの死亡原因は何だったのですか?」


「えっと、俺は…、」


「京さんは公園で凍死されたんです。でも、運命で定められた寿命でした。」


「そうですか、そうですか。これはさもありなんですね。」


「へ? どういう意味です?」


「ではでは解説をば。―私が車の真ん前に出ても平気なのは、多分、死因が交通事故だったからです。」


「え!? 普通、交通事故に遭ったら、それがトラウマになるんじゃないですか!?」


「はいはい、普通そう思いますよね。ですが、それは生きているから、死への恐怖でトラウマになるワケです。

 一方、私は車で死ぬ経験をしましたから、私の中の認識は『車に轢かれたら死ぬ』ではなくて、『車に轢かれて死んだ』なのです。」


そう更里さんに説明されたが、今イチ脳の処理が追い付かない。


『車に轢かれたら死ぬ』かも知れない、ってのは当然の恐怖だ。

『車に轢かれて死んだ』ってのは、…過去形だよな。自分の死を過去形で語れるのは、幽霊ならではのコトだ。

―ん!?待てよ…。つまり、生きてる人間として考えるのでは無くて、既に死んだ経験のある幽霊として考えたら…、


その時、俺の中で何かの思考が切り替わった。その瞬間、更里さんの言ったコトが理解出来た。


「―あぁ! そうか! 普通は『車に轢かれて死ぬ未来が怖い』から、それを恐怖として感じるワケで、

『車に轢かれて死んだ』なら、次に来る未来、つまり、来たるべき死の恐怖を想起しなくて済む、ってコトですか!?」


「おやおや、もう答えに辿り着きましたか! いやはや、不条理さん、やっぱりあなたは素晴らしい青年ですよ!」

 そういうコトなんです。不条理さんの死因、凍死は、変死の類とは言え、自然死に近いモノですよね。

 ですから、轢かれて死ぬ経験をしていない不条理さんは、生きていた時の常識で捉えるしか無く、

 幽霊であるにも関わらず、『轢かれたら死ぬのではないか?』という恐怖として考えてしまうワケですよ。」


分かってしまえば単純なコトだ。つまりは、ひと言で言えば『喉元過ぎれば熱さを忘れる』だ。

経験してしまえば慣れが生まれる。問題は、死ぬ経験は1人1回、1つの死因でしか出来ないってコトだ。

だから俺には『車に轢かれて死ぬ』という経験から来る『慣れ』が無いのだ。


「きっときっと、不条理さんは、生きていた頃、かなり車には気を付けられていたのでしょうね。

 だから人一倍、危険を感じてしまったのでしょう。」


「あぁ、ハイ。車が来なくても、信号は守るタチでした。」


「京さん、それはとても良いコトですよ! 偉いです!」


「サンキュー。―でも、これじゃあ、俺の方が車に驚いちゃって、仕事にならないよなぁ…。」


「大丈夫、大丈夫。幽霊になっても、時間を掛ければ徐々に慣れて行きますよ。

 ―とは言え、いきなりは無理そうですねぇ。でしたら、路肩から驚かすというのはどうでしょう?」


「そんなんで良いんですか?」


「はいはい。ホラ、タクシーに乗り込んできたお客が、運転中に後部座席から突然消えたとか、聞きますでしょう?」


「あぁ、怪談話の王道ですね。―そうか、そういうパターンもアリか。」


怪談話や心霊ビデオとか観るにつけ、幽霊の行動にも色々なシチュエーションがあるモンだと思っていたが、

こうして実際に幽霊になって脅かすにも、その方法は多種多様ってコトか。

その中から自分に向いてるモノを探したり、無ければ新しく開発したり、そういう工夫が大切なんだろうな。




かくして俺は道路の脇に立つ。

―が、踏ん切りが付かないと、余計なコトを考えてしまいがちなのが、人間というモノである。

色々と懸念が無駄に頭をよぎる。


「なぁ、俺達って幽霊だろ? こんなに頑張っても、運転手から見えなかったらアホみたいだぞ。」


「いえいえ、そこはご心配無く。ナメ切ったドライバーは大抵、意識を運転に集中せずにいますよね。

 ですから、通常時よりも他のモノに気を取られて『色々』と見えやすいんですよ。」


「うーむ。向こうに取っちゃ『見えちゃう』んだから、災難だな。―もし、それで事故とか起きたらどうすんのさ。」


「事故が起きるなら、それはそのドライバーの運命です。死も含めて。

 私達は、たまたまそういう人の、そういう運命を導くキッカケに出遭ったしまった、というだけです。」


「えぇ!? そんなドライで良いのかよ!?」


「勿論、勿論、先程お見せした通り、私も、みなさんも、なるべく事故を起こさない様に気を付けていますがね。

 ですがですが、運命というモノは、私達にもどうするコトも出来ないのですよ。」


「京さんもそうだったですよね。公園で亡くなったのは運命で定められた寿命だった、って。」


「―あぁ、そう言われれば…。」


俺は公園で凍死した。でも、すだまさんや他の幽霊は、誰も俺に警告してくれなかった。

それは、何をどうしても、どのみちその日に死ぬのが俺の運命であり、定められた寿命だったから、らしい。


運命で死ぬコトが決まってる生命は、神様でもない限り、もう救い様が無い。

俺達、幽霊の仕事は、まだ死ぬべきでは無い生命が死に巻き込まれるのを救うコト、なのだそうだ。


「幽霊も、この世界のことわりを構成する歯車の1つですからね。

 まだ生きている人達はなかなかソコまで考える機会が無いので、理解しにくいのでしょうけど。」


「人間界も、幽霊界も、色々含めて1つの世界、ってコトなのか…。」


「そういうコトです。京さん、ご理解が早いですね。」


「うん…幽霊になったから、か? ―俺の中で常識が変わりつつあるのか?怖いな…。」




俺は気を取り直して、走り行く車へと声を掛ける。


「えーと、それじゃ、行きます…。こ、こうかな?気付いて下さーい。」


だが、車はどれも素通りして行く。


「おーい。気付いてくれー。こっちこっちー。…ヘーイ。」


「京さん、タクシーやヒッチハイクじゃ無いんですから。」


「あ、いけね…。うーん、こりゃ、思ってたよりも難しいわ…。」



その後、数時間に渡って俺は行き交う車にアピールし続けた。

が、苦労虚しく成果はゼロ。

俺はガックリと肩を落とす。


「駄目だー。全然気付いてくれないや…。」


「おかしいですねー。初心者でもこれだけやっていれば、1台や2台、気付くモノなんですが…。」


すだまさんが腕組みして考え込んでいる。どうやら、ここまでスルーされるのは相当にレアケースらしい。


「―もしかしたら、京さん、才能が無いんじゃ…。」


「ギクッ!!」


そ、その言葉だけは…、その言葉だけは聞きとうなかった!!

オラ、ちょっと泣きたくなって来たぞ…。


「まぁまぁ。こういう日もありますよ。何事も最初から上手く行くなんてありません。

 幸い、私達、幽霊には時間がタップリありますから、焦らずに頑張りましょう。」


「更里さんは優しいなぁ。その言葉で救われた気分ですよ。」


「いえいえ。不条理さんはご理解も早いし、思考も柔軟ですし、素質は十二分にあるハズなんですよ。

 そうですねぇ…、あとは場数をこなせば良いのではないでしょうか。」


「場数ですか。そんなモンですかねぇ…。」


幽霊には肉体が無いので、疲労はしないハズなんだけど、ちょっと気分的に、精神的に疲れた…。

それに気付いたのか、すだまさんが俺に言う。


「では、今日はこの位にしておきましょうか?」


「うーん…、でも、結局1回も上手く行かなかったし…。これじゃエクトプラズムを稼げないんじゃ…。」


「あ、それなら大丈夫ですよ。」


「え!?」


「京さんはちゃんと真面目にやってましたから、今日の幽体を維持する最低分のエクトプラズムは供給されますよ。」


「本当!? ―え? だって、成功してないよ? それでも良いの!?」


「おやおや、不条理さん、ご存知ありませんでしたか。

 生きていた時の労働と同じです。刻苦勉励。粉骨砕身。サボリさえしなければ、最低賃金は受け取れますよ。」


更里さんが俺に説明してくれる。

例えるなら、コンビニのバイトで客が1人も来なくても、勤労態度がちゃんとしてれば、バイト代は払われるし時給は下がらない。

そういうカンジみたいだ。


「そうなんですか。てっきり成功報酬型かと…。ホッとしました。」


「えぇ、えぇ。勿論、成功すれば上乗せされますけどね。

 ―でも、最低賃金のままでは実生活と同じで、いずれはジリ貧になってしまいます。気を付けて下さいね。」


「あー、バイトの研修期間の時給みたいなモンですかね…。何となく了解です。

 早いトコ、ちゃんと出来る様にならなくちゃ駄目ってコトですね…。」


「ふぁいとです! 京さん!」


「は、はい。」


胸の前で両手をグッと握るすだまさん。

その期待を込めた、可愛らしくも無邪気な瞳の輝きに、俺はタジタジと気圧されるのであった。








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