01「おぉ、俺よ。死んでしまうとは何事だ!」
警察の見守る中、俺の遺体が救急車に乗せられて行く。
―もう霊柩車で良いんじゃないかな、とも思う。
本人が言うのもナンだけど、死んでるんだし。
あ、そうか。検死をしないと『死亡証明書』が出せないんだっけ。大変だなぁ…。
警察に病院の方々、死んでからも迷惑掛けてスンマセン、本当。
思わず俺は、去りゆく救急車に手を合わせてしまう。
それは、死んだ俺に対してでは無く、ご厄介になってしまう病院や警察に対しての謝罪と感謝の気持ちからだった。
さっきまで騒がしかった公園には静寂が戻りつつある。
いまだビニールシートで囲われたベンチに俺は腰掛ける。
幽霊なのに、ベンチを突き抜けずに座れるのがちょっと不思議だけど、今はそんな疑問さえ些細なコトだ。
空を見上げてため息1つ。
「―そうかぁ。俺、死んじゃったのかぁ…。呆気無いなぁ…。」
「はい。人は死ぬ時は呆気無いモノです。」
「それで、俺は、これからどうなるの?」
「貴方は―、不条理 京さん、でしたね。―京さんは、どうしたいですか?」
「―どうしたい、って…。それって何か、自分で選べる的な言い方だけど…?」
「はい。選択出来ますよ。」
「マジで!?」
「えぇ。その為のガイドですから、私。」
「うーむ…選べるのか…。それで、選択って、どんな?」
「まずは大きく分けて2つ。『あの世コース』と『現世コース』です。」
「『あの世』って、天界とか、お空の上とか、そういうヤツ?」
「はい。話が早くて助かります。『あの世コース』は、所謂『成仏』をして、
この世と隔絶した世界で、次なる出生の時まで心安らかに暮らしてもらうコースになります。」
「あー、のんびりしてて良さそう。」
「但し、下界には居られません。原則、お盆の日だけ『帰省』が許されます。」
「―成る程。お盆って、そういう永久完全寮生活の中での里帰り、みたいなシステムだったのか。
―じゃあ『現世コース』は?」
「『現世コース』は更に2つに分かれます。『浮遊コース』と『地縛コース』ですね。」
「―何か、いきなり幽霊っぽくて怖くなって来たぞ、おい。」
「怖くないですよー。まだ下界で、やり残したコトがある方、もしくは
成仏したくなくて、ずっと下界にいたい方。そんな人の為のコースです。」
「やり残したコト…か。」
「ここだけの話ですが、『天界コース』は、若い方には余りオススメ出来ません。」
「そうなの?」
「平和過ぎて、何も刺激がありませんからね。
なにしろ、下界と隔絶された世界ですから、新しい情報がほとんど入って来ません。
ですから天界に居る皆さんは、新しく成仏されて来た方がいれば、我先にと集い、あれやこれやと質問攻めにして、
細々と下界のコトを知る、という情報弱者になってしまっています。」
「うわー!耐えらんねー!」
「でしょう?いんたーねっと…でしたっけ?―に浸かった現代人なら、尚更だと思います。」
「でも、ずっとこっちに居るってのもなぁー。それはそれで未練たらしいってカンジがするし…。」
「コースの変更はいつでも可能ですから、まずは気軽に決めてみては?」
「え?コース変更、出来るの?」
「はい。成仏されたら『天界コース』で固定ですが、下界ならじょぶちぇんじ可能です。」
「ジョブチェンジって、こういう時に使う言葉じゃ無ぇな!」
「そうでしたか? すみません。なるべく若い方にご理解いただける様に、色々現代知識を勉強はしているのですが…。
やはり、現代用語は難しいですね…。」
「あー、いや、謝らなくても。
―そっか。ガイドさん…すだまさんも苦労してるんだなぁ…。」
「はい。特にここ数十年の移り変わりは急速過ぎて、正直、付いて行けません。」
「―え!? …えっと、その、失礼だとは思うけど…お歳を聞いてもよろしいでしょうか?」
「はい。私は永遠の17歳です。」
「おいおい…。」
思わず俺は、有名声優ネタとしてのお約束のツッコミを入れてしまう。
しかし、ガイドの少女のすだまさんはそれをスルーして話し続ける。
「幽霊は基本、死んだ時の年齢で固定ですから。」
「―あ、そういうネタ的な意味じゃ無いのか。」
「―私はアメリカと戦争中に、戦火で生命を落としました。」
「―それって、第二次世界大戦?
…じゃあ、終戦ギリギリだったとしても、すだまさんって80…」
「一桁まで考察しようとするのは、でりかしーが無いと思います。」
「ご、ゴメン!」
「―私は、散り散りになった家族の安否を知りたくて、成仏するコトをヤメて
『浮遊コース』を選択しました。―でも調べた結果、父も母も妹も、やはり戦火で死んでいました。」
「うわぁ……。」
「残る唯一の肉親だった兄も、戦場で死んでいました。一家滅亡ですね。」
「こういう時、何て言ったら良いか…。ゴメン。良い言葉が思い浮かばなくて…。」
「お気持ちだけで結構ですよ。」
「―でも、それだったら、何で『あの世』で家族と一緒にならなかったんだ?
死んだ後も探し続けた位なんだから、家族の仲は良かったんだろ?」
「はい。」
「じゃあ、何で?」
「―私は…私の家族は…いえ、戦争で亡くなった多くの方々は、誰一人として
『死にたい』と思っていたワケではありません。みんな『死にたくなかった』んです。」
「……。」
「もっとやりたいコトが沢山あったんです。その思いが絶たれるのは無念です。
そして、現在でも『死にたくなかった』のに、死んでしまった方々がいます。」
「うん、俺もそうだもんな。」
「はい。それに、中には『死にたくない』のに、自ら生命を絶とうとする方までいます。」
「―それが嫌だった…?」
「はい。まだ生きている人達に、もっと死ぬというコトについて考えて欲しい。
もっと生に執着して欲しい。それがガイドになった最初の理由でした。」
「最初…?」
「話が逸れちゃいましたね。―どこまでお話しましたっけ? ―あぁ、コース変更のコトでした。」
すだまさんは話を元に戻して来た。
俺としても、そっちが本命。自分に関する話なのでそのまま付き合うコトにする。
「あぁ、そうだったね。」
「『浮遊コース』と『地縛コース』はいつでも変更可能です。
それに、もうするコトが無くなってご満足したとなれば、成仏して『天界コース』にも変更が効きますよ。」
「ふーむ…。だとすれば、とりあえずはしばらくこっちに残って、色々様子見するって手もありそうだなぁ…。」
「それでも構いませんよ。でしたら、自由にあちこち動き回るコトの出来る
『浮遊コース』がオススメですね。期限はありませんから。10年でも100年でも。」
「―流石、幽霊。時間の概念が普通じゃ無い…。よし! じゃあ、まずはこっちで居残ってみるか。」
「はい。それでは『浮遊コース』ですね。」
かくしてこの俺、不条理 京は、目出度く『浮遊霊』となったのである。
「―さて、浮遊霊になったはいいけど、何をしたら良いんだろう?」
正直、コレはチュートリアルの判らないRPGに放り込まれた気分だ。
「―京さんは、何かやり残したコトとかは、ありますか?」
「やり残したコトか…。」
「はい。以前からやってみたかったコトとか、死んだらやってみようと思っていたコトでも構いませんよ。」
「あー! それならあるある! 前々から死んだら、やってみたいコトあったんだよー!
友達の家に行ってさ、壁抜けて部屋に入ってさ、アイツが自撮りとかした時に、俺、ピースサインで写ってやるんだ。
驚くぞ、こりゃあ!」
「あ、すみません。それ、えぬじーです。」
すだまさんは顔の前で人差し指同士で☓を作る。
「え!? NG?」
「よく京さんみたいな人、いるんですよ。
死んでも陽気さが抜けなくって、そういうドッキリ系が大好きで、スキあらば写真や動画に写ってやろうとか思っている人が。」
「…俺だけじゃ無かったのか。―で、何で駄目なのさ?」
「考えてもみて下さい。死んだ人がみんなして笑顔で心霊写真していたら、それを見た、まだ生きている人はどう思いますか?」
「そりゃあ…『ブッ! 何コレ! 超ウケる!』…かな?」
「いえ、その後ですよ。問題は。」
「へ?」
「それでは誰もが『何だ、死んでも楽しくやれるんじゃん!』って思いますよね?」
「―ですね。」
「そうなったら『死んだ方が楽じゃん!』って思いますよね?」
「―ですねぇ。」
「自殺が増えますよね?」
「―ですねぇ~。あぁ、だから駄目なのか。」
「はい。生きている人の、生きる気持ちを失わせる様な行動は駄目なのです。」
「え、じゃあ、心霊写真がどれもこれも、オドロオドロしいのって…。」
「そうです。生きてる人達に『死は恐ろしいモノだ』『自殺したって良いコトは無い』
『死んでは駄目だ』そう思わせ、長く生きてもらうコトこそが、我々幽霊の使命なのですよ。」
「なるほど…。幽霊に使命があるとは思わなかった…。」
「ですから、ご友人の写真…今だと、すまほ?でしたっけ。それに写るコト自体は構いません。
ですが、出来るだけ苦悶に満ちた、未練たらしい表情で…。」
「ヤラセか!!」
「言いいましたでしょう。使命だと。
幽霊、お化け、そういう類のモノは、人を怖がらせ、死ぬというコトについて考えさせ、生に執着させる義務があるんです。」
何か、急に面倒臭くなって来たカンジがする。
俺は怒られるのを半ば覚悟して、すだまさんに聞く。
「―やりたくない、って言ったら?」
「やりたくないなら構いません。」
「あ、良いんだ。ラッキー。」
「ですが、消滅しますよ。」
「は!?」
またもや衝撃的な発言。
すだまさんは説明を続ける。
「生きている時も、働かないと、何も食べられなくなって餓死しますよね。
それと同じで、幽霊の義務を果たさなければ、幽霊でいられません。」
「マジか…それって食事…食い扶持を稼ぐ、みたいなモノなのか?」
「私達の幽体を維持するモノは、純度の高いエクトプラズムです。
稼がなければ、今の持ち分をどんどん消費するだけになって、0になったら終わりです。」
「幽霊にHPの概念があったとは…。」
「ご納得いただけましたか?」
「ちょ、ちょっと待って! 今のHP…エクトプラズムの持ち分って、自分で確認出来るのか?」
「正確な数値では無理ですね。ただ、減って来れば嫌でも判ると思いますよ。」
「嫌でも?」
「幽体のエクトプラズムが足りなくなって来ると、身体が今よりも透けて来ます。
更に放置していれば、絶食しているのと同じで身体を維持出来なくなり、
意識が曖昧になって、自分が自分でいる感覚が消えて行きます。そして最後は消滅してしまうのです。」
「こ、怖いな…、それ。」
「消滅したら、もう転生も出来ません。無に還ります。本当の最後です。」
俺は身震いした。死んだのに、まだこの上、存在としての『死』があるのか、と知って。
すだまさんは続ける。
「よくオカルト否定派が言ってますよね。
『幽霊が実在するのなら、あの世は幽霊で溢れ返ってるハズだ。』『心霊写真に幽霊がウジャウジャ団体で写るハズだ。』って。」
「あぁ。ネット掲示板で定期的にそういうスレ立ってたな。」
「これでお解りでしょう?」
「…落ちこぼれて消えてしまった幽霊が、大勢いるってコトか。
―いや、むしろ食い扶持を稼げなくて消滅してしまう方が大多数なワケか?」
「そういうコトです。ですから恐竜の霊はいませんし、動物霊も滅多に残りません。
このルールを知らないし、理解出来る知性も無いからです。
徳を積んだ人なら特例で転生させてもらえる魂もありますが、れあけーすです。」
徳を積んだ人の転生と聞いて、俺は紅茶花伝が大好きな法王様を思い出す。
しかしまぁ、死んだらニートではいられないとか、ある特定の連中には生き地獄…いや、死に地獄だな。
「死んだ後で、まだ滅ぶ心配しなきゃいけないとは…。死んでもこの世は不条理と理不尽か…。」
「落ちこぼれを防ぐのも、ガイドの私の役目です。京さん、頑張りましょうね。」
「…はい。」
ガイドのすだまさんは、可愛い顔で俺に微笑む。
かくしてこの俺、不条理 京は、幽霊として勤労するコトとなったのである。
「―で、具体的に、何をしたらいいんだ?」
「まだ生きている人を無闇に死なせない為の行動であれば、何でも良いのですが…。
そうですね、初心者には大きく分けて2つのやり方がオススメです。」
「ほうほう。」
「まず1つは、人々に恐怖を覚えさせ『死にたくない』と思わせるコトです。
先程も話に出た、所謂、心霊写真や動画で驚かせるタイプですね。」
「驚かせれば良いのか。」
「と言っても、あからさまにやり過ぎなのはいけません。
西洋人なんか、死んでも『よーキャ』…でしたっけ? ―陽気な人が多いので、
驚かせるのも手が込んでいて大げさで、返ってホラーの定番ネタになってしまってますからね。」
「あー、あの『誰もいないのに、カメラ振り返ったら…ドーン!』ってヤツか。」
「ソレです、ソレです。もうヤメて下さいって再三言ってるのに、全然聞いてくれないそうなんですよ。
驚かして、成功したら幽霊同士ではいたっち、その後、肩組んで国歌斉唱したりしますからね。」
「ムッチャ陽キャだな! 俺でもそこまでヤル度胸無いわ! むしろ引くわ!」
基本、日本と外国のホラーは感性が真逆だ。
外国は力づくで物理的に『びっくり箱』方式で怖がらせるのがほとんどだ。
だから結果的に、幽霊でもゾンビでも人の起こす事件でも、サスペンスはどれも同じ展開になりがちだ。
対して日本は、精神的にジワジワと追い詰めて、内面から怖がらせようとするのが多い。
「ですから、さりげなーく。且つ、ちゃんと気付くように。塩梅が大切です。」
「思ってた程、簡単じゃなさそうだな…。推奨されるお手本ってのは、どんなモンなんだ?」
「やはり先程も言った、恨みつらみ、悲しみ、苦しみを感じさせるモノが良いですね。
いかにも『死んだら、こーんなに苦しいんだぞー』って伝わる様な。」
「うぅーん、そういう芝居、俺に出来るかなぁ…?」
こうなると前もって言ってくれてれば、高校で演劇部にでも入ってたのに…。
―ん? 『前もって言ってくれてれば』…?
それで思いついた俺は、1つの疑問をすだまさんにぶつけてみた。
「―あ、そう言えばさ、」
「はい、何でしょう?」
「死にたくない人達を助けるのが幽霊の仕事だったら、何で、俺が公園で凍死するのは助けてくれなかったの?」
「あぁ、そのコトですか。コレは管轄外と言いますか、不要だったと言いますか…。」
「え? ワザと放置してたの? イジメ?」
「ち、違いますよー。」
ブンブンと顔の前で手を振るすだまさん。
「えっとですね…。実はその…、京さんの場合、この日に亡くなるのが運命でして…。
つまりは、昨晩が京さんの、天から与えられた寿命だったんです。」
「―え?」
「はい。」
またもや、今日何度目かの衝撃的な発言。
そして俺は、またもや恐る恐る聞く。
「そ、それって、もし誰かに起こされて凍死を間逃れたとしても、
結局は別の原因で、どのみち俺は昨日に死んで幽霊になっていた…と?」
「お悔やみ申し上げます…。」
「―おーまいがー…。」
OH MY GOD. そう呟いてみたものの、
GOD(神)と言葉にあって、その神様が決めた寿命であるならば、俺には文句の言い様も無い。
うん。あの世もなかなかに、不条理で理不尽である…。
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